海霧の中の奇兵隊 ―対米戦争を回避せよ。死んだはずの高杉晋作と乃木大将の隠し遺書― 作:吉田梅之助
辞令は、紙一枚だった。
軍務局の一室である。読み上げる者はいなかった。副官が卓の上に置いて、それだけで戻っていった。
――陸軍大尉真崎勇気、陸軍少佐ニ任ズ。
真崎は、その七文字をしばらく見ていた。
一年前、この建物の地下で、十年間貸出記録の空白だった帳簿を開いた。あの夜、自分は大尉だった。大尉が入れる部屋と入れない部屋の境目を、廊下に立って教えられた男だった。
襟の徽章を替えるのに、三分もかからなかった。
「似合わんのう」
田中義一が、湯呑みを引き寄せながら言った。
「……はっ」
「褒めておる」田中は言った。「軍人らしゅう見える男は、たいてい軍人しかできん」
田中は湯呑みを置いた。
「辞令は、四年になっとる」
「はい」
「四年、置いておくつもりはない」田中は言った。「一年で目処をつける。延びても、もう一年じゃ」
真崎は、顔を上げた。
「……紙には、なりませんか」
「ならん」田中は言った。「紙にすると、四年が四年のまま動かんようになる」
田中は湯呑みを引き寄せ、また置いた。置く場所は、さっきと同じだった。
「嫁を貰った男を四年ほったらかして、帰ってからも働けと言うのは、無理じゃ」田中は言った。「そこまで軍隊は馬鹿ではない。……たいていは馬鹿じゃが」
*
郷田龍一郎は、書類の束を抱えて廊下に立っていた。
真崎が敬礼すると、郷田は片手を上げただけで返した。階級が変わっても、この男の返し方は変わらなかった。
「穴は、まだ見つからん」郷田は言った。「四十日も海の上にいれば、そのうち向こうから開くだろう」
「開いたら、電報を打ってください」
「打たん。金がかかる」
郷田は書類を持ち替えた。行こうとして、行かなかった。
「郷田中佐」真崎は言った。「一つ、申し上げていないことがあります」
「言え」
「三十六隻という数字は」真崎は言った。「もとは、中佐が弾かれた数です」
廊下の窓が、風で微かに鳴った。
郷田は、真崎の顔を見なかった。書類の角を、指で一度揃えた。
「今ごろ言うな」
それだけだった。郷田は歩き出した。三歩ほど行って、止まった。
「あれは、
郷田は、そのまま角を曲がった。
*
金剛が出たのは、二月の半ばである。
横須賀の岸壁に、足場はもう無かった。帆布も外されている。羅針艦橋の上に、真新しい探照灯が据わっていた。
春までかかるはずの工事が、六週間で終わっていた。
「間に合わせました」
親方が言った。潮崎の隣に立って、艦を見上げていた。帽子は取っていた。
「本当に間に合うとは思っていませんでした」
「わしもです」
男は笑わなかった。目の下が、黒かった。
この六週間、工廠の灯りが消えた夜が何日あったかを、潮崎は聞かなかった。聞けば、この男は数えて答えるだろうと思った。
岸壁の後ろに、職工たちが並んでいた。整列ではない。仕事着のまま、めいめいの持ち場から出てきて、そこに立っている。
誰も何も叫ばなかった。帽子を振る者もいなかった。ただ、全員がそこにいた。
*
特務艇は、艦の後ろに小さく並んでいた。
掃海の隊である。艇は、どれも艦とは呼べない大きさだった。漁船を改めたものが、二隻混じっている。
「十年だ」
声がしたので、潮崎は振り返った。
「十年、誰も予算をつけなかった」恩田は言った。「三日でついた」
「三日、ですか」
「三日だ」恩田は言った。「わしが十年かけて書いた紙より、貴様が裏に書いた一行の方が効いたらしい」
潮崎は、返す言葉を探した。探しているうちに、恩田は歩き出していた。
「乗るんだろう」
「はい」
「機雷は、階級を見ん」恩田はそれだけ言った。「わしのも、貴様のもだ」
*
婚儀は、二月の末だった。
仲人は香月家がそのまま務めた。神林の家に人が集まり、盃が交わされ、料理が出て、人が帰った。
三時間ほどで終わった。真崎は、その三時間のあいだに交わした言葉の数を、後で数えられそうな気がした。
参列した者は皆、同じことを考えていた。中将の家が、少佐に娘をやった。派兵を通した男への処遇である。悪い縁組ではない。誰もそう口には出さなかったが、顔がそう書いてあった。
ただ一人、口に出した者がいた。
神林家の遠縁にあたる老人である。耳が遠いらしく、声だけが大きかった。
「毅一郎さん。婿には、お取りにならんのか」
座が、少しだけ静かになった。
真崎は、それが自分の話だと気づくのに一拍かかった。婿養子の話である。
「一人娘じゃろうが」老人は続けた。「あれだけ待って、ようやっと授かった子じゃ。神林の家は、どうなさる」
毅一郎は、盃を置いた。
「継がせるほどのものは、無い」
それだけだった。
老人は「そういうものかのう」と言い、あとは料理の方へ戻っていった。座も元に戻った。
真崎は、その一言を聞いていた。
中将の家である。継がせるものが無いはずがない。屋敷がある。禄がある。名前がある。だが毅一郎は、謙遜の口ぶりで言ったのではなかった。事実を述べる口ぶりだった。
卓の向こうで、冴子の背中の線が、初めてわずかに動いた。
毅一郎は、その後もほとんど喋らなかった。娘の顔も、婿の顔も、あまり見なかった。
冴子は和装だった。座っている時の背中の線が、驚くほど動かなかった。
あの日、背もたれに体を預けて天井を見た女と同じ人間には見えなかった。
人が帰った後、二人は座敷に残された。
「疲れましたわ」
冴子は、そう言って肩を落とした。落とし方が、いかにも令嬢だった。
「――先ほどまでの背中は、どうされました」
「あれは、母が仕込んだものですの」冴子は言った。「理由は伺っておりませんけれど」
「ねぇ。なぜ人間は、楽な猫背が悪い姿勢で、疲れる背筋ピンと、の方が良い姿勢になりますの? 楽な方がそのまま正しいことになっていれば、よろしかったのに」
「――ああ、それは」
真崎は背筋を伸ばした。伸ばしてから、話し始めた。
「人が二本の足で立つようになった時の、しわ寄せなんだ。四つで歩いていれば、背骨は橋のように渡っているだけでいい。上に何も載らん。ところが立つと、頭が一番上に来る。頭は重い。あれを首一本で支えることになる」
「重いのですか」
「四キロを超える」真崎は言った。「猫背は、その重さを背中の肉で逃がす姿勢だ。その瞬間は楽になる。楽になった分は、
「文句を言わないものは、後で高くつくのですわね」
「そうだ」真崎は言った。「兵もそうだ。背嚢と小銃と飯盒で、三十キロ近くになる。あれを背負って一日歩かせると、若い者は前に屈む。屈んだ方が、その日は楽だ。楽な姿勢で三日歩いた中隊と、そうでない中隊で、翌週に落伍する数が変わる。だから操典は、あの姿勢をやかましく言う。見た目の話ではないんだ。あれは――」
真崎は、そこで口を閉じた。
冴子が、自分の背中の辺りを、じっと見ていた。
「……何か」
「丸くなっておりますわ」
真崎は、自分の背を見た。見えなかったが、分かった。
話し始める時に伸ばしたはずのものが、途中のどこかで落ちていた。
「――楽だったので」
「そうでしょうとも」
真崎は、少し笑った。冴子も笑った。
それきり、どちらも喋らなかった。
*
三月の三週間を、二人は赤坂で過ごした。
新居を構える暇はなかった。神林の家の離れに一間もらい、真崎はそこから三宅坂へ通った。朝に出て、夜に帰る。帰ると冴子はたいてい起きていて、たいてい何かを読んでいた。
夫婦らしいことは、何もしなかった。しなかったというより、順番が来なかった。
一通が届いたのは、三月の半ばだった。
満州から、直に来ていた。宛先は下宿のままで、そこから赤坂へ回されている。書き足された宛名だけが、下宿の女将の字だった。
中は、二枚だった。
満州の冬は、上海より乾いているらしかった。指の皮が割れる、と書いてあった。井戸の水が硬くて茶がまずい、とも書いてあった。世話になっている家の子どもに、拳の構えを教えたら筋が良かった、とも。
三行だけ、字が乱れていた。ペンを持ち替えたのだろうと真崎は思った。左腕は、まだ完全ではないはずだった。
最後に、こう書いてあった。
――次は負けない、と申しましたが、あれは負けた者の言うことでした。取り消します。次は、負けません。
その一行の下に、日付があった。
一月の末である。
真崎は、その日付を長く見ていた。
自分の婚儀は、二月の末だった。この手紙が書かれた時、この人はまだ何も知らない。知らないまま、指の皮の話と、井戸の水の話を書いている。
真崎は、その夜のうちに机に向かった。
置いておけば、置いた分だけ嘘になる。日が経つほど、知っていて黙っていた期間が長くなる。そういう計算だけは、この一年で速くなっていた。
もう一つ、あった。
上海を発つ朝、扉の前でこう言われている。
――トーキョーで女ができたら、必ず連絡すること。
冗談めかした声だった。目は笑っていなかった。
見合いの時は、判断がつかなかった。あれが「女ができた」に当たるのかどうか、真崎には最後まで分からなかった。分からないまま、書かずに済ませた。
今度は、分からないということがない。籍が入っている。
約束は、約束である。期日の書いていない約束は、思い出した日が期日になる。
真崎は、そういう理屈で自分を机に着かせた。着かせてから、理屈が要ったことに気づいた。
あの朝、彼女はもう一言、続けて言っている。
それについては、思い出さないことにした。
離れの一間である。灯りを一つだけつけた。
*
愛玲殿
手紙、受け取りました。指の皮のことと、井戸の水のことを読みました。硬い水は、一度沸かして冷ましてから茶を入れると、少しましになると聞いたことがあります。試してみてください。
こちらのことを書きます。
一月に、陸軍中将神林毅一郎閣下より縁談がありました。二月の末に婚儀を挙げました。ご令嬢の冴子殿です。
政略です。私にはそう見えていますし、先方もそう見ているはずです。隠しても仕方がないので、そのまま書きます。
三月の末に、船で欧州へ発ちます。地中海です。
辞令は四年です。一年で戻すと言ってくれている人はいますが、紙には四年と書いてあります。私は紙の方を数えることにしています。
書きにくいことから順に書きました。順を変えると嘘になる気がしたので、このままにします。
あなたのことを、私は友だと思っています。戦友、と言った方が近いかもしれません。上海の一年で私が覚えたことの半分は、あなたから来ています。
その関係は、この先も変わらないでいてほしいと思っています。長い付き合いをお願いしたい。
次は負けません、と書いておられましたね。
私も、まだ負けていません。
真崎勇気
*
背後で、
「何を書いていらっしゃるの」
「――ッ……冴子か。驚いた。声くらいかけてくれ」
真崎は腕で紙を隠した。隠してから、隠したことに気づいた。隠すのは、やましい者の動作である。
しかも遅い。この人は、一目で読む。
だが冴子は、真崎の手元を見なかった。
見ないようにした、という動きですらなかった。最初から、目の向きがそちらへ行っていない。
冴子が一度だけ目をやったのは、卓の端に置かれた封筒の方だった。差出の地名が読める向きに、置いたままになっていた。
――満州。
「暗号には、なさいませんの」
真崎は、万年筆を持つ手を止めた。
この人は、これを仕事の紙だと思っている。
満州の地名。夜。灯りを一つだけつけた部屋。腕で隠した手元。そこから組み上がる絵は、一つしかない。冴子の中でこの紙は、先生の側の紙になっている。
「……いや」真崎は言った。「そのままでいい」
「そうですの」
冴子は、それ以上聞かなかった。
中身を聞かないのが、この人の作法だった。知らない方がいい紙のことは、知らないでおく。人の紙を扱うことに慣れた者の、身についた手つきである。
「満州でしたら、遠回りになりますわ」
「――え」
「敦賀から、ウラジオストク経由の道がございます」冴子は言った。「そちらへ乗せれば、ひと月かかるものが、十日ほどになりますわ」
「――十日」
「十日よ」冴子は言った。「満州には文通の相手が何人かおりまして、たまに文を出すのよ。だから日数は覚えておりますの」
真崎は、万年筆を置いた。
「ああ」真崎は言った。「例の『エス』ってやつだな」
「ええ。そのようなもの」
女学校を出た令嬢が、遠くの令嬢と姉妹の約束を結んで文を交わす。害のない話である。害のない話として、この人はそれを差し出した。差し出し方が、少しばかり滑らかだった。
冴子は襖に手をかけた。かけたまま、振り返らずに言った。
「早く着けば、早く返事が参ります。返事が来なければ、あなた、船の上でずっとそのことばかり考えておいでになるでしょう。……それは、厄介ですもの」
襖が閉まった。
真崎は、腕をどけた。紙は、隠した時のままそこにあった。
読まれなかった。読む必要が、無かったのだ。――この人の中では、これは先生の側の紙なのだから。
訂正すればよかった。仕事の紙ではありません、と一言で済んだ。
言わなかった。言わないと決めるのに、三つ数えなかった。
卓の上には、書き終えた紙がある。そこにはこう書いてある。
――書きにくいことから順に書きました。順を変えると嘘になる気がしたので、このままにします。
順は、守った。守ったまま、この部屋では黙っている。
真崎は、しばらく灯りを見ていた。
今回、冴子が口にした「敦賀からウラジオストク経由」の道について、少しだけ解説を。
明治三十五年に敦賀とウラジオストクを結ぶ定期航路が開かれ、明治四十五年からは、新橋から敦賀港までの列車がこの船に接続する「欧亜国際連絡列車」が走りました。敦賀で船に乗り換え、ウラジオストクからシベリア鉄道に乗れば、線路はそのままヨーロッパまで繋がります。船だけで一か月以上かかっていた東京とパリの間が、この経路では十七日ほどに縮まりました。日本海側の小さな港が、大陸への最短の扉だった時代の話です。今も敦賀港に行くと廃線跡と赤レンガ倉庫が残っています。