クルタ族の生き残りは緋の眼を取り戻す   作:Yuumatu

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第1話

 

 

ウイングは、ゴンとキルアに一枚ずつチケットを渡した。

 

「今日は、試合に出るのではなく観るだけです」

 

ゴンはチケットを受け取って、すぐに目を輝かせる。

 

「二百階の試合?」

 

「はい。念能力者同士の戦いです」

 

「見たい!」

 

隣でキルアがチケットを指で弾いた。

 

「見るだけで強くなれるの?」

 

「見るだけで強くはなれません」

 

ウイングは穏やかに答えた。

 

「ですが、知らないまま戦うよりはいい。二百階から上では、相手の能力を見てから考えていては遅いこともあります」

 

ゴンは首をかしげる。

 

「能力を見てからじゃ遅い?」

 

「ええ。発を使うには、たいてい何かしらの準備があります。オーラの流れ、間合い、視線、呼吸、体の向き。そういったものです」

 

キルアは黙って聞いていた。

 

「今日の試合に、それが分かりやすい方が出ます」

 

「分かりやすい?」

 

ゴンが聞くと、ウイングは少しだけ苦笑した。

 

「正確には、分かりやすく勝つ方です。ただし、見えるかどうかは別ですが」

 

キルアが眉を上げる。

 

「強いの?」

 

「強いですよ」

 

ウイングはそれ以上、詳しく言わなかった。

 

 

二百階の観客席は、下層とは空気が違っていた。

 

歓声は大きい。

だが、その中に混じる熱は、単なる娯楽のものではない。

 

ゴンは身を乗り出してリングを見つめていた。

 

「次の試合、もう始まるかな」

 

「さあな」

 

キルアはパンフレットを眺めていたが、視線はすぐに会場の方へ戻っていた。

周囲の客も、下の階とは違う。大声で騒ぐ者はいても、目だけは妙に鋭い者が混ざっている。

 

「ねえ、キルア」

 

「何?」

 

「ウイングさんが言ってた人って、次の試合に出るのかな」

 

「たぶんね」

 

キルアはパンフレットの出場者欄を見る。

 

そこには、二人の名前が載っていた。

 

ガレフ。

リオル。

 

「リオルって人かな」

 

ゴンが名前を覗き込む。

 

「知ってる?」

 

「知らねーよ」

 

近くに座っていた観客が、二人の会話を聞いて笑った。

 

「リオルを見るのは初めてか?」

 

ゴンは素直にうなずく。

 

「うん。強いの?」

 

「強いかどうかは知らねえ。まともに戦ってるところを見た奴が少ないからな」

 

「どういうこと?」

 

「すぐ終わるんだよ。前の試合も、その前も。派手な技も出さねえし、何したのかよく分かんねえ」

 

キルアが少しだけ反応した。

 

「念能力は?」

 

「さあな。スーツで出てきて、相手が何かする前に終わる。変な奴だよ」

 

ゴンはますます興味を持ったようだった。

 

「見たい!」

 

キルアはパンフレットを閉じる。

 

「ちょうど始まるみたいだぜ」

 

場内にアナウンスが響いた。

 

『続いての試合です! 西側入場口より、ガレフ選手!』

 

先に姿を見せたのは、体格のいい男だった。

肩幅が広く、腕には包帯のようなものを巻いている。

歩き方からして、自分の力を隠す気がない。

 

観客の一部が歓声を上げた。

 

キルアは男を一瞥する。

 

「結構やるんじゃね」

 

「分かるの?」

 

「なんとなくね」

 

その直後、反対側の入場口に照明が当たった。

 

『対するは、リオル選手!』

 

現れたのは、黒髪の青年だった。

 

黒に近い濃紺のスーツ。

白いシャツ。

手には革手袋。

 

闘技場に立つ選手というより、どこかの会合に向かう途中で道を間違えたような格好だった。

 

ゴンは瞬きをする。

 

「スーツだ」

 

キルアは黙って見ていた。

 

リオルは派手に手を振るでもなく、観客を煽るでもなく、リングの中央まで歩いて軽く頭を下げた。

それだけだった。

 

キルアが小さく言う。

 

「……あいつ」

 

「何?」

 

「隙がない」

 

ゴンはもう一度リングを見る。

 

リオルは静かに立っていた。

細身で、相手の男と比べれば明らかに線が細い。

けれど、不思議と弱そうには見えなかった。

 

ガレフがリオルを見て笑う。

 

「おいおい、スーツで来る場所じゃねえだろ」

 

リオルは少しだけ困ったように笑った。

 

「すみません。着替える時間がなくて」

 

「舐めてんのか?」

 

「いえ」

 

リオルは革手袋の指先を軽く直す。

 

「よろしくお願いします」

 

開始の合図が鳴った。

 

ガレフの右腕に、オーラが集まった。

 

何かを撃つのか、殴るのか。

ゴンには、そこまでは分からない。

 

だが、リオルは待たなかった。

 

発が形になる前に、間合いの内側へ入る。

 

掌底が顎を打ち、膝裏を払う。

崩れた体勢の首筋に、指先が軽く触れた。

 

ガレフの目から力が抜ける。

 

巨体が、音を立ててリングに沈んだ。

 

一拍遅れて、会場がどよめく。

 

『し、試合終了! 勝者、リオル選手!』

 

ゴンは思わず立ち上がった。

 

「すごい!」

 

キルアは目を細める。

 

「速いだけじゃない。能力を出される前に潰した」

 

「見えた?」

 

「少しだけ。でも、あの距離をほとんど予備動作なしで詰めてた」

 

リング上で、リオルは倒れた相手を見下ろしていた。

勝ち誇る様子はない。

 

審判に何かを確認されると、彼は軽くうなずき、そのままリングを降りた。

 

 

試合後の通路で、ゴンはリオルを見つけるとすぐに走り寄った。

 

「リオルさん!」

 

リオルは足を止める。

ゴンとキルアを見て、柔らかく笑った。

 

「さっき観客席にいた子たちだね」

 

「うん! さっきの試合、すごかった!」

 

「ありがとう」

 

ゴンは興奮したまま尋ねる。

 

「どうやったの?」

 

リオルは少し考えてから答えた。

 

「相手の能力が出る前に、近づいたんだ」

 

キルアが半眼になる。

 

「それが簡単にできたら苦労しないって」

 

リオルは苦笑する。

 

「たしかに。簡単ではないね」

 

ゴンは目を輝かせる。

 

「俺にもできる?」

 

「できると思うよ。ただ、今はウイングさんの言うことを聞いた方がいい」

 

キルアの表情が変わる。

 

「なんでウイングのこと知ってんの?」

 

「さっき少し話した。君たちのことも、その時に聞いたんだ」

 

「ふーん」

 

キルアはまだ警戒を解いていない。

 

リオルはそれに気づいているようだったが、気にした様子はなかった。

 

「ゴンくんと、キルアくん。だったね」

 

ゴンはうなずく。

 

「うん!」

 

キルアは少しだけ顔をしかめる。

 

「くん付けかよ」

 

「嫌だった?」

 

「別に」

 

リオルは小さく笑った。

 

その時、通路の奥からウイングが歩いてきた。

 

「リオルさん」

 

リオルが振り返る。

 

「お久しぶりです。ウイングさん」

 

ゴンが驚く。

 

「本当に知り合いなんだ」

 

ウイングは穏やかにうなずいた。

 

「ええ。私の師匠に縁のある方です」

 

キルアが首をかしげる。

 

「師匠?」

 

リオルは少し苦笑した。

 

「俺も昔、少し世話になった人がいてね。かなり厳しい人だった」

 

ウイングが言う。

 

「今もお元気ですよ」

 

リオルの表情が、ほんのわずかに固まる。

 

「……それは、少し怖いですね」

 

ゴンは不思議そうにリオルとウイングを見比べた。

 

「そんなに怖い人なの?」

 

ウイングはにこやかに答える。

 

「とても立派な方です」

 

リオルは否定しなかった。

ただ、少しだけ遠い目をした。

 

「立派ではありますね」

 

キルアは小声でゴンに言う。

 

「絶対怖いタイプだろ、それ」

 

 

ウイングと別れたあと、リオルは一人で通路を歩いていた。

 

試合後の熱気はまだ会場に残っている。

歓声も、足音も、遠くで響いていた。

 

曲がり角の先に、人影があった。

 

壁にもたれたヒソカが、こちらを見ていた。

 

「君、いいね♢」

 

リオルは足を止めた。

 

「……どうも」

 

「今度、遊ぼうよ」

 

「遠慮しておきます」

 

ヒソカは愉快そうに目を細める。

 

「つれないなあ♡」

 

リオルは軽く会釈だけして、そのまま歩き出した。

 

近づかない方がいい。

そう判断するのに、時間は要らなかった。

 

ヒソカはその背中を見送りながら、楽しそうに笑っていた。

 

 

その夜。

 

リオルは天空闘技場の外れにあるホテルの一室で、革手袋を外していた。

 

机の上には、いくつかの資料が置かれている。

 

闘技場の選手名簿。

スポンサーの一覧。

上層階に出入りする関係者の記録。

そして、顔写真のない一枚の書類。

 

そこには、ある男の名前だけが記されていた。

 

リオルはその名前に、赤い線を引く。

 

通信機が短く鳴った。

 

『探していた男ですが、ヨークシンに向かうようです』

 

リオルは窓の外を見る。

 

「分かりました。こちらも向かいます」

 

『例の品も、動く可能性があります』

 

リオルはしばらく黙った。

 

机の上に置いた革手袋に、視線を落とす。

 

「……確認でき次第、回収します」

 

通信が切れる。

 

リオルは書類を閉じた。

部屋の照明が、窓ガラスに彼の横顔を薄く映している。

 

その表情は、通路でゴンたちに向けたものとは違っていた。

 

やがて、リオルは低くつぶやく。

 

「今度こそ、取り戻す」

 

その言葉は、誰に向けたものでもなかった。

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