咲夜がいなくなってから十年の歳月が経った独りぼっちの吸血鬼のおはなし。

思いついたから書いてみました。
多分人によっては苦手な内容であると思います。
ただ、筆者はHAPPY END至上主義です。
その人たちが幸せならそれでいいんだと思います。

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我が主に捧ぐ追復曲

 それは今よりも未来のお話、けれど決して遠くはない未来のお話。

 

 

 

 紅魔館のテラスにはその館の主であるレミリアとその従者の姿があった。

 もちろん時間帯は夜である。

 特に理由もない、ただ月を見ながら紅茶が飲みたくなっただけだ。

 今も眼前に浮かぶ自らの不死の象徴たる月を眺めながら紅茶を一口啜る。

 こうしてみると外で紅茶を飲むのも久々だな、と少し懐かしい気分になる。

 久々と言ってもほんの十年ぶりであり、彼女からしたらまばたきする程度の時間だ。

 ほんの少しの空虚な時間、きっと誰もが一度は味わったことがある、もしくは味わうことになるであろう時間。

 中身のなくなったティーカップをテーブルに置くとそばに控えていたメイドが静かに新たな紅茶を注いだ。

「ありがとう、メイド長」

 そう声をかけるとメイド長と呼ばれた彼女はにこやかにお辞儀をした。

 彼女ももうすっかり馴れたのか最初の頃のような些細なミスも目立たなくなった。

 数年間も主の横で仕事をして成長しない方が問題であるが。

 それからしばらく静かな時間がゆっくりと流れた。

 どちらも特別声をかけることもなく、理想的な主従の関係。

 やがて東の空がうっすらと白み始める頃になると、レミリアはポケットから銀の懐中時計を取り出した。

 もともとは狂ってしまっていた物であるが、今は正常に機能している。

 その懐中時計で時間を確かめると、それを再び大事そうにポケットにしまい直しレミリアは席を立った。

「もうそろそろ日の出ね、片付けは任せたわ」

「はい、かしこまりましたお嬢様」

 レミリアはそう言い残し、メイドに見送られ自室へと戻った。

 

 

 

 ぼふっとベッドに倒れ込む。

 わずかな埃も舞わないほどしっかりと掃除されている、以前と遜色ないベッドだ。

 ポケットに入っている懐中時計をその手に持ったままベッドの上に仰向けになる。

 見えてくる景色は時間を感じさせず、ふと昔に戻ったように感じさせる。

 やがて日が昇っていくのと比例するようにレミリアの意識は眠りへと沈んでいった。

 

 

 

 誰かに呼ばれているような気がして、レミリアは目を覚ました。

「・・・・・・さま、お嬢様」

 その声がなんだかとても懐かしいような気がして、レミリアは目を開きその声の主を探った。

 自分のベッドの横に懐かしい人間が立っていた。

 銀髪を左右で三つ編みにしたお下げと蒼い瞳、見間違えるはずもない、十六夜咲夜だ。

 ただ、あまりに唐突な再会でしばらく思考が停止してしまっていた。

 なぜなら彼女は今からもう十年も前にいなくなった人間だ、ここにいるはずが、ないのだ。

「そろそろ日暮れになりますが、いかがいたしますか?」

 あぁそうか、夢か。

 もういない人間がいるということは、それはつまり夢ということの他なかった。

「ええ・・・・・・今起きるわ」

 のそのそとベッドの上で起き上がる。

 夢だというのにやたらと体が重い、いや、重いのは気持ちだろうか。

 もう大分気持ちの整理もついたと思ったのにまさかまだ咲夜の夢を見るとは思わなかったのだ。

「どうかしましたか?」

 そんな沈んだ気分を見抜いたのか咲夜は声をかけてきた。

 あぁ、本当に細部まで気の利く子だ。

「なんでもないわ、咲夜」

 そう言ってもう一度咲夜の顔を見る。

 初めて出会った頃からほとんど変わらないその外見。

 それはあのゆっくりとした別れが近づいてきていたあの時もほとんど変わることはなかった。

 だから、自分の長大な寿命も相まって、あの時はまったく覚悟できていなかった。

「?そうですか」

 釈然としていないようだが、深くは追求しない。

 ベッドから起き出して服を着替える。

「そうね・・・・・・今日はテラスに出ましょう」

 唐突にそう呟く、確かあの日もそうだったはずだ。

「かしこまりました、それでは準備しておきますね」

 そう言って咲夜は部屋を出る。

 きっと今も時間を止めて準備を進めているのだろう。

 その身を蝕むのも構わずに。

 

 

 

 一体いつまでこの夢は続くのだろう。

 今は寝る前のようにテラスで咲夜の出す紅茶を待っていた。

「お待たせいたしました」

 そう言って咲夜が紅茶を注ぐ。

 カップを手に取り匂いを嗅ぐと、なんだか違和感を感じる。

「・・・・・・咲夜、今夜は何を淹れたのかしら?」

「あら、気付きましたか、今夜は福寿茶ですわ」

 そう言ってお茶目に舌を出す。

 本当にいつまでも変わらない子だ。

 そして、やはりあの日と同じだ。

 いや、レミリアが自ら望んでこの場を選んだのだから、あの日を再現している夢、と言えようか。

「この福寿茶はあなたにあげるわ、もう少し自愛しなさい」

 そう言うと咲夜は少し驚いたような表情になり、微笑んだ。

「ありがとうございます、お嬢様」

 もし本当にあの日の夢だったならば、今日中に咲夜は倒れるだろう。

 もう一度、あの惨めな気分を味わうことになるのだろうか。

 そう思うとまた少し憂鬱な気分になる。

 

 

 

 適当に紅魔館の中を散策している。特に目的はない。

 いや、強いて挙げればどこかで仕事をしているであろう咲夜の姿を探していた。

 呼べば現れるだろうが、別段そこまで切羽詰まったわけではない、というか特に理由がない。

 ただ側にいたいだけだなんてたとえ夢でも恥ずかしさと威厳が邪魔をして言えないのだ。

 そう言えばこの頃からやけに咲夜の姿を見かけなくなっていたと寂しさを覚えていた事を思い出していた。

 そこらへんにいた妖精メイド達の話しによるとよく厨房にいたらしい。

 厨房でいったい何をしていたのか気になりレミリアは厨房に向かうことにした。

 

 

 

 厨房の扉を少しだけ開き、中を伺う。

 どうやら咲夜はよほど集中しているのかこちらに気づく様子もなく背を向けたまま作業をしていた。

 作業台の上には大量のティーカップが置かれていて、どれからも温かな湯気が立っていた。

 咲夜は腰から下げている懐中時計を手に取り、その文字盤と針を見る。

 その時計は狂っており、正しい時間を指すことはなく、それどころか針は逆に回る謎の一品だ。

 現在はほとんど十二時を指していた、細かく言うなら十二時五分頃。

 咲夜はそれを確認すると少しだけ寂しそうな笑顔になり、再び時計をもとに戻した。

 気付くとその頃には作業台の上のカップは無くなっていた。

 どうやらすべてどこかしらに片付けたようだ。

 ─でも、あれだけの紅茶をいったいどうするのかしら?

 作業を終えた咲夜がこちらへ歩いて来る。

 何故か慌てて扉の影に隠れやり過ごしてしまう。

 咲夜が立ち去った後の厨房に立ち入ると、やはりそこにはなにも残されていなかった。

 結局何をしていたのかは後で咲夜に聞いてみようと思いながら厨房を後にした。

 

 

 

 だんだんと時間が過ぎていく、というか夢の中だというのにほぼ一日過ごしてしまった。

 もしかすると夢で寝れば現実で目が覚めるとかそういう類の夢だろうか。

 だが、寝てしまうわけにはいかない。

 私は咲夜の最期を見届けることができなかった。

 それは、咲夜は私が眠ってから倒れ、そして二度とその目を開かなかったからだ。

 私はパチュリーに起こされ、何事かと伺い、咲夜の死を知ったのだ。

 パチュリーはそっと目を閉じ。

 美鈴は静かに涙を流し。

 フランは激しく慟哭し。

 私は呆然としたまま、咲夜を送り出した。

 当然しばらくは実感がなかった。

 ふとした時に咲夜を呼んだ。

 昼間に出かけようとして、うっかり一人で日向へ出た。

 咲夜がいなくなった紅魔館は一時騒然とし、その機能を半ば停止させていたが、すぐにパチュリー、美鈴主導の元妖精メイドたちを再び統率し、慌ただしさは残るもののほぼ元通りとなった。

 だが、私はそう簡単に心の整理をつけることができなかった。

 数年間はろくな食事も取らずに部屋に引きこもった。

 私より早く立ち直ったフランに出てくるように説得されなければ、その期間はさらに伸びていただろう。

 そして、ようやく咲夜の私室を整理したのが一年ほど前。

 持ち主がいなくなってもきっちりと掃除されていたその部屋で、わずかばかりの別れの手紙とこの懐中時計を見つけたのだ。

 そこに至って、私はようやく涙を流した。

 心のように冷え切った涙で頬を濡らした。

 今まで貯めていたものを全て吐き出すかのように。

 従者の部屋で、たったひとりの従者のために、吸血鬼の王が泣いた。

 わんわんとまるで子供のように、ただ涙を流し、行かないでくれと啼いた。

 一晩中その場で泣き、日が昇ろうかという頃、私はようやく立ち上がった。

 自分の心に整理をつけて、前に進むことを決意した。

 だが、後悔し、やり残していることがひとつだけあった。

 私はまだ、咲夜に別れを告げていない。

 夢とは言え咲夜に会えたのだから、ありったけのお礼と、そして最後の別れを告げたい。

 だから私は、咲夜の部屋を訪れることにした。

 

 

 

「咲夜、入るわよ」

 できる限り平静を装うように努め、扉越しに声をかける。

「お嬢様?どうぞお入りください」

 中から咲夜の声が帰ってくる。

 まだ、生きている。

 夢だというのに、それがひどく嬉しく、そして怖い。

 扉を開け、部屋に入る。

「咲夜・・・・・・?」

 すると、咲夜がこちらをむいて立っていた、いや、待っていた。

「ちゃんと、来てくださいましたね」

 そう言って儚く微笑む。

「お嬢様、これは夢ではありません、ただ、現実とも少々異なります」

「あなた、何を言って・・・・・・」

「私が最後に能力を使って作った、精神だけの空間、と言えばいいでしょうか」

「細かいことはどうでもいいの、私にとって重要なのは咲夜、あなたは間違いなく、あなたなのね?」

「はい、私です」

 その言葉を聞いて涙がこみ上げてきた。

 これが夢ではなく、そして、咲夜と再開することができた喜びで。

「咲夜・・・・・・どうして、一言も言ってくれなかったの?」

「・・・・・・」

「当然、あなたは自分の限界が近いことを悟っていたはずなのに」

「・・・・・・」

「とても、とても悲しかったのよ?」

「・・・・・・」

「私は、たったの一言だけでもあなたに別れを告げたかった」

「お嬢様、私は・・・・・・」

 咲夜が再び微笑む。

 

「お嬢様にそう思っていただけて、とても光栄です」

 

「でも、ごめんなさいお嬢様、ただあまりにも時間がなかったから、こうすることしかできなかったんです」

「ええ、咲夜、だから会いに来たわ」

「はい」

「咲夜、いつも美味しい紅茶をありがとう」

「はい」

「何があっても私のそばにいてくれてありがとう」

「はい」

「私の従者であってくれてありがとう」

「はい」

「私の友であってくれてありがとう」

「はい」

「私と、出会ってくれてありがとう」

「はい、私の方こそ、ありがとうございました」

「・・・・・・最後に、今までお疲れ様」

「・・・・・・はい」

 唐突に咲夜の姿が淡くなり、末端から粒子となり消えていく。

「そろそろ、お時間みたいです」

「待って咲夜!まだあなたと話したいことがたくさんあるの!」

 だが、無情にもその存在がだんだんと希薄になっていく。

「フランがね、最近少しずつ外に出るようになってきたのよ、友達が欲しいって、きっとあなたのおかげよ」

 視界がぼやけてくる。

「美鈴もね、最近は寝ないでしっかり仕事してるのよ、あなたがいなくなった今自分が紅魔館を守るんだって」

 ちくしょう、最後に咲夜に見せる顔を泣き顔なんかにするものか。

「パチュリーは・・・・・・あまり変わりないわね、でも、最近は色々な霊薬の研究をしてるみたいよ」

「お嬢様・・・・・・」

 咲夜が消えかかった腕で私を抱きしめる。

「お嬢様、ありがとうございます、私のために泣いてくださって」

 耳元で咲夜が優しい声で囁く。

「バカを言うな、私は泣いてなんかいない」

 もう二度と、この声を聞けるときは来ない。

「お嬢様、見栄を張っても無駄ですよ」

 だが、それでいいのだ。

「見栄なんて張っていない」

 私の頬が濡れる。

「お前こそどうした、泣くなんて瀟洒じゃないぞ」

 とても、温かい水が流れ落ちていく。

「泣いてなんかいませんわ」

 震える声が聞こえる。

「そうか・・・・・・」

「そうですわ・・・・・・」

 少しして背中に回された手が解かれ、距離が開く。

「お嬢様」

「なんだ?」

「あちらで目が覚めたら、私の部屋に来てください」

「咲夜の部屋に?」

「はい、お嬢様へのプレゼントがありますから」

「プレゼント?」

「何かは帰ってからのお楽しみです」

 そう言って咲夜はお茶目に笑う。

「そうか、楽しみだ」

 さらに姿が希薄になる。

「咲夜」

「はい」

「あなたのことを愛してたわ」

 そう言うと咲夜は目を見開き、驚いた表情になると、もう一度微笑んだ。

 ─お嬢様、私も・・・・・・・・・・・・

 咲夜の姿とともに、私の意識はくだけ、白い闇に包まれた・・・・・・

 

 

 

 目が覚めると、まだ日が出ているのかカーテンのかかった窓が明るい。

 少しだるい体をどうにか起こし、ベッドから降りる。

 素足のまま紅魔館の中をペタペタと進み、咲夜の部屋を目指す。

 夢と同じ場所、あの時と変わらない光景の扉。

「咲夜、入るわよ」

 小さく声をかけるが、当然声は返ってこない。

 少し嘆息し、扉を開く。

 すると、ふわっと甘い香りが漂う。

 どういうことかと部屋の中を探すと、テーブルの上に紅茶が注がれたティーカップが置かれていた。

「あの紅茶はそういうことだったのね・・・・・・」

 紅茶を手に取るとまるで淹れたてであるかのように温かく、いい香りがした。

 一口啜ると、とても懐かしい味がした、夢でも飲んだはずなのに、それも遠い過去のように感じる。

「でも、あなたらしくないわね」

 さらにもう一口飲んで微笑む。

「塩と砂糖を間違えるなんて、メイド失格よ」

 頬を濡らす温かさは、咲夜が与えてくれた心だった。

 

 

 

 

 それから私の生活にひとつの行動が習慣付けられた。

 毎日ティータイムになると咲夜の部屋を訪れるのだ。

 その時は従者を連れずに一人で。

 そして、一人で窓の外を眺めながら紅茶を一杯飲む。

 毎日それを繰り返す、まるで追復曲(カノン)のように。

「今夜もいい月よ、咲夜」




最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回のお話いかがだってでしょうか?
割と好き嫌い分かれる内容だったと思います。
幻想郷の住人は全員が乙女で少女、でも避けられない未来。
本来あまりこういう話は書くべきではないとは思ったのですが、作者は好きなので書いてしまいました。
みなさま、どうか今年もよいお年を。

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