人間になりたいうた   作:ギークヴォルフ

8 / 8
感想評価ありがとうございます。


第8話

「Welcome to the Hotel California...」

 

……あ、残ってたんだ。

 

地下スタジオの奥で、むーこが一人ギターを弾いてる。

 

聞こえてきたのはAve Mujicaの曲じゃなくて、何かの洋楽。

 

しかも弾き語り。

 

 

いや、むーこが?

 

 

ギターの乾いたアルペジオが、だだっ広いスタジオに妙に響いてる。

 

抑揚のない、綺麗な発音。

 

そういえば、むーこの歌なんて聞いたことなかった。

 

「Such a lovely place...」

 

別に変な歌い方じゃない。なのに、なんか嫌だった。理由は分からないけど、背中の辺りが妙にザワつく。

 

「You can check out any time you like

 But you can never leave…」

 

ガチャリ、と扉が開いて、みんなが階段を降りて戻ってきた。

 

その瞬間、ギターを弾く手が止まる。最後の音が中途半端にミュートされて、スタジオの空気が一気に現実に戻った。

 

「むーこ、そう言うの聴くんだ?」

 

戻って来たさきこたちも、興味深そうに見てくる。

 

「……別に」

 

ギターの弦を手のひらで押さえたまま、いつもの無表情。

 

あーあ。

 

さきこ、あからさまに不機嫌そうな顔してむーこ睨んでるし。

 

「……何を弾いていましたの?」

 

トゲのある声が、冷え切ったスタジオに響いた。

 

「……ただの、古い曲」

 

むーこは視線を落としたまま、それ以上何も言おうとしない。さきこはフン、と鼻を鳴らすと、それ以上追及するのも馬鹿馬鹿しいって態度で、自分のキーボードの前に向かった。

 

「……まあ、いいわ。練習を再開する前に、次の練習日の予定を決めてしまいましょう」

 

切り替え早。まぁ、いつものさきこか。

 

私はスマホのスケジュール帳を開きながら、適当に空いてる日を口にする。

 

「にゃむは来週の水曜と金曜なら、夜配信の前に時間作れるよー」

 

「わたくしは水曜日なら、午後の早い時間から空いておりますわ」

 

「私も水曜日の午後なら大丈夫かな」

 

ういこがさきこの顔色を窺いながら合わせる。

 

もはや条件反射でしょ。

 

「私も水曜日の午後なら問題ありません」

 

「じゃあ水曜日の午後からかな〜、むーこも平気そう?」

 

聞かなくても多分大丈夫なんだけど、一応むーこにも振る。

 

「……ううん。その日は駄目」

 

「あれ、珍し〜。何か先約でもあった?」

 

「……キャンプに、行くから」

 

「……は? キャンプ?」

 

私の声、ちょっと裏返ったんだけど。

 

「睦、あなたがキャンプ……? そんな趣味、いつから……」

 

さきこの声が、低く震えてる。

 

「キャンプ程度の予定で断る必要がありますの?」

 

「……うん」

 

「日程の変更は?」

 

「……できない」

 

「……誰と行きますの?…ご家族で?」

 

「……ううん」

 

「じゃあ、誰ですの!?」

 

ド、って鍵盤が低く鳴って、さきこが勢いよく立ち上がった。ういこが「ちょっと、祥ちゃん……」って小さく手を伸ばすのが、視界の端に見える。

 

あーあ、始まったよ。いつもの巨大感情拗らせモンスター。

 

「……まだ、わからない」

 

「わからないって、どういうことですの!? 相手も決まっていないのに、アベムジカの予定を断ってまで行くと言う事ですの!?」

 

「……うん」

 

さきこの息が、一瞬で止まった。ウケる、完全にトドメ刺されてんじゃん。

 

「どうして……どうして一緒に居てくれないの!ムジカしか……わたくしにはもう、この世界しかないのに……!」」

 

さきこの顔、見る見るうちに青白くなっていくし。

拳をギリッと握りしめて、呼吸が不自然に乱れてる。

 

「睦、まさか……あの時のように、また私を置いて、勝手に違うところへ行くつもりですの……!? 答えて下さいまし、睦!!」

 

「……」

 

むーこは表情をピクリとも変えずに、手元のギターをぼんやり見つめてるだけ。

 

「祥ちゃん、落ち着いて……! 睦ちゃんも、その、お友達と行きたい場所があるんだよ、ね……?」

 

ういこが必死にフォローしようとしてるけど、これ絶対逆効果。

 

案の定、さきこがむーこに詰め寄る。

 

「……」

 

むーこはやっぱり何も言わない。

 

誰と行くんだろ。

 

いや、普通に気になるんだけど。

 

むーこはスマホを無造作にポケットに仕舞うと、何事もなかったみたいにギターケースを閉じた。

 

「……今日はもうおしまい」

 

引き止める手をすり抜けて、階段を登って出て行っちゃった。

 

「……ッ、う、あ……っ!」

 

さきこが力尽きたみたいに、ピアノの椅子へ突っ伏した。

 

もうね、肩の震え方がヤバい。泣いてるっていうか、過呼吸の一歩手前。

 

「祥ちゃん……! 大丈夫? ほら、お水……」

 

ういこがバッグからペットボトルを取り出して駆け寄る。

 

で、うみこはうみこで無表情。

 

でも視線だけはむーこが出て行った方をじっと見つめてる。

 

「どうして私の味方でいてくれませんの……!アベムジカより優先させるものって、何ですの………」

 

……いや、だからキャンプだって言ってるじゃん。

 

さきこの拗らせ方がガチで天井突き抜けてて、ういこもオロオロしてる。

 

手元のスティックをクルクル回す。

 

これ、チャンネルで喋ったら同接何万人いくかな〜

 

不謹慎でもつい考えちゃうけど、そっかキャンプか。

 

むーこがキャンプ。

 

 

 

 

流石に誘われないか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。