ある時を境に、紗夜は変わってしまった。
今の紗夜のギターは、とにかく凄い。凄すぎて、鳥肌が立つ。
一音の狂いもない。人間技とは思えない速度のフレーズを、ただ淡々と弾きこなしていく。
技量だけで言えば、間違いなく過去最高で、完全にプロの領域すら超えてると思う。
なのに──合わせている私のベースに、その音がどうしても入ってこない。
「……ストップ」
友希那の歌声が途切れて、スタジオがシンと冷え切った。
あこのドラムが、行き場をなくしたみたいにドタバタと崩れて止まる。
キーボードの前で、燐子ちゃんが小さく悲鳴みたいな息を呑むのが聞こえた。
友希那が、紗夜を鋭く射すくめる。
その横顔はいつも通り冷徹だけど、マイクスタンドを握る指先は、ほんの少しだけ白く、強張っているのが見えた。
「紗夜……今の演奏は、何?」
友希那の声が、いつもよりずっと低くて硬い。
「私は……私たちは、
突き放すような、拒絶の言葉。
今の紗夜には、その言葉の重みがまるで伝わっていないように見えた。
紗夜は息一つ乱さないで、ただ自分の右手の指先を虚ろに見つめていた。
そんな紗夜を見ていたら、なんだか怖くなった。
これまで私たちが作ってきたRoseliaの音楽を、紗夜が音だけで塗りつぶしていく。
友希那の歌と、私のベースと、みんなの想いが、紗夜の出す完璧な音の前に、まるで無価値なものみたいに扱われている気がして。
「──お話になりません」
小さくそう呟くと、紗夜はアンプの電源を落とした。静かにシールドを抜いて、ギターをケースに収めていく。その動きには、迷いも躊躇も、ひとかけらもなくて。
「さ、紗夜さん……? なんで片付けちゃ……っ、あこ、次の曲の準備、いつでもできるよ……!?」
「氷川さん……嘘、ですよね……?」
あこちゃんの必死に笑おうとする声も、燐子ちゃんの泣き出しそうな声も、今の紗夜には、もう届かない。
「待ちなさい、紗夜! まだ話は終わっていないわ!」
友希那の声が響くと同時に、私はベースを置いて紗夜の前に走ってた。
「ちょっと待って、紗夜! 冗談でしょ? 急にどうしちゃったの──」
片付けている紗夜の前に回り込んで声をかける。
だけど紗夜は、私と目を合わせることも、手の動きを止めることもなかった。ただ淡々とシールドを巻いてる。
「紗夜……っ!」
私の声なんて聞こえていないみたいに、パチン、とケースの金具が留まった。
紗夜はギターケースを背負い立ち上がる。
「私はRoseliaを辞めます。失礼します」
起伏のない声でそれだけ言うと、紗夜はまっすぐドアの向こうへ去っていった。
バタン、と静かにドアが閉まる。
「……え? あ、あれ……? 紗夜さん、怒っちゃったの……? あこのドラム、ズレてたから……?」
あこちゃんがスティックを握ったまま、引きつった笑顔で私と友希那の顔を何度も見比べてる。その目が、みるみるうちに涙で潤んでいく。
「ち、違う、よね……? 燐りん、紗夜さん、すぐ戻ってくるよね……?」
「……ぁ……ぅ……」
燐子ちゃんは鍵盤に手を置いたまま、完全に固まってた。呼吸がうまくできていないみたいに、ただ小さく肩を震わせて、床の一点を見つめてる。
「友希那……」
私が声をかけると、友希那はマイクスタンドを握りしめたまま、一歩も動かなかった。
前を睨みつけたままの瞳が、かすかに細かく揺れてる。
私の声も、あこちゃんの泣きそうな声も、今の友希那には届いていないみたいだった。
「……」
友希那は何も言わなかったけど、その唇がきつく、白くなるほど噛み締められていく。
誰も次の音を鳴らせない。
お互いの顔を見ることもできない。
ただ、紗夜が弾いていたアンプだけが、冷え切ったスタジオで静かに佇んでいた。