「Welcome to the Hotel California...」
……あ、残ってたんだ。
地下スタジオの奥で、むーこが一人ギターを弾いてる。
聞こえてきたのはAve Mujicaの曲じゃなくて、何かの洋楽。
しかも弾き語り。
いや、むーこが?
ギターの乾いたアルペジオが、だだっ広いスタジオに妙に響いてる。
抑揚のない、綺麗な発音。
そういえば、むーこの歌なんて聞いたことなかった。
「Such a lovely place...」
別に変な歌い方じゃない。なのに、なんか嫌だった。理由は分からないけど、背中の辺りが妙にザワつく。
「You can check out any time you like
But you can never leave…」
ガチャリ、と扉が開いて、みんなが階段を降りて戻ってきた。
その瞬間、ギターを弾く手が止まる。最後の音が中途半端にミュートされて、スタジオの空気が一気に現実に戻った。
「むーこ、そう言うの聴くんだ?」
戻って来たさきこたちも、興味深そうに見てくる。
「……別に」
ギターの弦を手のひらで押さえたまま、いつもの無表情。
あーあ。
さきこ、あからさまに不機嫌そうな顔してむーこ睨んでるし。
「……何を弾いていましたの?」
トゲのある声が、冷え切ったスタジオに響いた。
「……ただの、古い曲」
むーこは視線を落としたまま、それ以上何も言おうとしない。さきこはフン、と鼻を鳴らすと、それ以上追及するのも馬鹿馬鹿しいって態度で、自分のキーボードの前に向かった。
「……まあ、いいわ。練習を再開する前に、次の練習日の予定を決めてしまいましょう」
切り替え早。まぁ、いつものさきこか。
私はスマホのスケジュール帳を開きながら、適当に空いてる日を口にする。
「にゃむは来週の水曜と金曜なら、夜配信の前に時間作れるよー」
「わたくしは水曜日なら、午後の早い時間から空いておりますわ」
「私も水曜日の午後なら大丈夫かな」
ういこがさきこの顔色を窺いながら合わせる。
もはや条件反射でしょ。
「私も水曜日の午後なら問題ありません」
「じゃあ水曜日の午後からかな〜、むーこも平気そう?」
聞かなくても多分大丈夫なんだけど、一応むーこにも振る。
「……ううん。その日は駄目」
「あれ、珍し〜。何か先約でもあった?」
「……キャンプに、行くから」
「……は? キャンプ?」
私の声、ちょっと裏返ったんだけど。
「睦、あなたがキャンプ……? そんな趣味、いつから……」
さきこの声が、低く震えてる。
「キャンプ程度の予定で断る必要がありますの?」
「……うん」
「日程の変更は?」
「……できない」
「……誰と行きますの?…ご家族で?」
「……ううん」
「じゃあ、誰ですの!?」
ド、って鍵盤が低く鳴って、さきこが勢いよく立ち上がった。ういこが「ちょっと、祥ちゃん……」って小さく手を伸ばすのが、視界の端に見える。
あーあ、始まったよ。いつもの巨大感情拗らせモンスター。
「……まだ、わからない」
「わからないって、どういうことですの!? 相手も決まっていないのに、アベムジカの予定を断ってまで行くと言う事ですの!?」
「……うん」
さきこの息が、一瞬で止まった。ウケる、完全にトドメ刺されてんじゃん。
「どうして……どうして一緒に居てくれないの!ムジカしか……わたくしにはもう、この世界しかないのに……!」」
さきこの顔、見る見るうちに青白くなっていくし。
拳をギリッと握りしめて、呼吸が不自然に乱れてる。
「睦、まさか……あの時のように、また私を置いて、勝手に違うところへ行くつもりですの……!? 答えて下さいまし、睦!!」
「……」
むーこは表情をピクリとも変えずに、手元のギターをぼんやり見つめてるだけ。
「祥ちゃん、落ち着いて……! 睦ちゃんも、その、お友達と行きたい場所があるんだよ、ね……?」
ういこが必死にフォローしようとしてるけど、これ絶対逆効果。
案の定、さきこがむーこに詰め寄る。
「……」
むーこはやっぱり何も言わない。
誰と行くんだろ。
いや、普通に気になるんだけど。
むーこはスマホを無造作にポケットに仕舞うと、何事もなかったみたいにギターケースを閉じた。
「……今日はもうおしまい」
引き止める手をすり抜けて、階段を登って出て行っちゃった。
「……ッ、う、あ……っ!」
さきこが力尽きたみたいに、ピアノの椅子へ突っ伏した。
もうね、肩の震え方がヤバい。泣いてるっていうか、過呼吸の一歩手前。
「祥ちゃん……! 大丈夫? ほら、お水……」
ういこがバッグからペットボトルを取り出して駆け寄る。
で、うみこはうみこで無表情。
でも視線だけはむーこが出て行った方をじっと見つめてる。
「どうして私の味方でいてくれませんの……!アベムジカより優先させるものって、何ですの………」
……いや、だからキャンプだって言ってるじゃん。
さきこの拗らせ方がガチで天井突き抜けてて、ういこもオロオロしてる。
手元のスティックをクルクル回す。
これ、チャンネルで喋ったら同接何万人いくかな〜
不謹慎でもつい考えちゃうけど、そっかキャンプか。
むーこがキャンプ。
流石に誘われないか。