アフロディーテのスパダリラビット育成譚 作:パルーム
『とても残念ですが、才能のない人間は英雄にはなれないのです。余計なことはしてはなりません。頑張る無能というのは
僕は心が折れた時のことを思い出した。赤い瞳の女神様から突きつけられた残酷な事実を噛み締め、どことも知れない森の中をトボトボ歩く。
水溜まりに映った自分の顔は死にそうな白兎のようだ。乱れた白髪がバクハツしている。もういっそ坊主にしてもしてしまいたい。
僕、ベル・クラネルは投げやりだった。
「いるだけで邪魔だし、害悪……害悪……ガイアク……ガイジュウのウサギ……」
かねてから憧れていた世界の中心、迷宮都市オラリオ。最愛の祖父が亡くなったことで天涯孤独となった僕は、かの英雄の都に行くことにした。幼い頃から憧れてきた数多くの英雄達が憧れてきた場所。
オラリオに行けば、もしかしたら自分も英雄みたいに……なれはしなかったとしても、冒険者として頑張っていけば
壮大な夢とほんのちょっぴりの欲望を胸に、僕は英雄の都の門を叩き、そして打ちのめされた。
「僕は不要物……ガラクタ……餌にすらなれない貧相なウサギ……」
オラリオにはダンジョンがあって、冒険者と呼ばれる人達は中でモンスターと戦っている。そうやって強くなりながらお金を稼ぎ、人によっては英雄への道を歩んでいるのだ。僕もその一員になりたかったんだけど、残念ながらそれすらできなかった。
冒険者になるには神様達から貰える
顔が弱そう、貧相すぎる、なんの取り柄もない、ベロチューさせてくれたら恩恵あげる、えっちなことしよう、色々な台詞をもってお断りされてしまった。神様から直接言われることもあったし、団員の人から拒否される場合もあった。レパートリーは沢山ある。なんせ丸二日かけて色んな【ファミリア】を回ったからね! 【ファミリア】っていうのは神様が運営する派閥で、恩恵を貰った人達が共同生活をしているよ! 【ファミリア】には色々あって、お薬つくってたり玩具を売ってたりダンジョン探索してたり、色んな系統の【ファミリア】があるんだ! ハハハ! ……ハァ。
「っていうか、ここどこだよ……あぁ、ダメだ迷った」
ダンジョン探索系の【ファミリア】を求めて丸二日。僕の心は限界を迎え、泣きながらオラリオから出てきたのが昨日の朝。
所持金は残り7ヴァリス。
しかも道に迷ってしまったし、もうダメだ。
「おじいちゃん、冒険者にはなれなかったよ……英雄なんて無理だったし、エルフと仲良くもなれなかった……もうおしまいだ」
最後に訪れた【ファミリア】で言われたことを思い出す。
とても綺麗なお顔の不死鳥系女神様(街ではそう言われてた)は、僕に向かって
『おまえは大した人間ではありません。努力したところで大して強くはなれず、大したことも成せないまま人知れず死んでいくのです。人生には奇跡があるかもしれないし、才能が開花するかもしれないって? いいえ、おまえは大した人間ではありません。仮に何か良いことがあったとしても、すぐ不幸なことがあって全て帳消しになるのよ。なぜ泣くのですか。私はお前のためを思って言っているのですよ。私は神だから正しいのです。何度でも言いますよ、ベル・クラネル。おまえは大した人間ではないのです』
そんな有り難いお言葉を小一時間
今もだ。ああ、世界はなんて残酷なんだろうか。
僕はもうおしまいだ。クソみたいな人生を送って誰の記憶にも残らず死んでいくしかないんだ。
こうなったらモンスターに襲われている女の子を探して、身代わりになって食べられたりしようか。そうすれば最期くらいはヒーローになれるかもしれない。
僕はフラフラと森の中をさ迷い歩き、ピンチのヒロインを探し回った。人間は誰もいなかった。代わりに最弱のモンスター『ゴブリン』がふしぎなおどりを踊っていたけど、怖かったからスルーした。気付かれて襲われて噛みつかれて、僕は血だらけになった。
「……」
もう嫌だ。
ていうかここどこだよチクショウ、と。僕はゴブリンの死体を踏みつけた。
かなり歩き回ったのにまだ森から出れない。
でも景色は少し変わっていて、木と草ばかりだった景色の中に湖が現れていた。
「ん……?」
大きな湖だ。向こう岸に渡ろうとしたら船が必要なくらいの。なんだか色が汚いから中に入るのは気が引ける。高くのぼった満月の光が照らし出すのは、黄土色の湖だった。泳いだら病気になりそうだ。
「なんか
しかし僕は近づいた。
僕がいる側の浅瀬から、なにか尖った形のものが飛び出していたからだ。あれは……人の足だ! でも人間じゃない。石……石像が反対向きに刺さっている。
「パンツ丸見え……なんか可哀想だなぁ……」
近寄ってみると、その石像は女性だった。踊り子みたいな布を腰に巻いているけど、全く意味がなかった。派手にめくれ上がって下着が丸見え。
埋まっているのは胸の半分くらいまでで、もしかしなくてもおっぱいは小さい。おじいちゃんが言っていた凸凹に見放された体つきをしている。
「いや、なんで真剣に観察してるんだよ……早く抜いてあげよ」
誰がこんなことをしたのだろうか。いくらなんでもあんまりだ。僕は抱えるように石像を掴むと、力いっぱい引き抜く。
「今、助けてあげるから」
なんかミシミシ音が鳴ってるけど、折れたらその時はその時だ。首だけ残っちゃったら掘り出して、上に乗せておけば大丈夫だろう。
「折れたらごめんなさい……たぶん大丈夫だと思うけど……一応あやまっとかないと……もし取れちゃったらちゃんと上に乗せますから」
そんな安易な気持ちで、力任せに引っこ抜いた僕は、次の瞬間とびのいた。
『うぎゃぁぁぁぁああああ首がもげるぅ!?』
「!?」
石像が、喋った! 叫んだ!
いや、その段階では既に石像ではなく、
「っ、あんた! なにが助けてあげるから! よ! 顔が取れるところだったじゃない! なんてことをするのよ!?」
「い、いや……誰……何事……?」
バチャッ! と。
その女性は右手で地面を叩くと、
とても美しい女性、いや女神様だった。
木々の間から差し込む月光を受けて輝く御姿は、まるでえっちな踊り子の女神……! 緑とピンク色の布切れは局部くらいしか隠していない。それはともかく泥だらけであろうが美しい御方だ。神秘的だった。
「ちょっと聞いているの! 無視するなんて私を誰だと思っているの!?」
「し、知りません! もしかして、踊り子の女神様……いや、でもなんで地面に刺さって……」
「はぁ!? 何をわけのわからないことを言っているのよ! ダンスは楽しいけど踊り子じゃないし! ってゲホゲホッ! 泥が口に入ったぁ!? ヴェッ」
女神様は嘔吐するような顔で泥を吐いた。くるりと僕に背を向けると湖に近づき、その細い指をあわせて水をすくう。口に含んだ。
「──ブォファッ!?」
そして、吹いた。
うがいをしようとしたみたいだけど、水が汚すぎて無理だったみたいだ。金の長髪をブンブン振り回して、ガリガリと喉を
「しっかりしてください! し、深呼吸を!」
「ヴォエッ、ヴォッッエッ!?」
僕は女神様に駆け寄った。
そして背中をさすって「大丈夫ですか!?」と繰り返した。それくらいしかできることはなかったからだ。
ベル・クラネルは大した人間じゃないし、何の才能もないファッキンクソラビット(赤い髪の女神様が言ってた)だから、気の利いた事は言えないし大したこともできないのだ。
*
愛と美の女神アフロディーテ。
それが湖に刺さっていた石像の正体だった。
本人いわく『三千世界がすべからく愛した最強最カワ
同じ美の女神のフレイヤほどではないにしろ、天界にいた頃は求婚希望者が沢山いた。なぜかそのほとんどが
かなり昔の話だ。多くの神々が退屈な天界を脱出し、娯楽に溢れた下界に降りていく中、彼女もまた同じ道を辿った。そうして自らの【ファミリア】を立ち上げ(魅了をガンガン使って)、たくさんのお金を集め(魅了で周りに無理やり言うことを聞かせて)、超どデカい宮殿を自分のために造らせて(魅了でry)、愉快な眷族達と一緒に下界ライフを満喫していたのだが。
『今後みだりに魅了を行使することを禁ずる。さもなくば死、あるのみ。刑は送還でなく殺害である』
クレイジーでサイコな恐るべき女神から脅迫状が届き、あまり調子に乗らないよう気をつけなければならない羽目に。
しかし、その
『ゲッ……あんた、ファッキンクソバード!?』
『やはりあなたですね。未だに私のことをファッキンクソバードなどと呼んで、馬鹿にしているのは』
ある夜、
強い冒険者達を引き連れてアフロディーテの本拠に乗り込んできて、数時間で
アフロディーテは縛り上げられ、戦闘員はみーんな魅了されてしまった。ファッキンクソバード(蔑称)という女神は本業は生と死と運命の領域だが、美の権能も扱うことができるのだ。
『な、なんでこんなことするのよ! 私をどうするつもりよ! まさか送還でもしようっての!?』
『いいえ、おまえは石になるのよ。私にファッキンクソバードなどという蔑称を付与した罪は重い。その罪の重さに後悔しながら、孤独の闇に包まれるのよ』
神は下界では神の力は使えない。
だから指パッチンで相手を石化したりだとか、そういう神技は使えないはずなのだが、しかしアフロディーテは石にされてしまった。ファッキンクソバード(蔑称)の眷族に石化魔法をかけられたのだ。
『フェニー様。私のこれは永久石化ではありませんが……それに、運が悪ければそのうちパキッと』
『余計なことは言わなくていいのですよ。もう聞こえていないかもしれませんが、また会うことがあったとしたら、その時は、私という高尚な存在に媚びへつらいなさい。そして、これまでの不敬を謝罪するのよ。そうすれば半分くらいは許してあげます。それではさよならアフロディーテ。あはは、あはははははは!』
しかも攻撃すると
(なにもみえない……でも臭い! 死ぬ! 誰か助けて私はアフロディーテよ! 三千世界が愛した超絶パーフェクトな女神なのよ!?)
アフロディーテが放置されたのは、人が寄り付かない
最初は木と木の間に紐で吊るされて、風がけっこう気持ちよくて快適だったのだが、巨大な鳥が突撃してきて吹き飛ばされてしまった。それだけならまだ良かったが、アフロディーテは回転して頭から落ちた。
剣を突き刺すように顔から土にぶっ刺さってしまい、以降は少年に引っこ抜かれるまでそのまま。
時間感覚はそのうち消えた。どれだけの夜が過ぎたのか。朝は何回訪れたのか。周りの状況が全くわからないまま時が過ぎ、アフロディーテは絶望していた。
途中で意識を失っていたことも多かったが、目覚めた後も現実は何も変わらなかった。
たまに鳥のフンが落ちてくるし、くさいしせまいし、いっそ叩き砕いてくれと願ったこともあったが、祈っていればそのうち叶うものである。
「折れたらごめんなさい………………もしとれちゃったらちゃんと上に乗せますから」
(ヤメテ! 首がもげるのはイヤ! どこの誰か知らないけどゆっくり! ゆっくり優しくして! ってミシミシいってるミシミシいってるイヤァアアアアアアっ!?)
とある冬の夜。
アフロディーテは復活を果たした。
危うく頭が取れそうになりながらも五体満足で引っこ抜かれて、なんか知らんが体が元に戻った。そういえばファッキンクソバードの眷族は『永久じゃない』とか言っていたから、一定時間後に解けるやつだったのかもしれない。長時間すぎて諦めていたが、やはり祈りは通じるものだとアフロディーテは思った。
*
アフロディーテは復活を果たした。
ならば、まずは奪われた国を取り戻す。目指すは贅沢な生活の復活だ。アフロディーテは意気揚々と元いた場所、歌劇の国に戻ったのだが。
『誰ですかあなたは。やけに貧相な女神様だ』
『なに? アフロディーテだと? アフロディーテはこの国に入ってはならん。出禁だ』
『魅了を使っても無駄だよ? 俺達は魅了されても正気な体に生まれ変わったんだ!』
『恩恵? そんなものは
名乗った瞬間に罵倒されて
眷族達に刻んだはずの恩恵は
そうして、アフロディーテは眷族も財産も尊厳も全てを失い、ヤケクソでオラリオにやって来た。
「この間違いだらけの腐った下界を見返してやる! そのためなら
「はい! 僕は強くなります!」
アフロディーテの首をもぎかけた少年、ベルも一緒についてきた。連れてきた。
魅了はしていない。そうすれば何でも言う事を聞く人形にできるが、それ以上にはならないからだ。神の完全な傀儡は英雄にはなれない。可能性が花開くには成長が必要。魅了は成長を阻害し、可能性という種を殺してしまう。
「私に奉仕できることを光栄に思って、あなたは強い冒険者になってとことん私に献身するの! 取り急ぎ必要なのは、経済的な余裕だわ!」
「わかりました! 取り急ぎ、僕はお金を稼いできます!」
「アルバイトじゃなくて、ダンジョンでね! アルバイトしても強くはなれないから!」
「はい! もちろんです! ダンジョンでゴブリンと戦ってきます!」
「ゴブリンだけじゃなくて、もっと色々倒しなさい!」
以上。
アフロディーテがオラリオで活動で始めるに至った、言わば新たなはじまりの物語である。
派閥としての最終目標は『ファッキンクソバード』の討伐。アフロディーテはあのクソ女神に思い知らせてやらなければならない。しかし、『ファッキンクソバード』こと女神フェニーは強大な敵だ。