そこは都市だった。
数多の高層建築物が建ち並び、地面は地表を制圧したかのように舗装され、木や草は、街路やちょっとした広場にしか生えていない。
しかし都市であれば当然あるはずのものが欠けている。
人、住民、活気。
それらが不足したこの都市は、不気味なほど静まり返っている。
存在する全てのものが今この瞬間に作られたかのように、綺麗な街並みが広がっているのにも関わらず。
そこには1人の少年と1人の少女がいた。
正確に言えば、ビルの屋上に建つ学校の教室の中に、2人はいた。
「二度寝してないのに続きモノの夢を見たのは、記憶にある限りでは初めてだよ」
「……まさか昨日初めてこの世界で過ごした、とか言わないよね?」
昨日、昨日ね。
レーザーと出会ったのが、もはや遠い昔の事のように感じられるが、今日の朝起きてからそんなに時間は経ってないし。
どうにも昨日というのはピンとこない。
「こういう誰もいない街の夢は、今回で3回目……あ、委員長助ける夢もカウントすべきか?この世界って山とかある?」
「どこ行っても似たような街の風景しか広がってないと思うけど、全部見た訳じゃないから絶対に無いとは言えないかな。地形を変える力で山を作り上げたりとか、出来る奴がいないとは言い切れないし」
同じような風景しか無いのなら、今日の失神中の夢はやはり別種の明晰夢だったと思って良いのか。
上空から軽く見下ろした限りでは、都市ではなく明らかに我が校の周辺の地形だったような気がする。人がいたかどうかまでは、ちゃんと見てないけど。
「正確な日数はどうでもいいよ。つまりあんたはこの世界の仕組みについて、まだ何にも知らない初心者だってことね」
「その通りでございます。異能が思い通りに使えても、世界の事をちゃんと知らなかったせいでこんな事になるとはって感じでさ。本当に、俺はただ異世界ファンタジーの夢を見たいだけなのに…」
突然、レーザーの表情が固まる。
やべ、失敗したか?
夢の中だからって気を抜きすぎた。
確かレーザーはゲームにも疎そうだったし、俺は異世界に行きたいんだよ、なんて真面目に言ったら、どんな反応が返ってくるかは目に見えている。
くそ、明晰夢とは体が自由に動くだけで思い通りの展開にはならないって、散々学んだはずなのに。
「…………何から教えるべきか分かんないけど。とりあえず、街の中心にある一際高い塔、あれは何か知ってる?」
「あ、あぁ!あのスカイツリー2倍盛りタワーのこと?き、気になってたぁ!まぁ、何かは知らないんだけど…」
「あれは座標塔って言って、今いる区画の座標が刻まれてるの。要するに目印みたいなもん」
ほへぇ、としか声が出ない。いや、ちゃんと聞いてはいるけども。
正直言ってこういう世界全体の設定ってのは、ゲームしかりアニメしかり、今まで話半分にしか聞いていなかった。あんまり異能に関係ないし。
そのザマがこの中途半端な明晰夢の原因なのだ。ここで聞く練習をしておかなければ、いつまで経っても異世界の夢は見られないだろう。
「座標塔は[現在地を知る]以外に、接触する事で使える機能がいくつかある。その内の1つが、[現在の超越者の序列と能力名の確認]なの」
ふふぇ、としか声が出ない。いや、しっかり頭には入っているけども。
超越者。まぁ大体雰囲気で分かりますよ。
要するにSランク、プラチナ級、最高ランクって感じのやつだ。
今の今までその存在を忘れていたが、確かに自分はこういう序列制度は結構好きだ。
異世界の世界設定に組み込むべきだろう。
そうだ。通貨とか食料事情とか政府とかインフラとか、そういう難しい所ばかり考えすぎていたから悪かったのかもしれない。
何となくこれ好き、って異世界要素から入れば良いんだ。最初から高レベルな事をやろうとし過ぎていたのがいけなかった。
「ねぇ、聞いてる?分かんなかったらストップとか言ってね」
「あぇ?ぁあ、大丈夫大丈夫。今の所は何となく分かるよ」
レーザーの表情は依然として固い。
初対面の時みたいに、いきなり頭にレーザーをぶっ放されはしないだろうが、何かしらの不信感をこちらに抱いているように見える。
ただ、さっき異世界というワードを出した時に表情が変わった事は、確かだ。
まさか異世界モノ、いやそれどころかアニメやゲーム全般に対して尋常ではない嫌悪感を抱いている可能性も考慮すべきか?
あまり迂闊に喋らないようにするか。いや、それでも会話の中で地雷を踏んだらどうなる?
私、ゲームとかアニメ嫌いなのよね。
となって、再び頭ズドン!されたら、死ぬ。
前回はたまたま命のイアリングをしてたから助かっただけだ。
しかしあの一件で、レーザーは俺の頭をぶち抜いても、最悪死なないと思っているだろう。
軽く突き飛ばす感覚で、いきなり頭に光線を発射してこないとは言い切れない。
『頭守の指輪』をこっそりと右手の人差し指に装備する。
これをつけておけば、頭部への攻撃によって引き起こされた影響を、5回まで自動的に無かった事にしてくれる。
例えば頭部を攻撃された事によるスタン効果が発生したならそれを打ち消すし、頭部を攻撃されてダメージを負ったり、例え死亡しても攻撃される前の状態に戻れる。
ヘッドショットされなければ大抵の傷は回復魔法で治せるはずだし、今回はこの装備で良いだろう。
「超越者っていうのは、簡単に言えばこの世界の能力者のうち上位9人を示す称号みたいなもん。で、こいつらの殆どは、それぞれが主導する組織を立ち上げて、各々が取り仕切ってる。【死の軍勢】もその内の1つってわけ」
へはぁ、としか声が出ない。勿論ばっちり理解できているけども。
初めは上位9人ってキリ悪いからTOP10にした方がいいんじゃないか、とか思っていたが、それぞれが組織のボスを務めているとなると、話が変わってくる。
組織名を9つも覚えられる気がしない。4つくらいにしてくれないだろうか。
「私が知ってる組織は4つ。1つ目は元々所属してた、というかするしかなかった【死の軍勢】。2つ目は【境界監視隊】。3つ目は【武装連合】。そして……4つ目が【幻想信仰教】」
4つ目の組織名を口にした時、レーザーは妙に緊張した面持ちでこちらを見つめてきた。
いやそんな目で見られましても、【死の軍勢】以外聞き覚えなさすぎるし。いや、2つ目はうっすらどこかで聞いた事があったような。
「何か、心当たりはない?」
「あぁ、えっと……【死の軍勢】は勿論だけど、なんちゃら監視隊も聞いた事あるかも。確か滅ガキに何か言われたような」
「………まぁ、そっか。私1人を利用する為だけに同盟相手の幹部を倒して、【死の軍勢】全体を敵に回すなんて、いくら気が触れていても流石にありえないよね」
警戒が徒労に終わった、と言ったような表情で、レーザーはため息を吐きながら、そう呟く。
「あの。レーザーさん。マジで話が見えないんですけど」
「いや、ごめんね。さっき言った【幻想信仰教】って組織は、現実世界ではない、それこそアニメやゲームの中みたいな別世界へ転生?する為なら、あらゆる手段を選ばずに行動する、悪質な宗教団体みたいな組織でさ。あんたからそれっぽいワードが出てきたからちょっと身構えちゃって」
「そんな組織あるのかよ……純粋な気持ちで異世界に憧れを持つ1人の人間として、そんな横暴な活動は流石に見過ごせんな。【死の軍勢】より先にこっちのボスをぶちのめして、異世界ファンタジーおよび異能力や魔法の素晴らしさを1から教えて初心を思い出させてやらないと……」
「あー、それなんだけどさ」
ヒートアップするこちらを遮るようにレーザーが喋り出す。
それとほぼ同時に、窓の外からキラッとした光が一瞬差し込んできたため、目と口を両方塞がれ、押し黙る格好となってしまった。
「実は数日前に、【幻想信仰教】の教祖(リーダー)である超越者が、序列から抹消されたの。死んだのか、願いが叶う世界とやらにたどり着いたのかは知らないけど」
おい、一瞬で消えたじゃねぇか。
異世界信仰団体のボスなんだから、俺と真っ向勝負すべきキャラクターだっただろ。
てか願いが叶う世界ってなんだ。異世界の事をそんな仰々しく呼んでたのか、その団体は。
「とにかく今、超越者の席が1つ空いている。だから次に超越者になり得る[順応者]達が、各地で能力者を積極的に狩り始めてるの。昨日の滅ガキも、私の捜索というよりはこっちが目的だったんでしょうね」
超越者の1個下のランクが順応者か。
そういえば滅ガキも、そんな感じの事を言ってたような気がする。
しかし分かりにくいな。
Sランク、Aランク、とか1級、2級、みたいに誰が聞いてもパッと分かる名前にした方が良くないか。
「順応者は同格未満が戦って勝てる相手じゃ無い。能力の相性が最高に良かったとしても、勝つのはほぼ不可能なの。それを…」
「あーなるほど分かった。さっきの異世界発言で、俺がファンタジー教祖様の後を継ぐべく超越者にレベルアップしようとしてる[順応者]の1人かもしれない、と思って警戒してたのか。確かに、滅ガキにも勝てたし、能力にゲームが関わってるって言ったし。そういえばいきなり友達になろうってのも宗教勧誘みたいだ、って感じで点と点が繋がりかけてた訳ね」
納得した。俺はドンピシャで悪の組織の構成員の特徴に当てはまってしまっていたのだ。
迷惑な話だな。もっと正義の味方として異世界教を盛り上げるとかしてくれれば、簡単にヒーロームーブができたのに。
「正直なとこ、【幻想信仰教】のメンバーですって言われた方がまだ納得がいったんだけどね。意味不明よあんた。ここにきて2日目で順応者を倒すなんて、ありえない。一体何をどうやったらあの化け物に勝てるの。再会出来たんだし、ちゃんと小1時間かけて教えてくれるんでしょうね」
「あ、あぁそうだった。そうそう。俺が如何にしてあの滅ガキを討ち取ったのか、何一つ包み隠さず、教えてしんぜよう!」
そうだった。あの時、目が覚める直前に約束したんだった。また会えたら解説するからと。
幸い、夢の中だと滅ガキとの戦闘を鮮明に思い出せる。
「よっし、席に座りたまえレーザーくん。今度は私が教える番だ」
「うわぁ、学校の机と椅子、なっつかし〜」
「私語を慎みなさいレーザーくん。あれ、これチョークとかないのか」
教室の前の黒板まで歩み寄るが、肝心の書くものが無い。困ったな。これじゃ先生ごっこもできないじゃないか。
教卓の中を覗き込むが、ない。てか夢の中で文字とか書けるのか?怪しいな。まぁ大切なのは雰囲気だ。
「せんせー、早くしてくださーい」
「はい、えー。チョークがないのでね。こうして教卓で、えー。喋るだけの、えー講談スタイルでやっていきます」
レーザーがケラケラと笑う。
釣られて笑いそうになるのを堪えて、滅ガキとの邂逅を思い返す。
その時。
窓ガラスが割れる音がして。
側頭部から、自分の頭が弾けとぶのが、分かった。