煤けた灰が新緑の髪を汚し、割れた甲冑の下では、凝固した血が皮膚と鎧を癒着させていた。
かつて細い指先で爪弾いていたギターの重みは、とうに思い出せない。いま、固まった泥と返り血で汚れた両手が握りしめているのは、ひどく重い
ここには、自分の言葉を都合よく解釈する人間も、義務を押しつけてくる大人たちもいない。誰も彼女に話しかけてこない。
ボロボロになったサーコートの裾を風に揺らしながら、この静寂に奇妙な安堵すら覚える。
ただ、生き延びるためだけに、淡々と武器を振るってきた。肉体が引き裂かれようとも、声を上げて泣くことはない。死の苦痛も、敵の攻撃パターンを覚えるための事実として処理するだけ。
どれほどの時間を、この終わりのない戦いに費やしただろう。
もはや何度目かも分からぬ世界の最奥、絶えて久しい始まりの火の炉。
白霧の門、その手前の灰の中に、それはあった。
歪な、しかし見慣れた軌跡で描かれた、一本の白い光。
睦の指先が、微かに震えた。
血で固まった手袋を外し、剥き出しの指先で光に触れる。
──霊体を召喚しています──
光の粒子が収束し、そこへ一人の不死人が現れた。
身につけているのは、いつもと変わらず王刃の腰巻きのみ。どす黒いソウルの滓を全身から発散させている、素性も名も知らぬ不死人。
相手が、ゆっくりと右手を胸に当て、小さく一礼した。
睦はそれを見つめ、ワンテンポ遅れて、同じように、大剣の柄を額の前に掲げるジェスチャーを返す。
不死人が不意に、草紋の盾を虚空より取り出す。
睦は何も言わず、鉄の大剣を虚空に仕舞う。
代わりに取り出したのは、致命の一撃に特化させた、結晶のデーモン大斧。
霧を潜ると同時に、燃え殻となった大王グウィンが、火の剣を振るって跳躍してくる。
高速の斬撃が前を行く不死人を襲うのを見ながら、睦は冷静に暗月の紫光をエンチャする。
そこに微塵の動揺もなく、あるのは予定調和と、惰性。
完璧なタイミングで繰り出された不死人の
──今
転がり込む様に前転し、一瞬で間合いを詰める。
無防備に晒されたグウィンの胸元へ、超常の筋力で突き立てる。
肉を、骨を、ソウルを砕く、重厚な破壊の感触。
飛び散る火の粉が、睦の汚れた頬を赤く照らし、開いた傷口を焼く。
呆気なく一撃で崩れ落ちる王の背後で、役目を終えた不死人の身体が、静かに白い光となって薄れ始めていた。
消え行く間際、不死人はほんの僅かに睦を振り返る。
そして地面にぽつんと、黒い精を落とした。
睦はそれを見つめ、光の粒子となって消えていく幻影に向かって、静かに大斧を掲げる。
再び、世界に圧倒的な静寂が戻って来た。
彼女は黒い精を拾い上げ、それを無造作に握り潰す。
冷え切った肉体の体力が大きく回復する。
胸の奥が微かに熱くなり、不意に指先が、何かの弦を押さえる感触を思い出しかけるが、それだけだった。
この熱こそが恐らく、人のみが持つと言う人間性なのだろう。
世界はまもなく終わり、また最初から始まる。
お礼参りも済ませ、ここでやり遺した事は何もない。
人間性は摩耗し、記憶はさらに削れ、いつかはあの不死人のステップの癖すら、忘れてしまうのかもしれない。
気付けばまた、始まりの牢の薄闇が、目の前にあった。