名もない料理人と陛下
軍部の食堂はやりがいがない仕事だ。
元々料理が好きだから志願したけれど、軍人というのは味わうという機能を無くしているのか、空腹を満たす事しか考えていない。
少ない予算と限られた食材、時間、それらを駆使して少しでも美味しいものを、と作ったところで彼らはただそれをろくに味わいもせずに口に押し込むだけ。悲しくなる
でも、実はその中で少しだけ楽しみがある
食堂にたまに現れる真っ白な軍服を着た通称"陛下"
懲罰勇者の狂人。自分を王様だと本気で思い込んでいるらしい。わお
懲罰勇者なんて本来は近づきたくもないが、彼らも食堂を利用する。
ここだけの話"陛下"には少し思い入れがある。
陛下は皿を片付ける時にいつも洗い場にいる私に「うむ!今日も実に美味であった!今後も励むように!」と声をかけていくのだ。
そもそも自分を王様だと思い込んでるのに配膳を自分でするという状況がよくわからないけれど、
そうやって声をかけてくれるのは陛下くらいなので、姿を見ると少し嬉しい。
その日も大体はいつも通りだった。
しかし珍しくいい魚が手に入ったので、普段より少し工夫した。臭みが抜けるように下処理をし、脂が落ちないよう細心の注意を払って焼いた。
冷めると台無しなので、注文が入ってから温め直してすぐに出せるよう工夫して……まぁ、それでも食べづらい焼き魚は需要がない。
物珍しさから注文が入っても洗い場でみるのは食べ残しが多い。
しょんぼりしながら残飯袋にいれていたが
「うむ!今日も美味であった!!」
陛下の出してきた皿の上の魚は骨しかなかった
なんと!凄い!しかもこれをフォークとナイフで!どうやったのか見当もつかない。標本のようだ。
「料理人!そなた名をなんという!」
あまりにも美しい骨の姿に見惚れていると突然話しかけられ仰天する
「え?は?私?」
「本日の魚はそなたの仕事であろう!丁寧な下処理で身が柔らかく実に美味であった!先日の肉料理も実によく考えられ見事な出来であった!そなたのようなものが我が軍の礎となるのだ!その献身こそが宝である!
我が王国は窮地に立たされておる!限られた物資の中で苦労させていると思うが、これからも彼らの活力となるため力を貸してほしい!励め!」
それだけ捲し立てると得意げに髭を撫でながら陛下は去っていった。
いや、結局名前答えてないけど。
しかし、でも、
上がる口角と共に鼻の奥がどんどん熱くなる
気づいてくれていたのか。
作った料理を褒められた。私の努力を見ている人がいた。
じんわりと視界が滲んでいきぽろぽろ涙をこぼしながら洗い物を続ける。
陛下のピカピカの骨が乗った皿は横に避けてなんとなく視界に入れておく。
同僚たちは狂人に絡まれた事で泣いているのかと、私を気の毒そうに眺めている。
へへ、違うよ、あの王様は私の料理を本当に美味しいと思って食べてくれてたんだ。
励め、と。高圧的だけれど、全身が震えるような賛辞と激励をくれた。
わかりました陛下。この軍の胃袋は私が守ります。
ですから貴方は心置きなく戦ってください。
貴方がお腹が空いた時にはいつでも美味しく温かい料理を提供しますとも。