連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために―― 作:mogatoku
翌日は、秋晴れだった。
(
シン・ポップは前庭を貫く舗装路を進み、正面玄関から中に入る。
すぐに行員が声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用向きでしょうか?」
「
「金銀銅交換窓口はあちらです」
示された方向を見ると、右の壁側に独立した受付台があった。
(ここに金が持ち込まれているはず)
シンは早速、受付台に向かった。
「これを金に交換してください」
受付台は短身族用にしては少し高い。
背伸びをしないと、表面が見えない。
(ドワーフ用かな)
シンはおカネを置いた。
「金ですか? 金貨ではなくて?」
女ノウブの行員が、いぶかしげな視線を向けてきた。
「はい」
「失礼ですが、お客様はどちらさまですか?」
「ボクはシン・ポップと言います。住所はドレナ共和国園都…」
「園都のかたですか? 住民証を拝見できますか?」
「もちろんです」
名刺大の住民証を差し出すと、行員は一瞬で目を通して、差し戻してきた。
その目が、わずかに大きく開いている。
「なぜ金を?」
園都の住民証を見たせいか、行員は驚いているようだ。
「こちらで安く買えると聞きまして、出張のついでに買って帰ろうかと」
「園都へは輪空機でお帰りに?」
「はい。どうせ旅費は職場持ちですので」
「なるほど、確かに園都に持っていけば多少は高く売れるでしょう。この程度であれば輪空への持ち込みも問題ありませんし、交通費が掛からないなら良い考えですね」
女ノウブの行員が、ぱっと笑顔になった。
どうやら納得したらしい。
「はい。多少の小遣い稼ぎになるかと」
「でもノウブはあまり金を買いたがらないのに、珍しいですね」
一般的に、ノウブは黄金に興味がない。
寿命が短いせいで、長期的な投資にあまり意味を見出せないからだ。
行員が不思議がるのも無理はない。
「これはすぐに売ります」
「そうでしたね。延べ板と砂金がありますが」
「延べ板でお願いします。あと、ちょっと人を待っているので、しばらく待合席で待っていてもいいですか?」
「おそらく問題ないと思います」
行員はそう言って、薄くて小さな延べ板を1枚置いた。
「ありがとうございます」
シンは背伸びして延べ板を手に取り、懐に入れ、待合席の長椅子の一つにちょこんと座った。
しばらく待った。
辛抱強く待ち続けた。
ふと男の声が耳に飛び込んできた。
「おい、また下がったのかよ!」
声の主を探すと、先ほどの受付の前に陣取っている、自分よりは大きな背中が目についた。
「皆さんそうおっしゃいますが、すぐに換金されているなら損はしていないのではありませんか?」
男の体が動き、受付台の上に金の塊が置いてあるのが一瞬だけ見えた。
受付の行員がすぐに拾い上げ、後ろに回す。
(金塊だ。でも……ずいぶん変な形)
「いや、それはそうだけどよ。値が下がると儲けも減るんだよ」
どうやら金を持ち込んでいるのは間違いない。
シンはじっくりと観察する。
背中は広く、髪は黒くて縮れている。半袖から覗く褐色の太い腕。
濃色の男ドワーフ。いわゆる“平地のドワーフ”だ。
「わたくしども銀行とは異なり、お客様は引き取らないこともできますよ」
「そんなことしたら、客がよそに逃げちまうじゃねえか」
(その“客”が金の出所かな……)
「おまたせしました」
「けっ、これっぽっちか」
男は不満を漏らしながらごそごそと動き、受付から離れた。
(よし。後を付けよう)
シンは長椅子から跳び降りて、早足で後を追いかけると、男はそのまま奥に進み、扉を開けて出て行った。
(正面玄関じゃないのか)
シンも後を付けて扉をくぐる。
そこは銀行の駐車場だった。
(どこに行った?)
周囲を見回す。
並んでいる
(これじゃ探せないな)
そう判断すると、シンはすぐに右手を胸に当てた。
「浮遊」
魔法が発動し、身体がふわりと浮き上がる。
自分の身長ほどの高さまで浮き上がると、輪車の屋根越しに視界が開けた。
ちょうと先ほどの男ドワーフが、茶色の
(あれだ!)
ドワーフ用の車体。
「輪車で来てたのか」
輪車とは、人力で動かす乗り物で、大抵は四輪車だ。
成人なら軽々と扱える。
連邦市民には“等級の加護”があり、社会人はたいていC級だからだ。
(困ったな)
こちらには輪車がない。
この駐車場では営業輪車を拾うこともできない。
(飛ぶしかないか)
シンは一度地面に降り、再び右手を胸に当てた。
飛行魔法には免許が要る。
シンは園都市警察発行の免許証を懐で確かめてから、魔法を発動する。
「飛行」
身体がすうっと浮き上がる。
ちょうどその時、男ドワーフの上半身が前後に揺れ始め、四輪車が動き出した。
茶色い輪車は駐車場から出て、裏通りを走り、すぐに大通りに出た。
(随分とゆっくりだな。この程度なら、この高さかな)
飛行速度には個人差があり、安全のために速度ごとに飛行高度が決められている。
前方にぶつかったり、後ろから追突されたりしないようにするためだ。
実際、周囲にはそれぞれの高さで、それぞれの速度を出して飛んでいる市民の姿がまばらに見える。
シンはドワーフの輪車の少し後ろ、少し上をゆっくりと飛行した。
大通りでは、大小様々な輪車が左側通行で進んでいた。
路線旅客輪車が停留所で客を降ろし、営業輪車が通りの脇で客を拾っている。
(港湾都市だからか、輸送輪車が多いな)
荷台を揺らしながら、大通りを行き交っている。
輪車の大きさは様々だ。
乗用輪車だけでも、長身族用、
種族によって適正な大きさが違うためだ。
輪車が多すぎて見失いそうなものだが、慣れるとむしろ見分けやすい。
(園都より輸送輪車が多い? いや、乗用輪車が少ないのか…)
信号機では青信号を覆い隠していた板が上がり、その先では赤信号が板に覆われて見えなくなる。
切り替わる時には、その板がカタンと乾いた音を響かせる。
園都のそれと違い、見るからに旧式だ。
輪車たちは交差点でこの信号機に従い、進み、止まり、左右へ分かれていく。
(見失うわけにはいかない)
シンは男ドワーフの輪車を追いながら、速度を合わせて高度を調整した。
秋風が頭髪を名で、背中には左から太陽の熱が当たっているのを感じる。
(南に向かってる。つまり――)
「港方面…」
孟都は南に大きな港を抱えている。
(魔力切れを起こす前に、目的地に着いてくれるといいんだけど)
輪車はどんどんと進む。
(なかなか着かないな……)
胸の奥がざわつき始めた。
「あ、マズい」
(やっぱり魔力切れだ)
久しぶりの飛行に加え、ゆっくりした速度で長く飛び続けたせいだ。
シンは高度を保てなくなり、慌てて路肩へ降り立った。
(仕方ないな)
歩道に入ると、ちょうど営業輪車が視界に入った。
シンはすかさず手を上げる。
ズザッ、と重い音を立てて輪車が停まった。
(大きい……)
長身族用の営業輪車だ。
運転席の男ノークが、大きな青白い顔を窓に近づけ、不思議そうな表情を向けてきた。
「ホントに乗るのか? ノウブには高いぞ」
ノーク族は長身族だ。間身族のニンゲンよりもさらに大きい。
平均身長はノウブの2.6倍はある。
当然、体重も重い。
そのぶんノーク用の営業輪車の料金は高い。
(でもそんなことを気にしていたら、見失う)
「頼みます。急いでるんです」
シンの切実な声に、男ノークの運転士が頷いた。
「わかった。どこに行く?」
「前を走っている、ドワーフ用の茶色の乗用輪車を追ってください」
巨大な運転士が、前方を見渡し始める。
「ん?……あれか? わかった。乗れ」
見つけてくれたようだ。
シンは背伸びして大きな取っ手を掴み、ぐっと引いて扉を開けた。
飛び込むように中に入り、広い座席に足を伸ばして座る。靴で汚さないように気をつけながら。
「あんた、警察?」
運転士が振り返って見下ろしてきた。
(惜しいな)
「そんなようなものです」
ノークの目が笑った。
顔は見えなかったが、ニカッと笑った気配が伝わる。
「そうか。じゃあ発進だ」
運転士が豪快に体を動かし始める。
シンは背もたれに体重がかかるのを感じた。動き出した証拠だ。
足下から、歯車に鎖が絡む音が響いてくる。
(ふう、営業輪車に乗れて良かった)
そう思いながら、シンは背もたれにそっと体を預けた。
しばらく魔力切れの体を休めていると、運転士が振り向いた。
「輪車は止まった。降りるか?」
シンは立ち上がり、前ガラスから外を覗く。
茶色の輪車が店舗の前で停まっており、ドワーフがちょうど店内へ入っていくところだった。
(ここが目的地か)
「ここで降ります」
料金は、普段使う短身族用営業輪車の8倍近かった。
(やっぱりノーク車は高いな)
支払いを済ませて外に出ると、ノーク車はすぐに走り去っていった。
シンは店舗の前に立ち、看板をまじまじと見た。
〈ドルガン換金店〉
[金銀宝石、乗船券、営業輪車券、映画鑑賞券、買い取ります]
[その他は応相談]
そこは換金屋だった。
(ここなら手がかりが掴めそうだ)
そんな期待が少しだけ胸を高鳴らせた。
次回の更新は明日の予定です。