親がやってる小さなカフェを、学校のない週末だけ手伝っている。
本当に手伝いで、運んだり、注文取ったり、最近レジ打ちも覚えた。軽いお小遣い稼ぎのアルバイト。
最近、たまに見かけるお兄さんがちょっと気になる感じ。
少し長めの金髪を一つに結んで、窓際の明るい席を取っていつも本を読んでいる。
コーヒーだけでなく、軽食を取ったり、長居してる時はデザートも追加してくれる、いいお客さんだ。
あまり、嬉しくない常連さんもいる。コーヒー1杯を延々とお代わりして、ずっと話しかけてくる。
その人のおしゃべりに捕まって困っていたら、お兄さんが追加の注文の為に声をかけてくれた。
数分前に提供したばかりの軽食は平らげられていて「デザートを」って。でも知ってるんだ、お兄さんはいつも本を読みながらゆっくり食べている。
私を助ける為に、急いで食べてくれたのかなって少しだけ自惚れてしまう。
「それ、面白いアクセサリーですね」
少しだけ勇気を出して話しかけてみた。
お兄さんの首元にはいつも小瓶がぶら下がっている。ネックレスチャームにしては少し大きくて、中に砂?粘土?のようなものが入っている。
「ああ、これ?見る?」
外して持たせてくれた。日にかざすと液体が僅かにドロリと偏る
「俺のお守り」
そう言って軽く片目を閉じる。かっこよくて思わずドキリとしてしまった。
また違う日。覚えたてのレジを打っていたら嬉しくない方の常連さんが話しかけてくる。間違えそうだから少しだけそっとしておいて欲しくて、生返事していたら怒り出した。
急に凄い早口で。でも声は不自然に小さくて何言ってるかわかんなくて……お店も忙しくてお父さんもお母さんも厨房にいて気づいてもらえない。
怖くて怖くて目の前がどんどん滲んでいった。
「お会計、お願いできるかな」
「あ"?……あ、はい」
割り込まれて常連さんが睨みつけながら後ろを向いたが、慌てて横によけた。
金髪のお兄さんは立つと背が高く、印象よりも体が大きい。今日は髪を下ろしていて、なんというか雰囲気が違う。
「僕は急いでいないから、落ち着いて、ゆっくりでいいよ」
いつもはちょい悪って感じだけど、今日は穏やかで優しい感じ。髪型が違うだけでこんなに変わるんだ。
怒っていたお客さんはぶつぶつ言いながらお店を出て行った。
「すみません、助かりました」
「ん?僕はお会計をお願いしただけだよ」
お兄さんは笑う。やっぱりかっこいい
「彼、よく見かけるけどお友達?」
「違います!お店にはよく来てくれるけど…それだけです。正直結構困ってて、でも逆恨みされるのも怖くて」
「そう…困っているんだね」
そのタイミングで新しいお客さんが入ってきたので慌てて話を切り上げる。
「今日もありがとう。ご馳走様」
お兄さんが出ていくとき、胸元の小瓶が揺れた。中身がなかったように見えたけど、見間違いかな
───
クソが。今日の事を思い出すと胃がムカムカする。
俺の行きつけの喫茶店にかわいい女の子がいる。いつもに俺に笑いかけてきて、俺の話を楽しそうに聞いている。
あれはきっと俺に気があるんだ。年は若いが、どうしてもというなら付き合ってやってもいい。
でも最近変な男が邪魔をしてくるようになった。彼女はいい子だから俺との会話を中断されても嫌な顔一つせずにそいつの相手をしている。
おかげで彼女との楽しい時間が散々だ。
今日は、彼女が覚えたてのレジだというからしっかりサポートしてやったのに、人の話をろくに聞いていなかった。
年長者に対して失礼だ。だから俺がちゃんと指導してやったのに、またあの男が割り込んできた。
どいつもこいつも、俺に対しての敬意が足りていない。あんな変な奴が出入りできないよう、一度店長と話すべきかもしれない。
待ち受けにしている彼女の写真を見る。やっぱりかわいい。今日は怒ってしまったから落ち込んでいるだろう。明日は優しく話しかけてあげよう。ぬいぐるみとか渡したら感激してくれるかも。
路地に入りアパートに近づくと人影に気づいた。
近づくと、驚いたことに例の変な男だ。なんでこんなところに
「やあ、おかえり。遅かったね」
街灯を背に近づいてくる。こいつ、こんなにデカかったか。それよりも、なんで
「僕は今の時代もとても気に入ってはいるんだけど、少し困ったこともあってね。平和になった分色々と不便も多い。以前しくじってしまって面倒な目に合ったんだよ。だから獲物はしっかり吟味するようにしている」
ぺらぺら喋りながら男は親しげに近づいてくる
「その点きみは理想的だ。ご両親は存命だけど不仲で疎遠なんだよね?その性格が災いして友人の類もいない。職場でもあまり個人的な交流はないようだ。いやあ、実に素晴らしい。完璧だよ」
にこにこと手を広げ感激するように男は続ける
「肉付きもいいね。おかげで長く楽しめそうだ。僕は見てくれや味はあまり気にしない性質なんだ、それよりも量があった方がありがたい」
あとずさりするが、足がもつれそうになる。
「何なんだお前、わけわかんねえ」
「あの店によく出入りしているのは少し気になっていた。あの子の友人だとしたら、可哀想だから諦めようとも思っていたんだけど、違うようだね。ちゃんと確認したんだよ」
大声を出すべきか。いや、でも
「僕の友人はそういうところを気にするからね。でも彼もきみについては排除した方がいいと判断した。利害も一致したし、本当にきみに出会えてよかった」
距離が近い。気味が悪い。
「くそ!なんだ、どけ──」
上ずった声を上げ押しのけようとしたら電柱に頭を叩きつけられた
ぐわん、と激痛に気が遠くなる
「しー、駄目だよこんな時間に大声出しちゃ。ご近所さんの迷惑だろう?」
頭を抑えうめいている俺の肩に手を回し立たされる。
「続きはきみの部屋で話そうか。ホテル暮らしも飽きて来たし当分ご厄介になるよ。よろしくね?」
薄れゆく意識の中で、そいつの片目が蠢いたのを見たような気がした
───
「あなた、私は先に休ませて頂くわ」
寝室に向かうフレンシィを見送りもう一杯酒を注いだ。
いい加減夜更かしが厳しくなってきたが、今日はもう少しだけ。
魔王現象との戦いが終わって25年経った。
先日、嫁いだ長女に子が産まれた。
抱き上げた小さな命。自分が孫を抱ける日が来るなんて夢にも思わなかった。
感触を思い出すために掲げた手を改めてみる。
皴が増え爪も厚くひび割れている。
ガラス窓に映る自分の姿を見る。
髪には白いものが目立ち、どう見てももう若くはない。
悪くない。
まだまだ引退する気は無いが、そろそろ長男と次男にマスティボルトとフォルバーツの領地をそれぞれ継がせる準備もしなくてはならない。
25年。
最初の10年はまだ緊張感があったがあれから一度も魔王現象の気配はない。合間合間に人間同士の争いはあったが、まぁそういう物だ。
人智を越えた存在と終わりのない戦いをしていたころに比べればなんて平和な事か。
良い夜だ。
瓶の酒が尽きてしまったが、なんとなく気分がいいのでこっそりもう一杯だけ楽しもう。
貯蔵庫にいって鼻歌混じりに書斎に戻ると、月明りを背に人影があった
「やあ、同志ザイロ」
記憶のままの姿から寸分たがわず、記憶通りの胡散臭く爽やかな笑顔が向けられる
「元気そうで何よりだ。いい夜だね」
「……さっきまではな」
それぞれのグラスに酒を注ぎ軽く掲げて乾杯する。
とっておきだったのに、まあ仕方がない。
「本当はもっと早く会いに来たかったんだけどね。僕の顔が忘れられるまで様子を見ていたんだ」
追跡はとっくに断念され、手配書も取り下げられた。
目撃情報もなくどこかで朽ち果てているだろうと、そう判断されている。
「お前は変わらないな」
「同志ザイロも」
「嫌味か」
「ん?ああ、いや違うよ。僕は元々人間の顔の造形はよく分からないんだ。確かにきみの肉体は経年による変化は起きているようだけど、きみの本質たる部分は変わっていないよ。相変わらずまぶしいほどの輝きだ」
相変わらず、何を言っているかわからない。
お互いぽつぽつと近況を話す、と言ってもこいつは俺の事は調べ上げていたようなので俺が話を聞くばかりだ。
25年、各地を見回り魔王現象の権限の気配がないか調べていたらしい。律儀な事だ。
「おそらく当分は発生する事はないと思う、少なくとも100年は」
残念だけどね、と小声でつぶやき酒を飲む。
こいつの生きがいを考えると、少しだけ憐れな気もしてくる。
「お前は…その、死なないのか?」
「この肉体は元々死んでいるからね。飽くまで僕の本体が動かしているだけだよ。僕自身は…再生が追い付かない程の強い攻撃を受ければ普通に滅びるよ。ただ、今のこの世にそれをやり遂げる程の存在がいるかはわからない」
持っていたグラスを掲げ、酒越しに俺に視線を向ける
「きみがやってくれるかい?それなら喜んで受け止めよう」
琥珀越しに青い瞳が揺らいでいる
「……嫌だよ、めんどくさい」
「そう言うと思った。さすが同志ザイロだ」
しかし自分が家族を持ち普通の生活を知ってしまった後だと、この先も一人で生き続けるこいつが何を思っているのか
「一人で100年か」
聞かせることもなくぽつりと声が漏れた
「ああ、そうだ。それで思い出した。きみに紹介したい人がいるんだよ。…ふふ、すまない忘れていた訳じゃない」
後半は俺につげられた訳ではなさそうだ。
「誰かいるのか?」
気配を探るがここには俺たちしかいない
「少し待ってね」
そういうとライノーの首がガクリと下がる。
しかし直ぐに首をあげ、軽く動かして音を鳴らす。
両手で顔を覆い、鬱陶しそうに垂れている前髪をかきあげ、今まで見た事の無い不安そうな瞳をこちらに向けた。
「あー…なんだ。変な言い方になるが…」
居心地悪そうに視線を揺らしながら
「その…初めまして。 ライノー・モルチェトだ」
おずおずと視線を向けられる
「なんというか……この身体の元の持ち主だ」
それまでのライノーとは打って変わった不安げな挙動と発言から、なんとなくその言葉は信じられた
「……初めまして。ザイロ…あー、フォルバーツだ」
手を差し出すと表情が和らぎ握り返される
「光栄だ。紛らわしいだろうから、俺の事はモルチェトと呼んでくれて構わない。」
モルチェトが言うには、肉体が死にパック・プーカに乗っ取られた後も意識だけはわずかに残っていたらしい。
戦いが終わり、ライノー脱獄騒動の際に意識と肉体の主導権を取り戻し
現在はパック・プーカと入れ替わりながら旅をしているそうだ。
「俺がこうして起きていられるのはあんたのおかげなんだ。ずっと礼が言いたかった」
そう笑うモルチェトの表情にはうさん臭さはなく、本当に俺の知る"ライノー"とは別人なんだと認識させられる。
「あとは、"ライノー・モルチェト"があんなのだと思われたままなのは嫌だったから」
「それはそうだろうな」
出会いの経緯も聞いた。本当に偶然だったらしい。
しかし結果だけ見れば俺たちの戦いに"砲兵ライノー"の存在は不可欠だった。
恐らくパック・プーカが出会ったのが別の人間だったらこう上手くは行かなかっただろう。
「……そうだな、そういう意味ではお前が俺たちの仲間でよかったよ」
そう告げるとモルチェトは顔を歪ませ変な表情をした。
「………俺を…俺も、仲間なのか…?」
「そうだろう。お前も、あいつも、勇者部隊の"ライノー"だ」
「……そうか…そう言ってもらえるのか…そうか…ははっ」
顔を覆ってひとしきり肩を震わせたあとモルチェトは顔を上げる。
「なあ、ザイロ。何か俺に、俺たちに出来る事はないか?あんたの力になりたい。なんでもいい、出来る限りのことをする」
表情は真剣そのものだ。俺の知るライノーでは見た事の無い顔
断ろうと思ったが、瞳の奥には縋りつくような物があった
「そう、そうだな…さっきライノーから聞いたが、お前たちは長生きするらしいな」
「その通りだ。どれだけもつかはわからないが、少なくとも人間の寿命のそれじゃない」
それなら
「俺の子供たち、孫もだな。もし可能ならその次も、俺の家族が平和に暮らしているか見守ってやって欲しい。どうやっても俺が先に死ぬからな」
抱いた孫のぬくもりを思い出す。
「世界を守れとは言わない。まあ、魔王現象が権限しないかは引き続き注意して欲しいが、その合間に、たまに少しでいいから様子を見てやって欲しいんだ、手は出さずに、見守るだけでいい」
目の前の青年に笑いかける
「ライノーの奴だけならこんなことは言わんが、お前が一緒なら大丈夫だろう。頼めるか?」
「ああ、もちろん、もちろんだ。この命が続く限り」
差し出された手を握り握手を交わす
「約束するよ、ザイロ・フォルバーツ。俺の魂にかけて」
───
道路を挟んだ向かいから、行きかう車越しにカフェを眺める。
【cafe MASTIBOLT】の看板の下で鉄色の髪と黄金の瞳を持つ若い女性店員が楽しそうに接客をしている。
「……思ったより長持ちしてるよな、この身体」
(僕の日々のメンテナンスの賜物だ)
「見守るだけ、とはいえ、これくらいの手助けはしないとな。念のためもう一度確認するが、あのストーカー男は違うんだよな?」
(もちろん。彼は他人だよ)
ザイロ・フォルバーツとの約束を果たすために世代交代後も"見守り"続けていたが途中で追跡に限界を迎える。
このままでは世界に散るザイロ・フォルバーツの血族全員を把握するのは困難と判断し対策を取った。
その時点の子孫たちにこっそりパック・プーカの一部を混ぜたのだ。ほんの一滴にも満たないわずかな量だが
「ザイロが知ったら凄く怒るぞ」
(でもあれが最善だったよ。正直同志ザイロの繁殖力を甘く見ていた)
「繁殖とか言うなよ。デリカシーのねえ奴だな」
プーカの弱体化と引き換えに、混入したそれはザイロの、今でいうところの遺伝子情報と混ざりあい子孫たちに引き継がれていく
もうかなり薄まってしまっているが、どんなにわずかな量でも、
プーカ曰く「すれ違いざまに少し香る」程度にはわかるらしい
今現在この世界にいる"ザイロ・フォルバーツ"の血族は、もう多すぎて数もわからないが
適当に旅をしながら、気がついたらなんとなく様子を見ている。
(きみも律儀だね。いい加減時効だろうに)
「そうなんだけど、約束したからなあ。お前が嫌ならやめてもいいぞ、体が朽ちればそれで終わりだ。もはやついでみたいなもんだしな」
(いや、僕も付き合うよ。なんだかんだこの世界が好きなんだ)
「ははは、俺もだ」
この旅がいつ終わるのかはわからない。
いつでもやめられるなら、その気になるまでは約束を守り続けよう。
視線に気づいたのか、少女がこちらに手を振るので手を上げて応える。
きっと文字通り世界が終わるまで俺たちは旅を続けるのだろう。
ザイロ・フォルバーツを見守りながら