パック・プーカとモルチェトが旅をする話
魔王現象は滅び世界に平和が訪れた。
懲罰勇者たちにも恩赦が与えられ自由になった。
そんな中であってもやはり最後の魔王現象、パック・プーカについては恩赦は出ず肉体もろとも廃棄処分されることとなった。
が、逃走した。
どう見ても単独での逃走は不可能だったが、内通者については不明のままである。
次の街を目指して草原をえっちらおっちら歩みを進める。肩にローブを羽織り、鞘をはめたままの槍を担ぎ、一つに結んだ毛先を揺らせながら。しかし片手には松葉杖を伴い、よたよたと。
(同志モルチェト、足場が悪い。代わろうか?)
「冗談じゃねえ」
肉体の主導権を取り戻して久しい。最初はろくに動くことすらできなかった。
菌糸を張り巡らされずたずたになっていた身体を動かすには文字通り骨が折れた。色々試行錯誤を繰り返し、今は部分的にパック・プーカを引きはがし、菌糸の力も借りつつ自分の意志で操作しているような状態だ。
塗装された平地での行動は問題は無いが悪路ではまだ杖は手放せない。
そして、引きはがされたパック・プーカの根幹たる部分は小瓶に入り胸元で揺れている。
投げ捨ててしまいたかったがそれをすると動けなくなる。心臓に近い部分にこいつがいなくてはならない、実に不便だ。
結果的に、このおしゃべりな粘菌と旅をする羽目になっている。
(同志モルチェト、辛くなったらいつでも代わるよ)
「プーカ、何度も言うがその呼び方止めろよ、家名好きじゃねえんだよ。俺はライノーだ」
(ふふ、すまないね。でも僕もずっとライノーだったからどうしても違和感があってね。許して欲しい。きみこそ僕を省略しないでくれるかい?厳密にはパック・プーカだよ)
「うるせえ、お前なんてプーカで十分だ」
(じゃあ、僕もきみを同志モルチェトと呼ばせて貰おう)
腹立ちまぎれに小瓶を振ったが意味が無い事はよく知っている。
こいつがこの身体で好き放題していた時、俺の意識は底の方を漂っていた。外での出来事を正確に認識はできていない
しかしうすぼんやりとした夢のような形で印象だけは残っている。
英雄ザイロ・フォルバーツと肩を並べ相棒を名乗っていたというのはどうしても信じられない
「勝手な事しやがって」
(でも彼に憧れていたんだろう?気持ちはわかるよ、彼は素晴らしい人間だ)
あの英雄に"ライノー・モルチェト"がこんな薄気味悪い奴だと思われたままなのは非常に居心地が悪い。
しかし"ライノー"を死なせない為に脱走に手を貸してくれたという事は、少なくとも悪感情は持たれてはいないと思いたい。
いつか、自分の状態で挨拶が出来たらと思う。なんと説明すればいいのかはわからないが。
脱走後、行く宛ての無い旅を続けている。
プーカが(どうせなら平和な世界を見て回りたいね)と言い出したからだ。
間接的に、とはいえ自分の肉体が救った世界とも言える。広義では自分も英雄と言えなくもないだろう。
(あそこで魔王現象フリアエとの戦闘があってね)
(ここでの作戦は同志ザイロの発案だった)
(あの塔は僕が壊したんだ。実に気分が良かったよ)
(ブリギッド!彼の断末魔のなんと素晴らしかった事か!いつ思いだしても心が躍る)
ゆく先々でのプーカの思い出話は、色々と目をつむれば英雄譚として楽しめる物もあった。元々そういうのは嫌いじゃない。
もしかしたら百年後には"砲兵ライノー"も"英雄"と呼ばれているのかもしれない。
だから小瓶を揺らしながらの旅は意外と楽しい物でもあった。
(同志モルチェト)
「ああ、気づいてる」
足元の小石が揺れている。騎乗している人間が何人かこちらに向かっている。
統率は取れていない、騎士団ではなくならず者、冒険者の類だろう。
周りを見渡すが身を隠すような物もない、今の自分では走って逃げる事も出来ない、厄介だ。
(何かあったらいつでも頼ってくれて構わないよ)
「そうならない事を願うよ」
槍を包んでいた布をほどきいつでも振るえるよう、しかし警戒されないよう鞘をつけたまま持ち直す。
油断させるためにも松葉杖はこのままの方がいいだろう。
予想通り騎乗した男たちが近づいてきた。8人。思ったよりも多い
「よう、足が悪いのか?随分辛そうだな、乗せて行ってやろうか?礼なら手持ちの金でいい」
「いいや、結構だ。急ぐ旅でもないしのんびりいくよ」
男たちは下品にげらげら笑う
「遠慮すんなよお嬢さん、取って食いやしねえから」
「はは」
この程度の連中なら問題ないだろう、適当に付き合って、いなしてやればやり過ごせるはずだ
「ん?待てその顔どこかで見たな」
やはりそう簡単にはいかない。リーダー格のような男が部下に声をかけ手配書の束を取り出す。
ただのならず者ならよかったが、賞金稼ぎの方のようだ。ちょっとまずい。
案の定リーダー格の顔色が変わった。
「こいつ、元懲罰勇者のライノーだ」
空気が変わりヘラヘラしていた男たちが真顔になり周りを囲む。何人かが武器を手にして馬から降りた。
「人違いだ」
「それならローブを脱いで首を見せてみろ」
断ろうとしたが、男の一人が剣を振り、留め具を切られ聖印の痕があらわになる。
部分的に破壊し機能はしていないが、刻まれた痕が消えるわけでは無い。
「生死は問わないそうだ。砲甲冑のない砲兵なんて脅威でもない」
リーダー格の声を合図に男たちが仕掛けてくる。
槍を振るって防ぐが足を取られ思わず倒れ込む。
「なんだこいつフラフラじゃねえか」
(同志モルチェト)
「わかったよ!ああ、くそっ」
観念して紐を引きちぎり小瓶の中身を煽った。
喉元をドロリとしたそれが通り過ぎ文字通り全身に染み渡る
「あ…がっ、ぐっ」
何度やっても慣れないそれは痛みと共に高揚感を伴う
「はっはは、はは、ぐぅっ、げほっ」
自分の意識が後ろにひっぱられていくのを感じる。
頭を抱えて掻きむしったせいで髪が解けて前髪が落ちた
───
冒険者達は目の前の男の挙動に戸惑っていた。
こづいただけで倒れ込むほどにひ弱だ、これが本当にあの元懲罰勇者なのか
挙句苦しみ出したと思ったら今度は笑い始めた。薄気味悪い。
はらりと落ちた前髪から薄く開かれた赤い目が覗く。
なるほど、確かにこの状態なら人相書き通りだ。明らかに纏う空気が変わっている。
「お前達、構え直せ」
長年の勘が警鐘を鳴らしている。こいつは、よくないモノだ。
「あ、はははは…はは、やっぱりこの身体はいい。とてもワクワクする」
ブツブツ呟きながら男は立ち上がる
「ん?ああ、大丈夫。無茶はしないさ」
誰かと話している様子だが当然こちらにかけられた言葉ではない
「てめえ、気持ち悪いんだよ!!」
先走って剣を振り上げた若手の顔面に鞘をつけたままの槍がめり込みそのまま吹き飛ぶ。
返す動作で2人目の剣が叩き落とされ、身体ごと回転をつけた勢いのまま繰り出された二撃目で昏倒した。
男は手の中で槍を滑らせこちらに石突を突き出す。
すんでで避けたが体制を崩し馬ごと転倒した。そのまま下敷きになり、もがく事しかできない
「くそ!間合いに入れ!」
部下の中でも特に素早い男が槍の猛攻を防ぎ、短剣で距離を詰める。
が、男の長い足が振り上げられ、顎に叩き込まれた一撃によって体が浮きそのまま白目を剥いた。
暴力を纏う竜巻のようなそれは楽しそうに笑いながら槍を振るう
距離を取れば縦横無尽に繰り出される槍の餌食になり
逆に詰めれば癖の悪い手足が叩き込まれる。
先ほどまでの、立ってるだけで精いっぱいだった男とは別人のようだ。
なんとか馬の下から這い出した頃には部下は全員地面に伏し、もはや指一本動かせないような状態だった。
「くそっ なんなんだ、なんなんだお前は」
震えながら雷杖を構える。せめて部下たちが戦っている間にこれが撃ち込めていれば
男は微笑みを浮かべたままこちらを振り向く。
「僕? 僕は…、ああ、そうだね、そうだった」
男は場にそぐわぬ優雅さで胸元に手を添えて会釈した
伏せられた双眸が開かれると片目だけ瞳孔が青くなりその中に朱が滲む
「僕"たち"は──」
男の口角が薄気味悪くあがり歪な笑顔を作る
「「ライノー」」
雷杖を使う間もなく距離を詰められ─────
────
馬に揺られ鼻歌まじりに歩みを進める。ちょうど食事も済ませられたので気分もいい。
(プーカ!おい、俺の体であんなもん食うなよ)
「仕方ないよ、僕らを維持するためには必要なんだから」
(くそ… もういいだろ、いい加減身体返せ。出ていけ)
「道もまだ危ないし、町に着くまではこのままでいよう。久々の外の空気を楽しみたいしね」
大きく深呼吸をする。なんだかんだ言っても小瓶の中は窮屈だ
(ちゃんとあとで返せよ)
「もちろんだよ同志モルチェト、彼らのおかげで今は懐も温かい。いい宿に泊まってきみものんびりできるさ」
後に繋いだ馬には彼らから奪った物資や、"保存食"が積んである。これなら当分もつだろう
(やっぱり髪切るか。結ぶだけじゃごまかせねえ)
「それはお勧めしないよ。一度切ったら戻らないんだから」
(あーめんどくせえ。染粉でも買うか)
「10年くらいの辛抱だよ。その頃には人相書きも役に立たないさ、気長にいこう」
この身体はパック・プーカが維持する限り年も取らず劣化しないまま運用が可能だ。
不便なことも多いが先を見れば利便性は高い。
笑いながらライノーは行く
かつての戦いの地をめぐり、仲間達との軌跡をめぐり、己の救った世界を見る為に
──のちの歴史家たちの中で第四次魔王討伐において戦果を上げた勇者部隊の話題は尽きない
特に"最強の砲兵ライノー"
『魔王現象の裏切り者』で『破天荒』。
彼の人格やその行いについては『賛否両論』ある物の、
魔王討伐において活躍した英雄の一人であることは疑いようのない事実とされている。
「これを貰おうか」
昼下がり、書店のあくび混じりの店員に目的の本を差し出す。
歴史書の新刊だ。またどこかの歴史家が研究成果をしたためたらしい。
レジに提示された金額を払い店を出る。
(きみも好きだね)
「お前もだろ」
(まあね)
「中の挿絵とか笑えるぞ。もう誰が誰だかわかんねえ。この金髪が俺かな」
信号が変わるのを待ち道路を渡り、向かいのカフェに入る。陽当たりのいい席を取りコーヒーと軽食を注文した。
(僕も読みたいな)
「おう」
人目に付かぬよう小瓶の中身を煽ると片目だけぐるりとうずく。何度か瞬きをして焦点を合わせると買ったばかりの本を開いた。
店員が持ってきたコーヒーに口をつけながら文字を追う
遺跡や各地の記録を元に研究された数百年前の戦いが真面目腐って紡がれている。
(同志ベネティムの捏造記事が完全に正史扱いされているね)
身体の中でプーカが愉快そうに笑っている
「50年くらい前はまだ『※諸説あります』とか書かれてたのにな」
つられてニヤつきながらも文面を指でなぞる
"最強の砲兵" "英雄"
(英雄だって)
「そうだな」
コーヒーを飲み顔を上げる。
文明は発展し、道行く人々は魔王現象や異形達の脅威を感じる事もなく平和にせわしなく生きている。
かつての仲間達の子孫もこの世界のどこかにいるのだろう。
自分達が救った世界をこうやって見続けられるならこの身体も悪くない。
「おしゃべりな相棒もいるしな」
机の上に置いてある、今は空の小瓶を指先で軽く弾く
食事を済ませ、コーヒーを何度かお替りしつつ読書も終わる。店を出る頃には日も落ちていた。
もうすぐ夜だというのに街中は煌々と明るく人通りも絶えない。
(僕もお腹がすいてきたよ)
「うまくやれよ。この街は気に入ってるんだ、まだ離れたくない」
コートをはためかせ、小声で軽口をたたきながら
"破天荒な英雄 ライノー"は人ごみに紛れ姿を消した