連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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010 第8話 現れた男ドワーフ

 

 翌日は、秋晴れだった。

 孟都(もうと)銀行本店は、大きな前庭を備えた幅広の平塔(ひらとう)で、どこか古い官庁のような佇まいをしている。

 

園都(えんと)銀行の方が大きいな。まあ、あっちは連邦の首都だから当然か)

 

 シン・ポップは前庭を貫く舗装路を進み、正面玄関から中に入る。

 すぐに行員が声を掛けてきた。

 

「いらっしゃいませ。本日はどのような御用向きでしょうか?」

(きん)を購入したいのですが」

「金銀銅交換窓口はあちらです」

 

 示された方向を見ると、右の壁側に独立した受付台があった。

 

(ここに金が持ち込まれているはず)

 

 シンは早速、受付台に向かった。

 

「これを金に交換してください」

 

 受付台は短身族用にしては少し高い。

 背伸びをしないと、表面が見えない。

 

(ドワーフ用かな)

 

 シンはおカネを置いた。

 

「金ですか? 金貨ではなくて?」

 

 女ノウブの行員が、いぶかしげな視線を向けてきた。

 

「はい」

「失礼ですが、お客様はどちらさまですか?」

「ボクはシン・ポップと言います。住所はドレナ共和国園都…」

「園都のかたですか? 住民証を拝見できますか?」

「もちろんです」

 

 名刺大の住民証を差し出すと、行員は一瞬で目を通して、差し戻してきた。

 その目が、わずかに大きく開いている。

 

「なぜ金を?」

 

 園都の住民証を見たせいか、行員は驚いているようだ。

 

「こちらで安く買えると聞きまして、出張のついでに買って帰ろうかと」

「園都へは輪空機でお帰りに?」

「はい。どうせ旅費は職場持ちですので」

「なるほど、確かに園都に持っていけば多少は高く売れるでしょう。この程度であれば輪空への持ち込みも問題ありませんし、交通費が掛からないなら良い考えですね」

 

 女ノウブの行員が、ぱっと笑顔になった。

 どうやら納得したらしい。

 

「はい。多少の小遣い稼ぎになるかと」

「でもノウブはあまり金を買いたがらないのに、珍しいですね」

 

 一般的に、ノウブは黄金に興味がない。

 寿命が短いせいで、長期的な投資にあまり意味を見出せないからだ。

 行員が不思議がるのも無理はない。

 

「これはすぐに売ります」

「そうでしたね。延べ板と砂金がありますが」

「延べ板でお願いします。あと、ちょっと人を待っているので、しばらく待合席で待っていてもいいですか?」

「おそらく問題ないと思います」

 

 行員はそう言って、薄くて小さな延べ板を1枚置いた。

 

「ありがとうございます」

 

 シンは背伸びして延べ板を手に取り、懐に入れ、待合席の長椅子の一つにちょこんと座った。

 しばらく待った。

 辛抱強く待ち続けた。

 ふと男の声が耳に飛び込んできた。

 

「おい、また下がったのかよ!」

 

 声の主を探すと、先ほどの受付の前に陣取っている、自分よりは大きな背中が目についた。

 

「皆さんそうおっしゃいますが、すぐに換金されているなら損はしていないのではありませんか?」

 

 男の体が動き、受付台の上に金の塊が置いてあるのが一瞬だけ見えた。

 受付の行員がすぐに拾い上げ、後ろに回す。

 

(金塊だ。でも……ずいぶん変な形)

 

「いや、それはそうだけどよ。値が下がると儲けも減るんだよ」

 

 どうやら金を持ち込んでいるのは間違いない。

 シンはじっくりと観察する。

 背中は広く、髪は黒くて縮れている。半袖から覗く褐色の太い腕。

 濃色の男ドワーフ。いわゆる“平地のドワーフ”だ。

 

「わたくしども銀行とは異なり、お客様は引き取らないこともできますよ」

「そんなことしたら、客がよそに逃げちまうじゃねえか」

 

(その“客”が金の出所かな……)

 

「おまたせしました」

「けっ、これっぽっちか」

 

 男は不満を漏らしながらごそごそと動き、受付から離れた。

 

(よし。後を付けよう)

 

 シンは長椅子から跳び降りて、早足で後を追いかけると、男はそのまま奥に進み、扉を開けて出て行った。

 

(正面玄関じゃないのか)

 

 シンも後を付けて扉をくぐる。

 そこは銀行の駐車場だった。

 

(どこに行った?)

 

 周囲を見回す。

 並んでいる輪車(りんしゃ)はノウブの身長より高く、視界を遮っている。

 

(これじゃ探せないな)

 

 そう判断すると、シンはすぐに右手を胸に当てた。

 

「浮遊」

 

 魔法が発動し、身体がふわりと浮き上がる。

 自分の身長ほどの高さまで浮き上がると、輪車の屋根越しに視界が開けた。

 ちょうと先ほどの男ドワーフが、茶色の乗用輪車(じょうようりんしゃ)の運転席に乗り込むところだった。

 

(あれだ!)

 

 ドワーフ用の車体。

 

「輪車で来てたのか」

 

 輪車とは、人力で動かす乗り物で、大抵は四輪車だ。

 成人なら軽々と扱える。

 連邦市民には“等級の加護”があり、社会人はたいていC級だからだ。

 

(困ったな)

 

 こちらには輪車がない。

 この駐車場では営業輪車を拾うこともできない。

 

(飛ぶしかないか)

 

 シンは一度地面に降り、再び右手を胸に当てた。

 飛行魔法には免許が要る。

 シンは園都市警察発行の免許証を懐で確かめてから、魔法を発動する。

 

「飛行」

 

 身体がすうっと浮き上がる。

 ちょうどその時、男ドワーフの上半身が前後に揺れ始め、四輪車が動き出した。

 踏輪板(とうりんばん)を漕いでいるのだ。

 

 茶色い輪車は駐車場から出て、裏通りを走り、すぐに大通りに出た。

 

(随分とゆっくりだな。この程度なら、この高さかな)

 

 飛行速度には個人差があり、安全のために速度ごとに飛行高度が決められている。

 前方にぶつかったり、後ろから追突されたりしないようにするためだ。

 

 実際、周囲にはそれぞれの高さで、それぞれの速度を出して飛んでいる市民の姿がまばらに見える。

 

 シンはドワーフの輪車の少し後ろ、少し上をゆっくりと飛行した。

 大通りでは、大小様々な輪車が左側通行で進んでいた。

 路線旅客輪車が停留所で客を降ろし、営業輪車が通りの脇で客を拾っている。

 

(港湾都市だからか、輸送輪車が多いな)

 

 荷台を揺らしながら、大通りを行き交っている。

 

 輪車の大きさは様々だ。

 乗用輪車だけでも、長身族用、間身(かんしん)族用、短身族用がある。

 種族によって適正な大きさが違うためだ。

 輪車が多すぎて見失いそうなものだが、慣れるとむしろ見分けやすい。

 

(園都より輸送輪車が多い? いや、乗用輪車が少ないのか…)

 

 信号機では青信号を覆い隠していた板が上がり、その先では赤信号が板に覆われて見えなくなる。

 切り替わる時には、その板がカタンと乾いた音を響かせる。

 園都のそれと違い、見るからに旧式だ。

 輪車たちは交差点でこの信号機に従い、進み、止まり、左右へ分かれていく。

 

(見失うわけにはいかない)

 

 シンは男ドワーフの輪車を追いながら、速度を合わせて高度を調整した。

 秋風が頭髪を名で、背中には左から太陽の熱が当たっているのを感じる。

 

(南に向かってる。つまり――)

 

「港方面…」

 

 孟都は南に大きな港を抱えている。

 

(魔力切れを起こす前に、目的地に着いてくれるといいんだけど)

 

 輪車はどんどんと進む。

 

(なかなか着かないな……)

 

 胸の奥がざわつき始めた。

 

「あ、マズい」

 

(やっぱり魔力切れだ)

 

 久しぶりの飛行に加え、ゆっくりした速度で長く飛び続けたせいだ。

 シンは高度を保てなくなり、慌てて路肩へ降り立った。

 

(仕方ないな)

 

 歩道に入ると、ちょうど営業輪車が視界に入った。

 シンはすかさず手を上げる。

 

 ズザッ、と重い音を立てて輪車が停まった。

 

(大きい……)

 

 長身族用の営業輪車だ。

 運転席の男ノークが、大きな青白い顔を窓に近づけ、不思議そうな表情を向けてきた。

 

「ホントに乗るのか? ノウブには高いぞ」

 

 ノーク族は長身族だ。間身族のニンゲンよりもさらに大きい。

 平均身長はノウブの2.6倍はある。

 当然、体重も重い。

 そのぶんノーク用の営業輪車の料金は高い。

 

(でもそんなことを気にしていたら、見失う)

 

「頼みます。急いでるんです」

 

 シンの切実な声に、男ノークの運転士が頷いた。

 

「わかった。どこに行く?」

「前を走っている、ドワーフ用の茶色の乗用輪車を追ってください」

 

 巨大な運転士が、前方を見渡し始める。

 

「ん?……あれか? わかった。乗れ」

 

 見つけてくれたようだ。

 シンは背伸びして大きな取っ手を掴み、ぐっと引いて扉を開けた。

 飛び込むように中に入り、広い座席に足を伸ばして座る。靴で汚さないように気をつけながら。

 

「あんた、警察?」

 

 運転士が振り返って見下ろしてきた。

 

(惜しいな)

 

「そんなようなものです」

 

 ノークの目が笑った。

 顔は見えなかったが、ニカッと笑った気配が伝わる。

 

「そうか。じゃあ発進だ」

 

 運転士が豪快に体を動かし始める。

 シンは背もたれに体重がかかるのを感じた。動き出した証拠だ。

 足下から、歯車に鎖が絡む音が響いてくる。

 

(ふう、営業輪車に乗れて良かった)

 

 そう思いながら、シンは背もたれにそっと体を預けた。

 

 しばらく魔力切れの体を休めていると、運転士が振り向いた。

 

「輪車は止まった。降りるか?」

 

 シンは立ち上がり、前ガラスから外を覗く。

 茶色の輪車が店舗の前で停まっており、ドワーフがちょうど店内へ入っていくところだった。

 

(ここが目的地か)

 

「ここで降ります」

 

 料金は、普段使う短身族用営業輪車の8倍近かった。

 

(やっぱりノーク車は高いな)

 

 支払いを済ませて外に出ると、ノーク車はすぐに走り去っていった。

 シンは店舗の前に立ち、看板をまじまじと見た。

 

〈ドルガン換金店〉

[金銀宝石、乗船券、営業輪車券、映画鑑賞券、買い取ります]

[その他は応相談]

 

 そこは換金屋だった。

 

(ここなら手がかりが掴めそうだ)

 

 そんな期待が少しだけ胸を高鳴らせた。





次回の更新は明日の予定です。
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