「おはよう、同志ザイロ。気分はどうかな」
誰だこいつは。頭が恐ろしく痛む。朝日が目に染みてさらにズキズキと
「大丈夫かい、同志ザイロ?」
どうしざいろ
「………誰だ、あんた」
そもそも
「俺は、なんだ」
どうし、ざいろ
同志ザイロ
目の前の男は少しショックを受けた様子だったが、合点がいったように微笑んだ
「ああ、蘇生時に不具合が生じているね。記憶に混乱が起きているようだ」
男はベッドに腰かけ俺と目を合わせる。
彩度の低い赤い瞳、見覚えが、あるような、ないような
「僕はライノー、君の相棒だ」
頭を抑えていた手をそっと取られる
「きみはザイロ。ザイロ・フォルバーツ。僕の相棒さ」
自分を指差し「僕がライノー」
俺を指差し「君がザイロ。同志ザイロ」
ライノー、ザイロ…口の中で呟く。なんとなく、馴染みがあるような気がする
「あー…ライノー?すまない。その、少し記憶が曖昧で」
「大丈夫だよ、たまに起こることだ」
ライノーが言うには俺は懲罰勇者で、死んでも蘇生されるらしい。しかし繰り返すことで稀に記憶障害が起きる事がある、らしい。
話を聞くと何か頭を掠めていく。多分言われていることは事実だ、知っている、気がする。
「ライノー? 勇者は俺たちだけなのか?他にもいるのか?」
「いるよ。彼らは別の任務にあたっている。きみが損傷したから目覚めるまで僕が着いていたんだ」
僕たちは相棒だから、と
相棒を覚えていない事を本当に申し訳なく思う。
「話していれば思い出すよ。起き抜けで申し訳ないけれど、食事を終わらせたら僕らも任務にあたろう」
ライノーの出した料理を食べながら色々話を聞く。魔王現象、懲罰勇者、異形、人類を…救うための戦い
多分知っている事だ。情報がスッと頭の中に入ってくる。薄ぼんやりとした記憶も蘇る、何人かの顔が浮かびそうになったがまだ形を捉えることはできない
「あの丘の向こうに僕らの倒すべき魔王現象がいる、異形に守られているが僕と同志ザイロなら勝てるはずだ」
渡された装備を身につけ、軽く身体を慣らす。戦い方は身体が覚えていた。これなら役に立てそうだ、細かいことはおいおい思い出せるだろう
「行こう同志ザイロ、救いを求める人々が僕らを待っている」
森を駆け抜けていると、異形が飛び出してきた。
ライノーがすかさず槍で振り払う。
しかし死角から別の異形が
「──ッ!ライノー!」
────
「おはよう、同志ザイロ。気分はどうかな」
「は?」
目覚めたらベッドの中だった
「ライノー、待て…俺たちは森の中で」
「ん?なんのことだろう…きみは荒野での作戦で損傷し、目覚めたところだよ」
どう言うことだ、おかしい。先ほどの森での戦闘は………
混乱する俺の横に座って手を握られる
「蘇生による記憶障害かな?大丈夫、たまにあることだよ。食事にしよう」
机の上に並べられているのは先程食べたのも全く同じ物
「おい、ライノー、なんの冗談だ。さっき食べたばっかだぞ」
「………えーっと、同志ザイロ。きみは今目覚めたばかりだけれど」
酷く頭が痛む。何が起きている。記憶の混乱?全て夢だったとでも言うのか
咀嚼するそれの味も知っている。聞かされる作戦の内容も…この景色を俺は知っている
「同志ザイロ、体調が悪そうだ。大丈夫かな」
ライノー、俺の相棒。心配そうにこちらを見ている。この表情は知らない
「悪い。なんというか……変な感覚なんだ。これも後遺症なんだろうか」
夢で見た、と言っても信じては貰えないだろう
「既視感…なのか?」
「同志ザイロ、もう一度休むかい?」
「…いいや、問題ない。大丈夫だ」
手に持っていた肉を口に押し込む。
「任務があるんだろう?聞かせてくれ」
聞かされた物は知っている通り、森にいる異形を退け丘の向こうの魔王現象を倒す。
渡された装備を身に着け、身体の動きを確認する。動ける、知っている。
森の中を駆け抜けると異形が飛び出してきてライノーが槍で振り払う。
その後何が起こるか知っている。
死角に潜んでいた異形の額にナイフを投げつけその場で爆ぜさせた
「ああ、同志ザイロ、助かったよ。気づかなかった」
よし、良かった。
注意深く先に進み、襲い掛かってくる異形たちを協力して倒していく
崖の上から押し寄せてくる異形たちに投擲し、一帯が爆ぜた瞬間、巨大な岩が落ちて来た
しまっ──
────
「おはよう、同志ザイロ。気分はどうかな」
ベッドの中で目が覚めた。
「ぐっ…は!」
冷汗が噴き出して息が詰まる。何が起きている
「同志ザイロ、大丈夫かい?酷い顔色だ」
ライノー、ライノー、俺の相棒。
「ライノー、教えてくれ、俺に何があった」
「何って…きみは荒野の任務で損傷して、蘇生されてここにいるよ。大丈夫かな、記憶に混乱が?」
「違う、森…森で異形と…」
「………確かに、この後の任務で森には行くけれど…」
大きく息を吸って、吐く
「大丈夫かな?食事を用意してあるけど食べられそうにないかな」
机の上には少し前に食べた物と同じ物が寸分違わず並べられていた。
「うぐっ…ぐあ」
胃が痙攣し思わずその場でえずく。吐き戻そうにも空の胃からは胃液しか出ない。
「同志ザイロ!?」
背中をさすられるがその手を振りほどき、置かれていた装備から取り出したナイフで喉を掻き切った
────
「おはよう、同志ザイロ。気分はどうかな」
ベッドの中で目が覚めた。
首に触れるが、そこに傷はない。
咀嚼する肉からは味がしない。
「ライノー…魔王現象に何か、不思議な能力のようなものはあるか?」
「不思議な能力?」
「なんというか…上手く説明できないんだが、同じ夢を繰り返し見せるような」
いや、あれは夢じゃない。
異形に貫かれる瞬間、岩に押しつぶされる瞬間、喉を掻き切る瞬間、あの痛みは本物だった
「どうだろう…でも魔王現象には未知の部分が多い、僕らが知らない能力を持つものが顕現する事は起こりえるとは思うよ」
「そうか…」
「同志ザイロ、大丈夫かい?」
ライノー、俺の相棒。
二度目の戦いの時、こいつとの連携は上手くいった。相棒というのは事実なのだろう。
「大丈夫だ」
余計な心配をかけたくない。この不可解な事象の原因が魔王現象という事であれば倒せば終わるはずだ。
森を駆け抜け異形を退ける。どこから来るかはわかっている。
「同志ザイロ、方向が違う!」
崖の側は危険だ、ライノーの制止を振り切って別の方向へ
足元から飛び出して来た異形を吹き飛ばし、空に跳ね上がり──
────
「おはよう、同志ザイロ。気分はどうかな」
しくじった。空はダメだ、攻撃を回避できない。
「ライノー、この付近の地図はあるか?」
「地図…申し訳ない、用意がないかな」
「チッ じゃあ何か書くものを寄越せ」
渡された紙に記憶を呼び起こしながら簡単に位置関係を書き込む
「同志ザイロ、これは…?」
「気にすんな」
異形が潜んでいる場所、危険のある場所…
上等だ、やってやる
────
「おはよう、同志ザイロ。気分はどうかな」
くそっ そもそもこの道はダメだ。どう進んでも途中で積む。
「同志ザイロ、方向が逆だ」
「うるせえ、こっちから行くぞ」
────
「おはよう、同志ザイロ。気分は──」
「ライノー!紙もってこい!」
毎回書くのが面倒だが仕方がない
────
「おはよう、同志ザイロ──」
道順はこっちの方が正解だ、途中で攻撃を回避さえできれば先に進める。
────
「おはよう、同志ザイロ──」
油断した、くそっ
────
「おはよう、同志──」
「うるせぇ!!!!」
しまった、と思った時には手遅れだった。
こちらを気遣っていたライノーの顔が悲しそうに歪む
「すまない、何か気に障っただろうか」
「あ…いや、違うんだ…悪い」
やってしまった。こいつは何も悪くないのに
どの時でもこいつは俺を気遣い共に戦う
俺が無茶な事を言っても嫌な顔一つしない。
それはそうだ、こいつにとってはここから始まる。俺は…もう何度繰り返しているんだろうか
「悪かった」
ライノー、俺の相棒。この世界でたった一人俺の味方でいてくれる。
何度救われたのかわからない。
向かい合って食事を取る。何度同じ物を口にしたかわからずもう味がしない。
「同志ザイロ、そっちは逆だよ」
いやこっちが正しい。この道が一番生存率が高かった。
訝しげなライノーの胸板をかるく小突く。
「俺を信じろ、相棒」
赤い瞳が驚いたようにわずかに見開いてから、顔がほころんだ
「もちろんだとも、我が相棒」
「さっさと魔王現象を倒すぞ」
森に向かって駆け出す。
呼吸を合わせ、押し寄せる異形を返り打ちにし、ありとあらゆる障害を払いのけ丘を駆け上がる。
あと少し、あと少しでこのクソみたいな世界から脱出でき──
────
「おはよう、同志ザイロ。気分はどうかな」
「ライノー」
何度見たかわからないこいつの笑顔。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
ベッドで身動きしないでいると、こいつは心配そうに俺を覗き込む
「同志ザイロ、大丈夫かい?」
「なぁ、ライノー」
「ん?」
「何度目だ?」
「ああ………」
メキり、と音を立てて瞳孔が揺らぎ色が変わる。
双眸が三日月のように細められ、口角が不吉に上がった
「バレちゃった?」
必死の思いで森を駆け抜け、丘を越えた先には
何もなかった。
「だから見せたくなかったのに」
夥しい数の異形に囲まれ抵抗虚しく抑え込まれる。
おかしい、こいつらこんなに強かったのか
「ああ、これまでは手加減させてたんだ。きみがいい具合に戦えるようにね」
後ろに手を組み悠々とライノーが歩いてくる
「きみは強いけど、武器が有限だとなかなか厳しいものがある。女神テオリッタももういないしね。最初から彼らが全力だったらきみももっと警戒しただろうけど、ほら、手加減した動きになれちゃってたよね?」
膝をついた姿勢で抑え込まれている俺と目を合わせるようにしゃがみ込む。
「なんでバレたのかな?結構うまくやれてたと思うんだけど」
「……お前が、俺の動きに合わせたからだ」
呼吸が、合う訳がなかった。俺と共にこの森で戦うのが初めてのはずのこいつが
俺と息を合わせ、戦える訳がない。
「ああ、なるほど…、そうだね、きみに相棒と呼ばれて感激してね。少し高揚してしまったんだ、ふふ、油断した」
頬杖をついてこちらを眺めながら愉快そうにクスクス笑う
「さて、愛しの我が相棒。何から聞きたい?なんでも答えるよ?」
「ふざけんなクソ野郎」
悪態をついたところでこいつの表情は変わらない。
「じゃあ勝手に話すね、きみが信じるか信じないかは任せるよ。まず、そうだね、魔王現象は滅びた。人類の勝利だ、おめでとう。女神も機能停止して眠りについた。全ての女神がね。共生派と名乗る一派も悉く捉えられ等しく裁かれた。そして……きみ達の恩赦だ」
恩赦、そう恩赦だ、それが欲しかったんだ
「人類の法や理屈はよくわからないけれど、きみ達にはそれが与えられるべきだった。しかしね、脅威がなくなった国の上層部はきみ達が怖くなったのか、恩赦を与えずに全員処刑するべきだと言う意見がでたんだ。女神もいない、殺してしまえばそれまでだと」
「恨まれている自覚があったろうし、仕返しされると思ったのかな?僕にはよくわからない。その事を聞きつけたきみ達の味方がね、断固抗議をしたんだよ。マスティボルト家や、フォルバーツ領の関係者、共に戦った聖騎士達、これまできみ達に救われてきた多くの人々が」
「最初は対話での解決を試みたようだけど、なんだろうね。きみ達の影響力が詳らかになった事で処刑派も頑なになってしまってね。結果的に戦争になったんだ」
「人間はすごいね。人間同士で殺し合うんだ。本当にすごい、魔王現象なんていなくても大切な物を守る為に戦争が起こる。僕なんて足元にも及ばない……実際に、ふふ、誰も僕に見向きもしなかった」
「勇者派と処刑派の戦争は悲惨なものだったよ。きみの知る人たちも多く死んだ。ああ、でも今のきみにはもう誰の事かわからないよね」
「それで…うん、きみは酷く傷ついてしまってね…見ていられなかった。きみの痛みを僕が正しく理解する事は出来ない。でも本当に酷い話だと思うよ。きみは全てを投げうって人類を救ったというのに、結局きみ自身は救われないんだ」
「正直、僕にとって同族のいないこの世界はどうでもいいんだ、消えてしまっても構わないと思っていたし、きみたちの行く末を見届けたらそのつもりだった。でも、なんというかこの顛末にはどうにも、そう、不快感があったんだ」
「きみが救われないのも、きみが死んでしまうのも我慢がならない。それを考えると、腹立たしさが抑えきれなくてね」
「だから、全て終わらせた。勇者派も処刑派も等しく平等に、ああ、大丈夫。人類は残っているよ、無辜の民は生かしてある、彼らに罪はないからね。きっとまた新たな法や制度を生み出して上手くやってくれるだろう」
豪雨のように降り注ぐ情報が処理しきれずに呆然としていると、
パンッと音を立て目の前で手が合わせられ、びくりと体が震える
場にそぐわない程、優しい手つきで顔を包み込まれるが振り払う事が出来ない
「今のきみは僕の眷属のような形になっている。作り替える時にかなり取りこぼしてしまったけど、肉体も精神もザイロ・フォルバーツでのまま異形化しているんだ。これを剥がしてしまうときみは完全に死んでしまう。でも僕が側にいる限りきみは再生し続けられる、傷も残らない。さすがにいきなり喉を切られた時は驚いたけどね」
首元をそっと撫でられる
「僕はきみに死んでほしくないんだ。僕の相棒で、英雄ザイロ・フォルバーツとして健やかに生きてほしい。色々試したんだけど、やはりきみは、人類を守る為、敵を倒す為に戦っている時が生き生きしているね。丘の向こうにいる魔王現象を倒す事を目的に戦い続ける。このシナリオの中にいる時が一番きみらしかったよ」
「困難な状況であればあるほど、きみは輝くんだ。何度死んでも諦めない。素晴らしいよ本当に……尊敬する。心から」
「できればずっとこの世界にいて欲しかったんだけど、やはり加減が難しいね。何度も繰り返せば流石に気づくか。次はもう少し気を付けるよ」
とっくに異形は引いて拘束は解けているが、動くことが出来ない。
「俺は、俺はなんなんだ」
「きみは同志ザイロ。ザイロ・フォルバーツ。僕の相棒さ」
ライノーの大きな手が俺の頭を包み込む
「これまでも、これからも、ずっとね」
「ライノー…やめろ、やめてくれ」
「この土地は外周を異形で囲っていてね。生き残った人間がここまで辿り着くことはできない。誰も僕らの邪魔はしないよ」
頭蓋が割れるような激痛に叫びながら身を捩る
「痛むよね?申し訳ない、でもまた作り替えないと嫌な記憶が残ってしまうから。ね、次はどんな冒険をしようか。やはり生きる為には目的がないとね。敵はいくらでも用意するよ。いつまでも共に戦い続けよう」
楽しそうに弾む声を聞きながら意識が闇にのみ込まれた
────
「おはよう、同志ザイロ。気分はどうかな」
「………誰だ、あんた」
「僕はライノー」
目の前の男は俺の手を握り微笑む
「君の相棒だ」