ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~ 作:蝉時雨
嫌な静けさがその場を支配している。
「……教団というのは、どこまで人を貶めれば気が済むのだ」
目の前に現れたのは、最初のローブ姿が嘘のような見上げる程巨大な筋骨隆々の異形。
四つあった瞳はさらに見開かれ、四本あった腕はさらに増えてすべてが六本となり指先には人などたやすく貫くであろう鋭く禍々しい漆黒の爪。
やつが着ていたローブはすでに原型を留めておらず、胴体は獣のような毛が生えて元が人であったと言われても信じる者はいないだろう。
右手のエイギスを構え、ヤーナの一挙手一投足を見逃さないよう視界に収め続ける。
「フム……なかなカ、馴染むジャないか」
元の低かった声はそのままに、声が二重に聞こえる。
これは錯覚か、それともやつが変異した影響なのかは定かではない。
腕の一本を持ち上げて、手を握りしめては広げることを繰り返している。
「貴君ニは感謝をしヨう。マサか、この力を使ウコとになるとはナ」
一対の瞳に射抜かれ、思わず総毛立つ。
恐怖とは違う、根本的な嫌悪感が沸き上がるのを感じる。
「それが、貴様の隠し玉か」
「そうイッたものでハ、ナイ。ただの研究結果ノ応用ダ」
すべての歯が牙になったのではと錯覚させる口を歪ませ、こちらを見下ろすヤーナ。
知性は多いに残っているようだ。
「タイタンを潰さレ、我ラが扉は未だ使用スルことができナい」
三本の右腕が引き絞られる。
「故に少々美しクハないが、押シ通らせてイタダこう」
「――不落の城門っ!」
以前、白い蜥蜴の熱線を防ぐために使用したスキルを使い身構える。
激しい衝撃音と共に襲ってくる己を押し潰さんばかりの圧力。
『不落の城門』に加えて『不帰ノ遠征』を使っているにも関わらず、右腕から突き抜ける衝撃は何トンも重量のあるものを押し付けられているかのようだ。
オレの立つ地面はひび割れ、僅かに陥没までしている。
直接受けるのは避けたほうが――。
「そらソら、まだまだコレかラだぞ」
「……ぬっ、ぐぅ……っ!」
次から次へと浴びせられる拳の嵐。
スキルの特性上動けないのもあり、なかなかどうして耐え難いものがある。
だが、その程度が引く理由などにはなりはしない。
「母なる癒しの光よ、かの方に安らぎを」
オレに光がまとわりつき、衝撃によって傷ついた体の痛みがなくなっていく。
事前に受け取った『ハイ・リジェネレーション』も合わさって傷などなかったかのように体が軽い。
これだ。
これがあるからこそ、オレは盾の本分を全うできるのだ。
「やハり、埒が明カナいな」
視界はすでに土煙が立ち上り、空気に溶けていくスキルの残滓が微かに見える程度。
『不帰ノ遠征』の効果切れの前兆で体中が動かしずらくなっているように感じる。
しかし、アリアがオレの体にかけてくれた『ハイ・リジェネレーション』がそれを癒し、違和感は生まれた先から消えていく。
「そチラの女からダ」
前のめりになっていたヤーナの巨体が動き出す。
負けじと、足を踏ん張って陥没した場所からヤツを見上げる。
オレは何度もこいつに同じことを言っているのに、いったいどうして――。
「――誘因せし不退の盾」
「っ!?」
『誘因せし不退の盾』――発動すれば、敵意を持つものすべてがオレから視線を外せなくなるスキル。
「なぁ、ヤーナ」
赤黒く充血したヤツの二対の瞳を下から――意識的に正面から射抜く。
「オレは、何度も貴様に言ったはずだ」
再び盾を構える。
「――オレを殺してからにしろ、とな」
「厄介な……っ!」
これが、オレだ。
これが、オレという盾だ。
オレはひとりではなにも出来ない、出来損ないの盾だ。
傷つくだけ傷ついて、立ち上がることすらままならなくなってしまう。
だが――。
視線をヤーナから一瞬だけ外し、背後に立っているであろうアリアへと向ける。
距離は離れているが、彼女の顔は微笑みを浮かべてオレの背中を見ていることがわかる。
今やオレの背中にはアリアが――オレの知りうる限りで最も癒しの力に長けた彼女がいるのだ。
突破できるものなら、突破してみせるがいい。
「貴様が押し通ると言うのなら、オレの盾でもって押し留めよう」
オレという盾は――。
「貴様がどんなことをしようとも」
アリアの癒しを受け取った、オレは――。
「オレという盾が、そのすべてを防いでやろう」
――倒れることなど、あるはずがないのだから。
オレは盾だ。
ひとりでは壊され、崩れ去るだけの盾だ。
背後にアリアがいなければ、なにも出来ない不甲斐ない盾だ。
だが、それでもアリアが居てくれるというのなら。
オレの盾は、世界において最も硬い盾になるのだ。
「貴君ハ本当に……ナゼ、今なのダ」
振り下ろされるヤツのひとつの右拳。
「……なゼ、こノ時へト戻っテ来たのダ」
受け流そうとエイギスへ当たる前に左へ移動しつつ角度をつける。
しかし、やはり大きさはそれだけで脅威だ。
すべてを受け流すことが、出来ない。
「我ラは、黎明の頃ヨり準備をシタのだ。そレだと、イウのに」
はじめの連撃に比べれば、どことなく軽いそれが唯一の救いか。
右左、右左と腕の本数にものを言わせて殴りつけては来るが、十分耐えられる範囲だ。
「主力ノ冒険者を集メさせ、我らが扉の実験台にしヨウとしたのだ」
衝撃音と土煙の上がる中に、ヤツの虚ろな呟きが聞こえてくる。
「帰還ノ扉へ細工をし、時を越エる方法を模索シタというのに――実験は失敗と判断シタ後に、イアヌス神の気配を纏っタ貴君が現れタ」
耳を疑うような内容が聞こえ、一瞬体が固まる。
期間の扉への細工、まさか『NY・第八扉』の――いや、あの扉は白かったはずだ。
「白き扉は、我ラがイアヌス神の賜った物。我ラが悲願ヲ――」
オレの頭上を、魔力でできた矢が通り過ぎていく。
そうと思えば、色とりどりでおぞましい程の魔法が続いて巨体へと殺到していく。
「――おう旦那、盛り上がってんなぁ!」
この光景もまた、久しく見ていなかったものだ。
ひどく懐かしいが、オレのほうに飛んできていない分まだ可愛いものだな。
「アア、そうダ。貴様らガ帰還シタからこそ、時は越えらレないものト――」
次から次へとヤツの体のあちこちに着弾していき、最後に飛来したのは――。
「チェェェエエエストオオオオオォォォォオオ!!!」
「ヌゥっ!?」
塊のような――大剣。
ヤーナの巨躯にも勝るそれは、オレを押し潰そうとしていたヤツを潰し斬らんと主張する。
しかしそこはさすがの巨体、左の三本の腕で抵抗する。
「はっはーっ! 随分と頑丈な野郎だなぁオイ!」
「……ジェイめ、いつの間にか二本目のユニーク武器を手に入れていたな」
「『扉の亡霊』ドモ……貴様らのセイで、我らの同士たチも……っ!」
大剣は弾かれるも、受け止めたヤツの手からは緑色の液体が滴り落ちている。
やはり、オレの仲間たちはすごいヤツらだ。
「よくわからんことを口走ってやがるが、あいつになにしたんだ旦那?」
「なにもしていない」
「あーん? はは、ほんとかよ」
背後――陥没した地面よりも上から聞こえた誠一郎の声に答える。
オレはただ防ぎ、仲間のところに行かないようにしていただけだ。
「知性が残っているようにも見えたが、どうやらそうでもないらしくてな」
「まぁ、あのナリ見りゃわかるわな。んでだ――」
爆発的な魔力の高まりを感じる。
「――てめぇら、まさか旦那――いや、俺らにも手ぇ出してやがったのか?」
聞こえてきたのは、誠一郎のドスの効いた声。
ヤーナの話したことを真実だと受け取るのならば、そういうことだろう。
ずっと疑問であったが、結局は教会の仕業だとは思っていなかった。
しかし、どうやって帰還の扉への細工を可能としたのか。
疑問は晴れるが、さらなる難題に頭を悩ませそうだ。
「我らイアヌス神ニ導かレ、かの方ノ身許で――」
「下がれ! 多重の穹窿壁!」
魔力を纏った六つの拳が降り注ぐ。
全員の位置は把握できていないが、とにかく守るためにスキルを使用する。
多重とは銘打たれているが、展開すると三重の円形の壁が広がって周囲を含めた防御を可能とする。
「別によ、俺もジェイもローズも、それこそアリアだって『NY・第八扉』であったことに不満はねぇさ」
「ええ、あそこであったことはすべて必然。その上で私たちは生きているのだしね」
誠一郎とローズの声が、打撃音の合間に静かに聞こえてくる。
「だがな。それは俺らの――ひいては向こう側に旅立ったやつらのモンだってのによ」
渦巻く魔力は右手から伝わる衝撃など嘘のように体へと力をみなぎらせてくれる。
誠一郎たちから伝わってくる怒りは、どこか心地良い。
オレたちの戦ったあの地獄は、決して誰かの敷かれたレールの上のものではない。
『NY・第八扉』へと潜った者たちそれぞれに思惑があり、想いがあり、そして残した意思がある。
必ず生きて帰ると言って、翌日に散った者がいた。
国に残した恋人がいると語り、オレたちの道を切り開いて散った者がいた。
いつ死んだって悲しむ者などいないと話した者が死んだ時には、オレを含めた全員が涙を流した。
この胸の中に、オレは――いや、オレたちは魂に刻んでいる。
そういう場所であったのだ、あそこは。
断じて、教会の思惑が入り混じった場所では、なかったのだ。
「さて旦那、あいつの視線は釘付けかい?」
「ああ、いつものように吹き飛ばしてやれ」
「うーしっ! アリアもこっちこい! 復帰祝いに派手にいくぞ!」
拳の弾幕は止むことを知らずに降り注ぎ続けている。
そこには最早理性を感じさせない「イリアス神の導きを……」と呟くヤーナの声が乗せられている。
「うふふ、皆様楽しそうで嬉しいですね。本当に、今日は一段と素敵な夢」
「……ん? アリアお前――いや、今はいいか。お前ら、準備はいいな?」
「おうおう、いきなりか。マサの野郎を置いてきたイチローとは思えねぇくらいの大胆さだなぁおい」
「うるせぇなぁ、スティーブとコアを置いてきたハゲのくせによ」
聞こえてくる会話。
お互いを信用し、信頼してるからこその軽口であろうそれ。拳を受け止め続けているというのに口角が自然と上がってしまう。
昔も――昔からずっと、こうしていたように思う。
「てか、あんだけ潰して回ったってのによ。あのデカブツ、もしかしなくとも撃ち漏らしてたヤツのひとりか」
「その割には若いって話だぁな。俺とかハゲみたいに歳取れよ」
「あらっ? そういえば、皆様どこか私の記憶と違いますね。魔力は同じなのに、不思議な夢ですねぇ」
アリアはこの状況をどう思っているのか。
目覚めてからすぐに魔法を行使していたが、もしかして自分の見ている夢の中とでも思っているのだろうか。
それならばそれで、あとで現実だと教えないといけないな。
「まぁ、なんにせよやるか。久しぶりの全員参加ってやつだぁな」
「ジローのヤツはそこで巻き込まれる係だがな!」
不穏な声が聞こえるが、それもまた良いのかもしれないと思っている自分がいる。
瞬間。
背後から立ち上る――。
先程までの爆発的な魔力とも違う。
――圧倒的な魔力の奔流。
「さぁ、いきましょう? この際、出し惜しみはなしよ」
「おうとも! 久方ぶりの、本当の意味での全部乗せだ!」
外にいる者たちは見えていることだろう。
巨躯の敵が殴りつける巨大な円形の盾の中から、それぞれ色彩の異なる魔力の渦を。
目にせずともわかる。
オレの記憶の中には、いつだって刻まれているのだから。
誠一郎は弓を構え、魔力で圧縮した矢を番えているだろう。
ジェイは大剣に魔力を吸わせ、暴れ狂う蛇腹剣を振り回しているだろう。
ローズは己の持つすべての魔法を混ぜ合わせ、とてつもない魔力の塊のような魔法を創っているだろう。
そして、アリアは。
胸の前で手を組み、己の中に存在する魔力を祈りに乗せて解放しようとしているだろう。
頭の中に浮かび上がる、その光景。
どこまでも懐かしく、光り輝いている光景だ。
「――征け」
告げるのが先か、炸裂するのが先か。
目の前のすべてが光に呑まれ、音すらも消失する。
体中が灼かれる中――。
「――ははっ、はっははは――っ!」
――最後に響き渡った笑い声は、誰のものか。
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「どうよ旦那、久々に味わったアレはよ」
「ふっはは、ああそうだな。死ぬかと思ったぞ」
「なんでぇ、楽しそうに笑ってたら説得力ないわな」
戦闘があったとは思えないほどの静かな空間に、いくつかの笑い声が響き渡る。
ここにいるのは、オレも含めた五人の姿。
葛城殿は姫野を、スティーブ殿はコア殿をそれぞれ連れてすでに上層へと向かっている。
「にしても久しぶりに動き回ったせいか疲れたな。今から明日以降がこえぇなぁ」
「がっはは! お前は普段からもっと動けイチロー! 最後のアレもそうだが、全体的に腕が落ちてやがったぞ?」
「っるせぇなぁハゲがよぉ。俺ぁお前と違って忙しいんだよ」
誠一郎は比較的変形していない床に胡座をかき、膝に肘を乗せて頭を手に預けている。
ジェイはローズと共にこれまた床に座り、彼女の肩を抱き寄せて仲睦まじくしている。
オレはといえば――。
「うふふ、今日の夢は長くて楽しいですね」
――未だ夢の中にいると思い込んでいるアリアを膝に乗せ、治療を受けながら床に胡座をかいている。
懐かしい、この光景。
何度もこの五人で過ごし、旅立った仲間たちに思いを馳せながら談笑していたことを覚えている。
「にしても、本当によくやってくれたなローズ。お陰で俺がずっと見たかったもんが見れたぜ」
「途中まではジローも一緒に頑張っていたのだけれどね。ふふ、でも私だって見たかったんだから」
全員の視線はオレとアリアに向けられている。
どこか生暖かく、まるで子供の幸せを願う親のような視線がむず痒い。
「皆様すごく優しい視線ですね。ね、ジロー様」
オレに体を預けきっているアリアはどこか楽しげだ。
「普段の夢であればジロー様に触れてる感覚は朧気なのに……ふふ、感謝しなければいけませんね」
オレの顔に触れる彼女のあたたかな手。
これは果たして治療に必要な行為なのかは定かではないが、心地良いのもまた事実だ。
「うふふ、ほらジロー。眠り姫に真実を告げてあげたら?」
「そうだぜ旦那。俺ぁもう見てらんねぇよ」
「まったくだ。アリアが勘違いしてるのは悲しいじゃねぇか」
口々にアリアを心配するような言葉を投げつけてくる三人。
だが、その顔には喜色が浮かび、こちらをからかっていることが手に取るようにわかる。
まったく、こいつらと来たら。
「――なぁ、アリア」
「はい、ジロー様」
名前を呼べば、嬉しそうに目を細める彼女。
「オレがこれから言うことはすべて事実という上で、だ」
「はい」
ひとつ頷いた彼女に、告げる。
「これは夢ではなく、れっきとした現実だ」
「……?」
こてんと傾けられる彼女の頭。
どこか小動物のようで可愛らしいその反応。
「えーっと……? …………??」
円のように床に座る全員の顔を順番に見ていき、その視線は最後にオレへと戻ってくる。
「………………。――――っ!?!?」
オレの顔を両手で触ったかと思えば、周囲に響き渡るのは可愛らしい悲鳴。
ようやく実感したのかと、オレの顔にも笑みが浮かぶ。
そのことが、手に取るように、わかった。
感想、評価、お気に入りなど痛み入ります。
非常にモチベーションにつながっております。
次回更新は、9/6を予定しております。
以下、新作の宣伝失礼します。
『素直になれない勇者と能天気勇者くん』
https://syosetu.org/novel/423679/
こちらはハイファンタジー系ですが、
よろしければのぞいてやってください。