フェリックス・ミッターマイヤーは庭師になった   作:シロン茶

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フェリックス・ミッターマイヤーは公園を作る その4

工事が何度も中断する中、フェリックスの端末に、皇帝執務室からの通知が届いた。追加予算の承認。

フェリックスは画面を見つめた。それは単なる数字の羅列ではなかった。

 

「ミッターマイヤー主任」

 

呼ばれてフェリックスは顔を上げた。第三工区の現場主任が、作業再開を告げに来ていた。

 

「追加予算が通った」

 

思わず言ってしまう。現場主任は驚いた顔をした。

 

「深層土壌置換用の特殊機材を優先投入する。できるだけ深く、地層ごと入れ替える」

 

顔を輝かせてそう話すフェリックスに、現場主任は長い息を吐いた。

 

「……あんた、噂どおり皇帝のお気に入りなんだな。そんでもって、お育ちがいい」

 

「どういう意味だ?」

 

「予算をもぎ取るのもすげえし、それを懐に入れないからさ」

 

フェリックスは眉を顰めた。

 

「……そんなことをしたいなら、ここには来ないが」

 

現場主任は、フェリックスをまっすぐに見つめた。

 

「俺はここをどうにかしたいと思ってたから、あんたに従ってる。我らが自治政府が三十年、手をこまねいていたことをやるってことだからな」

 

フェリックスは静かに頷いた。現場主任は、低く、しかしはっきりと言った。

 

「だから、死者のためじゃなく、生きてる俺たちのために、“息ができる場所”を作ってくれ」

 

その言葉は、どんな批評よりも深く、フェリックスの胸に刺さった。

 

追加予算がついたことで、土壌の入れ替えは滞りなく進んでいた。

 

「新しい土が入ってから、臭いが変わったな」

 

作業員たちがそう言い合うとおり、風が吹くたび、柔らかく湿った土の匂いが流れてくる。

この区画も、やがて正しい土に覆われるのだ。

第三工区の入り口に立って、フェリックスは静かに息を吐いた。

アレクが政治的な代償を払って確保した土――その思惑が何であれ、効果は確かだった。

 

そのとき、背後で靴音がした。

 

振り返ると、薄いコートを羽織った女が立っていた。

場違いなほど整った装い。だが足元だけは、すでに土で汚れている。

 

「早朝から感傷的ね、設計主任」

 

ゾフィー・フォン・フォイエルバッハだった。

 

フェリックスは立ち上がり、手袋をはめ直した。

 

「ハイネセンまで、君が来るとは」

 

「化学者としてのお仕事よ。市民向け土壌安全説明会。『帝国にも女性科学者はおります』という展示物も兼ねてね」

 

ゾフィーは歩み寄り、

 

「土壌サンプルの分析結果を持ってきてあげたわ。……あなたが取りに来ないから」

 

フェリックスは視線を逸らした。

 

「忙しい。分析結果なら、データで送れと言ったはずだ。もう土の入れ替えは進行している」

 

「あなたが忙しさを盾にして、何から逃げているかは、わかっているけどね」

 

ゾフィーは端末を差し出した。

そこには、焼けた有機物と化学消火剤が結晶化した“記憶の化石”のような土壌データが並んでいる。

 

「この土地、面白いわよ。三十年分の沈黙が結晶化してる。でもね、フェリックス。化学的に言えば、ここはまだ『死んで』はいない。反応が続いているということは、まだ系が動いている」

 

彼女は、観察対象を見るような静かな眼差しで夫を見上げた。

フェリックスは口を歪めるだけで、何も返さない。

 

「どんなに中和剤を撒いても、新しい土を入れても、根は深くまで伸びて、底にある灰に触れる」

 

「……そんなことは私が一番わかっている」

 

フェリックスは低く言った。

 

「美しく花が咲けば、後世はその過程を問わず“再生”と分類する。……私は、その認識を成立させるためにここにいる」

 

ゾフィーは短く息を吐いた。

 

「嫌な男ね」

 

「陛下にも言われた」

 

「……あなたって、ほんと皇帝陛下が好きよね」

 

ゾフィーは立ち上がると、夫の肩を軽く叩いた。

 

「あなたがやろうとしていること、今の状況では現実的な解なんだと思うわ」

 

フェリックスは答えない。

空色の瞳は、妻のほうを見ようとしなかった。

 

「でもね。それで、“ここに来る人”が救われるかどうかは、別の話よ」

 

しばらく、沈黙が続いた。

 

「……救うところまでは、僕の範囲じゃない。機能する空間を作る。それが仕事だ」

 

ゾフィーは一瞬だけまばたきを忘れた。彼女は何か言いかけようとし、結局、口を閉ざした。

 

ゾフィーが去ると、フェリックスは再び一人になった。

 

「……面白くなんかないよ、ゾフィー」

 

独り言というより、助けを求め損ねた声に近かった。

フェリックスは、新しい土を強く握りしめた。

 

そのゾフィーが開催した「土壌安全説明会」は、地元大学の教授や学生たちにボイコットされ、市民からは「分析データは帝国に都合よく改ざんされている!」と糾弾の声が上がった。

ゾフィーがどれほど科学者として誠実であろうと、市民は彼女を“侵略者の妻”としてしか見なかったのである。

 




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