「はぁ、はぁ、はぁ……ッ! クソ、あの試験官……一体どこまで走り続けりゃ気が済むんだよ……!」
背後から聞こえるレオリオの荒い呼吸と、呪詛のような愚痴が地下道に木霊していた。
サトツの先導によるマラソンが始まってから、すでに数時間が経過している。距離にして数十キロ。一般の陸上選手であればとっくに限界を迎えている領域であり、地下道のあちこちには、泡を吹いて倒れた大人の受験生たちが無残に転がっていた。
そんな地獄絵図のような状況の中で、集団の前方を走る少年の三人組――ゴン、キルア、アベルの足取りは、驚くほどに軽快だった。
「ねえ、アベルのその背中の棒、本当に重くないの?」
ゴンが純粋な好奇心に満ちた目を輝かせながら、隣を走るアベルに話しかけてきた。
「ん? ああ、これね。樫の木を削り出した物でさ。普通の木刀よりは三倍くらい重いけど、もう身体の一部みたいなもんだから、持って走るくらいはどうってことないよ」
アベルは涼しい顔で微笑みながら答えた。
実際には、修行時代からアベルの濃密なオーラを吸い込み続けたその棒は、鉄の塊並みの重量に変貌している。
しかし、念の基礎を叩き込んで肉体を鍛え上げているアベルにとって、その程度の重量は羽毛のように軽かった。
そのアベルの返答を聞いて、反対側を走るキルアが、フッと不敵な笑みを浮かべる。
「へえ、三倍ね。お前、やっぱり面白いわ。普通のガキなら、それ背負って一キロ走っただけで音を上げるぜ。……でもさ、そろそろこの退屈なジョギングにも飽きてこない?」
キルアが退屈そうにつま先で地面を蹴ったその時、三人のすぐ後ろから、落ち着いた、しかしどこか険性を孕んだ声がかけられた。
「三人とも、油断はいけない。試験官のペースは、少しずつだが確実に上がっている。脱落者の数が、さっきの倍以上に増えているんだ。体力を温存しておくに越したことはない」
声の主はクラピカだった。
額に汗を浮かべ、乱れた金髪を払いながらも、その鋭い碧眼はしっかりと前方の試験官を捉えている。隣で今にも死にそうなレオリオを気にかけつつ、同時に同世代の子供たちが無茶をしないよう、年長者としての義務感から忠告してくれたのだ。
アベルは心の中で(さすがクラピカ、視野が広いな)と感心しつつ、肩をすくめて見せた。
「心配ありがとう、クラピカ。でも大丈夫、これでもちゃんとペースは考えてるから」
「そうそう! むしろ身体が温まってきたくらいだよ!」
ゴンが無邪気に笑うと、クラピカは「やれやれ……」と呆れたように息を吐いたが、その表情には微かに柔らかい色が混じっていた。
そんなやり取りの最中、前方の暗闇の奥に、微かな光が見え始めていることに気づいた。地下道の出口――すなわち、第一次試験の第一関門の終わりが近づいているのだ。
「あ、光だ!」
ゴンが嬉しそうに声をあげる。
「よし! ゴン、アベル! どっちが先に地上に出られるか、競争しようぜ!」
キルアが制服のポケットに手を突っ込んだまま、ニヤリと笑った。
「乗った! 負けた方が飯を奢るってのはどう?」
アベルが原作知識を頭の片隅に浮かべながら、楽しそうに提案を上乗せする。
「いいねそれ! 最下位が二人分奢りね! いくよ、せーのっ!」
ゴンの合図と同時に、三人の少年は爆発的な加速を見せた。それまで大人のペースに合わせてセーブしていた脚力を一気に開放し、風を切って地下道の出口へと突っ込んでいく。
「なっ……!? おい、待ちたまえ三人とも! 競争などしている場合では――」
クラピカが慌てて制止の声をあげるが、少年たちの耳にはもう届かない。
「あ、おいお前らズルいぞ! 待てぇ!!」
遥か後方から聞こえるレオリオの絶叫を置き去りにして、アベル、ゴン、キルアの三人は、眩い太陽の光が降り注ぐ地上へと、ほぼ同時に飛び出したのだった。