海霧の中の奇兵隊 ―対米戦争を回避せよ。死んだはずの高杉晋作と乃木大将の隠し遺書― 作:吉田梅之助
「弾が無いなら、銃剣がある」
チュヌク・バイルの頂で、細い男がそう言った。
四月二十五日の朝である。稜線の向こうから走って下りてきたのは、海の側で見張りについていた小隊の生き残りで、弾が尽きたと言って退いてきたところだった。男は彼らをその場に伏せさせ、銃剣を着けさせた。伏せた兵の向こうの尾根を、つばの広い帽子の一団が登ってくる。その男たちも、こちらの銃剣を見て足を止め、伏せた。
オスマン帝国陸軍、第十九師団長、ムスタファ・ケマル中佐。三十をいくつか出たばかりである。
夜明けに海のほうから砲声が届いたとき、軍司令部からの命令はまだ来ていなかったが、この男は来るのを待たず、その朝演習に出るはずだった連隊を一つ、そのまま連れてこの丘へ駆け上がってきた。連合国の兵がどこへ上がってくるかを、三月のうちに読んでいたからである。
眼下の海は、ボートで埋まっていた。ガバ・テペの北の、名前も無いような狭い浜へ、次から次へと人が吐き出されている。
師団長は胸から時計を出して一度見て、しまった。
「中隊長」
呼ばれたのは、セリム大尉だった。
「兵は何人いる」
「二百十二名です」
「後ろの連隊は、昼を過ぎねば上がってこん」師団長は言った。「それまで、この頂を渡すな」
「はっ」
師団長は、集まってきた中隊長たちに向き直った。
「私は諸君に、攻撃を命じるのではない。死ぬことを命じる」
声は大きくなかった。
「我々が死ぬまでの時間に、ほかの部隊と、ほかの指揮官が来て、我々の場所に立つ」
セリムには、それで分かった。自分たちが倒れているあいだに、次の連隊が着く。倒れるのが早すぎれば、間に合わない。昼までの時間を、この連隊の命で買え、ということである。
セリムは、二百十二の顔を一人ずつ思い浮かべた。
それから、着剣を命じた。
つばの広い帽子の男たちが、もう一度この頂に手をかけるのは、八月のことになる。
*
便所が、足りなかった。
輸送船一隻に兵が千二百人乗っていて、便所は十四しかない。宇品を出て四日目の朝には、行列が船首から船尾まで伸びていた。列の途中で二等卒が一人、身をよじりながら手を挙げる。
「少佐殿ォ! 舷側から尻を出して、直接海へ落としてはいけませんかァ!」
周りの兵が笑い、笑いながら全員が同じ顔で真崎を見た。
「駄目だ」真崎は言った。
「なぜでありますかァ!」
「落ちる」
「は」
「尻ではない。貴様が落ちる」真崎は言った。「船がひと揺れすれば、夜なら誰も気づかん。地中海へ着く前に、師団が旅団にまで減るぞ。ウンコのせいで」
その日のうちに、工兵が舷側から板を張り出して、腰掛けの穴を六つ増やした。図面を引いたのは真崎である。三宅坂の地下で三十六という数を弾いた男が、いまは便所の数を弾いている。どちらも数ではある、と思うことにした。
水は一人一日四リットルと決めてある。だが本当に真崎を困らせていたのは人間ではなく、馬のほうだった。一頭が日に三十から四十リットル飲み、暑くなるほど多く飲む。船倉の底では、もう二頭が立てなくなっていた。
「便所を増やしたそうだな」
「六つです」
「足りるのか」
「足りません」真崎は言った。「ですが、十四よりはましです」
「軍務局の少佐が、便所の勘定か」
「中佐もそうでしょう」真崎は言った。「お互い、籍は軍務局に置いたまま参謀本部付で、この船に乗っております。私は兵站、中佐は作戦。便所は、私の持ち場です」
「作戦の持ち場は、まだ海の向こうだ」
郷田は鼻から短く息を出したが、笑ったのかどうか、真崎には分からなかった。
*
シンガポールの桟橋で買った英字新聞で、真崎は三月十八日を読んだ。
連合国の艦隊は海峡へ入り、抜けられずに引き返している。フランスの戦艦が一隻沈み、その名はBouvetとあった。日本の艦の名は、どこにも出ていない。
「戦闘に加わっておらん、ということか」戸口で郷田が言った。
「分かりません」
紙は、遅れて届く。三月十八日に起きたことを、真崎は四月に入ってから知った。そのあいだ、自分は便所の数と馬の水を弾いていたのである。
その夜、船倉の一番奥にある五十の木箱を、灯りで照らさせた。
焼印も品名も無く、積地は上海。角を丸く落とした、妙に丁寧な箱である。
開ければ報告せねばならず、報告すれば、この五十箱はどこかの倉庫で書類の上の旅に出る。真崎は箱へ伸ばしかけた手を、引っ込めた。
コロンボを出た夜、冴子が宛名を書いてくれた封筒を一枚使った。
軍機と、海峡のことと、船倉の箱を引くと、書けることはほとんど残らない。水が一人一日四リットルであること。馬はその十倍飲むこと。便所を六つ増やしたこと。書きながら、これは手紙ではなく報告書だと思った。
最後に、一行だけ足した。
――そちらは、まだ寒いでしょうか。
封をすると、四十九枚が残った。
*
エジプトのポートサイドに入ったのは、四月二十七日だった。
「二日前に、半島へ上陸したそうであります」運輸部の下士官が、港で聞いてきた。「二十五日であります」
その日の午後、真っ白い船が二隻、運河をこちらへ下ってきた。舷側に赤い十字が描いてある。
甲板には担架が、見える限り端まで並んでいた。日除けの布の下に、動くものと動かないものが混ざっている。真崎は双眼鏡を上げず、あの船に何人乗せられるか、包帯が何巻要るか、担架一つを運ぶのに何人要るかを考えていた。
「真崎」
いつのまにか、郷田が隣に来ていた。
「あれが、先に着いた者の甲板だ。わしらは、あれの後始末に行くわけだ」
郷田の声には、何も乗っていなかった。真崎は返事をしなかった。
*
五月一日、三十六隻はムドロス湾に錨を下ろし、そこで動けなくなった。
湾は船で埋まっている。英軍の港務部の少佐は、日本の師団が来ることは聞いているが、どこへ降ろすかは聞いていない、と言った。桟橋が空くのは九日後だという。
「九日」
「早いほうです」
九日のあいだ、馬は船の底にいる。一頭が日に三十リットル飲む水を、水の無い島から船まで運ばなければならない。待ちきれずに、ギリシャの漁師の艀を借りて馬を移しはじめたが、馬は起重機で吊られるのを嫌がり、降ろされた艀の揺れ方をまた嫌がった。
「少佐殿。外国語がご堪能とお聞きしましたが」
「さすがに、それはできん」真崎は言った。「できるなら、四十日のあいだに水を飲む量を調整せよと説明している」
「……はい」
「貴様は日本海の荒波でも馬を揚げたことがあるのだろう。頑張れ」
「あれは、演習でありました」
「今度は本番だ。馬は同じだ」
島の井戸は、十万に近い人間と馬が使っていた。工兵が宇品から積んできた錐と管で一本目を掘ったが、水は出ず、二本目も出なかった。
五月五日、真崎は派遣軍の総指揮官、
英軍の参謀が三十分かけて半島の様子を説明し、それから聞いた。
「日本の師団は、何をなさるおつもりですか」
「そちらの決めることでしょう」日下部は言った。
「本国から、まだ何も参っておりません」
「では、こちらで決めます」日下部は言った。「後ろを」
補給。水。衛生。埋葬。道路の整備。船から陸へ物を上げることと、上げた物を前へ運ぶこと。日下部は指を折っていった。
「それから、水の量と、腹を下した者の数を、毎週まとめて貴軍の司令部へ書面で出します。後ろを引き受けるというのは、そういう数字を出す側に立つ、ということです」
「……手柄の出る場所ではありません」
「手柄の出る場所は、もう埋まっております」日下部は言った。「同じ連合国とはいえ、我々は後から来た身です。後から来た者に空いているのは、後ろだけです」
参謀が、少し身を乗り出した。
「日本陸軍は、機関銃の雨の中を勇猛果敢に突撃することを至上としていると聞いておりましたが。これは、本国のご方針なのですか」
訳しながら、真崎は耳の後ろが熱くなった。
「いや」日下部は言った。「私が決めたものだ」
「閣下のご判断で」
「そうだ。……あー、なんだ、海峡を艦だけで抜けるという案を出した男がおるだろう。イギリスの。真崎。名前は」
「チャーチル海軍大臣です」
「あー、そうそう。チャーチル大臣にも、うちの海軍を通じて話は通してある」
真崎は、それを英語に直しながら、背中が少し冷たくなった。宇品を出る前に、ロンドンで紙が一枚動いたらしい、とだけ聞いている。あれか、と思った。
日下部は地図の半島を指し、この辺りは真水が少ない、と言った。うちの者が日本を出る前に調べました、そこにおります、と。
参謀の目が向いたので、真崎は自分のことを自分で訳した。英国の測量図と旅行記と領事館の報告を集められるだけ集めて、井戸と土を調べたこと。掘る道具を、工兵中隊に積ませてきたこと。
「使ったのか」
「二本掘って、二本とも出ておりません」
「出ん土もある」日下部は言った。「だが、掘る道具を積んでこなかった軍隊は、掘ることもできません。病で死ぬ者を減らせば、治った者はまた前へ出せる。死んだ者は、出せません」
日下部は、そこで一度言葉を切った。
「人は、大事にしたほうがいい。……情の話をしておるのではありません。数の話です」
参謀は日下部の顔をしばらく見てから、地図の上の何も無い場所を、鉛筆で一度叩いた。
「――承知しました」
司令部を出たところで、郷田が足を止めた。
「閣下。我々は、後始末に来たわけではありません」
「郷田中佐」日下部は振り返らなかった。「貴様、旅順におったな。あのとき、水はどうだった。何人が脚気と破傷風で死んだ」
郷田は答えなかった。
郷田の足音が離れてから、日下部は前を向いたまま言った。
「真崎。この師団がここで使う水と弾と薬、それから病人と死人の数を、貴様は毎日数えることになる」
「はい」
「その数字が、もう立たんと出た日――ここに居続けても兵が減るだけで、引き揚げるほかない、と出た日には、まず私に言え。英国の司令部にでも、東京にでもなく、私にだ。……誰かに言う前に、だ」
真崎は、すぐには返事ができなかった。着いて五日の総指揮官が、もう帰る日の話をしている。
「撤退の数字、ということでありますか」
「そうだ」日下部は言った。「始めた者は、終わらせ方を先に決めておかねばならん」
「……はい」
その夜、真崎は新しい帳面を下ろして、一頁目に数を一つだけ書いた。
三十六隻の乗船名簿を足し上げたもので、馬は入れていない。帰るときには、同じ名簿で、もう一度数え直すことになる。
――一万九千六百十二。