連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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 初のオリジナル作品の投稿です。
 おつきあいいただけたら幸いです。



序章 不意の来訪者
001 第1話 凱旋行進の気分


 

 連邦監査府の朝は慌ただしく始まるが、それぞれが自分の仕事に取り掛かれば静かになる。

 その日もそうなるはずだった。

 

「大変です!」

 

 だが違った。

 

「どうしたの?」

「陛下がっ」

「陛下?」

 

 そんなやりとりが彼女の尖った耳に飛び込んだ。

 思わず青みがかったグレーの瞳を書類から離す。

 

(“陛下”じゃと?)

 

 後ろで丸くまとまっている銀色の髪が、すくっと持ち上がった。

 彼女が立ち上がったのである。

 

(まさか……何かやらかしたのではないか?)

 

 銀髪の女は「陛下」と呼ばれる人物をよく知っていた。

 ついたての向こうに並ぶ机の一つに、小柄でがっしりした男が立っており、机に座る小さな女に話しかけていた。

 男ドワーフと女パントである。

 

 銀髪の女は尖った耳を澄ませるが、部屋のざわめきが邪魔をしていた。

 

(話が聞こえぬ)

 

「カミラ! そやつをこちらへ!」

 

 声を張ると、女パントは即座に頷いて席を立ち、男ドワーフの腕を引っ張るようにして、ついたての隙間から入ってきた。

 礼もせずに入ったカミラの後ろで、男ドワーフが姿勢を正した。

 

「失礼します」

 

 黒い髪と黒い髭が褐色の肌に張り付いている。

 

「母上がどうしたというのじゃ?」

 

 銀髪の女の問いに、男ドワーフは一呼吸置いてから話し始めた。

 

「実は西園都(にしえんと)駅から……」

 

 言葉を聞き終える前に席を離れようとした銀髪の女の前に、女パントが目の前に立ちふさがるように進み出てきた。

 

「お迎えなら、わたしが手配するわよ」

「いや、自分でやる。グリオナよ、付いて参れ」

 

 背後の壁に立っていた護衛に声を掛けると、銀髪の女はスタスタと広い部屋を横切り、扉から飛び出していった。

 

 話は少し前にさかのぼる。

 銀髪の女が部屋を飛び出す、ほんの数十分前のことである。

 

 通勤の混雑が終わったばかりの西園都駅では、ちょっとした騒ぎが始まっていた。

 普段は園都(えんと)に姿を見せることのない人物が、お付きの者を多数従え、駅に降り立ったためだ。

 

 水色の瞳と尖った耳。

 丁寧に結い上げられた銀髪には赤い髪飾りが咲き誇り、赤紫色の外套の足元からは、貴婦人用の豪華な長靴が見えている。

 

「陛下、よろしいのですか?」

 

 そう尋ねたのは、同じく銀髪の女であるが、服装から従者であることがわかる。

 

「かまわぬ。たまには娘夫婦を驚かせてやりたいのよ」

 

 陛下と呼ばれた貴婦人がいたずらっぽい目を細める。

 

「ですがすでに騒ぎになっております。殿下に何と言われるか」

 

 駅の乗降台には、すでに多数の野次馬が集まり、人だかりとなっている。

 

「陛下だ」

「皇帝よ」

「写真のままだ」

「女帝だぞ」

「本物は初めて見たわ」

「美人だな」

「写真よりキレイね」

 

 口々に話す声が聞こえる。

 貴婦人は満足げに含み笑う。

 

「ふふふ。朕もまだまだ忘れられておらぬようではないか」

「叱られても知りませんよ。わたくしは営業輪車(りんしゃ)を手配して参ります」

 

 従者がスタスタと歩いて行った。

 

 やがて駅前の大きな円路の一画に、数台の輪車がやってきた。

 先ほど戻ってきた従者が口を開いた。

 

「駅の窓口が手配してくれました」

 

 そのうち1台は屋根開放式の輪車であり、運転席の後ろに二列の長いすが並んでいる。

 踏輪士(とうりんし)を兼ねた運転士が運転席からいそいそと降りてきた。

 青白い肌をした巨体を紺色の制服で包んだ女性踏輪士。

 女ノーク。長身族である。

 その大きな体から繰り出される力は、他の種族を圧倒する。

 大型の輪車をも動かすことができる。

 

「か、カイエナ様をお乗せできますことは、オラ……いえ……わたすにとりまして、大変こ、光栄であるです。わたすは西園都営業輪車のズーラ・ダンリと申すです」

 

 緊張の面持ちのまま、大きな手で二列目の扉を開けてくれた。

 

「うむ。世話になるぞ」

 

 カイエナは中に入り、悠然と座る。

 

「朕の名を知っておるか」

「も、もちろんですだ」

「ほう。では申して見よ」

 

「か、カイエナ・エンターロン・オーレンナ様です」

「惜しいのう」

 

 微妙な間違いを少し残念に思っていると、従者が乗り込んできた。

 

「カイエナ・エンターロン・オーレンヴァ・エン・タカースギア様です。陛下、わたくしは前の席でよろしいですか?」

「いや、隣に控えておれ」

「かしこまりました」

 

 従者が告げたのは、トルキナ連邦の前身、旧トルキナ帝国の元皇帝の一人の名前であった。

 

 配下の者もゾロゾロと前後の輪車に乗り込みはじめた。

 全部で七台であった。

 

「前の車についていけばよろしいでありますですか?」

「そうです。行き先はエンドレナ宮殿のはずです」

 

 従者は棒のように背筋を伸ばして座ったまま、答えた。

 

「内宮殿でありますですか?」

「いえ、おそらくは外宮殿に寄るはずです」

「外宮殿というのは……」

「行けば分かります」

「分かったです」

 

 車列は順に円路を進み、大きな道路に出たが、なぜか道路はすいている。

 カイエナは両脇の建物を眺めた。

 

「この辺りもすっかり変わったのう」

「そうですね。ですが当時の建物も見受けられます。あれはモルドー候のお屋敷ではありませんか?」

 

 従者が手で示した先には、懐かしい館が見える。

 格子状の塀に囲まれた立派な建物だ。ただ装飾はかつての壮麗がだいぶん衰えていた。

 

「モルドー候の屋敷か。今はどうなっておる?」

 

 カイエナが問うと、従者が運転士に向かって小さく声を張り上げた。

 

「ズーラさんでしたね。あそこに見えるドワーフの貴族邸は、今はどなたのお屋敷かご存じですか?」

「え? あ、ああ、あれは…西園都ドワーフ小中学校です」

「ドワーフ連の学校になっておるのであるか」

「はい。先生を何度もお乗せしたことがありますです」

「モルドー候はドワーフでしたからね。あの頃は“他種族配慮義務”もありませんでしたので、お屋敷はドワーフ用に作られています。学校にするのが一番なのでしょう」

「確かに学校であれば、種族別とするのは当然であるからな」

 

 カイエナは大きく頷いた。

 ドワーフ族とニンゲン族とでは、寿命も違えば、成人年齢も違う。同じ教育課程で学ぶことはできない。

 必然的に学校も分けられている。

 

「それにしても……なんだか凱旋行進の気分であるな」

「拝殿通りに入ったためでしょう」

 

 拝殿通りは、左右合わせて十車線の大通りである。

 正面にはかつて暮らした宮殿があり、その遙か遠方にはさらに昔に暮らしていたエンドレナの塔がそびえ立っている。

 両端の歩道は、ノークの乗用輪車が通れるほど広い。

 気づけばその歩道には人だかりが出来ていた。

 見ているそばから、続々と人が集まってきている。

 反対車線を走っていた輪車も次々と停止し、中から人々がこちらに乗り出すように顔を向けている。

 

 開放式の輪車に座る2人の姿は、周囲から丸見えだ。

 カイエナは立ち上がり左手を挙げた。

 群衆がどっと湧いた。

 

「陛下あああー!」

「カイエナさまあああ!」

「皇帝陛下、ばんざーい!」

 

 ゆっくりと進む開放式輪車の上で、カイエナは群衆の視線を 陽光のように浴び、その声を堪能した。

 

「うむ。なつかしい気分である」

 

(都会に出てくること自体が久しぶりなことよ)

 

「どうなっても知りませんよ」

 

 従者が毅然と座ったまま、横目で自分の主人を見上げている。

 

「朕は何もしておらぬ。皆が勝手に朕を讃えておるのよ」

「はいはい」

 

 反対車線の輪車が途切れた。

 前方に目をやると、各交差点では警官達が通行規制を始めている。

 それを見て取ったのかのように、車列が通りのど真ん中を陣取った。

 速度をさらに落とし、ゆっくりと進み始める。

 

 群衆が車道にまで溢れ始めている。

 歩道に入りきらなくなったようだ。

 警官達が沿道に立ち並び、群衆が近づかないように防いでいる。

 

 歩道の上に浮遊魔法で浮かび上がる者がチラホラと見え始めた。

 浮かんでいるのは短身族。白い肌はパント族。緑色の肌はノウブ族である。

 群衆の頭の上からこちらを眺めて、目を輝かせている。

 

 交差点の信号も点滅し、このまま進めと合図している。

 

「信号までが朕に遠慮しておるな」

 

 カイエナは上機嫌で両側の群衆に手を振り続けた。

 その時、割れんばかりの大声が、カイエナの気分に水を差した。

 

「母上ええええっ! 何をしておるのじゃああああっ!」

 

 あまりの声に、カイエナは身をすくめた。

 輪車も停止したようだ。

 数秒、そのまま身をすくめていたが、それ以上怒鳴られないとわかって周囲を見回す。

 従者も、運転士も、群衆達もまた耳をふさいでいた。

 

(ん? 上か?)

 

 見上げると、女の姿があった。

 この辺りの建物では5階、最近の建物では3階の高さに、浮遊魔法で浮かんでいる。

 実務的な服装をしているが、カイエナは一目でその人物が判った。

 

「ニムディスよ! 久しいな! さような大声を出さずとも母は聞こえるぞ!」

 

 その人物の名はニムディス・オーレノン・コーワ。

 カイエナの一人娘であり、かつてはトルキナ帝国の皇女であった女エルデンその人であった。

 





次回の更新は明日の予定です。
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