人間になりたいうた   作:ギークヴォルフ

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第3話

──あの子が、いない。

 

なんでもすぐに私の先へ行ってしまう、あの理不尽な才能。

 

いつだって私の遥か前を走っていた、あの眩しい背中。

 

ここには、私を追い抜いていく者は、もう誰もいない。

 

最初は救われたのだと思った。これでもう、何かに怯えて完璧を追い求める必要もない。 けれど、それは間違いだった。競うべき相手を失った私の剣には、意味も、重さも、何も残っていなかった。

 

あの子の顔や、自分の名前、何故戦っているのかすら曖昧になって行く。

 

──駄目。忘れては、いけない……?

 

名前を、あの子の、私の大切な──日──。

 

そこから先の音が、どうしても霧に溶けて思い出せない。指の隙間からこぼれ落ちていく。

 

忘れたら最後だ。それを完全に失くしてしまえば、ただ物言わぬ抜け殻の亡者になるだけだ。

 

それだけは、まだ、絶対に…?

 

だから、私はただ人間性を繋ぎ止めるためだけに、惰性で赤瞳のオーブを掲げていた。

 

──その日も、作業のつもりだった。

 

王刃の腰巻きを揺らし、盾を持たないその男の背中に、侵入直後の私が不意打ち気味の一撃を放った、その瞬間。

 

──パリィ

 

金属の弾ける、甲高くて冷徹な音が響いた。

 

─何故?確かに盾は持っていなかった筈なのに。

 

私の体勢が大きく崩れる。その、わずか一秒にも満たない硬直の間。

 

男の指先が信じられない速度で動き、スズメバチの指輪に付け替えると同時に、ムラクモから暗銀の殲滅へと持ち替えた。

 

視界が反転し、胸元に冷徹な刃が深く深く突き刺さる。

 

「……っ、あ……!」

 

冷たい石床に叩きつけられ、血の泡を吐きながら、私はただ目を見開いていた。

 

霧がかかっていた脳が、摩耗した人間性が、その一瞬の衝撃で完全に覚醒する。

 

 

届かない。掠りもしない。

 

 

私の必死の努力など一瞬で見切られ、完璧に否定される。

 

 

 

私の遥か前を、──が走っている。

 

 

 

 

鳥肌が立つほど、馴染み深い絶望だった。

 

崩壊していく身体の中で、私は指先を床に突き立てる。

 

──男が右手を左胸の前に持ってきて、静かに一礼をしている。

 

あの間合い、あの換装速度、どうすれば防げた? どう動けば、あの領域に一歩近づける──?

 

私の中に目指すべき完璧が─び生まれた瞬間だった。

 

 

私はまた、赤瞳のオーブを強く握りしめる。

 

 

──侵入。

 

呑気にも両手を広げているホストに斬りかかるが、白霊の特大剣が割って入る。

 

盾のない左手で、強引に。

 

──パリィ。

 

僅かな間。指先がもつれ、換装がコンマ数秒遅れる。

 

致命は外れ、刃が肉を浅く裂くだけ。

 

 

──遅い。浅い。

 

 

追いすがる二人を前に反転し、全速力で銀騎士の元へと逃げる。銀騎士の放った大矢の隙を突き、ようやく背後から泥臭く宿主を突き殺した。

 

 

 

 

───お話になりません。これでは、到底……。

 

 

 

 

あの圧倒的な背中を見上げ、血を吐きながら追いつこうと足掻いている間だけ──

 

 

 

 

私は、─川─夜でいられる。

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