焼き鳥というあまりにも締まらない方法で現地ナグサの確保に成功した後、先生たちは一度話を整理するため、自分たちが宿泊している宿へ戻ることになった。
せっかくなのでレンゲにも連絡を入れ、しばらくして全員が一室へ集まったのだが――。
「「「「…………」」」」
とにかく空気が重かった。
先生の目の前には、現地ナグサ、現地キキョウ、レンゲ、ユカリ。
その少し後ろには、未だ狐面で顔を隠しているナグサとキキョウがいる。
これまで散り散りになっていた百花繚乱の主要な面々が、ようやく一つの場所に集まった。
集まったのだが。
「……お茶でも飲む?」
「…………」
「お菓子もあるよ!」
「…………」
「…………私、もしかして喋らない方がいい?」
誰も答えてくれない。
ユカリですら普段の勢いが嘘のように縮こまっており、レンゲは腕を組んだまま天井を見つめ、現地キキョウは露骨に居心地が悪そうに視線を逸らしている。
そして現地ナグサは、先ほどから白狐面のナグサをじっと見つめ続けていた。
「……アヤメなんでしょ?」
「ハァ……違う」
そこだけはまだ続いていた。
「うーん……」
先生が困ったように頭を掻いていると、ナグサとキキョウが小さく顔を見合わせた。
このままでは埒が明かないと二人ともそう判断したらしい。
「?」
二人は何かを言いたそうにしている。しかし口には出さない。
だがそれだけで先生には何となく察しがついた。これまで何度も同じようなことがあった。
先生の前では言えないことがあるのだろう。度々募集生徒たちが、意図的に口を閉ざす場面という物を見て来た先生にはピンときた。
「ああ」
先生は椅子から立ち上がった。
「ごめん、みんなには悪いけど私はちょっと一服してくるよ」
「先生?」
ユカリが顔を上げる。
「みんなだけで話した方が良さそうだしね」
「でも――」
「大丈夫。終わったら呼んで」
先生はそれだけ言うと、特に理由を問い詰めることもなく部屋を出ていった。
「…………」
キキョウは暫くその扉を見つめていた。
「……気を遣われたね」
「うん」
ナグサも小さく頷く。
「先生、こういうところだけ妙に鋭くなったよね」
「色々あったんだと思う」
「私たちのせいでもある気がするけど」
「……それは否定できない」
二人はもう一度顔を見合わせる。
まず黒い狐面へ手が伸びてキキョウが面を外す。
「…………」
現地キキョウが固まった。
次にナグサが白い狐面を外した。
「…………」
次は現地ナグサが固まった。
レンゲは目を見開き、ユカリに至っては口をぱくぱくさせている。
「ナ、ナグサ先輩とキキョウ先輩が増えましたわぁぁぁぁぁ!?」
ユカリの絶叫が宿中へ響いた。
「声が大きい!」
キキョウが耳を押さえる。
「だ、だって! 同じ顔ですの!?」
「まあ……そうなるよね」
レンゲも薄々何かあるとは思っていたらしいが、流石に本人が二人出てくるとは予想していなかったようだった。
「似てるとは思ったけどさ……本当に本人とは思わないだろ」
「レンゲは気づいてたの?」
「何となくな。でもお前とナグサ先輩が下手な変装をしてユカリを見守っていると思ってたんだよ。まさか増えるなんて思ってなかった」
「…………」
キキョウは少し感心したようにレンゲを見る。
一方ユカリはキキョウをまじまじと眺めた後、ふと何かを思い出したらしい。
――秋葉原へようこそ~!
「今なにを思い出したのか知らないけど忘れなさい!」
「はいですの!」
落ち着きを取り戻した現地キキョウがようやく声を出した。
「これは一体どういうこと?」
自分と同じ顔。同じ声。そして隣には、ナグサと同じ顔をした少女。
当然の疑問だった。
キキョウは一度深呼吸すると、もう誤魔化さずに答える。
「私たちは――簡単に言うと未来から来た存在よ」
そこから二人は、自分たちが募集という機能によって先生のもとへ呼ばれたこと、この現在より先の出来事をある程度知っていることを説明していった。
ただし、未来で何が起きるのかまでは話さない。
その答えを先に渡してしまうことは、二人とも望んでいなかった。
「私たちが言いたいのは一つだけ」
キキョウがこの世界の自分を見つめる。
「後悔だけはしないで」
ナグサもこの世界の自分へ視線を向けると忠告するように続ける。
「誰が悪かったのかを決めるためじゃない」
「…………」
「今、自分がどう思ってるのか、本当はどうしたいのか」
二人はそれぞれの過去を見つめながら続けた。
「もう一度、ちゃんと話してほしい」
「……できれば」
ナグサが少しだけ間を置く。
「嘘はつかないで欲しい」
「…………」
その言葉は誰よりも自分自身へ向けられているようにも聞こえた。
「じゃあ……」
レンゲがゆっくり腕を解く。
「誰から話す?」
「「「「…………」」」」
また沈黙が場を支配した。これには流石のキキョウも額を押さえる。
「そんなに難しく考えなくていいわ。ただ百花繚乱をどうしたいのか、自分たちがこれからどう在りたいのかを腹を割って話せばいいだけなのよ。それにあなた達がどの道に行こうと私たちは見守る事も約束する」
キキョウがここまでお膳立てしたことで、ようやく百花繚乱の面々による長い話し合いが始まったのだった。
◆
「……丸く収まればいいんだけどなぁ」
宿から少し離れた川辺。先生は土手へ腰を下ろし、ゆっくり流れる川を眺めながらポケットへ手を入れた。
取り出したのは青い箱の中から一本抜き取って口へ運ぶ。
ポリ。
「……甘いなぁ」
先生が一服すると言って取り出したのは、タバコではなくココアシガレットだった。
ポリポリと齧りながら、先生は宿の方へちらりと視線を向ける。
「まあ……あの子たちなら大丈夫かな」
何を話しているのかはわからない。ただ聞かない方が良いこともあるだろう。
だったら彼女たちを信じて待つだけだ。
先生がもう一本ココアシガレットを取り出そうとした、その時だった。
「先生」
「手前様」
「ん?」
二つの声がほぼ同時に背後から聞こえてきた。
振り返るとそこには知っている二人が先生の事を見下ろしていた。
「あれ?」
一人は見覚えのある小柄な少女。
少し前、飲食店でワカモたちと相席した時に出会った、自称教授。
そしてもう一人も見覚えがあった。
百鬼夜行へ到着した日に、お土産屋でドラゴンが巻き付いた剣のキーホルダーについて熱く語り合った少女だ。
「やぁ、教授。こんなところで出会うなんて奇遇だね」
「ほむ。私も驚きました」
「それに君も」
「どうも、手前様」
先生は二人を交互に見る。
「二人とも友達なのかな?」
「いいえ、初対面ですね~」
「手前もこんなちんちくりん知りません」
「…………」
教授の笑顔が一瞬だけ固まった。
「……随分とはっきり言いますねぇ」
「まあまあ」
先生は二人の間に漂い始めた微妙な空気など気にせず、ココアシガレットの箱を差し出した。
「せっかく会ったんだし、二人とも食べる?」
「いただきます~♪」
「手前も貰います」
その結果。
「…………」
「…………」
「…………」
シャーレの先生。
正体不明の教授。
正体不明の百鬼夜行生。
三人が並んで川を眺めながら、ココアシガレットをポリポリ食べるという妙な光景が完成した。
「平和だねぇ」
「そうですねぇ」
「……手前様、ずいぶんと呑気ですね」
「そうかな?」
暫くそんな時間が続いた後。
「そういえば先生」
教授が先に口を開いた。
「何?」
「私、先生にお願いがありまして」
「お願い?」
「そうなんですよ♪」
教授はにこにこと笑っている。
「実は私、今とても欲しいものがあるんですよぉ」
「そうなんだ~」
「それを手に入れるために、先生に少しお手伝いいただけないかな~と」
「何が欲しいの?」
「それはまだ秘密です♪」
「いや、内容が分からないのに協力できないよ」
「おや?」
教授が少し意外そうに目を瞬かせた。
「先生も随分慎重になったようですね?」
「色々あったからね」
「ほむほむ」
教授は楽しそうだった。
「ですが、きっと先生にも損は――」
「そんなことはどうでもいいんですよ!」
今度は反対側から少女が割り込んだ。
「どうでもいいとは失礼ですね」
「手前様! 今すぐ百鬼夜行から出て行ってください!」
「……ええ!?」
先生が目を瞬かせる。
「どうして?」
「どうしてもです!」
「説明してくれないと流石に帰れないよ~」
「とにかく! ここはそのうち大変なことになります!」
「大変なこと?」
「そうです!」
「具体的にはどんなことが起こるの?」
「……」
少女が口を閉ざす。
まだ何か隠しているらしい。
「先生~」
今度は左側から教授が距離を詰める。
「そんな子供の話より、私のお話を聞いてくださいよ~」
「誰が子供ですか!」
「見た目の話ですよ?」
「ちんちくりんのくせに!」
「あなたにだけは言われたくないですねぇ」
「二人とも喧嘩しないで!」
いつの間にか先生を挟んで、左右から睨み合いが始まっていた。
「……困ったなぁ」
先生が逃げるように川へ視線を向けると対岸に見覚えのある姿があった。
長い黒髪、特徴的な装い、ただいつもつけている狐面をつけていなかった。
「……ワカモ?」
「はい?」
教授が反応する。
「そういえば教授ってワカモの友達だったよね?」
「まあ、その認識であってますよ」
「ワカモも百鬼夜行にいるの?」
「彼女がですか?」
教授は先生の左腕へ抱きつきながら、余裕たっぷりに笑った。
「彼女なら今頃、海でバカンスでも楽しんでいる頃でしょう」
「そうなの?」
「ええ。それより先生、私に協力してくださいよ~」
「だから手前が先――」
「…………」
先生は二人の会話を聞きながら、もう一度対岸の人物を見てみる。
やっぱり間違いない。ワカモだ。
「教授」
「何でしょう?」
「対岸でこっちを見てるのって……ワカモじゃない?」
「…………は?」
教授がゆっくり視線を対岸に向けると
対岸に満面の笑みのワカモが佇んでいた。
そんなワカモは先生を見ていなかった。
正確には先生の左腕へ抱きついている教授だけを、無言で凝視していた。
妖艶な笑みを浮かべながらその背後から、何か禍々しいものが立ち上っているようにすら見える。
「ブフォッ!!」
「うわっ!?」
盛大に吹き出した。
「あっ、あっ、あっ! なんで!?」
「教授!?」
「なんでここにいるんですか!?」
「あっやっぱり対岸に居るのってワカモ?」
「今はそこは問題じゃありません!」
教授は先生の腕から飛び退く。
「先生! 私ちょっと急用を思い出したので失礼しますね!」
「え?」
「また後ほどお会いしましょう!」
そう言い残してものすごい勢いで走り去っていった。
先生が呆然と見送ると。
対岸のワカモも静かに歩き始めた。教授が消えていった方向と同じ方向へ。
「……追いかけてる?」
残された少女が冷たく言った。
「知りませんよ、あんな人達。手前には関係ありません」
「そっか」
「…………」
いきなり二人きりになってしまった。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように、川の流れる音だけが戻ってくる。
「……手前様」
少女が静かに呼ぶ。
「何?」
「さっきの話の続きです」
「百鬼夜行から出て行けってやつ?」
少女は暫く川を見つめていた。
「……手前の名前は箭吹シュロ」
「シュロ?」
そして意を決して自分の正体を明かした。
「手前は………花鳥風月部の一員です」
先生の表情が僅かに変わった。
「あの手紙の差出人の?」
「……」
シュロは否定しなかった。
「今回のお祭りでは、少々派手なことをする予定なんですよ」
「派手なこと?」
「それはまだ言えません」
「…………」
シュロの声から、先ほどまでの軽さが少し消える。
「でも百鬼夜行はそのうち大変なことになります」
「…………」
「ですから、手前様は今のうちに帰ってください」
先生を見る。
「今回のことは百鬼夜行の問題」
「シュロ」
「手前様には関係ありません」
「それは違うよ」
「何がです?」
先生は困ったように笑った。
「困ってる生徒がいる」
「…………」
「それだけで私には十分関係あるんだよ」
「どうして……?」
シュロの眉が僅かに下がる。
「どうしてわかってくれないんですか?」
「先生だからかな」
「そんな理由で?」
「私には結構大事な理由だけどね」
「…………」
シュロは少しだけ俯いた。
「手前……先生のことを結構気に入ってるんですよ」
「そうなの?」
「そうですよ!」
少し苛立ったように顔を上げる。
「同じ美学を理解してくれる方なんて、そうそういません!」
「あのキーホルダー格好いいもんね」
「そういうところですよ!」
「?」
「だから……」
シュロは一度言葉を止めた。
「傷ついてほしくないんです」
それは本心からの言葉だった。
「今ならまだ間に合います」
「…………」
「帰ってください」
先生はシュロの言葉に少しだけ黙った。
だが答えが変わることは無かった。
「ごめん。それはできない」
「……そうですか」
シュロの肩が落ちる。
「それにね」
「?」
「私はいつだって、生徒の味方でいたいんだ」
シュロが先生を見る。
「その『生徒』の中には」
先生は笑った。
「君たちだって入ってるんだよ?」
「…………」
シュロは暫く何も言わなかった。
ただ。少しだけ目を逸らした後。
「……もう手前様なんて知りません!」
「え?」
「もうどうなっても知りませんからね!」
「シュロ?」
「手前様なんて勝手にしてください!」
完全に癇癪を起こした子供のように、シュロは勢いよく立ち上がった。
「もうどうなっても知りませんからねーーー!!」
そのまま走り去っていく。
「気をつけて帰ってねー!」
「そういうところですよ! ばーーーか!!」
遠くから怒鳴り声が返ってきた。
先生は苦笑しながら手を振り、やがてシュロの姿が見えなくなるまでその背中を見送った。
「花鳥風月部……か」
先生は少しだけ真面目な表情で川の流れへ視線を戻した。
どうやら今回の百鬼夜行訪問も、ただ祭りを楽しんで帰るだけでは終わりそうにない。
「……ん?」
宿へ戻ろうと立ち上がったところで、先生は足元に一枚の紙が落ちていることに気づいた。
先ほどまでは無かったはずだ。拾い上げてみると何度か折り畳まれた紙で、開いてみればそこには古い書物らしき名前がいくつも書き並べられていた。
「古書の一覧のコピー……かな?」
先生には聞き覚えのない名前ばかりだったが、その中で二つだけ、薄く印が付けられているものがある。
【稲生物怪録】【稲亭物怪録】
「……なんて読むんだろ、これ」
先生は首を傾げた。
シュロが落とした可能性も考えたが、彼女は自分の正体を明かしてからも特に紙などを取り出していなかった。
「教授かな?」
先ほどワカモを見つけた瞬間、盛大に吹き出して慌てて走り去っていった姿を思い出す。
「あれだけ慌ててたし、落としても不思議じゃないか」
先生は深く考えず、紙を元通りに折り畳んだ。
「今度会った時に返してあげよう」
そう言って胸ポケットへ仕舞い、宿へ向かって歩き出す。
「……教授、百鬼夜行に古本でも探しに来たのかな?」
そんな事を思いながら話し合いがうまくいっていると良いなと期待しながら宿に帰るのだった。