「大破壊」の日々のさなか、防衛軍の基地に身を寄せる男の迎えた静かな朝──

 ファミリーコンピュータ用RPG『メタルマックス』及び、そのシリーズ作品の共通世界観を舞台にした短篇小説です。
 大破壊時のゴーストベースと、ホワイトタイガーについて掘り下げた内容となっております。
 2024年に刊行した同人誌『20XX年の悪魔のサル』に収録されたエピソードに一部修正を加えたものになります。

※こちらの短編は「pixiv」にも、ほぼ同様のものを投稿しています。

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いくさばにて

 

 

 一緒に死んでやれなかった事に後悔が無いではない。だが今更後を追ったところでどうなるものでもなく、そもそもそういった精神性を持ち合わせてもいない。しかし、最期に淋しい思いをさせてしまったのであれば、その気持ちの代償を贖いたいとは思う。

 

 

 ゆっくりと瞼を開き、静かな朝に迎えられる。思考は重く、寝覚めはあまり良いとは言えないが、それでも警報や爆撃の音に叩き起こされるのに比べれば幾分かマシだった。

 窓の外からは軍曹が新兵達を怒鳴りつける声が微かに聞こえてくる。もう朝の訓練が始まる時間なのだ。向かいのベッドにルームメイトの姿は既に無く、代わりに毛布が綺麗に畳み置かれている。

 俺は身体をひと伸びさせてからベッドを降り、壁のハンガーに掛けてあったシャツを羽織ると、その前ボタンを留めながら寝部屋をあとにした。

 

 

 部屋から廊下に出て直ぐ正面には宿舎共同の手洗い場があり、廊下に沿うようにして蛇口と鏡が五つずつ並んでいる。まだ眠気の残った顔を蛇口からの冷水に晒し、掌で水滴を拭う。顔を上げると、酷く疲れた目をした男が鏡の中からこちらを見つめていた。

 この数年で十余りは歳を取ったように思う。顕著なのは頭髪だ。白髪が僅かに混じった生え際はやや後退し、頭頂部あたりにも微かに地肌が覗いている。亡くなった祖父も、父も、毛髪を豊かに残したまま総白髪になるタイプだった。自分もやがてはそうなると思っていたのだが。

 俺はしばらく鏡と睨み合ったあと、ふわふわと広がった寝癖を水に濡れた手で撫でつけ、頭頂の肌色をそっと隠すようにした。

 

 

   *

 

 

『貴様らは豚だ! 戦う為に生まれてきた貴様らに人格など必要ない!』

 

 階段を降り、宿舎内から前庭に出ると、教官である軍曹からの怒声を一身に浴びる新兵たちの姿が目に入ってきた。軍曹のしごきには益々もって熱が入り、顔を紅潮させながら唾を飛び散らせている。新兵の殆どは地元出身者や他の地域から逃れてきた日本人であったが、軍曹は構わず英語で罵詈雑言を叩きつけていた。言葉の意味を知る必要は無い、罵倒する行為そのものに意味があるのだと、かつて彼は嘯いていた。

 訓練教官のアーメイ軍曹は元在日アメリカ陸軍の下士官である。

 かの日、軍施設をハッキングされた中国より放たれた核ミサイル攻撃は東京を含む日本の主要都市の多くを焼いたが、日本自衛軍と在日米軍の基地の殆どは高性能な迎撃装置の恩恵を受けて難を逃れていた。

 やがて出現したモンスターの軍勢の襲撃を受けて在日米陸軍司令部のあるキャンプ座間が壊滅すると、ネットワークの遮断も相まって指揮系統を喪失した近隣の在日米軍は日本自衛軍に暫定的に統合された。そして、元米軍補給基地であるここ、相模総合補給廠に日米の戦力を結集させ、再編成された“防衛軍”相模原ベースと名を新たにして反攻作戦の拠点の一つとしたのである。

 アーメイ軍曹は激戦地となったキャンプ座間の生き残りであり、シリアやイラクでの軍務経験もあるベテランだ。現在、彼のような生粋の軍人の数は日米合わせてもかなり減ってきており、相模原ベースに所属する兵士の半数近くは元一般市民で構成されている。緒戦ではそれだけ多くの兵士が死んだのだ。

 

『全員、整列!』

 

 弾かれたように背筋を伸ばす新兵の表情には、遠目にも毅然としたものが感じられた。

 戦闘における徴兵の生存率は低く、急いで新兵を一人前に仕立て上げねば、夜間の見張りの交代にすら困るのが現状である。なればこそ余計に軍曹の気合いも入るのだろう。幸い、新兵たちの士気は低くない。彼らにしても生き抜く為には銃を取って戦う他に手段は無いのだ。俺たちは今、そういう敵と、そういう戦いを戦っている。

 

 

 訓練の様子を背に研究棟に向かって歩いてゆくと、棟の奥側上空に球体が一つ浮かんでいるのが目に入った。攻撃能力を持った敵の大型ドローンだが、無闇に撃ってくる訳ではないので、こちら側としても基本的には放置するのが慣例となっている。その挙動から恐らく監視や偵察が主目的なのだろう。

 

「また偵察UFOか、嫌だねぇ」

 

 背後でわざとらしく声を上げたのは宿舎で同室の中濱だった。歳は俺の三つ下だが、ここでの階級は同じだ。胸の前に持ち上げられたその両手には大ぶりの握り飯が一つずつ持たれている。

 

「また朝めし食わずに仕事する気だったな? おにぎりくらい食っとけよ」

 

 中濱はそう言って握り飯を持った片手を突き出してきた。こいつのこういったデリカシーの無さがやや苦手ではあるのだが、今となっては数少ない友人を邪険にもしたくない。俺は素直に握り飯を受け取ると、再び歩き出しながら一口かぶり付いた。

 

「海苔付きに具入りとはまた豪勢だな」

 

 驚きに、思わず声が出た。握り飯は意外にも塩がしっかり利いており、具に昆布の佃煮まで入っている。基地の食堂で出る握り飯といえば、具なし海苔なし薄塩が定番だったので、これは素直に嬉しかった。

 

「東京反攻も近いからな。兵隊たちに景気付けのつもりなんだろ。下手すりゃおにぎりの食い納めかも知れねえ」

 

 並んで歩く中濱が、握り飯を口に運びながら言った。

 現在、都内における防衛軍の重要拠点は三宿ベースを除いてはほぼ壊滅状態である。市谷も、既に無い。しかし、幾つかのシェルターや地下鉄の遺構を繋いだ新たな地下ネットワークが形成されつつあり、それらはアンダーグラウンドトキオ、ユートキオなどと呼称されている。主要出入口の守りは堅く、敵も完全には把握していない構造ゆえに神出鬼没の作戦を実行できる。

 近日中には、三宿の部隊が主導となる地上エリア奪還作戦、「東京反攻」が予定されており、この相模原ベースも連携して作戦に参加する計画となっていた。地下鉄東西線跡を利用して兵員と物資の輸送を行い、同時に敵の根拠地である地球救済センターへの砲撃を敢行し陽動とする。その間に三宿の部隊が旧23区内の地上部分を奪還し、更なる戦いの為の橋頭堡を確保するのだ。

 中濱はこの作戦の、相模原における計画立案者の一人である。彼はかつての自衛軍座間駐屯地にて米軍との調整を担う日米共同部に所属しており、日米混成部隊である相模原ベースにおいては人事のパイプ役として重要な役割を果たしていた。作戦の内容を知ればこそ、その過酷な戦いの結果も想像できるのだろう。恐らく、作戦参加者の多くは還らない。

 

「ご馳走様、美味かったよ」

 

 握り飯の残りを平らげた俺は、本心からそう言った。備蓄された古い米で炊かれた飯ではあったが、世界がここまで壊れていても、まだあの頃と同じ味に触れられる事が嬉しかった。

 だが、たとえこの戦いに勝利を収めたとしても、かつての日々を取り戻す事は叶わないだろう。水も土も生物化学兵器や核で汚染されきっており、それらは確実に我々の身体を蝕んでいる。今食べた米を炊くのに用いた水も例外ではないはずだ。基地内の飲料水は雨水を浄化しているものだと聞くが、今更その真偽を確かめる気にはならなかった。汚染された身体で戦い続けて、たとえ勝利を得たとしても、残されるのは汚染された国土と残り僅かな命だけだ。

 人工知能の発展発達によるシンギュラリティへの到達と、彼らの人類への叛逆は容易に想像出来た事象ではあったが、まさかここまで派手なカタストロフを引き起こしてくれるなどとは予想だにしなかった。

 

「しかし、人類をやるっていうのはまあ分かるが、こう、もうちょっと上手くやれないものかね」

 

 思わず愚痴を溢してから、話題が飛躍してしまっている事に気が付く。人を目の前にしながらも頭の中で勝手に会話を進めてしまう、良くない癖だ。だが中濱はそれすらも上手く汲んで会話を繋げてくれる。

 

「地球救済センターの大将かい? 人間様より利口だってんなら、何か大層なワケがあるんじゃないか。まあ、この現状こそがあいつのやりたかった事なんだろうよ」

 

 中濱が飛び跳ねるようにしながら偵察UFOに手を振ると、UFOは音も無く遠くの空に消えていってしまった。

 

 

 話しながら歩くうちに、俺たちは目的地の研究棟に辿り着いていた。

 

「んじゃ、戻るわ」

 

玄関に差しかかったところで中濱は立ち止まり、踵を返しながら片手をあげた。

 

「彼女によろしく!」

 

 彼はおどけながらそう言うと、来た道を小走りで戻っていった。

 

 

 たとえ戦いの果てに残るものが何も無いとしても、それは戦いを止める理由にはならない。少なくとも俺はそうであるし、多分中濱も、恐らくはアーメイもそれは同じだろう。

 

 

   *

 

 

 エレベーターを呼び出し、地下二階行きのスイッチを押す。

 ユートキオと同様、この基地の重要施設の殆どは、敵の監視の目を掻い潜る為に地下に作られている。相模原ベースの母体となった補給基地の、そのさらに前身は旧日本陸軍の兵器工場であり、その時代に造営された地下工場用の空間を基地として再利用しているのだ。

 エレベーターに身を任せる短い時間の間、俺は先程の中濱との会話を思い返していた。

 人類の敵、地球救済センター地下に安置されたアシンクロニアスニューロコンピュータ。あの機械めが明確に意思を持ち、その我を通すというのなら、既にこれは人間対人工知能などというぼんやりとした対立構造ではない。はっきりと、俺と奴との因縁なのだ。だが決着を付けるにしても、俺は銃を手に戦う兵士ではない。

 

 

   *

 

 

 地下二階。人ひとりいない静謐な廊下には自分の革靴の音だけが高く響いていた。地下階にも窓枠が設えられ風景画像が嵌め込まれているのは、長い地下生活を強いられた者が発狂せぬ為の配慮だと聞いている。

 

 

 近日中に敢行される東京反攻には、地球救済センターへの遠隔攻撃も含まれるが、これはあくまでも陽動と撹乱に過ぎない。最終目標は地下深くにあり、どのみち砲撃では直接狙う事ができないのだ。これを破壊するには地上戦力をセンター内に送り込むしかない。

 

 

 エレベーターから真っ直ぐ歩き200メートル程。やがて目的の扉に辿り着いた。予めカードケースから取り出しておいたIDカードで電子ロックを解除すると、ロック制御盤の警戒ランプがレッドからグリーンへと変わる。

 

 

 東京反攻の後に控えた最後の作戦の要として、新たな装備の開発が進められている。敵の主力と渡り合い、地球救済センター内で行われるであろう苛烈な戦闘に耐えうる車輌。その開発責任者が俺だ。

 

 

 自動扉の開放と共に、電灯の落ちていた室内が明るく照らされる。視界に広がる、ちょっとした運動場程もある天井の高い空間。その中央には、薄灰色をした一輌の戦車が鎮座していた。

 

「ムウ、おはよう」

 

 俺は横目で戦車に呼びかけながら、部屋の隅に設えられたコンソールに向かって歩いた。車体から垂れたケーブルも真っ直ぐコンソールまで伸び、その背面に接続されている。

 席に着くやディスプレイの電源を入れ、デスクトップ画面から車輌制御ユニットの調整プログラムを立ち上げる。選択したファイル名は「ホワイトタイガー」

 

 戦前、更新が待たれる主力戦車零式の代替及び同盟国への輸出用として評価試験が進められていた新型があった。過去の名車にあやかってキングタイガーと呼び習わされたその試作車と各種データはこの相模原ベースに持ち込まれたのち、現在まで、拠点死守と敵基地攻撃の切り札として、量産を見込んだ改修が行われ続けている。

 継戦能力の確保及び寡兵での任務遂行という要求に対しての、複数兵器の搭載と装甲増加を可能にする為に構造的余裕を持たせる、という回答。既存の汎用制御ユニットとの接続でも火器の同時使用を行えるよう、シャシー固有のベトロニクスにもひと工夫を凝らしてある。これにより高火力を実現しつつ現行戦車と同様に最低乗員を一名に抑え、慢性的な戦車兵不足を補う構想だ。

 新規部品の製造には近隣の自衛軍陸上装備研究所から移設した大型の3Dプリンターが用いられ、装備の一部には基地内に保管されていた予備の火器が当てられた。更なる強化案として、先日三宿の部隊が敵から鹵獲したと伝えられる大出力エンジンや220ミリ砲などへの換装も検討中であり、既にそれらを扱えるだけのキャパシティの確保も実現している。

 米軍の保有するノウハウは元より、敵方の先端技術すら惜しみなく注入されて生まれ変わった車輌は、王たる虎ことベンガルトラの変種、ホワイトタイガーと名付けられた。

 だが、俺は現状一輌限りのこの試作車を、個人的にムウの愛称で呼んでいる。

 

 

 ムウというのは以前飼っていた猫の名だ。白い毛に少しだけ浮かんだ灰色の斑点模様がチャームポイントの雌猫だった。 

 当初、妻が中国語の猫の意味で「マオ」と名付けたのだが、下の子が「ムウ」と訛って呼んでいるうちに、やがてそれが我が家での呼び名として定着してしまった。飼うといっても世話は妻や子どもたちに任せきりだったし、出張続きで滅多に家に寄り付かなかった俺を家族と認識していたのかすら疑わしい。外で拾ってきた当人である俺には、とうとう最期まで懐かないままだった。

 

 

 俺はキーボードを打つ手を止め、思い出したようにその右手の甲を見た。そこにはムウのつけた深い引っ掻き傷があった筈だが、今では薄っすらと白い筋が残るのみだ。

 手の甲の傷痕をしばし見つめ、それから視線を戦車へと移す。

 

──せめて一太刀。爪痕ひとつ。……いや、

 

 少し目を瞑ってからディスプレイに向き直り、作業を再開する。

 俺は兵士ではない。だが俺にはこいつがある。いつか俺の戦車が奴を叩く。それが落とし前だ。

 

 

   了


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