連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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011 第9話 ドルガン換金店

 

 店に入ると、木製の受付台が周囲を取り囲むように並んでいた。

 

「いらっしゃい」

 

 若い女ノウブの声がシンを出迎える。

 

 高さの異なるは受付台が正面と左右にあり、正面が短身族用だと一目で分かる。

 左が間身族用、右が長身族用。

 間身(かんしん)族とはニンゲン族とエルフ族。そして希少なエルデン族の三種族。

 長身族はノーク族。

 ドワーフ族は状況によって短身族にも間身族にも分類される。

 

 シンはノウブ族なので、当然、短身族用の受付台の前に立った。

 暗い茶色の板は重厚に見えたが、表面には小さなへこみがいくつもある。

 

(重い物を載せた跡…金塊かも…)

 

 店内には客は一人もいない。

 だが奥からは人の気配と、かすかな油の匂いが漂ってくる。

 

(古い金属でも磨いているのかな…)

 

 そう思いながら、シンは懐から取り出した物を台に置いた。

 

「これを換金できますか?」

 

 先ほど銀行で購入した金だ。

 

「金の延べ板ですね。お待ちください」

 

 店員が延べ板を脇の金属製の秤に載せ、すぐに下ろした。

 規格品なので、重さが正しいかどうかだけ確認すれば十分なのだろう。

 提示された買い取り価格は、先ほどの値の8割ほどだった。

 

「そんなに安いんですか?」

 

 シンは驚いたふうに目を見開いてみせた。

 

「最近は下がってるのよねえ」

 

 店員は「困ったわ」と頬に手を当てたが、表情はにこやかだ。

 

「それって、売りに来る人が多いってことですか?」

「そうなのよ。だから安くなってるの」

「どんな人が売りに来るんですか?」

「ここは港でしょ。船員さんが多いわね」

 

(船員……他の地域から持ち込まれている…?)

 

「さっき、ボクの前に男ドワーフがここに入るのが見えましたけど」

 

 店員が、ほんの一瞬だけ眉を寄せた。

 

「え? ああ、店主ですよ」

 

 すぐに、元のにこやかな表情に戻った。

 

「ボクの雇い主。ドワーフにしてはちょっと変わってるんですよ」

「変わってる?」

「ええ。ドワーフって、計算を全部ノウブの従業員に任せるって言うでしょ? でもここの店主は自分でソロバンをはじくの」

 

 そう言って、店員は面白そうに目を見開いた。

 その表情は「ね? 珍しいでしょ?」と言いたげだ。

 

(変わってる? 園都じゃよくあることだけど)

 

「それで『こちらでやりますよ、そのほうが速いですよ』って言うと、ソロバンを渡してくれるんですけど、自分の計算はやめないんです。奥様の話ではかなり前にノウブの従業員に横領されたんですって。ノウブがそんなことするはずないし、誤解だと思うんだけとねえ」

 

 若い女ノウブが、不思議そうに首をひねっている。

 

「なるほど」

 

 確かにノウブは他種族に比べれば善良だ。

 

(でも、悪人がいないわけじゃないんだよな)

 

 ノウブは短命なので、兵役を除けば、同じ地域で一生を終えることが多い。

 だから地域のノウブ社会もこじんまりしていて、互いに顔見知りだ。

 シンの地元もそうだ。

 

(だからこのお嬢さんは、悪いノウブに出会わずに済んでるのかもしれないな)

 

 でも、この仕事をしていると、どうしても分かってしまう。

 他種族の頭の回転が遅いことにつけ込み、巧妙に騙くらかすノウブの知能犯が後を絶たないことに。

 

(このお嬢さんに、そんな話をしてもいいものかな)

 

 シンが迷っていると、店員のお嬢さんが首をかしげて尋ねてきた。

 

「お客さんもよその人でしょ? でも船乗りじゃなさそうね」

「ボクは園都から仕事で孟都まで来たんです。輪空機で」

 

 すると彼女の両眉がクイッとあがった。

 

「あら、そうなんですか? なら短身族用の園都までの輪空機搭乗回数券がありますよ」

 

(へ? なぜ輪空回数券?)

 

「そんなものが、どうしてここにあるんですか?」

 

 すると、彼女の笑顔がふっと大きくなった。

 

「フフフ。それは商売上の秘密ですよ。それでどうします?」

「ここの仕事がいつ終わるのかわからないので、目途が立ったら考えます」

「そうですか。お待ちしています」

 

 笑顔が、ほんの少しだけ小さくなった。

 

「ところで、最近よく持ち込まれる金がどこから来ているのかご存じですか?」

 

 その瞬間、店員の目が鋭くなった。

 

「知りませんよ。知っていても教えませんよ」

 

 柔らかい笑顔が、すっと消えた。

 

(表情が厳しくなった……潮時かな。ここは引き下ろう)

 

「あの、すみませんが、営業輪車を呼んでもらえませんか?」

「電話代を払ってくれるならね」

 

 にこやかだった表情は、もうどこにもない。

 言われたとおりに電話代を渡すと、店員は受話器を取り、番号盤を回し、事務的な声で話し始めた。

 

「ドルガン換金店ですけど、ノウブのお客さんが営業車を呼んでくれと……」

 

 シンが店先で待っていると、小さな黄色い輪車がやって来た。

 一目で短身族用とわかる。

 

(料金も手頃なはず)

 

 天板には〈孟港第一〉の表札。

 運転席に見えるのは淡色の顔に薄茶色の髪――男パントだ。

 輪車はシンの目の前で止まり、踏輪士が舵輪(だりん)から手を離して扉側の取っ手を回し始めた。

 開きつつある窓から声が飛び出してくる。

 

「ノウブの客ってのはあんたかい?」

「はい、監査庁前までお願いします」

 

 パントの平均身長はノウブより少し高い。

 ノウブから見るとやや大柄だが、輪車の規格は同じ短身族用だ。

 扉を開けて乗り込み、座席に腰を下ろす。

 

(うん。ちょうど良い大きさだ)

 

 ノーク用とは座り心地も居心地も断然違う。

 

「お客さんはどちらから来たんで?」

「園都からです」

「ドレナかい。オイラはゴンドーから来たんだ」

 

 ゴンドー共和国は赤道を越えた向こうにある北部の国だ。

 シンは、仕事で首都・権都(ごんと)に一度だけ訪れたことがある。

 ニンゲン族が多く、短身族用の店が少なかった。でも間身族用の食堂でも、ちゃんと短身族用の椅子はあった。

 

(“子ども椅子”って呼ばれてたのが気になったけど)

 

「コメバラっていう田んぼしかないところでね。でもうちの田んぼは兄貴が継ぐから、オイラはここ孟都に出て来たんだ。ほら、孟都はノウブが多いだろ? だからここで営業輪車を踏めば、客がたくさんいるんじゃないかってね。まあ、それ自体は間違っちゃあいなかったんだけんど……」

 

 そこで、少しだけ間があった。

 

「そう考えたのはオイラだけじゃなかったわけだ」

 

 苦笑が混じった声だった。

 

(確かに、上から見た時も短身族用の営業輪車が多かった。園都と同じだ)

 

 シンは外に目を向ける。

 だが、営業輪車よりも輸送車の方が目立つ。

 

(港からの、あるいは港への積み荷を運んでいるんだろうな)

 

「それでも食べているだけマシだと思うことにしてるよ」

 

 どうやら話が一段落したようだなので、シンは尋ねた。

 

「さっきの店の辺りに、公衆電話はありませんか?」

 

 電話があれば、輪車の呼び出しもできるし、緊急の連絡もできる。

 

「いちおう港まで行けばあるけんど、あそこはいつも誰かが電話してて使えないねえ」

「ほかには?」

「大通りに出て北に進めば見つかるよ。少し歩くけんど。あんた、飛行免許はあるのかい?」

「はい」

 

 するとパントの声が、感心したように弾んだ。

 

「へえ。大したもんだな。オイラはダメだったよ。目が回っちまうんだ」

「飛ぶのは難しいですから。速度が上がるほど曲がれなくなりますし」

 

 踏ん張る場所もないから、慣れないと体が振られる。

 

(さと)のじいさんがよく言ってたよ。昔は免許なんてなくて、皆好き勝手に飛んでたってな。でも街じゃ衝突事故やら墜落事故やらが起きまくって、それで免許制になったって」

「ボクも免許の講習で聞きました。墜落してきた人に、庭で遊んでいた子供が巻き込まれて亡くなる事故が何度もあったと」

「オイラと同じで、目が回っちまったんだろうなあ」

「訓練では何度も怒鳴られました。『人の脳はそもそも飛べるようにできてないから、しっかり訓練しろ。さもないと死ぬぞ』と」

「やっぱ怖いねえ。ああ、飛べるなら電話までひとっ飛びだよ」

 

(それは助かる)

 

「ところで営業所の電話番号を教えてくれませんか」

 

 また頼むことになるだろう。

 

「ああ、これだ。持っていきな」

 

 受け取った紙片を見ると〈孟港第一営輪〉とあり、電話番号が書いてあったので、懐にしまった。

 輪車がモルドー庁に着くと、シンは料金を支払って玄関前で降りた。

 中に入るとすぐに管理部情報課に顔を出して、電話を借りた。

 

「…はい、店名は〈ドルガン換金店〉です。明日はその店の前で張り込むつもりで…」

 

 特捜団への定期連絡を済ませると、近くの店で食事を済ませ、宿に戻った。

 

 翌日、シンは朝から換金屋の前で張り込んでいた。

 

(服装を変えた。帽子もかぶった。店員のお嬢さんに見られても、目を合わさなければ、気付かないはず)

 

 ノウブは記憶力がいい。

 目を合わせると、昨日の客だと分かってしまう。

 シンはバレないように気を付けつつ、客が訪れる度に近くに行き、様子をうかがった。

 でも、特に金を捌いている様子はない。

 昼は、買っておいた丸パンをかじり、夕方まで張り込んだ。

 

(今日は収穫なしか)

 

 前日に男パントの踏輪士に言われたとおり、大通りに出て飛行すると、10分ほどで公衆電話が見つかった。

 電話で営業輪車を呼び、監査庁に戻って定時連絡を済ませ、宿に戻る。

 

 翌日もシンは、店の近くで張り込んでいた。

 

(またお客さんだ)

 

 二人の客が店に入っていくのが見えた。

 

(男ニンゲンと男ドワーフか)

 

 シンはさりげなく店の前に歩き、靴紐を結ぶフリをしてしゃがんだ。

 耳を澄ませると、男の声が聞こえた。

 

「おい、なんでこんなに安いんだ。前はもっと高かったぞ」

「このところ(きん)は下がってるんだ。嫌なら売らなければいい。だが今売らなければ、次はもっと安くなるぞ」

 

 ドワーフの店主の声だ。

 金の値段の話をしている。

 

(銀行では安いと文句を言っていたけど……ここでは逆の立場になってる)

 

「くそ。足元を見やがって」

 

 男の声が吐き捨てるように言った。

 

「誤解のないように言っておくが、どこも同じだと思うぞ。本当に金の価格が下がってるんだ」

 

 店主の口調は、宥めるような、言い聞かせるような調子だ。

 

(でも譲る気はなさそう)

 

「金はいずれまた入ってくるってのに、これ以上安くなったら意味が無いじゃないか」

 

 シンは靴紐をイジる手を止める。

 

(また入ってくる? どこから?)

 

「それはウチの店も同じだぞ」

「せめてもう少し出せないか?」

「だったら……これでどうだ!」

「仕方がない。それで頼む」

「毎度あり!」

 

(取引が成立した)

 

 シンは立ち上がり、歩き出す。

 二軒ほど進んでから建物に寄りかかり、さりげなく店の様子をうかがった。

 

「金はまだ入ってくる……」

 

 思わず、シンは小さく呟いた。

 

 そのまま様子を見ていると、男ニンゲンと男ドワーフの二人組が店から出てきた。

 

「くそ。また下がりやがったか。孟都はダメだ」

 

 ドワーフが吐き捨てるように言った。

 

「だが、まだ他の換金屋に持っていったヤツらがいる。そっちに期待だな」

 

 ニンゲンがそう言った瞬間、二人がすうっと飛び上がった。

 

(しまった。追いかけないと)

 

 シンは慌てて飛行魔法を発動し、追跡に移る。

 すぐに不安が胸をよぎる。

 等級が同じなら、ニンゲンもドワーフも、ノウブより長く飛べるのだ。

 

(また魔力が尽きたら、見失ってしまう)

 

 だが予想に反して、二人組はすぐに降り立った。

 シンも続いて着地する。

 塩と油の混じった匂いが鼻を刺す。

 

(倉庫街…)

 

 建ち並ぶ倉庫に挟まれ、大きな輸送路がまっすぐ伸びている。

 遠くから、荷下ろしの音や作業員の張り上げる声が響いてくる。

 重い物が置かれる鈍い音。

 木箱が積まれる乾いた音。

 輸送輪車が走る車輪の音。

「もっと奥だ」「よーし」などの声が、倉庫街の日常を伝えていた。

 

(気づかれてない)

 

 シンは対面の倉庫の影に身を潜め、様子をうかがった。

 倉庫には巨大な鎧扉(よろいど)があり、その右下に間身族用の小さな扉が切り抜かれている。

 二人組はその扉から中へ入っていった。

 

(短身族はこの間身族の扉を使えということか……もっと近くで見たいな。どうする…)

 

 シンが考えていると、ちょうど輸送輪車が前の道を進んできた。

 運転席ではノークが汗を浮かべ、巨大な体を揺らしながら踏輪している。

 ガチャガチャという鎖と歯車の連続音が、地面を振るわせるように近づいてきた。

 

(あれに紛れよう。今なら、自分だけが視線を集めることはないはず)

 

 シンは輸送輪車にぶつからない程度の速度で歩み寄る。

 輪車が目の前を通過する直前、運転席の男ノークと目が合った。

 

(……)

 

 特に反応はない。

 ゴォォォという連続音とともに、荷台がガタガタと揺れている。

 

(大丈夫だ)

 

 輸送輪車が通り過ぎたその瞬間、シンは道を横切り、倉庫へさりげなく近づいた。

 鎧扉の正面に立って見上げる。

 

(大きい倉庫だ)

 

 巨大な鎧扉が重たく降りている。

 ノウブなど決して通さないといわんばかりの威圧感だ。

 

(ボクたち短身族を想定してない作りだな)

 

 ふと右横の表札に気付く。“39番”と書かれていた。

 

(中に入るのは無理そうだ。しばらく張り込むことにしよう。何か分かるかも)

 

 シンは再び道を渡り、対面の倉庫の前に立った。

 辺りを見回しつつ、右手を胸に当てる。

 

(今だ。誰も見てない)

 

「浮遊」と小さくつぶやいた。

 浮遊魔法が発動し、体がふわりと浮き上がる。

 そのままするすると上昇していき、倉庫の屋根に降り立った。

 すぐに伏せて顔を出し、対面の倉庫を見下ろす。

 

(よく見える。ここにしよう)

 

 張り込む場所が決まった。

 遠くで踏輪列車の音が響き、倉庫街の空気を震わせていた。

 

 





次回の更新は明日の予定です。
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