侵入した世界で、あの男を見つけた。
白霊として召喚されていた彼を視界に捉えた瞬間、
接敵する前に、素早く打刀に結晶魔法を纏わせる。
凍てつくような、青い薔薇の様な結晶の輝きが、刀身を覆っていく。
彼は武器を持たず、右手に呪術の火を灯しているのみ。だが彼の技巧を以てすれば、あらゆる挙動が致命の罠になり得る。
間合いを詰める私へ向けて、彼が大火球を放つ。
私はそれを、前転し突き抜けて躱した──その、筈だった。
彼の狙いは、私に当てる事では無く、自らの足元へ大火球を叩きつけ、周囲を混沌の溶岩で満たすことだった。
肉の焼ける悍ましい熱。
着地際を、ドロリとした溶岩に足元をすくわれた。
その僅かな硬直の隙に、至近距離で繰り出された薙ぎ払う混沌の炎が、私の身体を骨ごと溶かし尽くした。
視界が反転し、身体がソウルの滓となって消滅していくその刹那。
後から乱入してきた別の赤霊が、油断したホストの首を背後から跳ねるのが見えた。
消えゆく掌に、奪い取ったわずかな人間性と他者のソウルが滑り込んでくる。
そんな棚ぼたの戦果など、何の慰めにもならない。私はただ、完全に敗北して、元の冷たい石床へと降り立つ。
身体が再構成された瞬間、私は間髪入れずに、いつもの様に赤瞳のオーブを握り締める。
━━━━侵入する世界を探しています━━━━
まだ生温い、歪な光の塊を、私は見つめる。
かつての私なら、この他者の本質を弄ぶような真似に、ひどく眉をひそめていたかもしれない。
けれど今は、何のためらいもなく、その光に指先を食い込ませ、握り潰す。
誰かの記憶だったはずの、人のみがもつ光が、音を立てて砕け散る。
ドロリとした黒い温もりが、私の皮膚から神経の奥へと無理やり吸い込まれていく。
(……私は……)
━━━━侵入する世界を探しています━━━━
目の前の篝火に手を翳し、自身の内面を覗き込む。
【───夜】
意味を持たない空白。いえ、かつてはあったのでしょう。
その隙間に、どんな音の響きが収まっていたのか。どれだけ必死に思い出さそうとしても、何も思い出せない。
残された最後の夜という一文字すら、輪郭が酷く掠れて、今にも暗闇に溶けて消えそうだ。
忘れたら最後だ。それが完全に消え失せてしまえば、私は──
━━━━侵入する世界を探しています━━━━
どこか高い場所?に、何人かで向かっていた筈?
何か、誰かと約束を交わした──?
思い出そうとするたび、脳裏の霧が濃くなり、指の隙間から砂のように崩れ落ちていく。
私にとって、とても大切なものだったと言う事だけは、よく分かる。
これを完全に失くしてしまえば、私は私でなくなってしまうのでしょう。
━━━━侵入する世界を探しています━━━━
でも、それが何だと言うのでしょうか。
何故、私はこんなにも必死に……
それよりも、さっきの侵入です。
呪術の火に、あのような実戦的な運用方法が存在したなんて。
躱しつつ背後を取ることが、完璧であると、そう思い上がっていたというのですか。
武器を掠らせることすら叶わないなど、あってはならない。
……………こんな無様な敗北、私の本意ではありません。
足りない。私の技術も、集中力も、何もかもが……まだ、全然足りない。
━━━━侵入する世界を探しています━━━━
私は、──に負けない為に、正確な…
私の遥か前を行く存在。
私より、───の方が……
ずっと、軽やかに、─ん、と。
ドス黒い劣等感が胸の奥で爆ぜた瞬間、消えかけていた思考の輪郭が、無理やり現実に繋ぎ止められる。
━━━━他の世界に侵入しています━━━━
私は震える手で、再び赤瞳のオーブを強く握りしめる。
━━━━闇霊となり、別世界に侵入します━━━━