物音に目が覚めた。
暗い、夜か?否、屋内だ。窓がない。おそらく地下
光源は蝋燭。近くに男の姿も見える。背中を向けている、何かの作業中か。
視界が霞んでよく見えない。思い出せ、考えろ、何が起きた。
椅子。椅子に座らせられて拘束されている。いい状況ではない。
意識が戻った事に気づかれないよう体勢を変えずに気配を探り記憶を呼び起こす。
わたし、そう私は魔王現象。王の命令により町にいた。
個体としての攻撃力は皆無に等しいが、再生力と擬態には特出しており隠密活動を行っていた。
人間達の欲を知り情報を持ち帰り内側から切り崩す為に暗躍。全ては我が王の為に。
攻撃を受け損傷した。確かそうだ。肉体の破損は激しくもうこの姿を維持するのは困難だと判断し、その後の記憶が曖昧だ。
おそらくその時に捕縛されたんだろう。
霞む目を動かし前にいる人間に意識を向ける。
男、成人男性、軍服を着ている。身体が大きい、力が強そうだ。戦闘で勝つのは困難だろう。今の私の力は肉体に準じている。不可解なのは殺されずに拘束されている事だ。本来であればここまで外殻が破損している人間を拘束する必要はない。彼、は私が人間ではない事に気づいている。
そして殺されずに生かされている。つまり私の生命に価値があると言う事だ。生きている私に用がある。
声をかけようとして口を開いたが、喉を震わせても音は出ず咳込むしか出来なかった。
「おや、気がついたんだね」
おはよう
そう言いながら男はこちらに来る。近づく事でより体格の良さが目につく。
「……ーッ」
再び声を出そうとしたが掠れた息しか出なかった。声帯は損傷していない。これは乾きだ。人の身体は実に不便だ。
「ああ、ちょっと待ってね」
顎に手を添えられ口元に容器を当てられる。
みず、水。水だ。
必死に飲む。こぼし口元を濡らしながらも喉を鳴らす。
飲み干し軽く咳き込んでいると肉片を差し出された。臭いを嗅ぐ、人間の物だ。正体は完全にバレている。
一瞬躊躇するが、これに何か仕掛けられている事はないと判断してかぶりつき咀嚼する。
身体に力が漲るのを感じる。思考もはっきりしてきた。
この男は私を生かそうとしている。僥倖だ。生きてる私が必要だと言う事だ。恐らく何かしらの情報を得ようとしているのだろう。
会話ができるのであれば勝機はある。いくつもの人間の脳を渡り歩き、学び、模倣し、人の欲という物への理解は深い。肉弾戦は不得手だが舌戦には自信がある。うまくこいつを操りここを脱出する事は可能だろう。大丈夫、私なら出来る。
「あ、ありがとう、ございます」
辿々しく感謝を述べる。感謝は大事だ。こういった積み重ねが相手の警戒心を解く。
「礼には及ばないよ」
男の朗らかな返事。いい流れだ。
しゃがみこみ両手で私の顔を包むように触れる。
視線に妙に熱が込められている。この熱には覚えがある。
今の私の姿は人間の男の庇護欲を誘う年恰好らしい。あるいは情欲を。
なお、良い。内心ほくそ笑む。
男の目的がそれであれば物事はもっと単純だ。行為の最中の人間は著しく判断能力や警戒心が低下する。損傷した今の私でも殺して脱出する事は容易だ。今の身体を捨てこいつに乗り換えるのもいい。
顔を近づけてくる男の意図に気づかないふりを装い、戸惑うような表情を形成する。
「あの 」
しかし迫り来る男の目を見た時に違和感を覚えた。この男、もしかして
直後右目に激痛が走った。
ゆび、指だ。男の指が、私の目の中に。眼球だったものが押しつぶされかき混ぜられ、こぼれ落ちる。眼窩を執拗に撫で回され気持ち悪さに吐き気がする。
絶叫し、暴れ、なんとか振り払おうとするが万力のような力で抑えられた頭は微動だにしない。
同時に気がついた。こいつは人間じゃない。自分と同じ、魔王現象だ。
「貴様、何故、どういうつもりだ!同胞になんてことを!」
ゼイゼイと息を切らせながら糾弾する。
それには答えず男は私の裂けた腹に手を差し入れ内臓を掴み乱暴に引きちぎる
己の喉から声にならない叫びが上がる
何が起きている。理解ができない。同胞、同胞だぞ、何故同胞にこんな危害を加えられているのか。許されない所業だ、あり得ない
「きさ、貴様」
「丈夫だね、驚いた。これなら話もできそうだ」
男は身体を離し興味深そうにこちらを眺めている。頭を振って必死に痛みを散らせ睨みつける。
「僕の名前はパック・プーカ。お察しの通り君と同じ魔王現象だ。今は懲罰勇者のライノーと名乗っている。改めてよろしくね」
……パック・プーカ…。パック・プーカ!!
聞いたことがある。同族殺しの、呪われた異常個体の欠陥品。何故、なぜ、なんでこんなところにいる。制裁され死んだはずだ、そう聞いている、何故
待て、ライノーと名乗った。懲罰勇者部隊、対魔王現象の為に組織された精鋭と聞く、死んでも蘇る危険な部隊。
ライノー、ライノー。そうだそこの砲兵。恐ろしい精度と破壊力を誇る最強の砲兵と噂される男の名だ。
どういう事だ。対魔王現象の組織に、魔王現象がいる。意味がわからない。何が起きている。
男はこちらの混乱を愉快そうに眺めていたが、おもむろに手を伸ばし
パキッ
そぐわない軽い音を鳴らして腕がへし折られた
「ーーーッ」
上がりそうな悲鳴を堪え歯を食いしばる
「感心しないな。僕を無視して考え事かい?せっかく名乗ったというのに。でもいいね、君は見た目に反して随分と頑丈そうだ。そういう個体なのかな。ここまで損傷していても思考し僕を非難する余裕すらある。いいねその目つき、反骨精神ってやつかな。叫び声も好きだけど、そうやって痛みに耐える姿にもそそるものがある。ワクワクしてきた」
「なんだ、なんだ貴様は、何を言っている……」
こいつは、やばい。根源的な恐怖が襲ってくる。
知らせなければ。あの方、我が王に。恐ろしい物が敵にいる。なんとしてでも生きて、この事を皆に伝えなくてー…
折れた腕を捻りあげられ今度こそ悲鳴が出る
男の足が振られ衝撃と共に椅子ごと身体が吹き飛び骨がひしゃげる音がした。
受け身も取れずに勢いのまま壁にぶつかり、折れた骨が臓器に突き刺さるのがわかる。
息ができない。呻き声を上げながら少しでも身を守ろうと蹲り丸くなる
何故私がこんな目に合っている。何故、何故、何故
「凄い。魔王現象は合理的だからあまり恐怖や足掻き、という概念を持たない。拘束し痛めつけてもすぐに諦めて反応が薄くなってしまう。その点君はこの状況下でも諦めていない。素晴らしい。人の中での生活が長いのかな?わかるよ、僕にも覚えがある。人間と共にいると少なからず影響を受けて性質にも変化が起きる。君のそれは忠誠心や使命感ってやつかな。理解はしていないけど概念は知っているよ」
片手で首を絞められ持ち上げられる
息ができない。無事な腕で爪を立て、足を暴れさせなんとか逃れようと身を捩るが男は微動だにしない
「必死に抵抗してるね、新鮮な反応だ。君たちのおかげで今僕達の部隊は状況の整理が必要でね。いわゆる命令待機中ってやつなんだ。だから時間はたっぷりある。君には随分と楽しませてもらえそうだ」
景色が回り、頭から床に叩きつけられ、意識が遠のいた。
─────
昼も夜もないこの部屋でどれほどの時間がたったのかはわからない。
執拗に、丁寧に、丹念に傷めつけられた身体は限界を迎えていた。もはやわずかに身動きを取ることすらできず壁に寄りかかり浅い呼吸を繰り返す。
この肉体を捨て本体となり逃げだすことも考えたが、次の寄生先もなくここまで体力が低下した状態では大した移動も出来ぬまま踏みつぶされて終わるだろう。
せめて我が王に敵に裏切り者がいる事は伝えたかった。連絡がとれぬまま姿を消した他の魔王現象たちも恐らくこいつの仕業だろう。
だが、自分はよくやった方だ。これまで持ち帰った情報や人間たちにもたらした毒は効果を発揮し、自分達に勝利をもたらす。
その場に自分がいないのは残念だ。私はこのままここで死ぬ。
身体から生命が流れだしていっている。同時に悪夢のような痛みも遠のき、確実に終わりが近づいてくるのを感じた。
しかしいずれ訪れる勝利の日に思いを馳せ、気持ちは穏やかだった。
「ねぇ」
男の声に現実に引き戻され、一拍遅れて喉から悲鳴が漏れる。
周りの肉ごと耳が削り取られた
「僕がいるのに、他のことを考えるなんて酷いじゃないか」
両手で顔を包み込まれ出来たばかりの傷を指で抉られる
穴だけになった眼窩に親指を入れられ呻く
叫びすぎた喉は枯れろくに声も出ない
ヒッヒッと引きつけのような音を出し、痙攣するように歯が鳴った
熱い、痛い、
男はその様子を見ると手を離し机に向かう
「君は他の魔王現象に比べて攻撃力や破壊行為への能力が低い代わりに、強度や再生力の方に能力が偏っているんだね。わずかな肉でも修復することができる。
実に素晴らしいよ。僕はすぐに壊してしまうんだ。長く楽しみたいのに力加減というのは本当に難しい。気を付けてはいるんだけれどね」
ごりごり、と手元の器具で何かをすりつぶしながら話し続ける
「攻撃型の魔王現象の場合は殺せるけど生け捕りは難しい。小型のもいるけど彼らは知性が低いから会話も楽しめない。すぐに終わってしまう」
「君に出会えて本当によかった」
ほほえみとともに差し出された匙には、赤黒くすりつぶさた肉片が載せられている。
「あーん」
意図がわからない。私を殺したいのではないのか。
しかし久方ぶりの肉の匂いに耐え切れずおずおずと震える口を開き匙を迎える
顎に柔らかく手を添えられ溢さないように優しく匙が抜き取られる。
柔らかく潰されたそれは今の私でも容易に咀嚼し嚥下できた。
「ん、いい子だ」
頭を撫でられ笑いかけられる。
場にそぐわない穏やかなそれは、思考力が鈍り視力が低下した片目には救いのように映った。
助かるかもしれない。生き延びられるのかも。
媚びる様に、少しでも印象がよくなるよう、ぎこちなく口角を上げる。
久々の肉を得た身体には活力が湧いてくる。血が巡り皮膚の下がざわつき再生が始まる。
近づいていた死が遠のき、代わりに命が戻ってくる
「顔色がよくなってきたね。ほら頑張るんだ、その再生力は唯一無二の物だ。足りなければもっと用意するよ。食べやすいように加工もしてあげよう。出来る限り長く生かせられるよう最大限の努力をする。大事にすると約束しよう。だから君にも頑張って欲しい、君ならできる。大丈夫、自分を信じるんだ」
浴びせられる言葉の意味を理解する前に、再生途中の柔らかい肉がえぐられ、絶叫がほとばしる。
張りを取り戻したその声に男は満足気に笑う。
「いいね、その調子だ。やはり君は素晴らしい。もっと聞かせてくれ、僕はその声が聞きたいんだ。」
嬉しそうに弾む声を聞き、やっと男の意図が理解できた。自分に何が起こるのか理解してしまった。
生まれて初めて心の底から恐怖し泣き叫ぶ。
嫌だいやだいやだ、それはいやだ、やめてくれ、殺してくれ、頼む、おねがいだ
忠誠も何もかも全て捨てても構わない。知ってることは何でも話す。
早く終わらせて欲しい。解放してくれ。その為ならなんだって差し出そう。おしえてくれ私は何をすればいい
だからどうか、どうか、どうか
「恐怖と懇願、いいねいいね、とてもいい。素晴らしいよ。ぞくぞくする」
身体が浮き上がり壁に叩きつけられ、頭の中で骨が割れる音がした。うめきながら男から少しでも離れようと必死に藻掻く。
再生したばかりの右目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
いたい、こわい、たすけて
「強度が戻ってきたね。それに状況をすぐに理解して恐怖している。やはりある程度の知性がないと反応が楽しめない。君は完璧だ」
無理矢理引き起こされ顔をあげさせられる。
「ほら、もう少し食べられるかな。2人で楽しむためには体力をつけないと、ね?」
再び目の前に匙が出される
「はい、あーん」
もはや抵抗する気力も無く、惨めにすすり泣きながら口をひらく。
割れた脳では何も考えられず、
今はただひたすらにこの男の機嫌を損ねるのが恐ろしかった。
お読みいただきありがとうございました。