「ひぃん!」
先生の指示を受けたシロコテラーは、開始と同時に真正面から距離を詰めると、ユメが構える盾にそのまま拳を叩き込んだ。
あまりの衝撃にバランスを崩してしまい、慌てて体勢を立て直そうとしたユメだったが間に合わず、あっという間に崩されて砂の上へ転がされる。
その直後にはシロコテラーの銃口がユメの目の前で止まっていた。
戦闘開始から、まだ数秒しか経ってない内に決着してしまった。
「……終わり」
「…………」
ユメは砂の上へ仰向けになったまま、瞬きを繰り返していた。
「う、嘘でしょ……!? まだ何もしてないのに……!」
「何かされる前に倒すのが一番安全」
「正論だけどさ! 一応最終決戦なんだから瞬殺はひどいじゃん!」
「ユメ先輩ぃぃぃ!?」
現地ホシノと臨戦ホシノが揃って駆け寄り、砂まみれになったユメを起こす。
その遥か上空では、クロノス報道部のヘリから興奮した声が響いていた。
『決着ぅぅぅぅ!! これは一瞬! あまりにも一瞬です! シャーレの先生が選んだ生徒が、謎の女性の生徒を圧倒しました!』
「キヴォトス中に私が雑魚だってバレちゃったぁぁ!!」
ユメの悲痛な叫びがもう一度アビドス砂漠に響く。
そんな光景を少し離れた場所から眺めながら、プレナパテスは小さく息を吐いた。
――これでいい。
結果だけを見れば、想定より随分と早かった。もう少しくらいはユメも粘ってくれると思っていたのだが、相手が悪かったのだろう。
何しろシロコテラーだ。それも
彼女が先生の指揮を受けて戦ったのだから、こうなるのも当然だったのかもしれない。
――まあ、十秒も持たないとは思わなかったけど。
プレナパテスは内心で苦笑しながら、それでも安堵していた。
これで最後の一つを除いて、全て終わった。
自分が何のために生まれたのか。
プレナパテスは、初めからそれを知っていた。
誰かに説明された記憶はない。気づいた時にはアトラ・ハシースの箱舟があり、シッテムの箱にはプラナがいて、隣にはユメがいた。
そして自分の中には、この世界の先生の記憶と共に、まるで最初から刷り込まれていたかのような一つの確信が存在していた。
――プレナパテスとして、この世界へ侵攻すること。
――虚妄のサンクトゥムを出現させること。
――先生と対峙すること。
――そして、敗北すること。
そこまで進めば、最後に自分が果たすべき役目は一つだけだった。
――生徒を先生へ託し、プレナパテスとして死ぬ。
それで、この世界は確定する。本来なら【捻れて歪んだ先の終着点】へ向かうはずだった世界が、先生も生徒も生き残る【あまねく奇跡の始発点】として固定される。
先生はプレナパテスにならずに済む。
ユメはこの世界で生きていける。
プラナにも居場所ができる。
募集によって本来の歴史から外れてしまった生徒たちも、そのままこの未来で生きていける。
誰も失われない…自分以外は。
だから、ここまで順番に役目を果たしてきた。
最初のビデオメッセージで世界の終焉を宣言したのも、先生たちに自分をプレナパテスとして認識させるためだった。
もっとも、途中でカンペの漢字が読めなかったり、プラナに助け船を出してもらったりもしたけど無事に果たした。
箱舟の動力を使い果たして高高度で遭難したのは、予定にはなかった。
ユメと二人で自転車を漕ぐ羽目になったことも、泣きながら助けを求めたことも、全部本気だった。
世界を滅ぼす存在として、もう少し威厳を持って登場する予定だったのに。
――そこは本当に失敗したなぁ。
だけど世界滅亡スイッチを押したことは事故ではなかった。
虚妄のサンクトゥムを起動させることも、自分へ与えられた役目の一つだったからだ。
ミカが発電して箱舟の電力が十分に回復した後、自分が交代するふりをして操作盤へ手をつき、偶然を装ってスイッチを押した、そこまでは予定通りだった。
先生へ後始末を頼む必要があること自体は分かっていたのだが、『お前を殺す』と伝言を返された時には普通に泣きそうになったりもしたが、それでも結果的には上手くいった。計画は順調に進んでいった。
先生は虚妄のサンクトゥムを攻略し先生との最終決戦まで辿り着き。
そして今、予定通り敗北した。
――あとは、最後だけ。
プレナパテスは静かにユメへ目を向けた。
◆
「ユメ先輩……」
砂を払い終えたユメの前で、現地ホシノが立ち尽くしていた。
先ほどまでユメの瞬殺に慌てていた表情は消え、今は何かを言おうとして何度も口を開きかけている。
「ホシノちゃん?」
「……」
「どうしたの?」
ユメは不思議そうに首を傾げる。
その隣には臨戦ホシノもいた。
二人とも本気の装備を身につけ、髪をポニーテールに纏めているため、ユメから見れば自分の知っている後輩が二人へ増えたようなものだった。
「そういえば私、まだ聞いてなかったけど、どうしてホシノちゃんが二人いるの?」
「それは……あとで説明しますよ」
現地ホシノは小さく息を吐くと、ユメを真っ直ぐ見た。
もう一人の自分と話した事を思い出していた。もしユメへもう一度会えたなら、最初に何を言いたいのか。
「……ユメ先輩」
「なに?」
「ごめんなさい」
「……え?」
ユメの表情から笑顔が消える。
「もっと私がちゃんとしてればよかった。もっとユメ先輩の話をちゃんと聞いてればよかった。私がもう少し周りを見てたら……もしかしたら、何か違ったんじゃないかって――」
「ホシノちゃん……」
「ずっと考えてたんです。何回考えても答えなんて出なかったけど……それでも、ずっと謝りたかったんです」
現地ホシノの声が僅かに震える。
「私がバカでした。ごめんなさい、ユメ先輩」
その言葉を聞き終えたユメはすぐに何かを返すことなく、暫く現地ホシノを見つめていた。
そして隣に立っていた臨戦ホシノへ視線を移す。
「……こっちのホシノちゃんも?」
「うん」
臨戦ホシノは困ったように笑った。
「私も同じ。いろいろ考えたんだけど、結局最初に言いたいことは変わらなかったみたい。……ごめんなさい、ユメ先輩」
二人から同じ言葉を向けられ、ユメは暫く目を丸くしていた。
やがて優しい顔つきになって口を開いた。
「そっかぁ……二人とも、ずっとそんなこと考えてたんだね」
「……」
「謝らなくたって最初から怒ってないよ、それに私は今こうしてホシノちゃんに会えてお話し出来てるし――」
ユメは二人のホシノの頭へそっと手を置いた。
周囲を見る。
ノノミ。
シロコ。
セリカ。
アヤネ。
自分の知らない未来で、ホシノと共にアビドスを守ってきた後輩たち。
「ホシノちゃんにも、こんなにたくさん後輩が出来たんだね!」
「……そうですね」
「みんなホシノちゃんのこと大好きそうでよかったよ!」
「それはどうかなぁ……?」
「大好きですよ~♪」
ノノミがすぐに笑顔で答える。
「ん」
シロコも頷く。
「ま、まあ……尊敬してるし嫌いではないけど」
「私もホシノ先輩にはたくさん助けてもらいました!」
セリカとアヤネも、それぞれ照れながら答えた。
「ほら!」
ユメが嬉しそうに笑う。
「だから私は、ホシノちゃんがこうして元気でいてくれるだけで満足だよ。むしろ私の方が謝りたいくらいだよぉ、突然一人にしちゃって、ごめんね」
「……ユメ先輩」
「本当によく頑張ったね。ホシノちゃん…先輩として誇らしいよ」
「……うん」
現地ホシノの瞳から大粒の涙が零れた。
臨戦ホシノも目元を押さえながら、小さく笑っていた。
そんな様子をプレナパテスは少し離れた場所から眺めていた。
――よかった。
心の底から、そう思った。
ユメは大丈夫だ、この世界にはホシノがいる。
それも二人いる、アビドスのみんなもいる。
先生だっている。きっとユメは、ここで新しい日々を始められる。
プラナも同じだ、アロナがいる。
先生がいる、シロコテラーもいる。
二人とも、この世界で生きていける。
なら自分がいなくなっても誰も困らない。
――上出来だ。
偽物にしては、本当によく頑張ったと思う。
そう思えばこれから自分が消えることだって怖くない。
……はずだった。
「…………」
プレナパテスは自分の手を見ると僅かに震えていた。
――怖くないわけ、ないよね。
死にたいわけではない。
できることなら、この先もユメとくだらない話をしたい。
プラナに呆れられながら、また一緒に何かをやりたい。
先生たちのいるシャーレがどんな場所なのか実際に見てみたい。
アビドス、ミレニアム、トリニティ。
自分の中にはそれぞれの記憶があるけれど、それは自分の思い出ではない。
自分自身の目で、この世界を見てみたいという気持ちは確かにあった。
――駄目だ。
それでも自分はプレナパテスだ。
それも、本物ですらない。
先生の代わりに空いた役を埋めるため、突然この世界へ生み出された偽物。
最初からこの幸せな世界に自分の居場所なんて用意されていない。
「何難しい顔してるの?」
「うわっ!?」
突然目の前から声を掛けられ、プレナパテスは大きく肩を跳ねさせた。
いつの間にか先生が目の前に立っていた。
「せ、先生!?」
「そんな驚く?」
「いやぁ、ちょっと考え事してて」
「ふ~ん」
先生は一度ユメたちの方へ視線を向ける。
「良かったね」
「……本当にね~」
「ホシノたちもずっと会いたかったみたいだし」
「そうだね」
プレナパテスは小さく笑った。
この人なら任せられる。
自分の記憶の中にいる先生を知っているからこそ、確信できる。
ユメもプラナも他の生徒たちもこの人なら守ってくれる。
「いや~、負けた負けた~。シロコちゃんと先生は強いね~」
「まあ、あれはユメが弱すぎるのもあるような気がするけど……」
「先生ぇ!?」
少し離れた場所からユメの抗議が飛んでくる。
「ごめんごめん!」
「世界中に瞬殺されたところを流されたんですよぉ!」
「それはクロノスに言って!」
先生はユメへ軽く手を振った後、改めてプレナパテスを見る。
「それよりも! そろそろ、どうして私と対決したのか教えてくれない?」
「………っ!」
プレナパテスの表情が僅かに強張った。
「まだ言えないの?」
「あはは~……その前に先生に頼みたいことがあるんだよね!」
「えぇ……? また対決とか言わないよね?」
「違う違う。今度は本当に真面目なお願い」
「聞くだけ聞いてみるよ。引き受けるかは別だけどね」
「あ~……」
喉が詰まる。
「あのさ~……」
「随分言い淀むなぁ」
――言え。
――言うんだ!
――このためにここまで来たんでしょう!?
世界へ侵攻して虚妄のサンクトゥムを起動して先生と戦って負けて。
全部この最後の言葉へ繋げるためだった。
――偽物だけど。
――生徒たちを想う気持ちは、本物だろうが!
ユメもプラナも大切な存在だ。
先生の記憶から知っている生徒たちだって、幸せでいてほしい。
――なら言えるはずだろう!?
「先生」
「うん」
プレナパテスは少しだけ震える声を押さえ込み、先生を真っ直ぐ見た。
「生徒たちを……よろしく、お願いします」
――言った。
――これでいい。
――後は先生が応えてくれれば全部終わる………。
「はぁ!?」
「……え?」
想像していたものとは正反対の声が返ってきた。
「急に何言ってんの?」
「えっ?」
「いや、だから。なんで急に私に全部任せようとしてるの?」
「…………え?」
プレナパテスはポカンとした表情で呆けてしまった。
「せ、先生?」
「君が連れて来たユメは、君がちゃんと面倒見てあげなよ」
「……は?」
「大人としてちゃんと責任を取りなよ」
「ちょ、ちょちょちょっと待って!?」
予定にない。こんな展開は知らない。
「先生、何言ってるの!? ここはさ、私が生徒を託して――」
「それに!」
先生がプレナパテスの言葉を遮り、人差し指を突きつけてくる。
「君にはこれから連邦生徒会の緊急会議で、今回の事件について説明する責任だってあるんだからね!」
「……はぇ?」
「世界滅亡スイッチ押したでしょ!?」
「いや、あれは――」
「虚妄のサンクトゥムも出したでしょ!?」
「……それは~そうだけどぉ~」
「そのせいで私は、朝から各学園の代表相手に地獄みたいな会議やらされたんだからね!?」
「それはご愁傷さま……」
「他人事みたいに言うなぁ!!」
先生の怒声が砂漠へ響いた。
「いやいやいや! 待って! 私にはまだやらないといけないことが――」
「説明責任?」
「違う!」
「じゃあ何?」
「それは……」
先生にユメを託して死ぬこと、そう口にしようとした。
「…………」
しかし言葉が出なかった。
――あれ?
今までずっとあったプレナパテスとして目覚めた時から自分の中に存在し続けた最後は死ぬという概念。
生徒を先生へ託し自分が消えることで全てがハッピーエンドで終わる。それが当然だという、抗いようのない確信。
なのに。今はそれが無い。
――え?
自分が見えていた未来が消えている。
何も見えない、死ぬ場面も、消える自分も決められた結末も。
何一つない真っ白な先だけが広がっている。
――どういうこと!?
「ほら、行くよ!」
「わっ!?」
突然手首を掴まれた。
「ちょっ、先生!?」
「もう絶対逃がさないからね!」
「待って待って!」
「クロノスにあれだけ派手に生放送されたんだから、このまま放っておいたら連邦生徒会から呼び出されるに決まってるでしょ! だったらこっちから行くよ!」
「いやいやいや! 私はプレナパテスだよ!?」
「知ってるよ!」
「敵だよ!?」
「今のところ何もしてこないじゃん!」
「世界滅亡スイッチ押したけど!?」
「だからその説明をしに行くんだよ!」
「自分で墓穴掘っちゃった!?」
先生はプレナパテスの手首を離そうとしなかった。
「あの地獄会議の空気を、君にも味わわせてあげるから楽しみにしておいてね!!」
「そっちが目的になってない!?」
「私一人だけあんな目に遭うなんて不公平でしょ!」
「大人が言うことじゃないよ!?」
先生に引っ張られながら、プレナパテスは混乱したまま歩き出す。
その時胸の奥にずっと存在していた何かが。
静かに解けていくような感覚がした。
プレナパテスでなければならない。
先生と戦わなければならない。
負けなければならない。
そして死ななければならない。
そんな見えない鎖が最後の一本までなくなった感覚。
――ああそっか。
先生がプレナパテスになるはずだった世界。
それを修正するために自分はプレナパテスとして生まれた。
決められた形へ戻すために役割を果たそうとした。
なのに最後の最後で先生が決められた結末そのものを拒否した。
生徒を託されることすら拒み。
自分にまで責任を取れと言った。
プレナパテスは少しだけ俯くと小さく笑った。
「……やっぱり
「何か言った!?」
「何でもないよ!」
「本当に!? まだ何か隠してない!?」
「何にも隠してないって!」
「なら急ぐよ! リンには先に連絡入れないと絶対怒られるからね!」
「あ~、それは怖いねぇ」
プレナパテスは先生に引っ張られるのをやめ、自分からその隣へ並んだ。
「なら、全速力で向かいますか!」
「覚悟は決まった? じゃあ今から二人で地獄に行くよ!」
二人は顔を見合わせると、同じような笑顔を浮かべて走り出した。
少し離れた場所では、そんな二人をシロコテラーが静かに見つめていた。
本来ならこの世界は【あまねく奇跡の始発点】と呼ばれる結末へ辿り着くはずだったのかもしれない。
けれど先生はそこにすら行かなかった。
終着点でもなく決められていた奇跡の始発点でもない。
先生自身が選んだ、誰も知らない未来。
そこには本来消えるはずだったプレナパテスまで当たり前のように連れて行かれることになった。
そして当の本人は、そんな大層なことをした自覚など欠片もないまま、これから待ち受けるであろう連邦生徒会の緊急会議へ向かって全力で走っていくのだった。
「シロコ! ワープ使ってお願い!!」
「ん。運営に乱用がバレてBANされたからしばらくは無理」
「ダニィ!?」