フェリックス・ミッターマイヤーは庭師になった   作:シロン茶

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フェリックス・ミッターマイヤーは庭師になりたい

模擬戦空域。

砲撃音が遅れて響いた。

 

「前進! 距離を詰めろ!」

「右舷回頭、包囲に入る!」

 

怒号が飛び交う。

光点が弾け、艦影が一つ消える。

——通常の演習だった。

 

ただ一つを除いて。

後方、指揮ブロックの端。三番艦が、動かない。

 

命令ログは正常に流れている。だが、その艦だけが何も選択していないように見えた。

 

「……三番艦、なぜ動かない」

 

観測席の教官が眉をひそめる

応答はない。敵味方の配置が、じわりと変わる。中央が押され、側面が膨らむ。

戦況は流れている。

 

「まだ動かないのか?」

 

副官が呟いたとき。

前線で、小さな乱れが起きた。

 

「待て、補給線が——」

「……なんだ、これは」

 

教官の声が低くなる。

動いていないはずの三番艦。だがその座標が、すべての最短航路に干渉している。

 

前に出れば、側面を失う。

引けば、補給線が切れる。

回れば、包囲が完成する。

逃げ場がない。

 

「……詰み、か」

 

誰かが呟いた。

 

その瞬間、主力艦の一つが“撃たれる前に”進路を逸らした。遅い。隊形が崩れる。連鎖的に、全体が瓦解する。

発砲は、最小限だった。だが戦闘は終わっていた。

遅れて、システム音声が告げる。

『演習終了。勝者——第三戦術群』

 

ざわめきが起きる。

 

「第三……?」「三番艦は動いていないぞ」

 

視線が、一斉に勝者の名前に向けられる。

 

「あああ、また、あいつか!ミッターマイヤー!」

 

担当教官ヴァルナーが叫んだ。隣の教官がニヤニヤ笑う。

 

「……あれは確か、彼が“枯山水”と呼ぶ戦術ですね」

 

「は?」

 

「石を“置く”だけで、空間全体の流れを制御する。

本来は庭石の配置のことらしいですが」

 

「何が庭石だ!」

 

その横で、同じ観測席にいた皇帝アレクが小さく笑った。

 

「……やっぱり、お前は動かさない方が強いんだな、フェリックス」

 

その声には、呆れと、羨望と、少しの誇りが混じっていた。

 

 

アレクはフェリックスを探して中庭へ向かった。

 

案の定、士官学校園芸部の建物の裏にしつらえた薔薇園で、真剣な表情で薔薇に何かを吹きかけている美少年がいる。今はまだ花は咲いておらず、枝に幾らかの葉が繁り始めたところだ。

 

制服の上に、エプロンと手袋。

叔母アンネローゼもよく似たような格好をしていたなあ、とアレクは笑い出す。

 

「フェリックス。薔薇の調子はどうだ。……教官たちが怒ってたぞ」

 

フェリックスは霧吹きを止めて振り向く。

 

「えええ。無駄に動くなって、教官が言ったのになあ。それに、基礎の積み重ねが大事っていうのがヴァルナー教官の口癖なんだし……動かずに待つのも基礎中の基礎ですよね?!」

 

「いや、あれは怒るだろ……お前がまた動かずに勝ったって教官たちが頭抱えてたぞ」

 

「観測の結果として最適解にしたつもりでした」

 

理屈っぽい言い方を始めたフェリックスに、アレクはため息をつきながらも口元が緩む。

 

「動かずに敵の全部の選択肢を縛ってたのは見事だったよ。あー、何と言ったか、お前のふざけた命名の……」

 

「枯山水です」

 

「……うん、それだ……」

 

アレクは複雑に笑って、フェリックスの横にしゃがみ込む。

 

「待つのは得意なんです」

 

フェリックスも作業をやめて隣に腰を下ろした。

 

「庭づくりって待つことなんです。ここに若木を植えるとします。枝の伸びる方向と風の向きを計算すると、五年後にはよい木陰を作る。その影が落ちる場所には湿気を好むシダを植えて、そうしたら、空間の温度を二度下げた、心地良い空間で読書ができる。それを待つんです」

 

「五年後……もう卒業してるな」

 

「まあ、そうですね」

 

フェリックスは霧吹きを置き、柔らかく笑った。

 

「……そういえば、ハインツ兄さんも似たようなことを言うんですよね。飽くことなき基礎の積み重ねが大事だって」

 

アレクは眉を上げた。

 

「ハインツ兄さん……ああ、ハインリッヒ・ランベルツ少佐か」

 

「はい。帰省した時に庭いじりを手伝ってくれるんです。植物は逃げない。急ぐな、丁寧に積み重ねろって。飽くことなき基礎の積み重ねが、勝利を掴むんだぞって、庭づくりの話なのに、戦術の話みたいに言うんですよね」

 

フェリックスは薔薇の葉をそっと持ち上げた。

 

「だから、僕は待つのが得意なんです。基礎を積み重ねて、時間を味方にする」

 

アレクはその横顔を見つめた。

 

「うん。待つことができるというのは、お前の美点だよ」

 

フェリックスは照れくさそうに笑った。

 

「あ、でも、見てください。この排水溝。これをあと数メートル伸ばせば、来年の春には向こうの土壌が安定します。待つばかりではなく、打つべき手は打たないといけません」

 

「お前……士官学校をリフォームするつもりか?」

 

アレクが呆れたように笑う。

 

「……考えるのが好きなんです。空間のことを。ここに木を植えたら、ここに薔薇を植えたらって」

 

ああ、そうだ!とアレクは思い出したように薔薇の植え込みを見た。

 

「そうだよ、薔薇。ここの薔薇、きれいに咲きそうか?」

 

「ええ。このまま、もうちょっと気温が高くなれば咲くはずです。なかなか四季バラとして安定しないですが」

 

「また黄色い薔薇なんだろう」

 

「はい。庭を作ったら黄色い薔薇を植えることにしています。だって黄色い薔薇は」

 

二人は口を揃える。

 

「「プロポーズの薔薇!」」

 

アハハとアレクは笑う。

若き日のミッターマイヤー元帥が、よりにもよって黄色い薔薇でプロポーズした話は、知る人ぞ知る逸話である。

 

フェリックスは、士官学校にアレクと共に入学してすぐ、一つわがままを言った。

園芸部の庭園に黄色い薔薇を植えてよろしいでしょうかキリッ!事件である。

 

当時の園芸部顧問の教官は何故か花言葉に詳しく、

 

「ほう、黄色い薔薇か。……花言葉は薄れゆく愛が有名だが、他にも、友情・平和・希望・嫉妬・孤独・別れ……おそろしく多義的だな」

 

と呟きながら許可を出した。

 

それ以来、フェリックスは庭に黄色い薔薇を増やし続け、士官学校生から「黄色い薔薇の男」と陰で呼ばれていた。

 

「去年、お前の薔薇を貰っていって告白した先輩がいただろう。彼は卒業と同時に結婚するそうだ。フェリックス・ミッターマイヤーの黄色い薔薇で告白が成功した、と言っているらしい」

 

フェリックスは苦笑する。

 

「あれは薔薇の力じゃなくて、先輩の勇気ですよ」

 

「今年の薔薇が咲くのを待っている者もいると聞いた」

 

「えええー、そんな、ただの黄色い薔薇ですよ」

 

アレクは笑いながら立ち上がった。

 

「うん、咲いたら予も一本もらおうかな」

 

フェリックスはびっくりして顔を上げた。

 

「え、アレク……陛下が?」

 

皇帝陛下にそんな相手が?と探る顔をされて、アレクの表情にほんの一瞬、寂しさがよぎる。

 

「冗談だよ。……真剣に欲しがる者がいたら、譲ってやるように。命令だぞ」

 

「はい、マインカイザー」

 

二人は顔を見合わせて笑った。

 

 

 

フェリックス・ミッターマイヤーが皇帝アレクの親友でありお気に入りなのは周知の事実だが、当然,面白く思わない者もいる。

 

士官学校の談話室。

静かに本を読んでいるフェリックス・ミッターマイヤーは、それだけで一枚の絵画のようである。

 

先輩たちが寄ってきて揶揄い始めた。

 

「なあフェリックス。お前の親父、すごかったんだろ?あっちの方でもさ」

「そうそう。目が合っただけで女が妊娠するレベルだったってさ」

 

下品なしのび笑いが起きる。

 

フェリックスは本から顔も上げずに答えた。

 

「その仮説は、生物学的にも統計学的にも極めて信憑性が低いな」

 

「……は?」

 

フェリックスは本を閉じ、怜悧な空色の双眸で相手をまっすぐに見据えた。

 

「仮に、視覚情報の入力が受精を誘発するという超常的な現象が実在したとしよう」

 

談話室が、一瞬で静まり返った。

 

「元帥閣下が現役であった期間、および彼が公衆の面前に姿を現した回数、そして彼の視界に入った女性の総数を推定すれば、今ごろ帝都には私の異母兄弟が少なくとも数万人は溢れかえっているはずだ」

 

誰も笑わない。

 

「だが、観測された個体は私一人。したがってその言説は、当時の大衆による誇張、あるいは偶像化の産物だ」

 

大真面目に答えるフェリックスに、近くにいた同期生が言う。

 

「フェリックス、冗談に真面目に返すなよ……」

 

「冗談にしては整合性を欠いている。人口統計が説明できない」

 

淡々とした声に、悪意も自虐もない。ただ“誤った記述を訂正した”という顔で、また本に目を落とす。同期生が複雑な表情で言った。

 

「……お前、本当にあの人の息子なのか?」

 

するとフェリックスは、にこりとして言うのだ。

 

「もし、父の魅力がそこまでの力があり、そのエネルギーが植物の光合成あるいは受粉に転換されていれば、宇宙は今ごろ緑で満ちていたかもしれない。惜しい損失だ」

 

そう言い放つ彼の手にあるのは『土壌改造論』『都市緑化の基礎知識』である。

 

もう誰も何も言えなかった。

 

後からこの話を聞いたアレクは、しばらく笑い転げていたという。

 

その夜。

アレク側近から一部始終を聞いたウォルフガング・ミッターマイヤーは、深く、本当に深くため息をついた。

 

「……あいつ、本当に真顔で言ったのか。『俺がたくさんいるはずだ』と。まったく……」

 

ブランデーを注ぎながら、ミッターマイヤーは遠い記憶を辿った。

 

夜更けの酒場。不機嫌そうにグラスを弄ぶロイエンタールが絡んできた。

 

『雷が鳴ったからといって、女はどうして枕に抱きつく。枕が助けてくれると思っているわけか、あれは?』

 

あの時のロイエンタールのめんどくささときたら!

 

感情をそのまま出さず、理屈に変換する。ああいうふうに変な理屈をこねて絡んできた時は、別のところで何か気に入らないことがあったからなのだと、今ならわかる。わかるが、やっぱりめんどくさい男だった!

 

「……似てほしくないところばかり、丁寧に受け継ぐものだ」

 

ミッターマイヤーは苦く笑った。

 

もしロイエンタールが生きていたら、息子の“俺が量産されているはずだ”という論理を聞いて、どんな顔をしただろう。

ロイエンタールが、フェリックスについて「知っていたら堕胎させていた」と先帝ラインハルトに言い切った件を、知っている者は限られている。

 

できればフェリックスに知られずにいたいものだと、ミッターマイヤーはブランデーを煽った。

 

 

 




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