かぐや「かぐやがいない間に、彩葉がかぐやと浮気したー!」   作:超かぐや姫!に脳を焼かれた人

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かぐや「かぐやがいない間に、彩葉がかぐやと浮気したー!」
タイトルにもなったこの台詞を、どうしても言わせたかった作品です。

前話投稿後、週間・日間・ルーキーランキング入りまでさせていただきました。本当にありがとうございます!
評価・お気に入り・感想をくださった方々には感謝しかありません。
感想はすべて大切に読ませていただいております。ありがとうございます!



02話_ダブルかぐやサンド(ヤチヨを添えて)

酒寄研究所。

 

視界に浮かぶ目的地の名前を見て、かぐやは思った。

 

「ほぇー……彩葉ってば、なんかすごく偉くなってるー」

 

東京の一角に建つその建物は、十一年前に彩葉と暮らしたタワーマンションとは全然違っていた。

 

大きなガラス張りの壁。

無機質だけれど、どこか温かみのある白い外観。

入口には、見たことのない認証ゲートがいくつも並んでいる。人が近づくたびに、空中へ薄い光のパネルが浮かび、顔や網膜やスマコンの識別情報を読み取っているようだった。

 

かぐやは、その前で腕を組んだ。

 

「どうしよ。普通に入ろうとしたら止められるよねー。ハッキングはできるけど、流石にマズいよねー?」

 

彩葉に怒られる。

それは、かなり重要な判断基準だった。

 

月のあの子が作ってくれた腕輪なら、たぶん、この程度のセキュリティは抜けられる。

というか、視界の端に「侵入可能経路」がいくつも表示されている。親切すぎる。便利すぎる。ちょっと犯罪の匂いがする。

 

かぐやはぶんぶんと首を振った。

 

「だめだめ。彩葉に会って最初に怒られるのは、やだ」

 

犬DOGEが足元で、わん、と鳴いた。

 

「だよねー。ちゃんと正面から行くべきだよねー」

 

そう言って、かぐやは正面玄関に一歩踏み出した。

踏み出した瞬間、入口から白衣を着た研究職員らしき女性が出てきた。

 

目が合う。

研究職員は、かぐやを見た。

 

一秒。

二秒。

三秒。

 

それから、目を見開いた。

 

「えっ、KG型!?」

 

「けーじー?」

 

「ダメじゃないですか! 勝手に研究所抜け出したら! 今日はメンテナンス後の安定確認中で――って、犬?」

 

「わん!」

 

「犬まで連れてる!?」

 

「ほぇ?」

 

かぐやは首を傾げた。

 

研究職員は、慌ててかぐやの背中を押した。

 

「と、とにかく中へ! 所長に見つかる前に……いや、もう見つかった方がいいのかな……? ヤチヨさんにも連絡を……」

 

「えっとー」

 

「いいから来てください!」

 

ぐいぐい押される。

かぐやは流されるまま、研究所の中へ入った。

 

認証ゲートが通過を許可する。なぜか警報は鳴らない。研究職員が同行しているからだろうか。あるいは、かぐやが「KG型」とやらに似ているせいで、システムが誤認したのかもしれない。

 

かぐやは、心の中で頷いた。

これは、向こうが招き入れた。

つまり、侵入ではない。

合法だ。

 

「なんか、侵入に、成功してしまった」

 

「何か言いました?」

 

「なんでもなーい」

 

研究所の中は、見たことのない機械でいっぱいだった。

 

でも、月ほど冷たくはなかった。

 

通路は白く、明るい。壁には植物が飾られていて、ところどころに休憩用の椅子や小さなテーブルがある。研究員たちは忙しそうに行き交っているが、その顔は月人たちとは全然違う。

疲れている人もいれば、笑っている人もいる。誰かと議論している人もいる。

 

生きている場所だ、とかぐやは思った。

 

月とは違う。

ここには、熱がある。

 

研究職員は、かぐやを小さな応接室のような部屋へ案内した。

 

「ここで待っていてください。絶対に、絶対に動かないでくださいね」

 

「はーい」

 

「本当にですよ? 前みたいに空調ダクトへ入ったり、セキュリティルームを覗いたりしないでくださいね?」

 

「かぐや、そんなことしてないよ?」

 

研究職員は、小走りで部屋を出ていった。

 

ドアが閉まる。

 

かぐやは、犬DOGEと顔を見合わせた。

 

「なんか、変だねー」

 

「わん」

 

「KG型ってなんだろ」

 

犬DOGEは首を傾げた。

かぐやも首を傾げた。

 

わからない。

 

でも、わからないことは、ここに来てからずっとだった。芦花の反応も、さっきの研究職員の反応も、どこか変だった。

 

かぐやを見て、かぐやではない何かを見るような目をする。

 

かぐやなのに。

かぐやちゃん本人なのに。

 

「むー」

 

かぐやがソファで足をぶらぶらさせていると、ドアが開いた。

 

入ってきたのは、月見ヤチヨだった。

 

ただし、画面の向こうでも、仮想空間の中でもない。

記憶にある花魁風の衣装ではなくラフな私服。髪も下ろされている。

 

ちゃんと、そこに立っている。

足音がして、服の布が揺れて、髪が肩の上でさらりと動く。

 

かぐやは、目を丸くした。

 

「リアルヤチヨだー!」

 

勢いよく立ち上がる。

 

「すごーい! ヤチヨ、ほんとに現実にいる! 触れる? 触れるの? 触っていい?」

 

「おやおやー?」

 

ヤチヨは、いつものように、ゆるく首を傾げた。

 

「かぐやったら、アバターボディのメンテナンス放り出してきちゃったかな〜? ヤッチョ、お転婆は嫌いじゃないけど、彩葉に怒られちゃうよ?」

 

「しかも、十一年も経ってるのに、あの頃のアバターまんまだー!」

 

かぐやは、ヤチヨの周りをぐるりと回った。

 

「すごいすごい! リアルなのにヤチヨだー! ツクヨミで見たヤチヨが、そのまま現実に出てきたみたい!」

 

そこまで言ったところで。

ヤチヨの笑顔が、ぴたりと止まった。

 

「……」

 

「ヤチヨ?」

 

「……今」

 

ヤチヨの声が、少しだけ低くなった。

 

「十一年って言った?」

 

「うん! だって、かぐやが彩葉とお別れしたの、十一年前でしょ?」

 

ヤチヨは、何も言わなかった。

 

ただ、じっとかぐやを見ていた。

 

さっきまでの、ゆるい笑顔ではなかった。

 

いつものヤチヨなのに、いつものヤチヨじゃない。

 

そんな顔だった。

 

「……ツクヨミで見たヤチヨ、って」

 

「うん?」

 

「コラボライブぶり、って」

 

「うん!」

 

ヤチヨの指先が、ほんの少し震えた。

 

かぐやは首を傾げた。

 

「ヤチヨ、どしたのー?」

 

「……かぐや」

 

ヤチヨが、一歩近づいてきた。

 

おそるおそる、手を伸ばす。

その指先が、かぐやの頬に触れた。

 

あたたかかった。

ヤチヨの手も。

かぐやの頬も。

 

「ぅぇ……」

 

ヤチヨの声が、少しだけかすれた。

 

「本当に、かぐやなんだ」

 

「ヤチヨってば変なこと言うねー」

 

かぐやは胸を張った。

 

「どっからどーみても、最強無敵のかぐやちゃんでしょー?」

 

かぐやの知っているヤチヨなら、ここで「そうだね〜、最強無敵だね〜」とでも返してくれるはずだった。

 

けれど、ヤチヨは返さなかった。

笑おうとして、失敗したみたいな顔をした。

 

「そっか」

 

「うん!」

 

「そっかぁ……」

 

ヤチヨは、片手で目元を押さえた。

 

「ヤッチョ的には、だいぶ想定外かな〜……」

 

「想定外?」

 

「うん。想定外。びっくりびっくり」

 

「ヤチヨがびっくりしてるの、珍しーね」

 

「ほんとだよ。ヤッチョ、ここ八千年で一番びっくりしてるのです☆」

 

最後だけ、いつもの調子で星でも飛ばしそうな声だった。

でも、目元を押さえた手は、まだ下りなかった。

 

かぐやは、少しだけ不安になった。

 

「ヤチヨ?」

 

「うん。大丈夫。大丈夫じゃないけど、大丈夫」

 

「どっちー?」

 

「どっちもかな〜」

 

ヤチヨはようやく手を下ろした。

 

その顔は、いつものヤチヨに戻ろうとしていた。

でも、完全には戻れていなかった。

 

「彩葉を呼ばないと……いや、でも、いきなりこれは心臓に悪いかな」

 

「彩葉!」

 

かぐやの身体が跳ねた。

 

「彩葉、ここにいるの!?」

 

「いるよ。いるけど、かぐや、ちょっとだけ落ち着こっか」

 

「落ち着いてるよー!」

 

「うんうん、落ち着いてない人はだいたいそう言うんだよね〜」

 

その時だった。

 

廊下の向こうから、声が聞こえた。

 

「ただいま、ヤチヨ。かぐやのメンテ、終わったよ」

 

その声を聞いた瞬間。

かぐやの世界から、他の音が消えた。

 

十一年。

月。

隕石。

砂浜。

東京。

芦花。

研究所。

ヤチヨ。

 

全部が、遠くなった。

 

声だけが、真っ直ぐに届いた。

彩葉の声。

 

「……彩葉」

 

ドアが開く。

 

白衣を着た女性が入ってくる。

 

少し伸びた髪。

大人びた輪郭。

目元には、かぐやの知らない時間が薄く積もっている。

 

隣には、誰かがいた気がする。

けれど、その瞬間、かぐやには彩葉しか見えなかった。

 

そこにいた。

 

彩葉が。

酒寄彩葉が。

 

かぐやの彩葉が。

 

「――っ」

 

彩葉の足が止まった。

 

手に持っていた端末が、床へ落ちる。

薄い音がした。

 

かぐやには、それすら遠かった。

 

彩葉の目が、かぐやを見ている。

ありえないものを見るように。

夢を見ているように。

怖がるように。

願うように。

 

「か、ぐや……?」

 

声が震えていた。

 

その一言だけで、かぐやはもう我慢できなかった。

 

「いィィィィィろォォォォォはーー!」

 

床を蹴った。

 

ヤチヨが「待って、かぐや!」と言った気がする。

 

でも、間に合わなかった。

かぐやは彩葉へ飛びついた。

 

「え、なに、きゃ――っ!」

 

勢いのまま、二人で床に転がる。

彩葉の背中が床に着き、かぐやはその上に乗っかる形になった。

 

「彩葉! 彩葉だ彩葉だ彩葉だー!」

 

「いた……っ、ちょ、かぐや……?」

 

「かぐやだよー! 彩葉のかぐやちゃんだよー!」

 

かぐやは彩葉を抱きしめた。

 

ぎゅっと。

何度も。

確かめるように。

 

そこにいることを、逃がさないように。

 

彩葉の身体はあたたかかった。

ちゃんと重みがあった。

服の匂いがした。

 

研究所の消毒液みたいな匂いと、少しだけコーヒーみたいな匂いと、その奥にある、かぐやの知っている彩葉の匂い。

 

「ほんとに……かぐや……?」

 

「ほんとだよー。月から帰ってきたんだよー」

 

「なんで……どうして……」

 

「彩葉の歌、月まで届いたんだよ! だから、帰ってきた!」

 

彩葉の腕が、おそるおそる、かぐやの背中へ回った。

最初は壊れ物に触るみたいだった。

 

でも、次の瞬間。

彩葉は、かぐやを強く抱きしめた。

 

痛いくらいに。

息が止まりそうなくらいに。

月人に息が必要かはさておき、とにかく、それくらい強かった。

 

「かぐや……っ」

 

彩葉の声が、かぐやの耳元で崩れた。

 

肩に、温かいものが落ちる。

涙だった。

彩葉の涙。

 

「彩葉、泣いてるー」

 

「泣いてない……」

 

「泣いてるよー」

 

「泣いてない……っ」

 

「うん。泣いてないねー」

 

かぐやは、彩葉の髪に頬をすり寄せた。

 

大人になった彩葉。

でも、抱きしめたら、彩葉だった。

十一年前と同じ。

 

いや、同じではない。

彩葉は変わった。

背中の細さも、抱きしめる力も、声の震え方も、全部、かぐやの知らない時間を持っていた。

 

でも、それでも彩葉だった。

 

かぐやが会いたかった彩葉だった。

 

「会いたかったよー」

 

「……私も」

 

「かぐや、頑張ったよー。月の仕事、いっぱい終わらせたし、変な子にも会ったし、隕石にもぶつかったけど、ちゃんと来たよー」

 

「うん……うん……」

 

「彩葉、ちゃんといたー」

 

「いるよ……ずっと、いたよ……」

 

彩葉の指が、かぐやの服を掴んだ。

離したくない、と言っているみたいだった。

 

だから、かぐやも離れなかった。

 

云十年ぶりの彩葉だった。

 

月で何度も思い出した手。

夢みたいに遠かった声。

もう一度触れたいと願い続けた温度。

 

それが今、全部ここにある。

 

かぐやは、彩葉を堪能した。

頬をくっつける。

髪に顔を埋める。

名前を呼ぶ。

 

彩葉の名前を呼ぶたびに、彩葉が小さく震える。

 

それが嬉しくて、悲しくて、愛おしくて、かぐやはまたぎゅっと抱きしめた。

 

「彩葉ー」

 

「……なに」

 

「彩葉だー」

 

「うん……」

 

「ほんものだー」

 

「それ、私の台詞なんだけど……」

 

彩葉が、泣きながら少し笑った。

 

かぐやも笑った。

 

それだけで、もう、全部がハッピーエンドみたいだった。

 

そのはずだった。

 

ふと。

かぐやは気づいた。

 

彩葉の後ろに、誰かがいる。

 

ドアの近く。

ヤチヨより少し後ろ。

誰かが、呆然と立ち尽くしている。

 

かぐやは、彩葉の上に乗っかったまま、顔を上げた。

 

目が合った。

 

金色の髪。

白い肌。

赤い瞳。

三日月みたいなアホ毛。

同じ顔。

同じ姿。

 

そこに、かぐやがいた。

 

「……」

 

「……」

 

二人のかぐやが、見つめ合った。

 

向こうのかぐやも、呆然としていた。

 

自分と同じ顔で。

自分と同じ目で。

自分と同じように、目を丸くして。

 

先に口を開いたのは、もう一人のかぐやだった。

 

「……ヴェェ⁉ かぐやがいるー⁉」

 

「それはこっちの台詞ー!」

 

「すごーい! 鏡じゃないのにかぐやが動いてるー!」

 

「動いてるのはそっちもでしょー!」

 

「そっちのかぐや、月から来たの? かぐやも月から来たよー。たぶん!」

 

「たぶんってなにー!?」

 

「だって、かぐやはかぐやだもん!」

 

「わかるけど、わかんないー!」

 

思わず叫んでから、月から帰ってきたかぐやの頭の中で、ばらばらだった違和感が一本の線になった。

 

芦花が、かぐやを見て慌てた理由。

彩葉は一緒じゃないのか、と聞いた理由。

研究職員に、勝手に研究所を抜け出したと叱られた理由。

KG型と呼んだ理由。

ヤチヨが、メンテナンスがどうとか言った理由。

 

全部。

全部、これだ。

 

ここには、もう一人のかぐやがいる。

 

彩葉の隣に。

かぐやの知らない、かぐやがいる。

 

でも。

どうして。

なんで。

 

この子は誰。

 

何で、かぐやの顔をしているの。

何で、彩葉の後ろに立っているの。

何で、ヤチヨも芦花も研究所の人も、この子のことを知っているの。

 

彩葉は。

かぐやがいない間に。

 

かぐやは、わなわなと震えだした。

 

「か、かぐや?」

 

床に押し倒されたままの彩葉が、怪訝そうに名前を呼ぶ。

 

「え、なにー?」

 

もう一人のかぐやも返事をした。

 

「今のはこっちのかぐや!」

 

「「こっちってどっちー!?」」

 

月から帰ってきたかぐやと、もう一人のかぐやが同時に叫んだ。

 

彩葉が言葉に詰まる。

 

ヤチヨが口元を押さえて、肩を震わせた。

 

「彩葉、今の呼び分けは最悪かな〜」

 

「笑ってないで助けて、ヤチヨ!」

 

「ヤッチョは今、歴史的瞬間を目撃してるので忙しいのです♪」

 

「ヤチヨ!」

 

そんなやり取りも、今のかぐやにはあまり入ってこなかった。

 

彩葉の後ろに、かぐやがいる。

もう一人のかぐやがいる。

 

しかも、彩葉はさっき言った。

 

かぐやのメンテが終わった、と。

メンテ。

メンテって、なに。

彩葉は、かぐやに、何をどうメンテしたの。

 

つまり。

彩葉は。

かぐやがいない間に。

 

かぐやは、ゆっくりと、もう一人のかぐやを指さした。

 

そして、叫んだ。

 

「かぐやがいない間に、彩葉がかぐやと浮気したー!」

 

「違う!」

 

彩葉の否定は速かった。

驚くほど速かった。

 

「違うから! 言葉としても状況としてもおかしいから!」

 

「でも、彩葉の後ろにかぐやがいるー!」

 

「いるけど!」

 

「いるよー?」

 

もう一人のかぐやが、にこっと笑った。

このよくわからない状況すら、面白がっているみたいだった。

その笑い方が、あまりにもかぐやだった。

 

「わたし、かぐやだよー?」

 

「ほらー!」

 

「ほらじゃない!」

 

彩葉が頭を抱えようとして、月から帰ってきたかぐやにしがみつかれているので失敗した。

 

「かぐや、落ち着いて」

 

「落ち着いてるよー!」

 

「落ち着いてるよーッ!!」

 

二人のかぐやが同時に答えた。

 

彩葉が沈黙した。

 

ヤチヨがとうとう吹き出した。

 

「ふふっ……だめ、これはちょっと、ヤッチョでも耐えられないかも〜」

 

「ヤチヨ、笑ってる場合じゃない!」

 

「ごめんね彩葉。これ、笑わない方が無理だよ」

 

「彩葉は、かぐやの彩葉なのにー!」

 

「そうだよー?」

 

もう一人のかぐやが言った。

 

「彩葉は、かぐやの彩葉だよー?」

 

「かぐやは黙ってて!」

 

「「どっちのかぐやに言ったのー!?」」

 

また二人同時だった。

 

彩葉は天井を仰いだ。

 

「この会話、難易度が高すぎる……」

 

「彩葉、ファイト〜☆」

 

「ヤチヨも何とかして!」

 

「はいはい。じゃあ、ヤッチョが交通整理しまーす」

 

ヤチヨが、ぱん、と手を叩いた。

 

「月から帰ってきたかぐや。まず彩葉の上から降りよっか」

 

「やだ!」

 

「お~、即答〜」

 

「降りたら、彩葉がそっちのかぐやのところ行くかもしれない!」

 

「行かない!」

 

彩葉が必死に言った。

 

「行かないから! というか、今の体勢のままだと本当に説明できない!」

 

「ほんとー?」

 

「ほんと!」

 

「じゃあ、ぎゅってして」

 

「今されてる!」

 

「もっと!」

 

「この体勢で!?」

 

彩葉は本気で困っていた。

 

でも、その困り方があまりに彩葉らしくて、かぐやは少しだけ嬉しくなった。

大人になっても、白衣を着ても、研究所の所長になっても、彩葉は彩葉だった。

 

変な状況に巻き込まれると、ちゃんとこういう声を出す。

 

「……ふふ」

 

月から帰ってきたかぐやが笑うと、彩葉の表情が少しだけ緩んだ。

 

その隙に、ヤチヨが近づいてきた。

 

「かぐや」

 

「む」

 

「彩葉は浮気してませーん。そこはヤッチョが保証しま〜す☆」

 

「ほんとー?」

 

「ほんとほんと」

 

「じゃあ、あのかぐやは?」

 

月から帰ってきたかぐやが指さすと、もう一人のかぐやは自分を指さした。

 

「わたし?」

 

「そう! そっちのかぐや!」

 

「かぐやはかぐやだよー?」

 

「わかるけど、わかんないー!」

 

「わかるー!」

 

「わからないで!」

 

「あー、もう、めちゃくちゃー!」

 

彩葉の叫び声が部屋に響いた。

 

犬DOGEが、わん、と鳴く。

 

もう一人のかぐやは、犬DOGEを見て目を輝かせた。

 

「あ、犬DOGEだー!」

 

「犬DOGEも知ってるの!?」

 

「知ってるよー。かぐやだもん」

 

「ほらまたかぐやっぽいー!」

 

「かぐやだからねー」

 

月から帰ってきたかぐやは、さらに混乱した。

 

この子は、自分ではない。

でも、あまりにも自分っぽい。

 

口調も。

テンションも。

反応も。

それが、余計におかしい。

 

まるで、彩葉が本当にかぐやと暮らしていたみたいで。

かぐやがいない間に、彩葉の隣に、かぐやがいたみたいで。

 

胸の奥が、少しだけちくりとした。

 

「……彩葉」

 

かぐやの声から、さっきまでの勢いが消えていた。

 

「うん」

 

彩葉の顔から、困ったような色が消えた。

 

「その子が、かぐやの代わりだったの?」

 

部屋が静かになった。

 

彩葉の目が、大きく揺れた。

その揺れを見た瞬間、かぐやは自分が少しだけ意地悪なことを聞いたのだと気づいた。

 

でも、聞かずにはいられなかった。

 

彩葉は、かぐやの頬に手を伸ばした。

指先が震えていた。

 

「代わりじゃない」

 

彩葉は言った。

 

「誰も、あなたの代わりじゃない」

 

「……」

 

「私は、かぐやの代わりが欲しかったんじゃない。かぐやに、もう一度触れたかった。かぐやに、もう一度ご飯を食べさせたかった。朝起きて、おはようって言いたかった。だから、ずっと研究してきた」

 

彩葉の声が、また震えた。

 

「代わりなんかじゃない。代わりなんて、作りたくもない」

 

かぐやは、彩葉を見た。

 

彩葉の目は、泣きすぎて赤くなっていた。

でも、真っ直ぐだった。

 

嘘をついている目ではなかった。

 

「……じゃあ、座る」

 

「ありがとう」

 

「でも、膝の上」

 

「え?」

 

「膝の上なら、逃げられないから」

 

「逃げないって言ったんだけど……」

 

「念のため!」

 

結局、説明は、彩葉がソファに座り、その膝の上に月から帰ってきたかぐやが座る形で始まった。

 

犬DOGEはかぐやの足元。

ヤチヨは向かい側。

 

もう一人のかぐやは、彩葉の隣に座ろうとして、月から帰ってきたかぐやにじっと見られ、少し考えたあと、反対側の椅子に座った。

 

「むー」

 

「なにー?」

 

「なんでもないー」

 

「そっかー」

 

同じ声で会話しているみたいで、かぐや自身もちょっと変な気分だった。

 

彩葉は、何度か息を整えた。

 

「どこから話せばいいのかな……」

 

「かぐやにもわかるようにね」

 

「努力する」

 

「む。ちょっと馬鹿にされた気がする」

 

「してない」

 

「ほんとー?」

 

「ほんと」

 

彩葉は少しだけ笑った。

 

それから、ヤチヨを見た。

ヤチヨは、いつもの調子で軽く手を振った。

 

「じゃあ、ヤッチョから話そっか。ややこしいこと担当、月見ヤチヨでーす☆」

 

「ヤチヨがややこしいこと担当なの?」

 

「だいたいそうだよ。お忘れかな〜? ヤッチョは八千歳のトップAIライバーなのです♪」

 

「八千歳……」

 

月から帰ってきたかぐやは、まじまじとヤチヨを見た。

 

ヤチヨはウインクした。

その仕草は軽かった。

 

でも、八千歳という言葉だけは、軽くなかった。

 

「ヤチヨはね、ざっくり言うと、未来のかぐや」

 

「未来の、かぐや」

 

「うん。月に帰ったあと、彩葉にもう一回会いに行こうとして、ちょっと事故っちゃって」

 

「事故」

 

「八千年前の地球に落っこちちゃいましたー☆」

 

「ちょっとじゃないよ!?」

 

思わず叫んだ。

 

ヤチヨは、困ったように笑った。

 

「だよね〜。ヤッチョもさすがに、あれはちょっと遠回りしすぎたなーって思う」

 

「遠回りって距離じゃないよー!」

 

「時間だね」

 

「そういうことじゃないー!」

 

ヤチヨは笑っていた。

 

軽く。

明るく。

いつものように。

 

八千年。

かぐやには、うまく想像できない時間だった。

 

月での時間だって、かぐやには十分すぎるくらい寂しかった。味も温度もない世界で、役割だけを繰り返す時間は、息が詰まりそうだった。

 

でも、かぐやには、あの子がいた。

変なことばかり言う、月のあの子。

かぐやの名前を家具屋と聞き間違えた、変な月人。

業務代行Botを作ってくれた。

腕輪をくれた。

タイムトラベル機能を改修してくれた。

量子化カプセルもくれた。

不測の事態のための対策を、いくつも用意してくれた。

 

だから、かぐやはここにいる。

 

隕石にぶつかっても。

十一年ずれても。

彩葉に触れられる身体を持って、ここまで来られた。

 

でも。

ヤチヨは、違う。

 

「ヤチヨ」

 

「なあに、かぐや?」

 

「ヤチヨは、月であの子に会った?」

 

「あの子?」

 

「変な月人。テンニョ型で、いつも腕を組んで壁にもたれてて、かぐやのこと家具屋って言ってきて、業務代行Botとか、肉体を作る腕輪とか作ってくれた子」

 

ヤチヨは、ゆっくり瞬きをした。

 

笑顔が、ほんの少しだけ止まる。

 

「……ううん」

 

静かな声だった。

 

「ヤッチョの月には、そんな子、いなかったかな」

 

「そっか」

 

「うん。会えなかったみたい」

 

会えなかった。

 

その一言で、かぐやの中に、何かが落ちた。

 

ヤチヨには、あの子がいなかった。

業務代行Botもなかった。

腕輪もなかった。

 

『もと光る竹』が壊れたときの逃げ道も、たぶんなかった。

 

たったひとりで、落ちた。

 

たったひとりで、待った。

 

彩葉に会うために。

 

かぐやは、ヤチヨを見た。

 

ヤチヨは、いつものように笑っていた。

けれど、その笑顔の奥にあるものが、少しだけ見えた気がした。

 

「ヤチヨ」

 

「うん?」

 

「ヤチヨは……あの子に会えなかったかぐやなんだね」

 

ヤチヨの笑顔が、止まった。

 

彩葉も、もう一人のかぐやも、何も言わなかった。

 

静かな部屋の中で、ヤチヨだけが、ゆっくり瞬きをした。

 

「……うん」

 

いつもの星も、ウインクもなかった。

ただ、少し困ったように笑って。

 

「そうかもね。ヤッチョは、ちょっと運が悪かったかぐや、なのかも」

 

「ちょっとじゃないよー」

 

「そう?」

 

「八千年は、ちょっとじゃないよ」

 

かぐやは、彩葉の膝から降りた。

 

彩葉が何か言いかけたけれど、かぐやはヤチヨのところまで歩いていった。

 

ヤチヨは逃げなかった。

 

いつもなら、するりと冗談にして、ひらりとかわしそうなのに。

その場に立ったまま、かぐやを見ていた。

 

「ヤチヨ」

 

「うん」

 

「さびしかったねー」

 

かぐやは、ヤチヨを抱きしめた。

 

ヤチヨの身体が、びくりと固まる。

 

「かぐや、月でちょっとだけでも、すごく寂しかったよ。彩葉に会いたくて、彩葉の歌ばっかり聞いてた。だから、八千年は、すごく寂しいよ」

 

「……うん」

 

「でも、頑張ったんだねー」

 

「うん」

 

「彩葉に会いたかったんだよねー」

 

「……うん」

 

ヤチヨの手が、ゆっくりとかぐやの背中に回った。

 

いつもの軽い声ではなかった。

でも、それもヤチヨだった。

 

「会いたかったよ」

 

小さな声だった。

 

「ずっと、会いたかった」

 

かぐやは、もっと強く抱きしめた。

 

「じゃあ、ヤチヨもハッピーエンドにしないとだねー」

 

「……それ、かぐやが言うんだ」

 

「うん。かぐやちゃんが言いまーす」

 

「そっか」

 

ヤチヨは、少しだけ笑った。

 

今度は、ほんの少しだけいつもの調子に戻って。

 

「じゃあ、ヤッチョも連れてってもらおうかな〜。かぐやのハッピーエンドに」

 

「もちろん!」

 

かぐやは大きく頷いた。

 

「彩葉も、ヤチヨも、かぐやも、かぐやも、みんな一緒!」

 

「かぐやが二回いるね〜」

 

「いるよー!」

 

もう一人のかぐやが、元気よく手を上げた。

 

月から帰ってきたかぐやは、そちらを見た。

 

同じ顔。

同じ声。

同じテンション。

 

でも、違うかぐや。

 

彩葉がずっと触れようとしてきた、かぐや。

 

かぐやとは違う。

でも、かぐやとしか思えない少女。

 

かぐやは、もう一人のかぐやの前へ歩いた。

 

「ねぇ」

 

「なにー?」

 

「そっちのかぐやは、かぐやなの?」

 

「うん!」

 

もう一人のかぐやは、迷わず頷いた。

 

「かぐやは、かぐやだよー!」

 

「そっかー」

 

「そっちのかぐやも、かぐやだよね?」

 

「もちろん!」

 

「じゃあ、かぐやが二人だ!」

 

「そう!」

 

二人のかぐやは、同時に胸を張った。

 

彩葉が額を押さえた。

 

「なんか、頭おかしくなりそうな会話してる……」

 

「彩葉、細かいこと気にしすぎ〜」

 

「細かくない!」

 

彩葉はため息をついた。

 

それから、もう一人のかぐやを見た。

その目が、とても優しかった。

 

「この子は、研究上の識別名ではKG型。かぐや型アバターボディの第一号機。でも、普段は私もヤチヨも、かぐやって呼んでる」

 

「浮気」

 

「違う」

 

「だって、彩葉がかぐやって呼んでるー!」

 

「呼んでるけど、そういう意味じゃない!」

 

「「そういう意味ってなにー?」」

 

二人のかぐやが同時に首を傾げる。

 

彩葉は再び天井を仰いだ。

 

「もう、何を言っても墓穴になる……」

 

「彩葉、がんばー」

 

ヤチヨがにこにこしながら言った。

 

「ヤチヨも助けてよ……」

 

「助けてる助けてる。ヤッチョは彩葉の味方だよ〜」

 

「その顔は絶対楽しんでる」

 

「バレた?」

 

もう一人のかぐやが、月から帰ってきたかぐやを見つめた。

 

「ねぇ、かぐや」

 

「なにー?」

 

「じゃあ、彩葉のかぐやは、どっちー?」

 

部屋の空気が、ほんの少しだけ静かになった。

 

声は明るかった。

でも、その問いだけは、軽くなかった。

 

月から帰ってきたかぐやは、もう一人のかぐやを見た。

 

自分と同じ顔。

自分と同じ声。

自分と同じように、彩葉のことが大好きな顔。

 

「んー」

 

かぐやは少し考えた。

そして、彩葉を見た。

 

彩葉は、泣きそうで、笑いそうで、どうしようもなく大切そうな顔をしていた。

 

それだけで、答えはわかった。

 

「どっちも!」

 

「どっちも?」

 

「うん! 月から帰ってきたかぐやも、こっちのかぐやも、どっちも彩葉のかぐや!」

 

「おー!」

 

もう一人のかぐやの顔が、ぱっと明るくなった。

 

「彩葉、どっちもかぐやだってー!」

 

「うん……そうだね」

 

「多い?」

 

「多い」

 

「困る?」

 

彩葉は首を横に振った。

 

「困らない」

 

その声は、少し震えていた。

 

「どっちも、大事」

 

「じゃあ、かぐやが二人なら、彩葉を二倍幸せにできるってことだよねー?」

 

「それだー!」

 

月から帰ってきたかぐやも、思わず大きく頷いた。

 

「彩葉が困ってないなら、かぐやが二人でも問題なし!」

 

「困ってはいる!」

 

彩葉が即座に言った。

 

「困るのー?」

 

「困らないって言ったじゃん!」

 

「今は、会話の難易度に困ってるの!」

 

「じゃあ、かぐやが二人いることには困ってない?」

 

彩葉は、言葉に詰まった。

 

それから、少しだけ泣きそうな顔で笑った。

 

「……困ってない」

 

「じゃあ、問題なし!」

 

「問題なしー!」

 

二人のかぐやは、同時に胸を張った。

 

「かぐやが増えた!」

 

「増えた!」

 

「かぐやが増えたら、楽しいことも増える!」

 

「おー! たしかにー!」

 

もう一人のかぐやの顔が、ぱっと明るくなった。

それは、かぐやそのものの笑顔だった。

 

「ねぇねぇ、かぐや」

 

「なにー?」

 

もう一人のかぐやが、月から帰ってきたかぐやの前までとことこ歩いてきた。

 

「かぐや、かぐやに触っていい?」

 

「ほぇ?」

 

「だって、かぐやが二人いるの初めてだもん!」

 

「それは、かぐやも初めてー!」

 

「じゃあ、いい?」

 

「いいよー!」

 

もう一人のかぐやが、そっと手を伸ばした。

 

月から帰ってきたかぐやの頬を、ぷに、とつつく。

 

「おー。ほんとにかぐやだー」

 

「そっちもー」

 

今度は月から帰ってきたかぐやが、もう一人のかぐやの頬をぷに、とつついた。

 

「ほんとにかぐやだー」

 

「でしょー?」

 

「でしょー、じゃないよー!」

 

二人で同時に笑った。

 

同じ顔で。

同じ声で。

同じように、彩葉の方を振り返って。

 

「「彩葉、かぐやが二人いるー!」」

 

「見ればわかる!」

 

彩葉がそう叫んだので、二人のかぐやはまた笑った。

 

「それから」

 

ヤチヨが、軽く手を上げた。

 

「ちなみに、ヤッチョのアバターボディも完成してまーす。今のこの身体がYC型だね」

 

「わいしーがた」

 

「ヤチヨ型アバターボディ。つまり、ヤッチョもぎゅーできます」

 

「おー!」

 

「さっきしたけどね〜」

 

「もっとできるね!」

 

「そうだね〜」

 

ヤチヨはおどけて言った。

でも、少し嬉しそうだった。

 

かぐやは大きく頷いた。

 

「つまり!」

 

部屋中の視線が、かぐやに集まる。

 

「かぐやがいて、かぐやがいて、ヤチヨもいて、彩葉もいる!」

 

「雑だけど、まあ……」

 

「誰も代わりじゃない!」

 

彩葉が黙った。

 

ヤチヨも黙った。

 

もう一人のかぐやが、月から帰ってきたかぐやを見た。

 

かぐやは胸を張る。

 

「ハッピーエンドだね!」

 

彩葉の目から、また涙が落ちた。

 

「あれ、彩葉また泣いてるー」

 

「泣いてない……」

 

「泣いてるよー」

 

「泣いてないってば……」

 

彩葉は笑っていた。

泣きながら、笑っていた。

 

白衣の袖で涙を拭っても、また次が落ちる。

 

かぐやは彩葉に駆け寄った。

今度は押し倒さないように、少しだけ気をつけて抱きつく。

 

「彩葉、泣き虫だねー」

 

「誰のせいだと思ってるの」

 

「かぐや?」

 

「だいたいそう」

 

「えへへー」

 

「褒めてない」

 

彩葉はそう言いながら、かぐやを抱きしめた。

 

その腕は、もう震えていなかった。

強くて、あたたかくて、離さないと言っているみたいだった。

 

かぐやは顔を上げた。

もう一人のかぐやが、少し離れたところから見ている。

 

ヤチヨも。

犬DOGEも。

 

そして、部屋の端に置かれていた小さな端末から、ふわりと光が浮かび上がった。

 

ウミウシ型の、小さなマスコット。

 

「……騒がしいな」

 

「FUSHIだー!」

 

かぐやが叫ぶと、FUSHIはぷいっとそっぽを向いた。

 

「めんどうなのが増えているな」

 

FUSHIは犬DOGEを見た。

犬DOGEもFUSHIを見た。

 

しばらく、二匹は見つめ合った。

 

「……なんだ?」

 

「わふっ」

 

「……泣いていない」

 

「おー、通じ合ってるー?」

 

「うるさい」

 

FUSHIはさらにそっぽを向いた。

でも、その小さな体が少し震えているのを、かぐやは見逃さなかった。

 

今日は、わからないことだらけだ。

でも、わからないことが全部あたたかい。

 

月にはなかった。

竹取物語にはなかった。

月へ帰って終わり、なんて結末にはなかった景色。

 

彩葉が十年かけて作った場所。

ヤチヨが八千年かけて繋いだ時間。

芦花が送り出してくれた先。

月のあの子が連れてきてくれた未来。

 

その全部が重なって、今、ここにある。

 

でも。

かぐやは、ふと思い出した。

 

「彩葉」

 

「なに?」

 

「やっぱり、浮気疑惑は完全には晴れてません」

 

「まだ言うか!?」

 

「なので、ダブルかぐやサンドの刑を執行します!」

 

「は? ダブ…なに?」

 

「おっと、かぐやー? そんな言葉どこで覚えてきたのかな~☆」

 

「あの子が教えてくれた! 百合っていうんだって!」

 

「ちょっと、その『あの子ちゃん』とはお話が必要そうだね~」

 

「かぐやー!」

 

「おっけー! かぐや!」

 

もう一人のかぐやが、元気よく駆け寄ってきた。

反応が早い。

 

彩葉が頭を抱えた。

 

「ややこし……」

 

「細かいことは気にしない!」

 

「そうだよー!」

 

二人のかぐやが声を揃えた。

 

ヤチヨが楽しそうに笑う。

 

「おおー、シンクロ率高めだね〜」

 

「ヤチヨも来てー!」

 

「……えっ、ヤッチョも?」

 

「もちろん! ヤチヨも!」

 

「ヤ、ヤッチョは遠慮しておこーかな~……なんて」

 

「問答無用! 全員でハッピーエンド行くんでしょ?」

 

ヤチヨは苦笑いしながら、でも逃げなかった。

 

彩葉がソファに座らされる。

 

月から帰ってきたかぐやが右側。

 

もう一人のかぐやが左側。

 

ヤチヨが後ろから、ふわりと彩葉の肩に腕を回す。

 

犬DOGEが足元に座り、FUSHIがその隣で「近い」と文句を言う。

 

「Wかぐやサンドー!」

 

「ヤチヨもいるから、ちょっと盛りすぎサンドだねー」

 

「盛りすぎは楽しい!」

 

「楽しいー!」

 

二人のかぐやが同時に笑う。

 

彩葉は、両側から同じ顔の少女に抱きしめられ、背後からヤチヨにも包まれて、どうしようもない顔をした。

 

「ほんと、めちゃくちゃ……」

 

「ハッピー?」

 

月から帰ってきたかぐやが聞く。

 

「ハッピー?」

 

もう一人のかぐやも聞く。

 

彩葉は、目を閉じた。

 

両側から同じ声で聞かれる。

 

後ろではヤチヨが、静かに笑っている。

 

足元には犬DOGEとFUSHIがいる。

 

普通なら、どう考えてもおかしい。

 

研究者としても、所長としても、社会人としても、たぶん色々おかしい。

 

でも、彩葉は笑っていた。

 

泣きながら、笑っていた。

 

「うん」

 

彩葉は言った。

 

「ハッピー」

 

その瞬間、かぐやの胸の奥で、ずっと鳴っていた彩葉の歌が、ふわりとほどけた気がした。

 

月まで届いた歌。

 

かぐやをここまで連れてきた歌。

 

それは、きっと、返事だった。

 

かぐやが「ハッピーエンドにする」と言ったことへの、彩葉からの返事。

 

なら、今度はかぐやが返す番だ。

 

「彩葉」

 

「なに?」

 

「ただいま!」

 

彩葉は、また泣きそうな顔で笑った。

 

「……おかえり、かぐや」

 

「うん!」

 

かぐやは、もっと強く彩葉を抱きしめた。

 

「かぐや、帰ってきたよ!」

 

「かぐやもいるよー!」

 

もう一人のかぐやが反対側から抱きつく。

 

「ヤッチョもいまーす☆」

 

ヤチヨが後ろから言う。

 

「多い……」

 

彩葉が呟いた。

 

「多いけど、いる……」

 

その声が、どうしようもなく嬉しそうだったから。

 

かぐやは笑った。

 

竹取物語は、月に帰って終わる。

でも、その先を作ってはいけないなんて、誰も言っていない。

 

月へ帰った姫が、もう一度地球へ戻ってきてもいい。

 

未来の自分が、八千年待っていてもいい。

 

研究者になった女の子が、十年かけて奇跡を組み立ててもいい。

 

犬DOGEとFUSHIが同じ部屋でそっぽを向きながら泣きそうになっていてもいい。

 

だって、ハッピーエンドは、ひとつじゃない。

 

自分で作っていい。

 

何度でも、書き換えていい。

 

かぐやは、彩葉の腕の中で笑った。

 

ここにいる。

みんな、ここにいる。

 

どこにも行かないでと願った人たちが。

 

帰ってきてほしいと願った人たちが。

 

自分を待っていてくれた人たちが。

 

全部、ここにある。

 

だから、かぐやはもう一度、胸を張った。

 

「ほらね、彩葉」

 

「うん?」

 

「かぐや、言ったでしょ?」

 

十一年前。

 

狭い部屋で。

 

竹取物語の結末に怒って。

 

かぐやは言った。

 

自分でハッピーエンドにする、と。

彩葉も一緒に連れていく、と。

 

その約束は、遠回りして、ぐるぐる回って、月まで行って、八千年を越えて、十一年を積み上げて、もう一度ここに辿り着いた。

 

「自分でハッピーエンドにするって!」

 

彩葉は、涙でぐちゃぐちゃの顔で笑った。

 

「……ほんと、あんたは」

 

その先は、言葉にならなかった。

 

でも、かぐやにはわかった。

彩葉の腕が、ちゃんと答えてくれていたから。

 

かぐやは目を閉じた。

 

味も温度もない月ではなく。

あたたかくて、騒がしくて、めちゃくちゃで。

大好きな人たちがいる、この場所で。

 

ハッピーエンドは、ようやく始まった。

 





あとがき:

これにて本作の本編は完結です!

もともとは二話完結の短編予定で、「この台詞を言わせたい!」という勢いから書き始めた作品でした。
正直、ここまで多くの方に読んでいただけるとはまったく想定しておらず、作者本人が一番びっくりしています。

お蔵入りしかけていたものを、別作品の息抜きとしてライブ感重視で仕上げた作品でしたが、ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございました!

今回いちばん悩んだのは、月から帰ってきたかぐやと、KG型のかぐやをどう書き分けるかでした。

KG型の中身については、ヤチヨ本人、あるいはヤチヨの分身体と見る解釈もあると思います。
本作では、YC型も同時に存在していることから、KG型はヤチヨの中からサルベージされた「かぐやとしての記憶」や人格ログをもとにした、かぐやとしての別個体、というイメージで書きました。
もちろんこのあたりは明確に断定されている部分ではないと思うので、本作独自の解釈です。

ただ、KG型を「かぐやではない何か」として扱うのも違うと思ったので、最終的には「彩葉の隣にいた、もう一人のかぐや」として書きました。
月から帰ってきたかぐやが、最初は混乱と嫉妬を抱きつつ、最後には「かぐやが二人なら、彩葉を二倍幸せにできる」という結論に落ち着く。
この着地点にできたので、個人的には満足しています。

お助けキャラとして登場した転生者こと「あの子ちゃん」については、今回はダブルかぐやサンド(ヤチヨを添えて)を成立させるための便利な舞台装置になってもらいました。
本人は鋼の意思で「百合には決して近づかない」と、自身の信仰する百合の神に誓っているので、まあ残当です。

蛇足として、そのうち「あの子ちゃん」の話を書くかもしれません。
その場合は「あの子ちゃん」の決意むなしく、百合に近づいてもらうことになるので、きっと神罰を受けることになりますね。

本作とは別に、本筋として進めている「超かぐや姫!」原作の二次創作小説があります。
タイトルは「八千夜」です。

そちらも本作と同じく、週間・日間・ルーキーランキング入りさせていただきました。
本当にありがとうございます。

ご興味のある方は、そちらも読んでいただけると幸いです。
どちらも匿名投稿ですが、作者名は同じく「超かぐや姫!に脳を焼かれた人」にしています。

ただ、コメディ寄りの本作とはだいぶ毛色が異なる作品ですので、ここで直接リンクを貼るのは控えておきます。
もし気になった方がいらっしゃいましたら、作品名などから探していただければ嬉しいです。
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