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1. 朝靄の出撃
「お姉ちゃん、いくらなんでも早すぎない?」
緊張感のないあくびを噛み殺しながら、シュティア・メイスが眠そうに目をこすった。
スバル・ステーションの巨大な朝日照明すらまだ点灯していない、暗い早朝。シルバーアンカーはすでにステーションを離れ、冷徹な星々が明滅する暗黒の宇宙空間を静かに巡航していた。
目的地は、ステーション近辺に位置する悪名高い岩礁宙域『ゲヘナ・ベルト』。無数の不規則な小惑星と鋭利な宇宙デブリが密集するその場所は、最近になって凶暴な原生生物の被害が多発しているという報告があった。
「作業船である私たちのところに討伐依頼が回ってくるなんて、ちょっと無茶だったんじゃないかなぁ」
「そう言わないでください、シュティア。今回は特例の緊急依頼ですからね。被害がこれ以上拡大すれば、私たちのホームであるステーションの安全にも関わります。それに……いざとなればシュティア、あなたの腕を頼りにしていますから」
操縦桿を握るレデアが、ふっと振り返って微笑む。
その瞬間、シュティアの脳内を覆っていた深い眠気は、銀河の彼方へと一瞬で消し飛んだ。黄金色の瞳が輝き、心臓の鼓動が跳ね上がる。
「もちろんだよ、お姉ちゃん! 私に任せて! お姉ちゃんの安全とステーションの平和は、この私が全力を尽くして守り抜いてみせるからね!」
気合の入りすぎた拳を握る妹に、レデアは期待していますよと苦笑しつつ、戦術コンソールにデータを展開した。
「ギルドの情報によると、今回出現した原生生物は、体内に強力な蓄電器官を持つ宇宙怪獣『プラズマ・マンタ』の亜種です。口から高エネルギーのプラズマ弾を放ってくるため、まともに喰らえばシルバーアンカーの電子機器は一発で焼き切られます」
「対消滅フィールドがあれば防御できるけど、今はあいにくメンテナンス中で使えないものね。シルバーアンカーの生身の装甲で立ち向かうには、工夫が必要だね。お姉ちゃん、操舵は任せたよ」
「ええ、私の精密操舵に合わせなさい!」
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2. 岩礁の舞踏
ゲヘナ・ベルトの密林のようなデブリ帯に入り込んで間もなく、それは姿を現した。
小惑星の影から、不気味に青白く発光する巨大な平たい肉体が滑り出してくる。全長数十メートルに及ぶ原生生物だ。その裂けたような大口に、激しいプラズマの光球が収束していくのが見えた。
「来る!」
二人の声が完全に重なった。
直後、暗黒の宇宙を切り裂いて放たれた目も眩むようなプラズマ弾。だが、レデアの優れた反射神経が、それよりも一瞬早くシルバーアンカーの逆噴射スラスターをパルス状に点火させていた。船体は慣性を無視したかのような鋭角の軌道を描き、迫りくる光球をミリ単位の見切りで綺麗に回避する。
「素晴らしい回避だよ、お姉ちゃん! このまま一気に距離を詰めて倒しちゃおう!」
「ええ、接近します! 射撃管制、いつでもいけますね!」
レデアが小惑星の合間を縫うように船体を猛加速させる。
シュティアはすぐさまトリガーを引き、船首から極太のワイヤーを備えた『牽引アンカー』を力強く射出した。しかし、敵も野生の勘でそれを察知したのか、頑強な側面の鰭を盾のようにしてアンカーを弾き飛ばした。金属の火花が散り、アンカーが虚空を泳ぐ。
「流石に皮膜の装甲が厚いね。なら――これならどう?」
シュティアは瞬時にアンカーの手元を操作し、近くに浮遊していた直径数メートルほどの頑丈な宇宙デブリへと爪を引っ掛けた。外したアンカーのワイヤーを思い切り巻き取ることで、質量兵器と化したデブリを、鞭のようにしならせてプラズマ・マンタの脳頭部へと激突させた。
凄まじい衝撃に、原生生物の巨体が大きくひるむ。
しかし、激昂したマンタはひるんだ勢いのまま、口から連続して三発のプラズマ弾を乱射してきた。
「おっと、危ない!」
「くっ……これしきの反撃!」
至近距離からの猛攻に対し、レデアは冷や汗を流しながらも操縦桿を限界まで引き絞った。シルバーアンカーは岩礁の隙間を転がるように右へ、左へと激しくロールし、迫りくる青い光条をことごとく紙一重で回避していく。
そして、敵の懐を大きく回り込むようにして、大回りに猛烈な速度を乗せていった。
「今です、シュティア! 最大の慣性を乗せました!」
「もらったぁ!」
最高速度に達した船体から、シュティアの手によって再び放たれた牽引アンカー。
レデアが選びに選び抜いた超硬合金製のアンカーは、その凄まじい運動エネルギーを伴って、今度は原生生物の最も強固な頭部装甲へと真っ直ぐに突き刺さった。
鋭い衝撃波がワイヤーを伝って船体に響く。アンカーの爪はマンタの硬い皮膚を深く貫き、完全にその身を拘束した。
「これで捕まえたよ! お姉ちゃん、あのデブリの山へ!」
「言われずとも! 全スラスター、最大出力!」
シルバーアンカーのツインエンジンが咆哮を上げる。船体は捕らえた巨獣をワイヤーで引きずりながら急加速し、そのまま目の前にそびえ立つ巨大な小惑星の岩肌へと、思い切り叩きつけた。
激しい衝突ののち、原生生物は完全に沈黙した。ピクリとも動かなくなったのを確認し、見事に駆除完了である。
「やりましたね、シュティア。完璧な連携でした」
「うん! お姉ちゃんの操縦が最高だったからだよ!」
二人はホッと胸をなでおろし、ギルドのデータと照合して完全討伐を確認すると、すぐさま依頼主へと報告を入れた。このプラズマ・マンタの蓄電器官や外皮は高値で売れる貴重な素材になるため、現地まで回収船を寄こしてもらい、そのまま引き取ってもらう手続きを済ませるのだった。
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3. 鉄壁の防衛線
数時間後。シルバーアンカーは無事にスバル・ステーションへと帰還し、自室のリビングには、朝の光がようやく差し込み始めていた。
大仕事を終え、すっかりお腹を満たしたレデアは、パジャマに着替えて自分のベッドへ潜り込もうとした。しかし、その背後からは、同じくパジャマ姿になった黄金色の大型犬が、当たり前のような顔をして一緒に寝室へ入ろうとついてくる。
「ちょっと待ちなさい、シュティア。どこへ入ろうとしているのですか」
「え? どこへって、お姉ちゃんのベッドだけど」
不思議そうに首を傾げる妹に対し、レデアは仁王立ちになって寝室の入り口を塞いだ。
「今日はだめです。ここ数日、あなたはずっと私の部屋に入り込んで、私を抱き枕代わりにして寝ていたでしょう。そのせいで私は毎晩、身動きが取れずに寝不足なのです。今日は一人で寝なさい!」
「そんなぁ! お姉ちゃんをギュッてしてスースーしないと、私の明日への元気が補給できないよぉ! お姉ちゃん、いじわる!」
「いじわるではありません、正当な睡眠時間の防衛です。それでは、おやすみなさい」
レデアは一瞬の隙を突いて自室のドアを閉めると、容赦なく電磁ロックをかけた。
「ああっ、お姉ちゃん! 閉め出さないでよぉ! ドア越しでもいいから愛を囁き合おうよぉ!」
静まり返ったシルバーアンカーの廊下で、シュティアの悲痛な叫びが虚しく響き渡る。
こうして、メイス姉妹の賑やかで、ちょっぴり暑苦しい日が過ぎていくのだった。