ある時の空について──
と言われた貴方は、なにを思い浮かべるだろうか。
曇り空か。雨空か。
真っ青な空。ぽつぽつと雲のある空。
雪が降っていたり。台風だったり。
入道雲だったり。いわし雲だったり。
その空から聴こえてくる音は、なんだろうか。
セミの鳴き声。予鈴。誰かの笑い声。誰かの泣き声。
歌だろうか。雑踏だろうか。
それは、貴方の観た景色なのだろうか。
夢か。アニメか。ドラマか。映画か。
漫画かも。小説かも。詩かもしれない。
私には、思い出に残る空と言われても、思い浮かぶものがない。
自分から問うているくせに、何事かと思うかもしれない。
しかし、無いからこそ貴方に問いたいのだ。
思い出とは、何だろう。
人は思い出は素晴らしいものと言いたがるものだけど、自分にとって良くないことも、それはまた思い出なのだろうと私は思う。
若気の至りとは、また違う。
鬱々とした思い出。
自殺未遂。引きこもり。不登校。いじめ。家出。
様々だが、それは私の今を形作る思い出。
プラスにもマイナスにもとらえる必要は無いのでは、と私は思う。それは起きたことだから。もう、私の関与するところに無いのだ。
後悔を否定しようとは思わない。
過去を美化することを否定しようとも思わない。
貴方の中にそれがあり、私の中にそれがあるだけ。
それを語るのは貴方の口であり、私の口だ。
さて、空についての話だったか。
空とは、得てして心境表現に使われることの多い舞台装置だ。
失恋すれば、雨が降るか雪が降るか。寒空の下、キャラクターの心情を代弁するものだ。
しかし、貴方は違う。
貴方は作品の中にはいない。
その世界の天候を操るのは、神ではない。物理現象だ。
では、同じ景色も違って見えるはずだ。
雨にばかり良い思い出のある貴方も居れば、晴れにばかり良い思い出のある貴方も居るだろう。
それは、貴方が物語の主役でないからだ。
貴方は、貴方にこそ物語を植え付けることの出来る存在だ。
主役などではなく、作家であることの証明だ。
故にこそ、貴方に問いたい。
あの時の空について──貴方は、どう思うだろうか。
あの時の空は──どう、だっただろう。
空を気にして生きているようなこと、僕にはありはしなかった。
僕が生まれた日。
僕が初めて歩いた日。
僕が幼稚園に入った日。
僕がランドセルを貰った日。
僕が小学校に入った日。
僕が中学校に入った日。
僕が高校に入った日。
もっと色々あると思うけど、どうだっただろう。
晴れてたような。雨だったような。
覚えていない。でも、写真を見れば直ぐに分かることだらけ。
なんだか、それでは物悲しいのではないか。
写真に残すことは、なんだか、怠けているような。きっと、そんなことはないはずだけど。でも、なんとなくそんな感じがして、あまり好きではない。
だから、自分でも写真を撮ろうと思えたのに、びっくりした。
撮りたいと思った。
それは、思い出に残したいからじゃなく、何度でも、それを見たいと思ったから。多分そうだと思う。
今も、ふと見返したくなる。
それは、寂しいからなのか。幸せになれるからなのか。僕にも判別がつかなくて。
きっと、一生分からないんだろう。
この写真の空は──雨。
でも、雨に良い思い出を抱くのは無理だった。
雨は湿気るし、濡れるし、滑るし、転ぶし、それに──
写真を仕舞う。
そんなこと、考えても無駄だ。
だってもう、過ぎたことだから。
雨の日は好きだ。
晴れの日も好きだ。
曇り空も、雪空も。
でも、同じくらい嫌いだ。
つまり、空に意味なんて無いんだ。
所詮、背景。所詮、物理現象。
空は空でしかない。それ以上も以下もない。
ただの、現象に意味を見出だして、あれこれ論ずるなんてバカのすることだ。
僕のコントロール下には無いし。
僕も空にコントロールされるつもりもない。
けれど、実情はコントロールされていると言っても良いんだろう。
ざーざー、と窓を叩く音。
ごろごろ。ぴかぴか。
雷様におへそを取られてしまうとか。
どうでもいいことを考えてしまうくらいには、僕も参っているようだった。
頬を撫でる風に身震いして、クーラーの温度を少し上げる。
こうして人間は、天候なんかに操作されずになったのだと、今さらに実感する。
あー、ありがたや。先人の皆様よー。
心の中で拝んでおこう。誰ともしれぬ、皆様よ。
こんこん、とノックの音。
気分では無いのだ。こんな天気だ。少しでも開けたら雷様の魔の手が迫ってくるだろう。
南無三と唱え、布団を被る。
がちゃり。不思議なことに、扉が勝手に開いてしまう。
警戒を強めざるを得ない。
「……そろそろ、決心はついたか」
父親のようだった。普段よりも、ノックが優しくて気付かなかった。
擬態の術と言うやつか。
「辛いかもしれないが……お前が来てくれた方が──」
「──父さん、喋ることは無いんだよ」
「それは……そうだが……」
いつもよりも、弱々しいように聞こえる声。
気を遣ってるのか。どちらが。
「──行くよ」
「──そうか!じゃあ着替えて──」
「大丈夫」
「大丈夫ってお前……そんな格好で寝てたのか……!?」
「うん」
初めて着た──喪服。
父親の顔には、嬉しいのか悲しいのか分からない、くしゃりとした笑みが貼り付いていた。
今日の空は──
覚えて──いられるだろうか。