何度もマリアンヌの支援会話聞いたのに愛馬の名前を間違えた(アホすぎる。)
誤字や指摘があれば助かります。
昼下がりの厩舎は、乾いた藁の匂いと、軍馬たちの穏やかな鼻鳴らしの音に満ちていた。
薄暗い馬房の奥、青みがかった静かな髪を揺らしながら、マリアンヌは愛馬のドルテの首筋を優しく撫でている。
「……ドルテ。今日も、良い子にしていましたね。
……ええ、ご飯はちゃんと食べましたか?
寒くはありませんか……?」
彼女の口から漏れるのは、他人に向けるような怯えではなく、愛馬の体調を心から気遣う、柔らかで穏やかな慈愛の響き。
ドルテもまた、マリアンヌの手に心地よさそうに目を細め、信頼を寄せるように低く鼻を鳴らしている。
彼女にとって、この場所だけが唯一、自らを縛る「呪い」の不安から解放される聖域なのだ。
俺はそんな二人の穏やかな時間を壊さないよう、わざと数歩手前から「失礼します」と少し大きめの声をかけてから、馬房の前に姿を現した。
「ひゃあ……っ!?」
他人の気配を察した瞬間、マリアンヌは敏感に肩を跳ね上がらせ、いつもの怯えの表情に戻って数歩後ずさりした。
「あ、あの……! す、すみません……私、また、長居を……。ごめんなさい、すぐに、立ち去りますから……」
彼女は何度もペコペコと頭を下げ、その場から逃げ出そうとする。
ここで普通に引き止めては、彼女の心の防壁(テリトリー)を侵してしまう。不安そうに小刻みに震えているのが見えた。
今のマリアンヌの周囲に漂う空気は、完全に「他人が自分に関わると不快な思いをさせる」という感情が読み取れる。
ならば、その前提を「俺の方が助けてほしい」という形にひっくり返せばいい。それも、彼女が最も大切にしている動物への愛情を肯定する形で。
「待ってください、マリアンヌさん! 立ち去るなんてとんでもない、むしろ……お願いです、俺を助けてくれませんか!?」
マイルズはあえて一歩引き、困り果てたような顔で、両手に持ったリンゴの袋を差し出した。
「え……? 私が、あなたを……ですか?」
マリアンヌは動きを止め、信じられないというように大きな瞳を瞬かせた。周囲の青い警戒色が、わずかに紫(困惑)へと変化する。
「そうなんです。じつは、厨房の料理長から『余ったリンゴを軍馬たちに分けてやってくれ』と頼まれたんですが……
俺、どうにも馬たちに舐められているみたいで。さっきも別の馬房で服の袖を噛まれそうになって、怖くてこれ以上近づけないんです」
マイルズは新調した円盾をわざとらしく盾にし、情けない顔をして見せた。
「大修道院の軍馬たちは皆、勇敢で体格が良いですから……。
マリアンヌさんのように、馬の気持ちが分かって、馬からも深く信頼されている人に手伝ってもらえないと、俺、今日の当番を終わらせることができなくて……。
お願いです、マリアンヌさんの手を貸してほしいんです」
「私、私の手が……人の役に……?」
マリアンヌは自分の細い両手を見つめ、それから後ろにいるドルテを見た。白馬のドルテは、マイルズの持っているリンゴの甘い香りに誘われ、マリアンヌの背中を優しく鼻先で押し、
「早くあの方の手伝いをしてあげて」と促すように低く鳴いた。
マリアンヌの表情に、ほんの少しだけ、いつもの怯えではない、戸惑い混じりの穏やかさが兆した。
「……分かりました。私のような者で、本当に、お役に立てるか分かりませんが……その、食べさせることくらいなら……」
「ありがとうございます! 助かります!」
マイルズは一歩下がり、彼女が作業しやすいようにスペースを空けた。
マリアンヌは緊張した面持ちで、マイルズの袋からリンゴを一つ受け取ると、それを両手で大事そうにドルテの口元へと差し出した。
サクッ、サクッ……と、小気味よい音が厩舎に響く。
「ふふ……美味しいですか、ドルテ。良かった……」
マリアンヌの口元に、本当に微かな、けれど確かに美しい笑みが浮かんだ。
俺はその様子を、あえて過剰に褒め称えたりせず、
「さすがマリアンヌさんですね。俺がやる時とは馬の目の輝きが全然違います」と、事実だけを静かに称賛した。
彼女のようなタイプには、大げさな言葉よりも、静かで確実な「肯定」が一番効くことを、俺の脳内システムが教えてくれていた。(人心掌握S)(心理学S)
いくつかの馬房を一緒に回り、リンゴを配り終える頃には、マリアンヌの俺に対する態度から、最初の「今すぐ逃げ出したい」という刺々しい怯えは完全に消え去っていた。
「……マイルズさん」
帰り際、マリアンヌは衣服の裾をきゅっと握りし面、俯きがちに声をかけてきた。
「今日は……その、ありがとうございました。私、いつも皆さんにご迷惑ばかりおかけして、神様からも見放されているような人間なのに……。あなたと一緒にいると、その……少しだけ、ここにいても良いような気持ちに、なります……」
「マリアンヌさん……」
まだ、自分から積極的に誰かの輪に入るような強さは、彼女にはない。けれど、俺という
「時々助けを求めてくるクラスメイト」に対してだけは、他の誰よりも一歩、心の歩幅を近くしてくれた。そんな確かな手応えがあった。
「俺の方こそ、マリアンヌさんのおかげで命が救わました。また馬たちに舐められて困った時は、すぐに呼びに行かせてくださいね」
「はい……。私で良ければ……いつでも」
マリアンヌは小さく、けれどしっかりと頷くと、どこか足取りも軽く教室の方へと戻っていった。
充実感と共に、彼女の後姿を静かに見送るのだった。