更新の停滞、申し訳ありません。半期の締めなんです。
書類にサインをして裁可済みの箱に回していく。実に順調。ホテルモスクワの報告書も幾分気にはなるが、言う事はない。が、東京支部は相変わらず上がりが悪い。渋い顔をしているとルワンがコーヒーを置きながら、書類を覗き込んでくる。
「ホテルモスクワの東京支部な。ちょっと考えもんだな。」
「ラプチェフのシマですね。関東和平会が外国人組織を締め出す方針を出しているからでしょう。」
「その関東和平会ってのは鷲峰や香砂よりも大きいのか?」
「鷲峰から見れば香砂会が親、関東和平会は親の親、と言ったところでしょうか?」
「なるほどな。それは大きそうだ。」
「博徒大友組の所属団体、天政会よりも少し大きいですね。」
「バラライカを使えばいいじゃないか。」
「キャクストンは少し短絡的ですね。ラプチェフはKGB上がり、バラライカは軍隊の出。水と油ですよ。」
「あー…なるほどな。」
少し難しい。友好団体である鷲峰組は関東和平会の系列、ホテルモスクワはうちの系列。過度に干渉すると、坂東さんに痛くない腹を探られるし、ホテルモスクワも反目を効いてくるだろう。
「我々が東京にシマを持つ気はないが、ホテルモスクワは出したい。少し坂東さんに聞いてみよう。ホテルモスクワがうちの傘下になる前からのシマだ。今から引き上げろとは言っては少し哀れだし。」
「そうだな手紙を出してみよう。」
「ルワン、お願いね。」
「了解した。」
かれこれ日常の業務を進めていると、問題は必ず生じる。訓練でも負傷者が出るように、日常にも問題はある。キャクストンは訓練に、ルワンは自分の代わりに昼過ぎに来た教会の会計士と面談中だった。
「総司、ダッチから連絡です。」
「ダッチから?」
「はい。マニサレラの‘荷’についてだそうです。」
「わかった。電話、回して。」
自分のデスクの電話をとると、聞き慣れた声が耳に響く。
「どうしたの?」
『マニサレラ・カルテルからの依頼なんだが。』
「あぁ。報告は来てるよ。孤児だってね。胸糞の問題はあるけど、毎回、書類に不備はない。ロアナプラではトランジットするだけだって。」
『あぁだが気になることがあってな。ロックが聞いた話だが、ラブレス家についての情報が欲しい。南米十三家族のラブレス家だ。』
「ふぅん…南米のラブレス家?」
ラブレス家と言うキーワードを大きめの声で言うと同時に、オスカーに目配せをする。そのタイミングを見計らった様にシャワーを浴びたキャクストンが、水滴を拭いながら入ってくる。
『あぁそうだ。』
「夕方には揃うと思う。事務所に届けるかい?」
『イエローフラッグで待たせてもらう。』
「わかった。」
受話器を置いて、オスカーに向き直る。交際資料のファイルをペラペラとめくっている。
「ラブレス…聞いた名前だ。ベネズエラの富豪だったはずだ。本当に昔、資料で見たな。状況によっては不安定化工作をアメリカは考えていた。」
「その様ですね。ですが、今は昔日の勢いはありませんね。没落貴族です。当主に息子とメイドが一人、犬が一匹と言う家族構成です。旭日重工の視察地でもあります。」
「なんか不自然だね。資料を。」
渡された資料を見ると確かに没落貴族らしい。が、所有する土地から希土類が出たらしい。それに旭日重工は反応したと。
「総司、このメイド、本当にメイドか?」
「わかります。これはメイドの目ではない。」
「やだね。この目を俺たちは知ってるな。」
「あぁ。こいつは兵士だろう。」
写真に映る三人と一匹。上品な紳士と賢そうな子供が犬を抱えている。その横に立つメイドの目付きはうちの連中が戦地で見せる目と瓜二つ、しかも歴の長い連中にそっくりだった。メイドのふりをした護衛かその類だろう。だが、どこか真っ当な兵士とは少し違う。バラライカのその目に近い。
そこで一人、頼れる人間を思い出した。デスクの受話器を持ち上げて友人の一人にコールする。
『今日は常識的な時間で助かる。どうしたのか?』
「最近、どうかな?ロシア出張は順調?」
『おかげでモスクワとウラジオストクに支店を出して運営できている。退官前にいい仕事が出来た。その確認ではないだろう?』
「うん。南米周辺の指名手配されてる人間、女性のテロリストを探して貰えないかと思ってて。あと12月に二個分隊で日本に行きたいからその段取りも。」
『探している人物はこちらでも調べてみよう。夜中でもよければ教会から届けさせる。二個分隊の方は…なんとかしよう。名刺のお礼もある。それと一つ協力してもらいたいことがある。』
「ありがとう。夜勤の連中が受け取る。で、なに?」
『一緒に資料を送る。日本人なんだが国外逃亡中だ。』
「へぇ…骨のある日本人もいたね。」
『元警察官。過日、東京でちょっとした騒ぎがあってね。警察関係から協力要請があったんだが、台湾から先の足取りが掴めない。もしかしたら東南アジアにも足を伸ばすかもしれないんだ。』
「わかった。うちの連中にも気にする様に言っておくよ。」
『では、夜中にでも。』
「よろしく。」
資料が届くまでは特にすることもない。事務所に戻ってきたルワンが、書類を眺めつつ入ってくる。
「なんかなぁ…なぁなんか食うものないか?ちょっと腹減ったんだよな。」
「インスタントヌードルなら。猫印ですが。」
「それ、不味いんだよな。いいや。総司、会計士の持ってきた決算書に問題はない。だが、ワトサップの押収量と街に流通する武器がどうにも帳尻が合わない。確定でルート外から入る武器がある。」
この街では武器の取引をできるのはリップオフ教会だけと決めて、徹底している。そうする事でそれぞれの組織がどの程度の武装をしているのか、弾は何発持っているのかまで把握できるシステムになっている。だからこそ調律された平和がこの街にはある。
「それは…考えられるのはラグーンでは?彼らは一度、やっている実績があります。」
「オスカーの意見はもっともだが、今になってやる理由が見当たらない。個人的に持ち込んでいるのはこの前のナチもどきの例をもって考えられるが、誤差の範囲だろう。帳尻が合わないと言うことはないはずだ。」
「俺もキャクストンに同意する。それと、帳尻が合わなくなってきた頃からブーゲンビリアが羽振りよくなってる。」
「そっか。あまりやりたくないけど、ブーゲンビリアの荷を帳面通りに飲むのをやめよう。ルワン、ブーゲンビリアの荷はちょっと厳しめに見てて欲しい。」
「そうだな。それでいいだろう。あとはリップオフもみてた方がいい。荷は増加傾向にある。品目を偽ってる可能性も疑っていいはずだ。」
「じゃあそうしよう。オスカー、今ある資料だけでいいから回して。あと夜勤の連中にリップオフから資料が届くことを引き継いでおいて。」
「夜勤は俺が引き継ぎしておく。資料の件、諒解した。イエローフラッグに行くんだろう?アンドラスの分隊が待機中だ。連れて行ってくれ。」
「護衛って…まだ要る?」
「「「は?」」」
「スイマセンデシタ…」
キャクストンに任せて、イエローフラッグに車を向ける。今日はアンドラスの分隊が待機中だったのでついて来てくれた。
「総代、我々は店内の端と外にいますので。」
「うん。じゃあ店に入る連中はちゃんと飲んでね。領収書切っていいから。」
「酔わない程度に飲ませます。」
「よろしく。外に待機してるみんなには手当つけるよ。」
「ありがとうございます。」
アンドラスたちに指示を出して、店に入るといつも通り雑然としている。カウンターの向こうでしかめっ面を晒しながら、新聞を読むバオに注文を入れる。
「333を二本。あと、うちの連中にも出してくれる?」
「なんだよ今日は一人か?珍しい。何人連れてる?」
「店内に6人だ。いや、ラグーンの連中と待ち合わせでね。」
「ゲッ…ラグーンかよ…。」
「なにさ。不都合でも?」
「ラグーンとアクシズが一緒になるとロクなことがねぇって相場が決まってんだよ。」
「失礼なヤツだ。端の席使うよ。」
ビールの小瓶を受け取って、カウンターの端に積み上げられた灰皿をひったくって壁際の席に座る。店ですれ違う顔はほとんどが知った顔で、立場的なこともあってこっちから声を掛けずとも、声を掛けてくれる。壁際にたどり着くまでにそんな馴染みの顔と乾杯をしていると、小瓶のビールは座る頃には一本干されてしまう。
ようやく席に着いて、タバコに火をつけるとラグーンの御一行…とさっき知った子供が席に着いた。
「お疲れ様。今来たとこなんだ。」
「今来たにしてはもう空瓶が出来上がってる様だが?」
「挨拶してれば空くさ。レヴィ、ダッチとロックに話がある。みんなの分、注文してきて。」
「はぁぁ?そう言う雑用は新人の仕事だろ?」
「頼むよ。あとオレンジジュースもね。」
レヴィが渋々とカウンターに向かっていくのを見てから、ダッチとロック、ベニーと少年に向き直る。
「本題なんだけど結果から言う。この子は孤児ではない。ガルシア・フェルナンド・ラブレス、間違いない。」
「やっぱり…」
「よくない話だね…」
「OK。もう状況がよくないのはわかった。また貧乏籤…ってのは避けたい。」
グラスが揃って、レヴィが席に着いたところで一度、乾杯を済ませる。
「ガルシア君、僕は東郷総司、この街でアクシズと言う会社をやっててね。面倒事を避けたい。」
「お前も悪党なのか?どこか違う気がする。」
「おいガキ。あまり舐めた口きくなよ。総司のアクシズはこの街を仕切るマフィアだ。」
「レヴィ、もう少し言い方があるだろう?この前、露店でぶっ放したのを無かったことにしてやったじゃん?」
「ケッ…頼んじゃいねーよ。」
「留置所、戻る?」
「そりゃ勘弁。」
タバコを咥えたレヴィが降参のジェスチャーを見せる。ダッチも苦労が絶えない。まぁ…それはさておき。
「お前も悪党か。」
「マフィアを悪党と言うなら悪党だろう。だが、この街を平和に、繁栄をもたらせるなら悪にでもなる。」
「そいつぁ子供には早い説法だ。で、この子供は今、マニサレラの所有物な訳だが、このまま届けるとこの子供にも俺たちにも愉快な結末は来なさそうだな。」
「そうだね。この子は売られ、ラグーンにはルールを破ったペナルティが課される。」
「ルール?そもそも誘拐も人身売買も違法じゃないか。」
「ガルシア君、そのルールが僕が悪党たる所以さ。この街で薬物の売買はアクシズが禁じていて、人身売買は…まぁうちに申告して貰っている。誘拐しての人身売買を許してはいない。法律は存在するが、我々のルールがいくらか優越する。」
「酷い街だ。」
子供に言われると少々刺さるものがある。純粋な目にはただの悪党に見えるのだろう。仕方のないことだ。
「で、ロック。よく気づいてくれた。幸い、ベネズエラにうちの連中が仕事で行っている。返すことは可能だ。」
そこまで話をした所で火薬と、坊ちゃん奪還に燃えるメイドが後ろで邂逅している事に俺は気づいていなかった。