"本物の魔王"が訪れなかったもしもの世界。
空の湖面のマキューレは折り紙を見つけた。

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第1話

"教団"と折り紙

とある昼下がり。

そこはアリモ列村という地にある"教団"の救貧院である。

 

「おやまあ、マキューレ先生じゃありませんか。お久しぶりですね」

「ああ。前に来てから四年程か。やはりここは変わらないな」

 

辺境と言う程ではないが、辺鄙な村の救貧院だ。

しかし、昔と変わらず子供たちの活気に満ちている。

 

「今回はひとつ、面白いものを持ってきた」

「そうなんですか。ふふ、私にも分かるか不安ですね」

 

マキューレは子供たち相手にも高等な話を上げる度にからかわれるのが常だった。

今は中央王国の官僚にもなったノーフェルトにも、昔『学者の方が向いてんじゃねえの』と言われたことがあった。

 

「いや、本部の書庫から見つけた"彼方"の遊戯だ。子供たちに良いだろう」

「新しい遊びですか。確かにそれはいいかもしれませんね」

 

聞き耳を立てていた子供たちが『新しい遊び』という言葉に反応してパタパタと駆け寄ってきた。

 

「みせて!なになに?」

「マキューレ先生、なに持ってきたの?楽しいやつ?」

「でも先生が持ってきたんだろ?まだるっこしくてわかんねーかも」

「遊びとか言って、勉強かもしれないよね」

 

口々に子供たちが言うのにマキューレは僅かに口角を上げた。

彼としては精一杯の微笑みであるが、正しくそれを知るのは知り合ってから数十の年が過ぎているクノーディくらいのものだった。

 

「ほらほら、あまりせっつくものではありませんよ。マキューレ先生、遊びはなんというものですか?」

「『折紙』という。正方形の紙を折り、畳むことで何がしかの造形を作るという内容だ。中には同一部品を用意し組合せ一つを作るようなものも存在する」

「おりがみ?」

「せいほー?」

「内容がどうこうより前に説明がまだるっこしいんじゃん」

 

……平易な説明が不得手のマキューレである。

子供たちからは理解し辛いと反応が返った。

 

「四角い紙を折って工作する、ってことでいいかい?」

「クゼか」

「や、先生。まだまだ元気だね」

 

奥から出てきたクゼが輪に入る。

この救貧院で育った一人であり、今ではクノーディを支えていた。

クゼの補足で子供たちが早くさせてほしいとマキューレにせがんだ。

マキューレが荷の中から幾つかの紙束を取り出す。

 

「これは写本だ。その用途からして原本を持ち出すわけにはいかない。代わりに、これであれば多少扱いが手荒でも問題ない」

「マキューレ先生が写本なさったんですか……?」

 

"教団"に四人しかいない大神官だ。

相応に忙しい身であるはずであって、クノーディはひどく恐縮した。

 

「息抜きのようなものだ。大半が図、補助的に書かれていた説明文も難解なものではない。珍しい"日本語"だったが苦労という程のものでもなかった」

「そうであればいいのですが……」

 

平和な時代だ。そのようなことにも時間を割くことができる程の余裕があった。

尤も、マキューレでなければ忙殺されるような量の仕事であるのには変わりないだろう。

あるいは、そのような高水準の人物のみが大神官に足るということでもあったかもしれない。

 

「それより、紙の用意を頼む。廃棄前のものや書き込みがあっても構わない。皺の少ないものが望ましいが、そうでなくとも問題はない」

「紙ですね、いま持ってきます。クゼ、手伝ってくれませんか」

 

クノーディとクゼが奥へ向かっていった。

間もなくして、二人が紙を持って──クゼが全て危なげなく抱え、クノーディが困ったように笑いながら──戻ってくる。

 

「よい、しょっと。こんなもんでいいかい?」

「ああ。十分だ、助かる」

「はやくやりたい!」

「でもまちくたびれた」

「クゼはくたびれたおじさん!」

「ちょっと!何言ってるの!クゼ先生ありがとう」

「おいおい。まあ、本当のことだけどさ」

 

騒がしく言い合いつつも、普段は教団文字を教える大机に移動していく。

余談だがクゼは普段からそう自称していたためある意味妥当な接され方と言えた。

 

「一度に一つの折り図を見る人数にも限りがある。四つほどある内からそれぞれ作りたいものを見なさい」

「なにがあるんですか?」

「おりず?」

 

マキューレが一束ずつ間隔を空けて置きながら言う。

 

「『蛙』、『くす玉』、『鶴』、『船』がある。簡単なものから並べた。好きなものを選ぶといい。折り図とは、折り方を示す図が中心であるためそう呼ぶ」

 

子供たちを見回して続ける。

 

「幼少の者は前二者が良いだろう。『くす玉』は『ユニット折紙』と言い同じものを十以上、間は刻むが最大六十必要になる。年長の……レーシャ、見てあげるといい。クゼでもいいが」

「任せてください!ね、クゼ先生も一緒にしましょう」

「レーシャが見てくれるならおじさんはいらないんじゃ…不器用だしさ……」

 

クゼが顔だけ渋々といった様子でレーシャに連れていかれた。

マキューレが手早く紙を正方形に切りそろえていく。それをクノーディが配る。

 

「君も興味は無いか?何か気になるものがあるなら遠慮は不要だ」

「えっと、それではあの『鶴』、というものを…」

 

それから暫くの間、賑やかながら穏やかな時間が過ぎていった。

 

「えっ、このかえる、おったらあそべるの!?」

「ぴょんぴょんはねるんだって!」

「ここ、なんてかいてあるの?」

「だ、だんお…せんせい!これどういうこと?」

 

「かんたん!」

「でも、たしかに何十こも折るのは大変かも…」

「ありゃ、左右が違うとダメなのか」

「ぎゃくに作るほうがむずかしいとおもう」

「すき間ってどこ…?」

 

「この『開いてつぶす』ってどういうこと?」

「あ、上と下まちがえちゃってた」

「できた…!」

「でもこれツルっていうか、鳥だよね」

 

「ええっと…?これをひっくり返して…あっ、破れちゃった」

「ここ、なんて書いてあるかわかんない」

「う〜ん、汚くなっちゃった」

「きちっと合わせて折れば──」

 

運ばれてきていた紙を全て切り終わったマキューレは子供たちの横で四種とはまた別のものを折っていた。

精密機械にも似た正確さで基準を合わせ、紙の厚さを考慮し随所に隙間を設け手際良く折り上げていた。

折り図の参照も無く淡々と進めていく姿に、クノーディはおそらくマキューレも折り紙を気に入っているのだろうと想像した。

実際、単に彼の記憶力の証左である可能性もあったが、逆に些かも気に入っていないならばこの辺鄙な土地へ態々持ち寄ることも無かっただろう。

 

「これ!先生、これって(ドラゴン)!?」

「そうだ。『鶴』と途中までは同じ折り方をする」

「ちょうちょだ!」

「手間は少ないが、随所に小さな技術が要求される」

「きれいな…葉っぱ?」

「『紅葉』というそうだ。慣れない内はバランスが崩れやすい」

 

時折投げかけられる質問に答えつつ折り続けるマキューレの下に、レーシャたちがやって来た。

 

「マキューレ先生!30枚組、みんなで頑張ったのよ!」

「いやあ、大変だった。皆ホントに立派だよ」

「良く出来ている。そのままでも勿論構わないが、衝撃で容易く崩れてしまう。それを避ける為に糊で結合部を留めるという方法もある」

「はい!」

「それって一度全部バラさないといけないんじゃあ……」

 

クゼが少し尻込みする様子を見せたが、周りの子供たちの様子からしておそらく付き合わされることになるのだろう。

マキューレが僅かに苦笑いして続ける。

 

「指先の知育や空間把握能力の成長にも繋がる。自ら新しい作品を考案しようとすれば、当然創造性も培われるはずだ」

「?」

「折り紙にはたくさん良いことがあって、自分なりに新しいものを作ってみても良い、ということですよ」

 

クノーディが近づいてきて噛み砕いて説明する。

レーシャがコクコクと頷いた。

 

「ところで、『折り紙』を持ってきてくださったのはここが最初なんですか?同じ国の中ではあっても、王都から近い訳ではないでしょう」

「試験的な投入では規模が大きすぎるのは短所だ。ここが丁度良い規模だと判断した」

 

クノーディは本人の謙虚さを以てこの小さな救貧院に居続けているが、文通を交わす親交の広さを人一倍持っていた。

今までその『折り紙』という存在を露ほども聞いた事のなかったクノーディが問い、マキューレが答える。

見た所子供たちには好評なため、結果は上々であるといえた。

 

「もう夕方だからさ、夕ご飯を振る舞わせてくれ。まだ、クノーディ先生どころかロゼルハ先生にも及ばないと思うけどね」

 

クゼの言葉に、マキューレが頷く。

穏やかな表情で子供たちを見遣るクゼの瞳にだけは、その中で無表情ながらくす玉を見つめる白い天使が映っていた。




折り紙 が趣味なので"教団"との二次創作を書いてみました。
本物の魔王が来ていなかったらこんなエピソードもあるのかな、と。
クゼはあの時代でなければ"通り禍"とは名乗ることにはなりそうにないと思ったので敢えて2つ目の名は誰のも出していません。
蛇足:
偶然クゼが来た時に出会って無理矢理ついて来たレーシャはいると思います

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