コンテナの狭間、コンテナ上を完全武装のキャクストンたちが駆け抜けていく。端から見ているとすごくカッコいい。これは高度に訓練された故の美しさとも言える。
『第二分隊レイモンドだ。メイドとレヴィを捕捉した。割って入るには躊躇われる状況だ。』
「介入はしなくていい。それとなく第一分隊の狩場に誘導してほしい。」
『諒解した。誘導に徹する。』
「レイなら上手くやるだろう。ゲールの分隊はそのまま周辺警戒でいいのか?」
「うん。外には出さないようにね。」
「諒解だ。」
先ほどの轟音と停電はレヴィとロベルタがあり得ない激しさで銃火を交えたために、電柱が倒れ、架線が切れた事による送電停止が原因だった。現在、工兵部の皆さんによって鋭意復旧作業中である。
「ところでラグーンの連中は?どこかで小さくなって震えてるんだろ?」
「三人迎えにやった。放置するよりはいいだろう。」
「ありがとう。」
この会話の間にも炸裂、爆発、倒壊の災害交響曲が鳴り響いている。この賠償、誰に請求したらいいのか。
「ここだ。コンテナ上に包囲陣を形成、狩場にする。」
「承知した。選抜射手は狙撃態勢をとれ。半円陣でいい。」
「はっ‼︎」
散らばっていく分隊を眺めてタバコに火をつける。ちょうどラグーンの連中も到着した。それにしてもこの狩猟戦術、どこかで活かせないものか。かなり手際がいい。
『二挺持ちが9時方向に回り込んだぞ‼︎催涙弾を叩き込め‼︎』
『メイドは排水路に沿っている。左へ追い立てろ‼︎』
『あと一区画だ‼︎』
無線から流れてくる第二分隊の内容から察するに、狙い通りに誘導は出来てる。追い立てられつつも交戦を続ける二人の闘争心には敬意を表したい。そう思っていると騒動の根源を雇用する二人が到着した。
「アクシズには申し訳ないことをしたな。」
「まぁ…結構な損害だがこちらにも非はある。ダッチたちは怪我してない?」
「ベニーの車が廃車寸前だ。」
「ここじゃパーツの調達も楽じゃないのに。」
「大丈夫だ。ベニーの車の方はこっちでパーツを揃えるよ。」
「それは助かる。」
「で、ガルシア君。君はあのメイドをどうする?連れ帰らないと言うならこちらで対処する。もちろん君には国へ帰って貰う。それは約束しよう。」
「対処って…」
「殺しはしないさ。名前は捨てて貰うけど新しい人生ってところかな。」
「ロベルタは…僕の家族だ。」
「そうか。では、雇用主として甲斐性を見せるんだな。」
「甲斐性?」
「そうだ。少し難しいかな。」
少し大人の話をしているとキャクストンから無線が入る。
『狩場に入った。いつでも仕留められる。』
「よし。終わらせよう。」
四人を連れて予定位置に向かって歩き始める。するとガルシアが突然叫び始めた。
「ロベルタぁぁぁぁっ‼︎頑張れ‼︎負けるなぁぁぁっ‼︎」
「なんとまぁ…悪くないね。」
「あなたの言う甲斐性という物はよくわからない。でも、僕にはロベルタを応援するくらいしか出来ない。」
「それでいいさ。迎えに行こう。」
しばらくコンテナの合間を歩いていくと、少し開けた所で相変わらず撃ち合う二人を見つけた。お互い多少の傷は負ったようだが、命には関わらない怪我だろう。そろそろ頃合いか。
「二人とも武器を捨てろ。ここは俺の会社だぞ。」
「うるせぇ。黙ってろ。」
「えぇ。関係ありませんわ。」
「おかしい。命令したはずだが。」
そう言って右手を振ると二発のゴム弾が二人の銃を吹き飛ばす。
「ガルシア君、このメイドは少々後ろめたいところがある。」
「黙れぇぇっ‼︎」
「吠えるな駄犬。ロベルタとやら。君の若様は君を連れて帰るという。帰るならここまでの悪行は不問にしよう。国許のカルテルにはケジメを取らせるし、取引先にお願いしてラブレス領の鉱山開発を進められる様にこちらからもお願いすることも可能だ。そうすればかつての様にとまでいかずとも、ラブレス家の財政は改善されるだろう。そして、ロベルタの過去についても幾らかの協力が出来る。もちろん、それらには我々アクシズが得られる利益も見込んでのことだ。」
「ロベルタ…本当?」
「えぇ…お笑いください。」
「ロベルタはもう帰ってこないの?」
「いいのですか?」
「僕らの家に帰ろう?」
「こちらとしてはさっき見せたガルシア君の甲斐性に応えたのと打算もある。損失より利益を期待した。」
「ならロベルタ、もう帰ろう。僕は無事だ。」
「若様…私は…。」
「ロベルタは僕の家族じゃないか。」
カゲヤマに貸しとブックマンに借りを作る事にはなるが、プラスマイナスでプラスになると見た故の…とは言わないでおく。ロックの手前もあるし、旭日重工との取引でというのはちょっと言いにくい。そんな形で場を丸めると、文句を垂れる人物が一人いた。レヴィだ。
「へいへいへい。いいよなそっちは御涙頂戴の物語で。でも、アタシの腕に空いた風穴はどう落とし前つけてくれんのさ?」
「おう。我慢しとけ。痛いならウチの医務室に寄るといい。」
「そりゃないぜ総司。アタイらの世界じゃ落とし所ってのが大事だろ?」
「そうだな…ど突き合いでもしたらいい。」
「そりゃいい案だ。お互いエモノなしの素手ゴロ勝負。それなら死人も出ねぇ。」
「ダッチの許可は出た。ガルシア君、どうかな?」
「ロベルタ。あんな女に負けるな‼︎」
「はい。若様。」
こうして一連の騒動は意外な妥協点を見出した。あまり文明的でも理性的でもないが仕方ない。当人たちの意思を尊重したに過ぎない。
二人に武装がないことを確認して、互いが向き合う。まるで何かの試合だ。
「靴紐が…解けてますわよ?」
「はぁ?そんな引っ掛け…」
引っ掛け、と言いつつ視線を落としたレヴィに強烈なアッパーがキマる。これを合図に原始的な対話が始まった。コンテナ上から眺めるうちの連中もタバコを咥えながら声援を送る。多分、賭けにしているんだろう。面白いと思ってるとベニーに声をかけられた。
「二人はどっちに賭ける?」
「俺はレヴィに。」
「ダッチがレヴィなら僕はロベルタに賭けよう。ガルシア君も乗るかい?」
「もちろんロベルタが勝つよ。」
「うちのレヴィはガン捌きだけじゃねぇぜ?」
「ロベルタは強いんだ。」
「賭けにした以上、この試合にはレフリーが必要だな。キャクストンいいかな?」
「俺も乗ろうと思ったんだがな。仕方ない。」
「いやいやいや。ちょっと待って。女の子二人で殴り合いなんて野蛮すぎるよ。止めようよ‼︎」
忘れていた常識人、ロックの登場である。常識人であるが、見えていないものも多いのがこの場合の問題点である。
「なら止めたらいい。俺とベニー、総司は止めないぞ。」
「そうだな。ロック、止めたらいいじゃないか。」
「僕も。命は惜しいからね。」
三人の却下を受けて、ロックはソロソロと殴り合う拳士二人に近づく。相変わらず激しい殴り合いだった。
「あのぉ〜お二人ともそろそろいいんじゃないかな。ほら。朝日も昇ってきたし、お互いの健闘を称えて…」
「「すっこんでろ‼︎」」
「アッハイッ…そうします。」
「ほらみろ。」
「やっぱり。」
「命知らずだね。」
すごすごと引き下がるロックを見て、火を見るより明らかとか、徒労とか、やるだけ無駄という言葉を知らないのかという疑問が湧く。聞いた所、ロックは優秀な大学まで出ているというじゃないか。
「長い…長すぎる。」
数時間前、ロックが止めに行った頃は朝日だった。もうすでにいい感じに昇っている。
「ダッチ、タバコ持ってない?」
「生憎、切れちまった。ベニーボーイ、タバコ持ってないか?」
「この街に来て禁煙して以来持ってないよ。」
「キャクストン、ゲールにタバコ頼めないかな?」
「総司、ゲール達は夜勤だ。レイももう帰らせた。今いるのはビアッジの隊だぞ。」
「ビアッジかぁ〜。アイツはタバコ吸わなかったよなぁ〜…。」
タバコを吸わない人間に買いに行かせるのは、気が引ける。息も絶え絶えに殴り合う二人の執念には驚くしかない。
「いい加減、倒れたら、どうなんだよ…。」
「そちら、こそ、往生際が、悪いですわ。」
もう言葉を発するのもやっとの二人が、まだ煽り合いをする余力があったとは驚くに値する。
「「ハァァァァッ‼︎」」
女のモノとは思えない絶叫が響いたとほぼ同時、二人の右ストレートが交差し、互いの頬を強かに殴る。二人は磁石の反発の様に互いを弾いて倒れ込む。その瞬間、キャクストンの声が響いた。
「ドロー‼︎」
こうして凄絶な夜は明けた。ガルシアが駆け寄ってロベルタを抱える。
「最後まで立ってたのはロベルタだよ‼︎一緒に帰ろう‼︎」
「若様…眼鏡を…取っていただけますか?」
「これ?もう壊れてるよ?」
「これは私が若様のロベルタであるために必要なのです。」
この日の夕方、ロベルタとガルシアの帰国手続きに問題が発生した。
「総司、ガルシア君は誘拐されてきた。もちろんパスポートはない。そして、ロベルタは通用したのが奇跡と言える偽造パスポートだ、これでは帰れない。」
「ルワンの言う通りです。このパスポートが通用したと言うことを考えるとタイとベネズエラの入管は怠慢だと言うほかありませんね。」
「お恥ずかしい話ですが、入国審査では幾らかの紙幣を挟んでパスポートを見せました。」
「腐敗も極まるな。総司、オロホフ商会はダメか?」
「キャクストンの言いたいことは分かるけど、それは出来ないよ。仕方ない…友人に電話しよう。」
「入出国を自由に出来る友人がいるのか?」
「ガルシア君、残念だが総司の友人にはいるんだ。」
「それは…やっぱり悪党なんだ。でも、なんで床に座ってるんだ?」
「否めないと言うのが偽らざる所だな。気にしなくていい。これは日本の正座という反省を示す姿勢なんだ。俺は総司の父に拾われて、教育係として入社した時からこの親子は事ある毎に正座している。」
「なるほど…日本の文化なんだ。」
「俺…反省しなきゃいけない事あった…?」
「総司、今朝方バオは涙ながらに陳情にきた。昼前にはメインストリートのブティックの店主が呆然としていた。朝、店に来たらベンツが店先に刺さっていたと。その後にはイエローフラッグで車を盗まれ廃車にされた青年、ベンツを奪われて廃車にされた紳士と。そして、うちの会社の第三ヤードは核攻撃でも受けたのかと言う有様だ。アクシズの最高顧問としては総代に猛省を求めるしかない。」
「仕方なかったんだ。こればかりは。」
「悪いが次の連絡会では議題にしてくれ。みかじめ料をとっている以上、責任は持つが、こうも軽快に騒動が起きて、盛大に焼き払ったりぶっ壊す度に支払っていては赤字になるのは目に見えている。会社の体力的に払えてしまう。だが、限度がある。」
ルワンの言うことはごもっとも過ぎてもう何も言えない。ホテルモスクワの件はさておき、E.Oの襲撃もそうだった。確かに言う通りだ。
「次の連絡会ではちゃんと議題にするよ。」
「頼むぞ。」
こうして、数日をガルシアとロベルタはアクシズのロッジでささやかな休暇を過ごし、友人からパスポートが届くなり帰国した。以後、ロアナプラではいかなる店からもメイドが消え、いかがわしい店すらもメイド服を撤去した。公然とメイドと言う言葉を発する人間はロアナプラから消えたのだった。