劣等生と落伍者(Re:)   作:百済 影炎

15 / 17
第十五話 静かな視線

 入学から二週間と半分ほどが過ぎた。

 

 昼休み。

 

 龍は相変わらず教室の喧騒から少し距離を置いていた。

 

 とはいえ、完全に一人というわけではない。

 

「ねえ百済くん」

 

 エリカが当然のように声をかけてきた。

 

「この前の数学の問題だけどさ」

 

「ん?」

 

「あれ、先生の解き方より簡単な方法あったよね?」

 

「ああ」

 

 龍は少し考えた。

 

「たぶん、こっちの式を先に変形した方が早いと思う」

 

「あー!」

 

 エリカが机を叩いた。

 

「それだ!」

 

「気づかなかったのか」

 

「悔しいけど気づかなかった」

 

「千葉さんらしい、かもな」

 

「なにそれ」

 

 むっとした顔になる。

 

 だが怒っているわけではない。

 

 最近はこういうやり取りも少しずつ増えていた。

 

 近くの席でその様子を見ていた幹比古が口を開く。

 

「確かに、その解き方の方が綺麗だね」

 

 龍はそちらを見る。

 

 幹比古は普段は穏やかなのに、授業の話になると時々妙に鋭い気がする。

 

 龍には、その理由がよく分からなかった。

 

「途中式も少なくなるし」

 

「そうなのか」

 

「でも普通は気づきにくいと思う」

 

「そうかもしれない」

 

 今度はエリカが頷いた。

 

「私は全然分からなかったし」

 

「千葉さん基準は参考にならない気がするけど」

 

「吉田くん?」

 

「ごめん」

 

 即座に謝る幹比古に、エリカは吹き出した。

 

 龍も少しだけ口元を緩める。

 

「吉田くんって昔から成績良かったの?」

 

 エリカが尋ねる。

 

「あー……まあ、それなりに」

 

「神童なんでしょ?」

 

「誰から聞いたの?」

 

「えーっと、家族から、かな」

 

 エリカは少しだけ視線を逸らした。

 

「やめてほしいな……」

 

 幹比古が苦い顔をする。

 

 龍は幹比古を見た。

 

「有名なのか?」

 

「家の関係でね」

 

 幹比古は頭をかいた。

 

「小さい頃から結構期待されているんだ」

 

「へえ」

 

 龍は短く返した。

 

(やっぱり、よく人を見ているような気がする……)

 

 エリカとは違う。

 

 相手に質問する時も、その反応を確かめるようなところがある。

 

 龍には、それが少し印象に残った。

 

 そんな龍を、幹比古は少し意外そうな顔で見ていた。

 

(もっと聞かれると思ったんだけどな……)

 

 だが、興味がないわけでもなさそうだった。

 

 幹比古には、それが少し不思議だった。

 

「百済くんは?」

 

「何が?」

 

「昔から勉強できたの?」

 

「……普通」

 

「絶対普通じゃないと思うけど」

 

 エリカが即座に突っ込んだ。

 

 龍は少しだけ困ったような顔をする。

 

「なんかさ」

 

「ん?」

 

「百済くんって、たまに変な顔するよね」

 

「変な顔とは失礼だな」

 

「だって今したもん」

 

「してない」

 

「した」

 

「してない」

 

 珍しく言い返した龍に、エリカはけらけらと笑った。

 

 幹比古もつられて笑う。

 

 龍は小さくため息をついた。

 

 それでも、席を立とうとはしなかった。

 

 その様子を、氷華は静かに見ていた。

 

(……ちょっとだけ、楽しそう)

 

 会話には入らない。

 

 ただ、三人の様子を見ている。

 

 幹比古は龍の言葉をよく聞いている。

 

 エリカも、遠慮なく龍に話しかけている。

 

 二人とも、龍に悪意があるわけではない。

 

 むしろ、もっと近づこうとしている。

 

(……今は、大丈夫)

 

 氷華の視線が、幹比古へ向く。

 

 次に、エリカへ。

 

 そして、龍へ戻った。

 

(でも……)

 

 龍の過去。

 

 龍の傷。

 

 それだけは、まだ誰にも触れさせられない。

 

(踏み込みすぎたら、止めなきゃ)

 

 氷華は何も言わなかった。

 

 ただ、いつものように龍の隣にいる。

 

 誰よりも近くで。

 

 教室では、何気ない会話が続いていた。

 

 まだ友人と呼ぶには早い。

 

 それでも確かに、昨日よりは近い。

 

 そんな昼休みだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。