キースの投票が終わったあとも、会場には張り詰めた空気が流れていた。
巨大な投票箱を挟み、残る二人――遊戯と海馬は互いを警戒するように視線を交わす。
誰も信用できない。
それがライアーゲームだった。
海馬は腕を組みながら、先ほどのキースの行動を思い返していた。
あの一瞬。
投票箱へ紙を入れる瞬間に見えた「YES」の文字。
だが、あまりにも見えすぎていた。
まるで見せるために見せたような不自然さがある。
海馬は遊戯へ歩み寄った。
「おい、遊戯。キースの投票について何か気付いたか?」
遊戯は椅子にもたれながら答える。
「キースはYESに入れた……ように見えたな」
「フンッ」
海馬は鼻で笑った。
「貴様、キースと組んでいるな」
「まさかだろ」
遊戯も即座に否定する。
「海馬、お前の方がだろ」
「それこそまさかだ」
海馬の目は鋭かった。
だがその視線の奥には、普段の絶対的な自信とは異なる慎重さが混じっている。
「今回はイレギュラーなことが起きている。貴様とチームを組む気はないが、一時休戦としないか?」
遊戯は少しだけ口元を緩めた。
「いいぜ」
そう言うと指を組みながら考察を始める。
「まずキースはスリカエをしたと思っている。つまりNOを入れた。俺の読みは、キースと舞はチームを組んでいる」
海馬も頷く。
「それもあるな」
だがすぐに別の可能性を提示した。
「あるいはチームを組んでいない。しかし組んでいるように疑心暗鬼にさせるための演出かもしれん」
遊戯の眉がわずかに動く。
「YESに入れたように見せる。さらに、すり替えしたことまで気付かせる。そうして俺とお前を疑わせる……か」
「そうだ」
海馬は言った。
「奴らは理解している。俺と貴様が絶対に手を組まないことをな」
遊戯は少し考えたあと首を振る。
「それもあるがリスクが高すぎる」
海馬を見る。
「俺と海馬でYESとNOに分かれて、舞とキースがYESだったらどうなる?」
「どちらかが勝つな」
「そうだ。だから今回は俺と海馬が別々に投票するのが安全策だと思う」
海馬も同じ結論に達していた。
「貴様の指図に従うのも癪だが、俺もそう考えていた」
しかし問題が残る。
「だが俺たちはチームではない。どうする?」
遊戯は静かに笑った。
「簡単だ」
投票用紙を取り出す。
「海馬。俺の投票用紙二枚のうち一枚を破ってくれ」
海馬が眉をひそめる。
「もう片方を投票する。つまり海馬にとって非常に都合がいい展開だ」
海馬は疑うような目を向ける。
「俺に随分都合がいい話だな」
そして当然のように遊戯のNOを掴んだ。
ビリッ――。
紙が裂ける音が響く。
「当然、NOを破く。もしかしたらNO側で勝てる可能性があるからな」
遊戯は肩をすくめる。
「その代わり、俺が最後に投票させろ」
「駄目だ」
即答だった。
「何か企んでいるだろ」
遊戯は苦笑する。
「投票後にクリームソーダが飲みたいだけさ」
海馬は怪訝そうな顔をした。
すると遊戯が続ける。
「じゃあ海馬。俺が先に投票するからクリームソーダを頼んできてくれ」
「チッ……」
海馬は舌打ちした。
だが損な条件ではない。
「俺が最後の投票で貴様のNOを破けるなら安いおつかいか」
そう言って了承した。
海馬が会場を離れる。
その背中を見送りながら遊戯は静かに投票箱へ近付いた。
表情は変わらない。
だがその瞳だけが鋭く光っていた。
数分後。
クリームソーダを持った海馬が戻ってくる。
そして自身の票を投じた。
カタン――。
投票箱に紙が落ちる。
通常ならこの瞬間、ゲームは終了するはずだった。
しかし。
何も起こらない。
海馬が眉をひそめた。
「あっ……どういうことだ。投票が終わらない」
遊戯は静かに頷く。
「なるほどな」
その声には確信があった。
「全員が投票したのに終わっていない」
海馬が振り向く。
「つまりキースのイカサマが確定だな」
「どういうことだ?」
「紙をコピーして投票したんだ」
遊戯は説明する。
「図書館の印刷機を使ってな」
そして付け加えた。
「ちなみに俺は一回戦で試している」
海馬が目を見開く。
「何?」
「コピー用紙では無効だった。本物を入れたら有効になった。単なる実験だ」
海馬は呆れたように息を吐いた。
「そんなことまで試していたのか……」
そしてタイムアップ。
会場に四人が集められる。
巨大スクリーンに闇の仮面兄弟が映し出された。
「キースは投票なし扱いだかんな!」
「ペナルティ一億円でやり直しだぜ!」
会場がざわつく。
「は?」
キースが立ち上がる。
「俺は投票したぜ!」
海馬が即座に指摘する。
「貴様、すり替えをしたんだろう」
闇の仮面が笑う。
「与えられた用紙しかカウントしないんだがんな!」
その瞬間。
キースは顔をしかめた。
(確かにコピーした……)
だが納得できない。
(失敗したのか……?)
しかし今さら確かめようがない。
(まぁいい)
舞とのチームがある。
一億程度なら回収できる。
そう自分に言い聞かせた。
そして次のラウンド。
遊戯がステージへ上がる。
会場の全員が見守る中、遊戯は高らかに宣言した。
「勝つのは俺だ!」
ビリッ!
NOの紙を破り捨てる。
YESだけを掲げる。
「悪いが、そのままの意味だ」
遊戯は笑った。
「俺はこの回で決めさせてもらうぜ」
その自信に満ちた表情に、海馬はわずかに違和感を覚える。
だが同時に負ける気もしなかった。
「勝つのは俺だ、遊戯」
互いの視線がぶつかる。
まるでデュエルのように。
そして誰も気付いていなかった。
この時点で既に、遊戯は勝利への最後の布石を打ち終えていたことを――。
六回戦――。
長く続いた少数決ゲームも、ついに終局を迎えようとしていた。
会場には重苦しい沈黙が漂っている。何度も引き分けを繰り返し、参加者たちの精神はすでに限界へ近づいていた。だが、その中でも遊戯だけは不思議なほど落ち着いていた。
先ほど自らの投票を終えた遊戯は、投票箱の前から離れると、静かにキースへ視線を向けた。
「キース。前回の投票はコピー用紙を入れたみたいだから、今回は慎重に入れた方がいいんじゃないか?」
その言葉に、キースの顔が一瞬だけ歪む。
図星だった。
もちろん遊戯に証拠があるわけではない。しかし、まるで全てを見透かしているかのような口ぶりに、キースは内心舌打ちする。
(ちっ……こいつ……どこまで気付いてやがる)
しかし今さら動揺を見せるわけにはいかない。
「くそったれ。俺はNOに入れる」
そう吐き捨てるように言うと、キースは投票箱へ向かった。
(すり替えはしても意味がねぇ……。だったら今回はNOだ。引き分けで流す)
今の状況なら、それが最も安全な選択だった。
キースが投票を終えると、遊戯はゆっくりと海馬へ顔を向ける。
「海馬。この時点でお前の勝ちはなくなったな」
「なんだと、遊戯……」
海馬の眉がぴくりと動く。
「お前の勝ちもないだろう」
だが遊戯は余裕の笑みを崩さない。
「果たしてそうか?」
静かに言葉を続ける。
「今、俺はYES。キースはNOだ。海馬と舞がNOに入れれば、俺の勝ちはある」
海馬の目が細くなる。
「しかし海馬の場合は違う。お前はYESに入れてもNOに入れても勝てない」
その言葉に、海馬のプライドが刺激された。
勝てない。
その一言だけは認めることができない。
「勝つのは俺だ」
海馬は即座に言い返した。
「こんなので勝敗は決まらん。今回は引き分けで流す」
そう言うと、自信満々にYESの投票用紙を掲げる。
「俺はYESだ。俺が入れた反対に舞は入れるんだからな」
わざと見せつけるように投票箱へ入れる海馬。
その行動には狙いがあった。
舞へ向けた明確なメッセージである。
引き分けに持ち込むため、自分とは逆を選べ――。
その意図は十分伝わった。
舞は小さく肩をすくめる。
「今回は私はNOに入れるしかないわね」
そう言って投票箱へ紙を落とした。
カタン――。
投票用紙が底へ落ちる音が響く。
その瞬間。
全員の投票が完了した。
会場中央のスクリーンが点灯する。
闇の仮面兄弟が姿を現した。
「集計結果を発表するんだかんな!」
全員の視線がスクリーンへ集中する。
まず表示されたのは――
遊戯 YES
続いて、
キース NO
海馬は鼻で笑う。
「俺もYESだから引き分けか……」
そう呟いた瞬間だった。
次の表示が現れる。
海馬 NO
「……なに?」
海馬の表情が凍る。
さらに。
舞 NO
その直後。
無機質なアナウンスが会場へ響いた。
『集計結果により、武藤遊戯が一人になりましたので、第二回戦少数決ゲームを終了します』
沈黙。
誰も理解できなかった。
数秒後。
会場が大きくどよめく。
「嘘だろ……!」
「どうなってんだ!?」
理解不能な結果だった。
海馬はYESに投票したはず。
それなのに結果ではNOになっている。
舞もキースも言葉を失っていた。
その中で、遊戯だけがゆっくり立ち上がる。
まるで最初から全て分かっていたかのように。
するとキースが壁を拳で叩いた。
ドンッ!!
「ちきしょおおお!!」
怒号が響く。
「海馬と遊戯、グルだったのかよ!!」
キースは叫ぶ。
「プライドは捨てたのかよ!!」
しかし海馬が即座に否定した。
「俺は遊戯と組むわけがない」
険しい表情で舞を見る。
「つまり舞、お前が遊戯と組んでいたのか」
「はぁ?」
舞も顔をしかめた。
「あたしも知らないわよ」
腕を組む。
「手を組んでたのはキースでしょ」
「違ぇよ!」
二人が言い争う中――
遊戯だけが笑っていた。
「ククククク……」
不気味な笑い声。
「お前ら……俺は誰とも手を組んでないぜ」
その言葉に全員が振り返る。
海馬が睨みつける。
「それでどうやって勝ったんだ、遊戯」
その問いを待っていたかのように、遊戯は語り始めた。
「説明してやるよ」
会場が静まり返る。
「このゲームは時間が長すぎる。そして施設が充実している」
遊戯はゆっくり歩きながら続ける。
「つまり運営は言っていたんだ。施設を使って騙せってな」
図書館。
ジム。
プール。
宿泊施設。
ただの暇潰しではなかった。
全てがゲームの一部だった。
「最初は俺もチーム戦術が最適解だと思った」
しかし四人まで減った時。
遊戯は確信した。
「最終的には泥仕合になる」
だから別の勝ち筋を探した。
「まず俺は実験した」
図書館のコピー機で投票用紙を複製した。
五時間五十五分。
ギリギリまで待ち、偽物を投票した。
だがゲームは終わらない。
その後、本物を入れた瞬間に投票終了。
そこで分かった。
「この紙は特殊な紙だ」
文字は関係ない。
本物かどうかだけが重要だった。
舞が呆れたように言う。
「あんたそんなことしてたの……?」
「当たり前だろ」
遊戯は笑う。
「そのための六時間だ」
さらに投票箱にも着目した。
動かせる。
つまり細工できる。
そこから遊戯は図書館で投票箱の構造を研究し、ついには偽物まで作り上げた。
「あっ……」
キースが顔を上げる。
「俺の投票が無効になった時か」
「ああ」
遊戯は頷く。
「あの時、お前らが投票したのは偽物の箱だった」
キースは絶句した。
まさか投票箱そのものをすり替えられていたとは。
誰も想像しなかった。
そして最後の種明かし。
海馬の投票がNOになった理由。
「海馬」
遊戯は微笑む。
「お前、自分でNOの紙を破って捨ててたよな」
海馬の表情が変わる。
「まさか……」
「そうだ」
遊戯は肩をすくめた。
「復元した」
二日かけて。
細かな破片を繋ぎ合わせて。
「千年パズルを組み立てた時より楽だったぜ」
その瞬間。
海馬は全てを理解した。
最初から遊戯は、自分のNO票を持っていたのだ。
どんな展開になっても。
いつでも海馬をNOへできた。
全員が言葉を失う。
そこまで先を読んでいたのか。
そこまで準備していたのか。
誰も想像していなかった。
遊戯は最後に静かに言った。
「ライアーゲームだからな」
そして不敵に笑う。
「嘘をつくのは、人間だけじゃない。状況も、常識も、思い込みも全部嘘になるんだよ」
その言葉に、誰一人反論することはできなかった。
遊戯は静かに腕を組みながら語った。
その口調は決して自慢げではない。むしろ、盤面を一つひとつ解説する棋士のように淡々としていた。
「あと少し話すぞ。俺はいつでも海馬の投票をNOにできる」
その言葉に会場の空気が張り詰める。
海馬の顔がわずかに歪んだ。
自分が不用意に破り捨てた投票用紙。その破片を遊戯が二日かけて復元していた事実は、海馬にとって予想外だった。
(まさか本当に復元していたとはな……)
海馬は内心で舌打ちする。
デュエルでもそうだった。
武藤遊戯という男は、一見すると些細な要素を絶対に見逃さない。そして他人が価値を見出さないものに勝機を見出す。
それが何より厄介だった。
遊戯は続ける。
「だから俺の課題は一つだった。舞とキースをNOにすることだ」
そう言って二人へ視線を向ける。
舞は腕を組みながら話を聞いている。
キースは不満そうな顔を浮かべていた。
「そして次に俺がお題を出す番が回ってきた」
遊戯は会場中央のステージへ視線を向けた。
あの時の光景を思い出すように。
「その時点で盤面はほぼ完成していた。キースは引き分けを狙う。舞も同じだ。海馬も勝ちがない以上、引き分けを選ぶしかない」
四人全員が合理的に考えれば引き分け。
それが自然な流れだった。
「だから俺は考えた。どうすれば海馬が合理性より感情を優先するかをな」
海馬の眉がぴくりと動く。
遊戯はわずかに笑った。
「そこで出したお題が――『勝つのは俺だ』だ」
その瞬間、海馬は鼻で笑った。
「フン……」
そして小さく呟く。
「なるほどな……」
遊戯は頷いた。
「そうだ。あれは海馬専用のお題だった」
会場が静まり返る。
誰も口を挟まない。
「海馬。お前は誰よりも勝利に執着している」
遊戯は真っ直ぐ海馬を見る。
「そして誰よりもプライドが高い」
海馬は否定しない。
事実だからだ。
「だから例え嘘でも、『勝つのは遊戯だ』なんて認められない」
遊戯の言葉に海馬は苦笑した。
確かにその通りだった。
勝負の場で。
しかも遊戯を相手にして。
自分が負けるなどと認める選択肢は存在しない。
「俺はYESを選ぶしかなかった……そう言いたいのか」
海馬が低く言う。
遊戯は頷く。
「そういうことだ」
そしてさらに続ける。
「一方でキースは違う」
キースが顔をしかめる。
「俺か?」
「ああ」
遊戯は笑った。
「お前はプライドじゃなく利益で動く」
「悪いかよ」
「悪くないさ。だから利用しやすい」
キースは不満そうに舌打ちした。
遊戯は構わず話を続ける。
「あの時俺は、お前のコピー用紙の失敗をわざわざ蒸し返した」
『前回投票はコピー用紙を入れたみたいだから今回は慎重に入れた方がいいんじゃないか?』
その一言。
何気ない会話に見える。
だが実際は違った。
「あれでキースは警戒する」
遊戯は言う。
「余計なことはしない。確実に引き分けを狙う」
キースは思い返す。
確かにその通りだった。
あの時、自分は完全に守りへ入った。
これ以上失敗したくなかった。
だからNOを選んだ。
「つまり俺はお前をNOへ誘導した」
キースは歯を食いしばる。
図星だった。
遊戯は最後に舞を見る。
「そして舞」
舞はため息をつく。
「私も計算の中だったわけね」
「もちろん」
遊戯は笑った。
「舞は海馬がYESを見せながら投票したらどうする?」
「反対に入れるわ」
即答だった。
「引き分けにしたいもの」
「そういうことだ」
遊戯は指を鳴らした。
「海馬はYESを見せる」
「舞はNOを入れる」
「キースもNO」
そこで遊戯はゆっくりと胸元へ手を当てた。
「そして俺は――」
不敵に笑う。
「すでに海馬のNOを持っていた」
全員の背筋に寒気が走る。
あの瞬間。
海馬がYESを投票した時点で。
実は盤面は終わっていたのだ。
海馬本人だけが知らなかった。
「だから結果はこうなる」
遊戯は空中に指で盤面を書くように動かした。
「表向きの投票は」
遊戯 YES
海馬 YES
舞 NO
キース NO
「引き分け」
誰もがそう思う。
しかし――。
「実際に集計される票は違う」
遊戯の目が鋭く光る。
「俺は海馬の復元したNO票を持っている」
「キースのNO票もある」
「舞もNO」
「そして俺だけがYES」
静寂。
数秒後。
海馬が深く息を吐いた。
「……完璧だったというわけか」
その声には悔しさと同時に感心も混じっていた。
遊戯は肩をすくめる。
「完璧じゃないさ」
「ん?」
「もしお前がプライドを捨ててNOを入れていたら別の手を考えた」
海馬は笑った。
それはあり得ない。
絶対に。
だからこそ遊戯は勝ったのだ。
盤面を読んだからではない。
人間を読んだから。
海馬瀬人という男を。
キースという男を。
孔雀舞という女を。
そして自分自身を。
すべて計算に入れた上で、最後の一手を打った。
ライアーゲーム第二回戦。
最後に立っていたのは、ただ一人――武藤遊戯だった。
エンディング 友情の勝利
ライアーゲーム第二回戦終了から数日後――。
重苦しい会場も、張り詰めた駆け引きも、今となっては過去の出来事となっていた。
夕暮れの街。
オレンジ色の光がビルの窓に反射し、人々が家路を急ぐ中、一軒のハンバーガーショップだけは賑やかな笑い声に包まれていた。
窓際のテーブル。
そこには三人の姿がある。
武藤遊戯。
真崎杏子。
そして城之内克也だった。
テーブルの上にはハンバーガーやポテト、シェイクが並び、まるで普通の高校生の日常そのものだった。
「いやー!マジで驚いたぜ!」
城之内は大きなハンバーガーを頬張りながら叫ぶ。
「まさか投票箱そのものを作る奴がいるかよ!」
杏子も苦笑した。
「私も聞いた時は信じられなかったわ」
遊戯は照れ臭そうに頭をかく。
「そんな大したことじゃないよ」
「大したことあるだろ!」
城之内は即座に突っ込んだ。
「海馬の捨てた紙を二日かけて復元するとか意味分かんねぇからな!」
「しかもパズル感覚だったんでしょ?」
杏子が呆れながら言う。
遊戯は少しだけ笑った。
「まぁ、千年パズルに比べれば簡単だったかな」
「比較対象がおかしいんだよ!」
城之内はテーブルを叩いて爆笑する。
杏子もつられて笑い出した。
緊張も恐怖もない。
そこにあるのは穏やかな時間だけだった。
少しして。
杏子はストローを回しながら静かに言う。
「でも、本当にありがとう」
その言葉に遊戯が顔を上げる。
杏子は優しく微笑んでいた。
「私のために来てくれたんでしょ?」
ライアーゲームに巻き込まれたのは杏子だった。
連絡が取れなくなった彼女を心配し、遊戯は危険なゲームに足を踏み入れた。
最初から賞金目当てではない。
友達を助けるためだった。
遊戯は少し照れながら笑う。
「当然だろ」
その一言だけだった。
だが杏子には十分だった。
「ありがと」
小さく呟く。
その横で城之内がニヤニヤしている。
「おーおー」
「なによ」
「いやぁ~青春だなぁと思ってよ」
杏子の顔が赤くなる。
「城之内!」
「いてっ!」
紙ナプキンが飛んできた。
城之内は大げさに頭を押さえる。
三人の笑い声が店内に響く。
その光景は、どんな賞金よりも価値があるように見えた。
しばらくして。
城之内がふと真面目な顔になる。
「なぁ遊戯」
「ん?」
「結局よ」
ポテトを一本つまみながら言った。
「海馬に勝った感想はどうなんだ?」
遊戯は窓の外を見る。
夕日が沈み始めていた。
海馬。
舞。
キース。
そして多くの参加者。
全員が本気で勝利を目指していた。
騙し合い。
駆け引き。
心理戦。
その全てを乗り越えた。
遊戯は静かに笑う。
「そうだな……」
少し考えた後。
答えた。
「勝ったことより、みんな無事だったことの方が嬉しいかな」
城之内は一瞬ぽかんとした。
そして豪快に笑った。
「やっぱお前らしいぜ!」
杏子も微笑む。
それが武藤遊戯という人間だった。
勝利を誇るより。
誰かを守れたことを喜ぶ。
だから人は彼を信頼する。
だから仲間が集まる。
夕日が沈む。
店内には相変わらず楽しそうな声が響いている。
城之内は三個目のハンバーガーを注文しようとして杏子に止められ。
遊戯は苦笑しながらクリームソーダを飲む。
ライアーゲームは終わった。
莫大な借金も。
命懸けの心理戦も。
今は遠い出来事だ。
残ったのは――
いつもの仲間たちと過ごす、何気ない幸せな時間だった。
遊戯はグラスの中で弾ける炭酸を眺めながら思う。
(これでいい)
勝利とは。
金でも名誉でもない。
大切な仲間たちと笑い合える未来を守ること。
それこそが、自分にとっての本当の勝利なのだと。
店の外では夜の街に灯りがともり始めていた。
そして三人の笑い声は、いつまでも途切れることなく続いていた。
― ライアーゲーム 第二回戦 完 ―
楽しんで貰えたら光栄です
他のお話を見てみたい?
-
はい
-
いいえ