新人先生はネタバレ生徒しか引けない   作:KuRoNia

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新人先生、慰めている裏で明かされた真実

 三つ目の虚妄のサンクトゥムを攻略し、異常なほどのエネルギーを蓄えていた三塔が消滅したことで、キヴォトス各地に残っていた塔も次々と崩壊を始めた。

 

 紅く染まっていた空にも少しずつ青さが戻り、街中を埋め尽くしていたミメシスの数も急速に減少している。各学園が残敵への対応や避難した生徒たちの誘導を続ける中、先生は買い出しを終えた水着サオリ、アツコ、ニコ、クルミを連れ、シロコテラーのワープを使って一足先にシャーレへ戻ることにした。

 

「ただいま~」

 

 黒い穴を抜けて休憩スペースへ足を踏み入れた先生は、帰還の挨拶をしながら室内を見渡し――妙な光景を目にして足を止めた。

 

「……何してるの、あれ?」

 

 休憩スペースのソファには、現地ホシノと臨戦ホシノがそれぞれうつ伏せになっていた。

 二人ともクッションへ顔を完全に埋め、腕を身体の横へ投げ出したまま微動だにしない。見えているのはポニーテールと、真っ赤に染まった耳だけだった。

 その周囲ではアビドス対策委員会の面々が二人を囲んでいる。

 

「ホシノ先輩、もう気にしなくていいですよ。誰にだって甘えたい時くらいありますから!」

 

 アヤネは本気で慰めているらしいが、現地ホシノの耳がさらに赤くなった。

 

「そうですよ~。むしろ今までずっと我慢してたなんて、ホシノ先輩は頑張り屋さんだったんですね♪」

 

 ノノミも善意100%の笑顔で続ける。

 

「だったら最初から私たちに遠慮なんかしないで、普通に甘えればよかったじゃない。隠してたから余計恥ずかしいことになるのよ」

 

 セリカは容赦なく正論を突き刺していた。

 

「ん。ホシノ先輩は先生と二人きりなら多分普通に甘える」

 

「…………」

 

 シロコの追撃を受けても、二人は決して顔を上げなかった。

 

「……これ私が声掛けても大丈夫?」

 

「やめた方がいいかもしれませんね」

 

 先生の隣でニコが苦笑する。

 先生もアビドスで起きた出来事を思い返して今はそっとしておこうと決めた。

 

「じゃあ一旦放置かな……」

 

「先生」

 

「ん?」

 

 クッションの中から、現地ホシノのくぐもった声だけが聞こえてきた。

 

「……しばらくこっち見ないで」

 

「分かった」

 

「私も……お願い……」

 

 臨戦ホシノまで同じ要求をしてきたので、先生は大人しく二人から視線を逸らした。

 どうやら卑しかホルスによる公開処刑の傷は、虚妄のサンクトゥムより長く残りそうだった。

 

「この世界の私! いつまで寝たふりをしているつもりですか! そろそろ出て来なさい、出番ですよ!」

 

 休憩スペースの反対側では、既にミレニアムから戻っていたケイがアリスへ向かって呼び掛けていた。

 その隣には臨戦トキもおり、先生たちが戻ってくるより先に箱舟へ向かう準備を進めていたらしい。

 

「ケイ出て来てください!」

 

「ほら!アリスもこう言ってますよ!」

 

 少し間を置いてからアリスの瞳が赤くなり聞き覚えのある声が返ってきた。

 

『ただいま留守にしております。ピーという発信音の後にメッセージをどうぞ。ピー』

 

「居留守使ってるんじゃないですよ!!」

 

 ケイの怒声が休憩スペースへ響く。

 

『ただいま留守にしております』

 

「二回言わなくていいです!」

 

『ご用件はピーという音の後に――』

 

「もう分かりました!」

 

 ケイはこめかみを押さえながら大きく息を吐き、非常に面倒そうな顔で最終手段を口にした。

 

「箱舟の制御系を解析して無事に地上まで降ろすことができたら、なぜかこの世界でジャンクフード屋をやっている自販機に、あなたの身体を用意できないか頼んであげますから」

 

『…………』

 

 それまでふざけていた声が突然途切れ、嬉々とした声が返ってきた。

 

『もぉ~、そこまで言うならしょうがないですねぇ~! 今回だけですよぉ~?』

 

「本当に私なのか疑いたくなるほど、クソめんどくさい!!」

 

「この世界のケイはクソガキですね」

 

 臨戦トキの冷静な追撃に、ケイはさらに頭を抱えた。

 

『クソガキ!?』

 

「今のやり取りを聞いて擁護できる部分がありません」

 

『私も自由な身体が欲しいんですよ!』

 

「だからって留守番電話の真似をする必要はないでしょうが!」

 

 先生はそのやり取りを眺めながら、現地側のケイもすっかり元気になったものだと苦笑した。

 一方、買い出しから戻ってきた水着サオリたちは、周囲の騒ぎなど気にも留めず購入してきた物資を整理していた。

 

「缶詰と保存食はこちらだ。飲料水は別の箱にするか」

 

「医療品も混ぜない方がいいですね。向こうで必要になった時に探すのも大変ですからね」

 

「包帯と消毒液はこっち」

 

「お菓子は?」

 

「それは食料品でいいだろう」

 

 床には次々と段ボール箱が並べられ、箱舟へ送るための準備が整っていく。

 

「……よし」

 

 先生は室内の状況を確認してから、ケイたちの方へ向き直った。

 

「とりあえず当初の予定通り、ケイとアリス――それから中のケイを箱舟へ送って、動力と制御系を何とかできるか調べてもらおう」

 

「そのために連れてきましたからね」

 

「アリスも準備万端です!」

 

『私も身体のために頑張ります!』

 

「目的をもう少し格好良くできませんか?」

 

『本音は大事です』

 

「毒舌アリスみたいなこと言わないでください!」

 

 ケイが自分自身との会話に再び疲れ始める中、先生はシロコテラーへ視線を向けた。

 

「シロコ、お願いできる?」

 

「ん。今回は私も行く」

 

「シロコも?」

 

「箱舟が動かなかった場合、帰る手段がなくなる」

 

「ああ、そっか」

 

 現状ではアトラ・ハシースの箱舟と地上を自由に行き来できる手段は、ほぼシロコテラーのワープだけである。万が一ケイたちでも箱舟を動かせなかった場合を考えれば、シロコテラーが同行した方が安全なのは間違いない。

 

「じゃあ私も一緒に――」

 

「駄目」

 

「なんで!?」

 

 先生が言い終えるより早く、シロコテラーがきっぱり拒否した。

 

「プレナパテスと直接話すなら、私が行った方が――」

 

「ん。拒否する」

 

「えぇ!?」

 

 普段より明らかに強い口調だったため、先生も少し驚く。

 シロコテラーは暫く先生を見つめた後、僅かに視線を下げた。

 

「……まず私が見てくる」

 

「危険かもしれないから?」

 

「ん」

 

 それだけではないような気がした。シロコテラー自身にも、何故ここまで強く先生を止めたくなるのか明確な理由は分からなかった。

 ただ、アトラ・ハシースの箱舟、プレナパテス、そして先生。

 その三つが同じ場所に揃うことへ、何かが警告しているような感覚があった。

 

「安全だって分かったら、先生を呼ぶ」

 

「……分かったよ。そこまで言うなら任せるね。でも危なかったらすぐ帰ってきてね?」

 

「先生よりは無茶しない」

 

「またそれ言う……」

 

 話がまとまると、先生たちは箱詰めした物資をシロコテラーの周囲へ集めた。

 

「じゃあ行ってくる」

 

「先生! アリスは箱舟を攻略して帰ってきます!」

 

「今回は攻略じゃなくて修理だからね?」

 

「修理クエストです!」

 

「まあいいか……」

 

 シロコテラーが黒い穴を開き、ケイとアリスが物資と共にその中へ入っていく。最後にシロコテラーが先生を一度だけ振り返り、何かを確かめるように見つめてから穴の中へ姿を消した。

 

「……大丈夫かな」

 

「シロコさんが一緒なら問題ないでしょう」

 

 ニコの言葉に先生が頷いた、その直後だった。

 再び同じ場所に黒い穴が開く。

 

「えっ、もう戻って――」

 

 先生が近づこうとすると、穴の中から最初にナギサが姿を現した。

 

「ただいま戻りました」

 

「ナギサ?」

 

 続いてセイアも現れる。

 

「やっと地上だね」

 

「セイアも?」

 

 そして最後に。

 

「…………」

 

 二人に両脇を抱えられたミカが出てきた。

 

「……ミカ?」

 

 ただその顔は真っ赤になっており身体を小刻みに震わせ、何かに耐えるように俯いたまま一言も発しない。

 

「何があったの!?」

 

「別に怪我ではありませんよ」

 

 ナギサは特に心配している様子もなく、セイアと一緒にミカを空いているソファまで運んでいった。

 ミカはそのままソファへ放り投げられ、クッションへ顔を埋めてうつ伏せになると、先に同じ姿勢を取っていた二人のホシノと同じように完全に動かなくなった。

 

「どうしてこんなことに…?」

 

「聞きたいかい?」

 

 セイアがとても楽しそうに笑った。

 

「聞かないと心配なんだけど」

 

「では説明しよう」

 

 セイアはナギサと顔を見合わせると、二人揃って口元へ笑みを浮かべた。

 

「実はね、箱舟から虚妄のサンクトゥムの様子をある程度モニターできていたんだ」

 

「……まさか」

 

「そのまさかです」

 

 ナギサまで楽しそうだった。

 

「トリニティに出現した守護者も、そこで先生がどのように攻略したのかも、私たちは最初から最後までしっかり拝見していました」

 

「うぅ……」

 

 ソファのミカが僅かに震えた。

 

「このメンヘラ激重ピンク女が、『なんで私が!? ていうか二人ともこれ以上見ないでー!!!』と随分騒いでいてね」

 

「セイアちゃん……やめて……」

 

 クッションの奥から、瀕死の声が聞こえてくるが、セイアは止まらなかった。

 

「特に効いたのは、あの場にいた先生以外の面々に、自分の秘めた想いがほぼ全部見抜かれていたことらしい。サオリたちが誰一人驚かなかった時は実にいい顔をしていたよ」

 

「もうやめてぇ……」

 

「ついでに私とナギサも『あれで隠しているつもりだったのか?』と聞いてみたところ、こうして動かなくなってしまったというわけだ。実に面白い女だろう?」

 

「セイア、楽しそうだね」

 

「当たり前だろう?」

 

「セイアさんだけではありませんよ。私も非常に楽しませていただきました」

 

「ナギサも同類だった!」

 

 先生が若干引いた目を向けても、二人は全く悪びれる様子を見せなかった。

 そんな中、水着サオリだけはソファに沈んでいるミカを少し不憫に思ったらしい。

 作業を止めてミカの横へ歩み寄り、その肩へそっと手を置いた。

 

「ミカ」

 

「……?」

 

「あまり気にするな」

 

「……サオリ」

 

 僅かに希望を得たのか、ミカがクッションから少しだけ顔を上げる。

 水着サオリは慰めるように優しく続けた。

 

「普段のお前を見ていれば分かることだ」

 

「…………」

 

 ミカが再びクッションへ沈んだ。

 

「ミカ?」

 

「サッちゃん、それだと追い打ちだね」

 

 アツコがニヤニヤしながら言う。

 

「何故だ?」

 

 本気で分かっていない水着サオリが首を傾げる。

 

「ふふっ……」

 

「流石サオリさんです」

 

 ナギサとセイアまで笑いを堪えている。

 

「ほら、三人ともあんまり苛めないの」

 

 先生が呆れながら注意すると、ナギサたちは一応笑うのを止めた。

 そこで先生は、改めてソファに沈んでいる三人を見る。

 

「……やるしかないか」

 

 最初に現地ホシノの近くへ座る。

 

「ホシノ」

 

「……今は何も聞きたくない」

 

「別に甘えたいって思うくらい普通だから、そんな恥ずかしがらなくてもいいよ?」

 

「その話をしないでぇ……」

 

「もう一人のホシノも」

 

「私はもう消えるしかない……」

 

「別に私は気にしてないから」

 

「先生ぇ……!」

 

 どうやらこちらも暫く時間が必要らしい。

 最後にミカの近くへ移動すると、先生はクッションから僅かに覗いている桃色の髪を軽く撫でた。

 

「ミカもさ」

 

「……」

 

「自分を一番見てほしいって思うこと自体は、そんなに変じゃないと思うよ」

 

「……でも先生、重いって言った」

 

「そこまだ気にしてるの!?」

 

「……でも言ってた」

 

「『私以外の女の子見ないで』まで行くと、ちょっとだけね!」

 

「改善するからぁ……」

 

「うんうん」

 

「だからナギちゃんとセイアちゃんを強めに叱っておいてぇ……」

 

「凄い根に持ってる!!」

 

 先生は額を押さえながら、どうして世界滅亡の危機を乗り越えた直後に三人のピンク髪のメンタルケアをしているのだろうと考えた。

 しかし三人とも本人にとってはかなり深刻らしいので、雑に扱うわけにもいかない。

 こうしてシャーレでは、世界の危機とは別方向で傷ついた三人の心を回復させる作業が始まった。

 

◆

 

 アトラ・ハシースの箱舟では。

 

「うわぁぁぁ! ありがとうございますぅぅぅ!」

 

「食べ物だぁぁぁ!」

 

 運び込まれた段ボールを前に、長い淡い緑色の髪をした少女が涙を浮かべて喜んでいた。

 

「飲料水もあります!」

 

「助かったぁ……」

 

 プレナパテスも段ボールへ抱きつきそうな勢いで喜んでいる。

 

「この数日で一番嬉しいかもしれない……」

 

『先生、世界を滅ぼす存在としての威厳はどこへ行ったんですか』

 

 シッテムの箱からプラナの冷静な声が飛ぶ。

 

「泣きながら土下座しちゃった時点で無理じゃない?」

 

『自覚はあるんですね』

 

「あるよ……」

 

 そんな二人を横目に、ケイはアリスと一緒に巨大な操作盤の前へ立っていた。

 目の前には大量のボタンやレバーにスイッチ、用途の分からない表示。

 ケイはそれらを眺め、非常に嫌そうな顔をする。

 

「何です、この操作盤」

 

「私も知らない」

 

「あなたの箱船でしょう!?」

 

「違うんだって! 気づいたら用意されてたの!」

 

「言い訳として無理がありませんか!?」

 

「本当なんだってば!」

 

 プレナパテスが必死に否定する横で、アリスは興味津々といった様子で操作盤を眺めている。

 

「アリス、この赤いスイッチが気になります!」

 

「むやみに触らない方がいいよ!!」

 

 プレナパテスが本気の声を上げた。

 

「何が起こるかわからないから! もしかしたらキヴォトス爆破スイッチとかあるかもだから」

 

「なんでそんな危険なスイッチが複数あるんですか!?」

 

「分かんないよ! だから触らない方がいいよ!」

 

「本当にどういう設計なんですか、この箱船……」

 

 ケイが頭を抱える。

 

『とりあえず制御系へアクセスしましょう。外部端末経由なら操作盤そのものに触れなくても解析できるはずです』

 

 アリスから主導権を渡された現地ケイの声が聞こえてくる。

 

「そこはこの世界の私に同意します」

 

『ではハッキングを開始しますね』

 

「勝手に変なところへアクセスしないでくださいね」

 

『わかってますよ』

 

 ケイと現地ケイは操作盤へ端末を接続し解析作業へ入った。

 その様子を確認したシロコテラーは、少し離れた場所へ立っているプレナパテスへ視線を向けた。

 

「……」

 

 白いワイシャツに黒いスーツパンツ。外見そのものは先生と似ていない。そもそも目の前の人物は女性だ。

 それなのに、ふとした立ち方や声の調子、困った時に頬を掻く仕草まで妙に先生と重なる。

 そして何より。その隣にいる少女。本来ここにいるはずの存在は彼女ではない。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

 シロコテラーに声を掛けられたプレナパテスが振り返る。

 シロコテラーは普段より鋭い視線を向けたまま尋ねた。

 

「あなた達は一体誰?」

 

「…………」

 

 そう問われたプレナパテスの表情が僅かに変わった。

 先ほどまでの軽い笑顔が消え、暫くシロコテラーを見つめた後、困ったように頭を掻く。

 

「……やっぱり本物の君には分かっちゃうか」

 

「本物?」

 

 プレナパテスは小さく笑うと、近くの壁へ背中を預けた。

 

「本当はさ、私じゃなかったんだよね~」

 

「何が?」

 

「プレナパテスっていう役目?」

 

 シロコテラーの目が僅かに細くなる。

 

「本来プレナパテスになるはずだったのは――」

 

 プレナパテスは一度言葉を止めた。

 

「この世界の先生だったんだよね」

 

「…………」

 

 シロコテラーはすぐには反応できなかった。

 

「……先生が?」

 

「そうだよ」

 

「でも先生は――」

 

「生きてるね。普通に先生もやれてるし」

 

 プレナパテスは苦笑する。

 

「だから困ったらしいよ。この世界そのものが」

 

「世界?」

 

「正確に何がやってるのか、私にも分からない。でも何か大きな流れみたいなものがあるんだと思う」

 

 プレナパテスは天井を見上げる。

 

「本当なら、この世界の先生は色々あった末にプレナパテスになるはずだったんだよ。アトラ・ハシースの箱舟に乗って、プラナちゃんを連れて――そしてこの世界の砂狼シロコと一緒に別の世界へ現れる。最終章を飾る敵としてね」

 

「……」

 

「それがなにも起こらなかった場合の世界で決められてた流れだったみたい」

 

 シロコテラーは何も言わず、続きを待った。

 

「でも君たちが来ちゃった」

 

 プレナパテスが彼女を見て静かに笑った。

 

「募集の事?」

 

「うん。未来から来た生徒たちが、この世界で本来起こるはずだった出来事を次々変えちゃったんだよ」

 

 アビドス。

 

 ミレニアム。

 

 トリニティ。

 

 その先でも。

 

 本来なら先生や生徒たちを追い詰めていたはずの出来事が、募集生徒たちによって別の形へ変化している。

 

「だから先生はプレナパテスにならなかった。捻れて歪んだ先の終着点へ行くはずだった世界が、いつの間にか全然違う道に入っちゃった」

 

「……それであなたが?」

 

「そういうこと」

 

 プレナパテスは自分自身を指差す。

 

「空いた役を埋めるために急遽生み出されたのが私」

 

「生み出された……?」

 

「気づいたら存在してたんだよね」

 

 あまりにも軽い言い方だった。

 

「しかも、この世界の先生の記憶もほとんど持ってた」

 

「先生の?」

 

「うん。シャーレに来たことも、君たちと出会ったことも、アビドスで銀行強盗しそうになったことも、ミレニアムで色々あったことも、トリニティで死にかけたことも、全部知ってる。体験してないのに知ってるのってなんか気持ち悪いよね?」

 

「……」

 

「……私自身が経験したわけじゃないのにね」

 

 プレナパテスは少し寂しそうに笑った。

 

「先生だった記憶はある。でも私は先生として生きたことがない。気づいた時にはこいつが目の前にあって」

 

 自分のシッテムの箱を軽く叩く。

 

「中にはプラナちゃん」

 

『私も気づいた時には現在の状態でした』

 

「周りを見たらこの箱舟まであって、『はい、あなたはプレナパテスです。別世界へ侵攻してください』みたいな役割だけ押し付けられてた」

 

「……」

 

「正直、知らんがなって思ったよ!」

 

 シロコテラーは暫くプレナパテスを見つめた後、ゆっくりと視線を横へ移した。

 そこには、先ほどまで救援物資を見て喜んでいた淡い緑髪の少女が立っている。

 少女は二人の会話を聞きながら、少し気まずそうに頬を掻いていた。

 

「じゃあ……この人は?」

 

「ああ」

 

 プレナパテスも少女を見る。

 

「梔子ユメちゃん」

 

「やっぱりホシノ先輩が言っていた……ユメ先輩」

 

「初めまして!シロコちゃん」

 

 名前を呼ばれた少女が元気よく手を上げる。

 

「本当なら私の隣には君がいるはずだった」

 

 プレナパテスがシロコテラーへ向き直る。

 

「でも君はもう、この世界の先生のところに存在しちゃってたし。君は特別だしね」

 

「ん。確かに私はスペシャルな存在」

 

「ふふ、だから代わりが必要になった」

 

 シロコテラーはユメを見たまま動かない。

 

「……それで?」

 

「この世界ではもう居ないはずだったユメちゃんが、君の代役として無理矢理戻されちゃったみたい」

 

「蘇った?」

 

「多分ね」

 

 プレナパテスは曖昧に肩を竦める。

 

「死んだ本人がそのまま蘇ったのか、それとも世界が記憶も身体も全部再現して作り直したのか、そこまでは私にも分からない」

 

「死ぬ直前までの記憶はあるんですけど、私もよく分からないんですよね~」

 

 ユメ本人は妙に明るかった。

 

「気づいたらこの先生とプラナちゃんと一緒にいて、『あれ? ここどこですか?』って感じだったので」

 

「私も『誰!?』ってなったよ」

 

「私もですよ!」

 

「最初めちゃくちゃだったよね」

 

「今も結構めちゃくちゃですけどね!」

 

「それはそう」

 

 二人が普通に笑い合う。

 少なくともそこに悲惨な日々があったようには見えない。

 三人とも気づいた時には一緒にいて。

 役割を押し付けられ、しかたなくそれを果たすためにこの世界へ来た。

 

「……じゃあ」

 

 シロコテラーは再びプレナパテスを見る。

 

「あなたは先生じゃない?」

 

「違うね~」

 

 即答だった。

 

「あなた達の先生の記憶を持ってるだけ。似てる部分も多いけど、私は私」

 

 プレナパテスは少しだけ笑う。

 

「言ってしまえば――偽物のプレナパテスだよ」

 

「…………」

 

 シロコテラーは黙り込む。

 本物か偽物か、そんなことよりも。

 一番大きな事実だけが頭の中から離れなかった。

 

「先生は……この事を知ってる?」

 

「知るわけないよ」

 

「アロナは?」

 

 プレナパテスは少し考えた。

 

「う~ん全部知ってるかは分からない。でも薄々何か変という事には気づいてるんじゃないかな?」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「私が来るはずないって顔してたもん」

 

「……どうやって知ったの?」

 

「先生の記憶があるから、なんとなく分かるだけ」

 

「ん。便利」

 

「そうでもないよ。自分じゃない人の人生が頭の中に入ってるの、結構変な感じだからね」

 

 プレナパテスは壁から身体を離すと、シロコテラーの前まで歩いてきた。

 

「でもさ、私はこの世界や先生や君たちの事は結構好きだよ」

 

 シロコテラーが僅かに目を上げる。

 

「本当なら先生がプレナパテスになるはずだった。君もこの世界には干渉できず、この世界の砂狼シロコがその先生と一緒に、ここじゃないどこかへ行くはずだった。でも今は先生が先生のままで、君も何の因果か先生の隣にいる」

 

 プレナパテスは穏やかに笑った。

 

「君があの先生の隣にいること自体、本来ならあり得なかった奇跡なんだと思うよ。その結果がグダグダなんだけどねぇ~。あはははは、ざまぁ見ろ役割を押し付けた奴!!」

 

 爆笑しているプレナパテスからシロコテラーは自分の手へ視線を落とした。

 先生に募集で呼ばれ、シャーレで暮らし。

 一緒にアビドスへ行き何でもない日常を過ごしている。

 本来ならそれすら存在しなかった。

 そして先生はプレナパテスとして、別の世界の先生にシロコを託して消える予定だった。

 暫く自分の手を見つめた後、シロコテラーは静かに顔を上げた。

 

「ん。それならこの世界の方がいい」

 

 その答えにプレナパテスも笑った。

 

「私もそう思う」

 

 その少し離れた場所では、そんな重大な話が行われていることなど知らないアリスと二人のケイが、未だに大量のスイッチが並ぶ操作盤を相手に悪戦苦闘していた。

 そして地上では本来プレナパテスになるはずだった先生本人が、そんな真実など何一つ知らないまま。

 三人のピンク髪の少女たちを必死に励まし続けているのだった。

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