ベル・クラネルの代わりに世界を救うのは間違っているだろうか 作:ただくも
なんとかエタらないように頑張ります。
ヘスティア様がホームを留守にしてから二日。俺は地上に戻ることもなく、ひたすらダンジョンに潜り続けていた。
ひび割れかけた鉄の片手剣を振るい、淡々とモンスターを処理する二日間。主神不在のためステータス更新はしておらず、アビリティの数値自体は据え置きのはずだ。だが、背中のファルナに
ようやく地上へ上がると、オラリオの街は異様とも言える熱気に包まれていた。
中央広場から一歩メイン通りへと抜けると、色鮮やかな旗が掲げられ、無数の露店が立ち並び、人々が楽しげに行き交っている。大通りの街頭掲示板に貼られた、大きなポスターを見た瞬間、俺の足が止まった。
『
「怪物祭……今日、だったのか……!」
俺は思わず声を漏らし、驚愕に目を見開いた。
脳内で、二日前の夜の出来事が急速に繋がり、パズルのピースがカチリと噛み合っていく。
『ボク、数日は留守にするからね』
あのはぐらかすような神様の言葉。
原作知識が、凪いだ頭の中に鮮明な映像を結ぶ。
そうか……ヘスティア様は、神ヘファイストスのところにいたんだろう。
俺のために、新しい武器を頼みに行ってくれていた。原作でベルのためにしたように。
『あの子のために武器を作ってくれ』──プライドの高い神という存在でありながら、一人の人間のために、ドレスを汚してまで床に額を擦りつける女神の姿が、容易に想像できた。
(危ないな……。強くなるための効率ばかり考えていたからか、原作の細かい時系列が頭から抜け落ちかけている。怪物祭が今日なら、これから起きるトラブルは……。一度ホームに戻ったら、忘れないうちに知っている限りの原作知識をすべて日記に書き出そう。これ以上の忘却は致命傷になる)
そんなことを考えながら歩いていると、向こうから賑やかな声と共に、見覚えのある二人の店員が歩いてくるのが見えた。『豊穣の女主人』のアーニャ・フローメルと、リュー・リオンだ。
「あーーっ! おミャー、昨日の新米冒険者だにゃ! ちょうどいいところにいたにゃ!」
アーニャが猫耳を激しく揺らしながら突進してくる。その後ろから、リューが冷静な、しかしどこか申し訳なさそうな表情でついてきていた。
「アーニャ、大声を出すなといつも言っているでしょう。……失礼、カミシロさん。少し手を貸していただきたいのですが」
「俺ですか? 何かあったんですか」
「シルは馬鹿にゃ、お祭りを見に出かけたんだけど、財布を忘れていったんだにゃ! うちの店はこれからお祭りの仕込みで戦場になるから、誰も手が離せないにゃ!」
アーニャはそう捲し立てると、俺の手に古びた革製の小さな袋を無理やり押し付けてきた。
「カミシロさん、もし良ければ彼女を探して、この財布を届けてくれませんか? 私たちからのお願いです」
リューに真摯な瞳で見つめられ、俺は拒絶する言葉を飲み込んだ。
「……分かりました。探してみます」
「助かるにゃ! 恩に着るにゃ!」
二人は軽く頭を下げると、忙しなく店の方へと戻っていった。
手元に残された、シルの財布。俺はそれを懐に収め、シルを捜して足を速めた。
◇
中央広場に近づく前に、街の空気が一変した。
ドォォォン!! と、腹に響くような爆音。
続いて、楽しげだった歓声が、本物の恐怖に満ちた悲鳴へと変わる。
「ギャァァァッ! モンスターだ!」
「檻から逃げ出したぞ! 逃げろ、シルバーバックだ!」
人の波が、津波のように俺の進行方向から逆流してくる。
その阿鼻叫喚の光景を目にした瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。
(クソ、もう脱走したのか!? 原作とタイミングが違う……!)
本来なら、ベルがシルを探している途中でヘスティア様と合流し、その後にモンスターが脱走して追われる展開になるはずだった。だが、俺がヘスティア様と合流する前に、すでに街へ怪物が解き放たれてしまっている。
フレイヤの仕込みが早まったのか、あるいは俺の存在によるバタフライエフェクトか。
(このままだと、ヘスティア様が、一人で怪物に狙われることになる……!)
最悪の結末が脳裏をよぎる。いくら神威があろうとも、下界の怪物に対して今の神様は無力だ。
「クソっ!」
俺は逆流してくる群衆を器用に避けながら、人混みをかき分け、必死の思いでヘスティア様を探して走り出した。心臓が嫌な音を立てて脈打つ。世界の救済を掲げながら、我が神一人救えなくて何が救界だ。
「ヘスティア様……っ! どこだ!」
大通りを狂ったように走り、路地裏を覗き込む。ヘスティア様との合流を急ぐため、俺は群衆の逆流に抗って足を突き動かした。
その時、前方の人混みの向こうから、必死にこちらへ向かって走ってくる小さな影が見えた。
「カナタ君ーーッ!!」
純白のドレスを大きく乱し、必死な顔でこちらを捜していたのは、ヘスティア様だった。その細い両腕には、細長い木箱がこれ以上ないほど強く抱きしめられている。
「神様!」
俺が声をかけると、神様は弾かれたように顔を上げ、俺の元へと飛び込んできた。その小さな身体を、俺は力強く抱きとめる。
「カナタ君! よかった、無事だね……! 君の姿が見えて、ボク、生きた心地がしなかったよ!」
「神様、怪我はありませんか!? 無事でよかった……!」
「うん、ボクは平気さ! だけど……後ろから凄く不気味なのが追ってきてるんだよ!」
神様が恐怖に顔を歪めて振り返る。
その視線の先、民家の壁を粉砕しながら、白毛の巨大な怪物が姿を現した。鋭い牙を剥き出しにし、狂暴な眼光でこちらを睨みつける──『シルバーバック』だ。明らかに一般の群衆ではなく、俺たちを━━ヘスティア様を明確な標的として定めて突進してきている。
「神様、下がっていてください」
俺は腰の鞘から、この二日間で酷使してきた鉄の片手剣を抜き放った。視界から雑音が消え、視線が怪物へと固定される。
「ガルゥゥゥッ!!」
シルバーバックが咆哮し、丸太のような剛腕を振り下ろしてくる。
一歩横へと身体を滑らせ、剛腕がかすめた風圧を浴びながら、すれ違いざまにその脇腹へと鉄の片手剣を鋭く突き立てた。
ガキィィン!!
硬質な、嫌な音が通路に響く。
手応えは最悪だった。シルバーバックの強靭な皮膚に阻まれ、刃が半分も通らない。そればかりか、刀身にピキリと不快な亀裂が走るのが見えた。
「やっぱり、この程度の安物じゃ保たないか……!」
シルバーバックは痛みに激昂し、さらに速度を上げて狂ったように腕を振り回す。武器の破損を恐れて踏み込みが甘くなれば、ジリ貧になるのは目に見えていた。
「カナタ君、これを使ってくれーーッ!!」
その時、背後からヘスティア様の叫びが響いた。
神様は抱えていた木箱を乱暴に叩き割り、中から一振りの剣を剥き出しにして、俺の方へと力強く投げつけた。
「ヘファイストスに、ボクが泣きついて作ってもらったんだ! 君のための、君だけの武器だよ!」
宙を舞うその得物を、俺は左手で正確にキャッチする。
手にした瞬間、走ったのは電撃のような衝撃だった。背中のファルナが、まるで生き物のように激しく脈打ち、狂おしいほどの熱を帯びる。
(これは……!)
抜き放たれた刃は、光を吸い込むような漆黒。その刀身には、
同時に、いつもは俺の心を冷徹に支配している【救界義務】の呪縛の奥底で、何かが激しく弾け飛んだ。
脳裏をよぎるのは、ドレスを汚してまで、俺のために床に額を擦りつけてくれたであろう我が神の姿。
──神様を、絶対に死なせない。俺が、護る。
ドクン、と心臓が鳴った。
その盲目的とも言える狂おしいほどの情熱がトリガーとなり、眠っていたもう一つのスキルが牙を剥く。
──【聖火殉情】起動。
「ガ、オォォォォォォッ!!」
シルバーバックが目前まで迫り、圧殺せんと剛腕を振り下ろす。
その瞬間、俺の身体から、爆発的な『蒼白色の光』が吹き上がった。
「な、んだ、これは……っ!?」
光の奔流に呑まれ、シルバーバックが思わず腕を止めて目を細める。
アニメのリミットオフを彷彿とさせる、あまりにも鮮烈で、神聖な青い燐光。それは俺の全身を包み込む。
──『
一介のLv.1が、世界の理を無視して一時的に上位の器へと到達する、神の奇跡。
一時的に引き上げられた上位の出力に対して、俺の感覚のピントがわずかにズレている。自分の意思よりも肉体の反応がワンテンポ早く動いてしまうような、あるいは力加減のギアが噛み合っていないような、そんな座りの悪さだ。
(……なるほど。これがLv.2の感覚か)
「──ありがとうございます、神様」
光の渦の中心で、俺は静かに、だけど確かな熱を帯びた声で呟いた。
俺はひび割れた鉄の剣を投げ捨て、光を吸い込む漆黒の片手剣を両手で正眼に構える。突進を再開したシルバーバックの巨体を見据え、一歩、深く踏み込んだ。
「ガアァァッ!」
振り下ろされる剛腕。しかし、今の俺にはその動きが、まるで止まっているかのように緩慢に見えた。
纏った蒼白の光を刀身へと収束させ、無造作に一閃する。
肉を断つ感触すらなく、シルバーバックの太い右腕が、呆気なく宙を舞った。
「ガ、ガァァァァッ!?」
解き放たれた絶叫。その怪物の懐へと、俺は一気に肉薄する。
吸い込まれるように突き出された漆黒の刃が、シルバーバックの胸の正中央──その奥にある魔石を、容易く貫いた。
一瞬の静寂の後、シルバーバックの巨体はパッと黒い霧へと霧散し、地面に魔石だけが転がった。
全身から立ち上っていた蒼い燐光が、静かに霧消していく。
民家の陰や瓦礫の裏で息を潜めていた群衆は、何が起きたのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
直後、爆発するような大歓声が、オラリオの街を揺るがした。
「お、おい……嘘だろ、たった一撃で、あの怪物を倒したぞ……!」
「助かった……! 俺たち、助かったんだ!」
「すげえ……! おい、今の光を見たかよ!? まるで英雄みたい──」
恐怖から解放された一般市民たちが、涙を流しながら拍手を送り、割れんばかりの称賛の声をあげる。
お祭りの熱気を遥かに凌駕するほどの熱狂が俺の周囲に集まっていく。だが、【聖火殉情】による一時的な熱が引き、再び【救界義務】の冷徹さが戻ってきた俺の心は、その歓声をどこか遠い世界の出来事のように、冷ややかに聞き流していた。
「カナタ君!!」
周囲の喧騒を掻き分けるようにして、涙目で駆け寄ってきたヘスティア様の小さな身体を、俺はしっかりと両腕で受け止めるのだった。
よかった。生きてる。俺は守れたんだ、この小さな愛おしい神様を。
神代彼方(カナタ・カミシロ)の情報
身長は大体180cm前後。太っているわけでも痩せているわけでもないThe普通。
基本的に明るい性格をしており、ネットミーム等をよく使用する。家族や友人に恵まれているが、恋人はいない。
日本では行方不明になっており、家族や友人たちが必死に探している。