グロ要素無いです。
「ザイロ君、ちょっと困ったことになってしまって…助けて頂きたいんですが」
ベネティムが困るのはいつものことなので無視して読書を続行する
「〜〜っ!ザイロ君、お願いします聞いてください!」
どれだけ無視しても居座り続けるので、これでは集中できない。仕方ないので話を聞くと、こういう事だ
ある草原の一族が定期的に街に品物を卸して商売をしていた。しかし売るためには商人を仲介する必要があり、その手数料や中抜きで利益はそこまで上がらず、自分達の店舗を求めている。
そして商店の立ち並ぶ一角に空き店舗があり、そこの持ち主が買い手を探していた。なのでベネティムが代理人となり店舗の売買を仲介しているらしい。
話はほぼまとまりかけているが、草原の一族が店舗の持ち主と一度顔を合わせて話をしたい、それまで手付金を支払えない。と言い出した、という事だ
「持ち主は誰なんだ?」
「フィリオス・ラクレスという男でヴァークルの一族の遠縁に当たる者となります。人嫌いで滅多に人前には出ず、顔を知る者もごく僅かしかいません。家業の商売にはあまり関わらず、主に不動産売買を行っている、通称"ラクレス家の若旦那"です」
「じゃあそいつ連れてけばいいだけだろ」
「それが不可能なんですよ、そんな人存在しないんですから」
悪びれる事なく、目の前の詐欺師は肩をすくめた
「なのでーそのー、是非ともザイロ君にフィリオス・ラクレスになって頂きたいなー、と」
やはり聞く価値のない話だったので読書を再開した。
「お願いします!ここでまとまった金額が手に入ると、今後の部隊の運用面でも色々助かる事になるんですよ、ひいては我々全体に有益な効果が!」
「知るか!つーかなんでそんなすぐバレるような事始めたんだよ」
「先方は家業を継いだばかりの若い二代目だったので、なんとかなっていたんですが、どうにも疑っている者がいるようでして、突然『ラクレス殿と一度顔を合わせない事には』と頑なになってしまったんですよ。このままゴリ押しすると通報されない勢いでして……いやー参りました」
「参りました、じゃねぇよ。大体そもそも、その空き店舗とやらは誰のなんだよ」
「そこの詳細についてはあまり重要ではないので」
「調べてねぇのかよ。お前、ガバガバじゃねーか」
「しかしこのまま通報されると、部隊全体が詐欺に加担した事にされかねませんよ?」
ふざけんじゃねぇよ
「別に俺じゃなくてもいいだろ」
「だって、他にいないじゃないですか……」
殴られた頬をさすりながら涙目を浮かべつつ、こいつはなおも食い下がる
反論しようと部隊の面々を思い浮かべ、諦めた
数日後
「ザイロ君、困った事になりました」
既視感のある台詞だ。本当にこいつはいつも困っている
「草原の一族の中に、ザイロ・フォルバーツと面識のある方がいました」
「お前ふざけんなよ」
「私のせいじゃないですよ!まだ聖騎士だったころの話ではないでしょうか…心当たりはありますか?」
「……覚えてるわけねぇだろうが」
「ど、どうしましょう、約束は明日の夜なんですよ。ザイロ君以外で、盗みも殺しもしない、錯乱もしていない、見た目がまともな成人男性なんて……」
「やぁ、同志ザイロ、同志ベネティム、いい夜だね」
「……」
「……」
「?」
顔を向けると、悲痛に歪みきった表情のベネティムと目が合った。
──────
「すげぇな。よく化けてる。それで口開かなけりゃそれなりの商家の若旦那ってとこだな」
ドッタに調達させた服を着たライノーは"それなり"の仕上がりだった。仕立てのいいシャツにベスト。首元には聖印を隠す為のスカーフ。上からジャケットを羽織り、櫛を通した髪を後ろに撫で付けている。引きこもりの"若旦那"にしてはガタイが良すぎるが、まぁそういうこともあるだろう
「ライノー、絶対に、絶対に、ぜったいに!何も言わないでくださいよ!私の後ろで黙って微笑んでいるだけでいいですからね。暴力とか、絶対にダメですからね!」
「もちろんだとも同志ベネティム。君の目的が果たせるよう誠心誠意努めさせてもらうよ。僕は砲撃以外の事でも皆の役に立てることが本当に嬉しいんだ」
「ーッ!いいですか、貴方はラクレス家の寡黙な若旦那で、私はその代理人のバルティスです。商談は私が行います。貴方は決して、決して、何も話さないでくださいね」
「心得た。任せてくれバルティス」
ほとんど悲鳴のような声を上げるベネティムと、うざったいくらい張り切るライノー。もう俺には関係のない話なので興味はない。
──────
決まった店舗を持ちたい、そう二代目が言い出した時一族の中では様々な意見が出た。
しかし商品を卸す上で街の商人に足元を見られているのは事実。手痛い出費ではあるが長期的なことを考えるとやはり必要な事ではあると決断された。
特に"商品"についてだ。我々の品物は表向きには民芸品をとしているが、本命は別にある。規制されている為市場に出回る事はなく、しかし裏では高値で取引される"ある植物"を安定的に、我々の采配で売買できる環境は是非とも手に入れたい。
持ち主の代理人を名乗る"バルティス"という男は口が上手く軽薄だが何を考えているのか底が知れない男だった。様々な面から調べたが素性は不透明な要素が多く、しかし出された書類自体は正式な物ではある。
おそらく、持ち主も物件も後ろめたい物なのだろう。
通常であれば避けるべきだが、今回は我々の目的も正規の物ではない。むしろこの取引を元に裏の繋がりができる方が有益ではないだろうか。
その為にも持ち主である"ラクレスの若旦那"とは是非とも縁を結ぶ必要があった。
そして、もし交渉がうまくいかなければ2人とも亡き者にしてしまえばいい。
交渉場所の付近には手勢を潜ませ、お目付役として二代目と共に商談へと挑んだ。
「今晩は。到着が遅れてしまい申し訳ございません。ご存知の通り若旦那はあまりこういった場は好まない方でして…ですがこの場に共に来た事で、まずは我々の誠意を受け取って頂ければ、と」
「こちらこそご無理を申し上げてしまい誠に申し訳ございません。いらっしゃって頂けた事ありがたく思います。是非ともいい取引に致しましょう」
紹介された男に目を向ける。
大柄な体躯だ。身長もあるが全体的に筋肉質で、商人というよりも軍人や冒険者の方が似合うような体つきだ
しかし柔和な笑みと傷一つない白い肌がそれを否定させる。
普段陽に当たる事がないのだろう。文字通り日陰の、おそらく本家の暗部にあたる立場の人間だ。通りで事前調査で身元がわからなかったはずだ。
口元は微笑んでいるが赤みがかった瞳からは感情が読み取れず、ただこちらを観察しているだけのように見える。
想定通り、堅気の人間ではない。おそらく彼らは我々の"商品"に気づいている。最初からそのつもりで来たのか
握手をした二代目が僅かに怯えている。無理もない、こちらも緊張で背筋に冷や汗が一筋垂れるのがわかる。
悟らせるな。裏の人間という事であれば、ここで彼らとつながりができるのは大きい。なんとしてもこの交渉を成功させ足掛かりにしてみせる。
販売予定の表向きの商品の紹介、これまでの経緯、双方の書類の確認。事務的なやり取りは滞りなく進んだ。
代理人から説明を受ける間も若旦那は表情を変えない。興味があるのかないのか、しかし時たまこちらを見透かすような視線を向けられ居心地の悪さばかりがつのる。
しかし明確な金額が提示され状況が変わる
「その金額はあまりにも高すぎます!相場と比較しても暴利かと!」
二代目が声を荒げる。その場は嗜めるが同意見だ
契約金の7割を手付金としてこの場で支払う。ありえない要求だ。
まあまあ、と代理人は軽薄に両手を上げる
「我々としても、今回の売買には相応の危険をはらんでおりましてね、この場に至るまでに色々と経費が掛かっているんですよ」
確実に"商品"の正体を知られた上で足元を見られている。こちらが正規の取引ができない事がわかっているのだ。
準備はしてきた、手痛いがなんとか払えない金額ではない。しかしここで要求を飲むとこの先も無理難題をふっかけられるのは目に見えている。
「バルティス殿。もちろんそちらの事情については重々承知しております。手前どもの"商品"についてもご存知の様子。それらの危険を含めてのご提案なのでしょう」
憤る二代目を抑えて飽くまでお目付役、として進言する
「しかしやはり7割というのはどうにも…4割とは言いません、せめて5割ほどではいかがでしょうか」
僅かに眉を下げ困ったような笑みを浮かべ、代理人は隣に視線を向ける。
わかっている。決定権はそちらにある。
どうするべきか。
契約に関する書類自体はこの場にある。手勢も、武器も用意はしてきた。いっそこの場で……
突如、轟音が響き渡った
机が跳ね上がり宙を舞い、木片が床へ散った。
破壊音がやみ静寂が訪れる
誰一人身動きが取れない。
いや、"若旦那"だけが高々と掲げた足をゆっくりと下ろして足を組み直した。
その隣の代理人は微笑みを崩さずこちらを見つめている
「我々は、7割と、言っている」
一言一言、言い聞かせるように、しかし有無を言わさない圧がある
「……若、そういった挙動は控えていただくよう申し上げていたと思うのですが」
「ああ、すまないね」
若旦那は軽く肩をすくめた。
「しかしどうにも、彼らが君を軽んじているように見えてね」
優男にしか見えなかった代理人も顔色一つ変えていない。
そう、彼らは暴力を振るう事に慣れている
見誤った。判断を間違えた。最初からそのつもりだったのか
「軽んじているなど、とんでもない。こちらとしては現実的な範囲での提案を行っていただけでして」
「現実的な範囲、ね」
空気がざわつく。薄く開かれた赤い瞳を見るが感情が全く読み取れない。
おそらくこちらを人間として見ていないのだろう。どこまでも無関心で冷たい視線に体温が下がり続ける。
「申し訳ございません。若は少々妥協を嫌う性分でして…しかし、えぇ、えぇ、もちろん程度はあるでしょう。我々も最初から7割いただけるとは考えておりません。私としては……」
「バルティス」
静かな声が代理人の言葉を遮った。
「日を改めるべきかもしれない。彼らは動揺している、一度帰って冷静になれば考え直してくれるだろう」
横で二代目が息を呑み、血の気が引く音がする
おそらく、家族の安全が脅かされている。このまま帰還したら自分たちが何を見ることになるのか。最悪の光景を想像して臓腑が縮み上がる。
いつからはめられていたのか。手勢を潜ませている事もとっくにバレているのだろう。もしや既に排除されている可能性すらもある。
この場で提示された金額を払う以外、無事に生き残る術はない。
目の前にいる2人は恐ろしい生き物だ。自分達の手には到底負えない。安易な考えで手を出してはいけなかった。
「お支払いいたしましょう」
「ほう?」
「使いをやります。足りない分もすぐに持ってこさせましょう。7割、この場で間違いなくお支払いいたします」
「別に我々は急いではいない。夜道は危ない、日を改めても構わないが」
使いにも見張りをつけられていると言うことか。
「ご心配には及びません。すぐに用意させます」
控えていた部下に声をかけ取りに行かせる。部下はこの場を離れられることに安心しすぐさま夜の街へと飛び出した。
──────
どうしてこうなった。
想定よりもはるかに重い皮袋をかかえベネティムは額をおさえる。
当初の予定としては3割が妥当、4割で上々、5割貰えればかなりの成果、といった具合であった。
そもそも元手がかかっていないのだ。適当な書類と小道具のみ、さらに提示した金額も相場よりかなり高額。
最初に大きく吹っかけ、値引き交渉の末に不承不承受け入れる、といった予定だった。
「どうかな同志ベネティム。僕は役に立てただろうか」
全てはこの男のせいだ。
飽くまで高級感のある置物に徹してくれてさえいれば良かったのに、何故それすら出来ないのか
「いやいやいや、ライノー。私は何もするなって言いましたよね?なんだったんですかあれは!心臓が止まるかと思いましたよ!」
「先日、本で読んでね。2人1組で交渉を行う際は、1人は威圧的に、1人は相手に寄り添うように、役割を分担することで相手の判断力を鈍らせ意思を操ることが出来るのだろう?交渉一つにも技術があるとは、本当に人間は奥深いね」
もうだめだ。頭が痛い。
ライノーの暴力に怯えきったお目付役と二代目はすぐさま金を用意し、その場で契約書にサインをした。
まさか本当に7割その場で持ってくるとは思わなかった。
さらに「今後とも友好な関係を」と謎の植物?薬草?を大量に渡された
何なのかさっぱりわからないので今度ジェイスに見せてみよう。
まぁ、想定以上の収益が出た事はありがたい。
明日には勇者部隊は別の地へ任務で移る。
彼らが"バルティス"も"ラクレスの若旦那"も存在しないと気づく頃には遠い地で聖騎士と異形に挟まれもみくちゃになっているのだろう
ため息をつきながら隣にいる機嫌の良さそうな"若旦那"を見やる。
次の詐欺は「体格のいい男」が登場しない物にしよう。
お読みいただきありがとうございます
ライノー君は与えられた役は精一杯こなすと思います。