連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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013 第11話 臨時捜索班に任命する!

 

 その日監査人執務室では、ジローは執務机で文書に目を通していた。

 静けさを破るように、ホセ・ヘルナンデスの声が響く。

 

「ジロー閣下! メネル特捜団長がお話があるそうです!」

 

 顔を上げると、ついたての上のホセの横からメネルの顔が覗いていた。

 

「ああ。メネル、入ってくれ」

 

 ジローは手を上げてホセに謝意を表しつつ、メネルに声を掛けた。

 ついたての間からメネルが入ってくる――だが一人ではない。

 その後ろには、小柄な黒髪の女ニンゲンが控えていた。

 

(名前はたしか…高橋…ユリ…だったな)

 

 メネルの表情は厳しい。いつもの余裕がまったくない。

 

「閣下、緊急の報告があるの。うちの調査員が連絡を絶ったわ」

「調査員とはどの調査員だい?」

 

 調査員は多い。現在も複数の捜査が動いている。

 

「シン・ポップよ。閣下が金の出所を調べろって言ったでしょ」

 

(ああ、そのことか)

 

 ジローは若いノウブの顔を思い浮かべた。

 

「いつから連絡がない?」

「最後の連絡は一昨日の夕方。『今から孟都港倉庫街にある39番倉庫に張り込む』という内容だったそうよ」

 

(つまり昨日一日、報告がなかった…)

 

「昨日は休日だったからというのは…」

 

 ジローがそう言いかけると、メネルが物凄い目で睨んできた。

 

「誰かさんのせいで大勢が出勤してるわよ。連絡も来ることになってたわよ!」

 

“あんたのせいで休日出勤してるのに何言ってんのよ!”

 

 ジローにはそう聞こえたため、言葉に詰まるしかない。

 

「そうか…」

「続きはユリ、あなたから」

 

 メネルが苛立たしげにユリに視線を向け、促す。

 

「はいっ」

 

 ユリが勢いよく書類を持ち上げ、緊張を押し殺すように報告を始めた。

 

「モルドー庁に『シン・ポップ特調員が連絡を絶ったが見ていないか』と問い合わせていたのですが、さきほど折り返し電話で回答がありました」

 

 書類に目を通しながら、カノジョは続ける。

 

「それによれば、中央府の者だという若い男ノウブが連日情報課に顔を出していたそうですが、一昨日の夕方に売店でアルテ缶三つと丸パン三つを購入した後、営業輪車に乗って出かけたことまでは確認できたが、それ以降は見た者がいないとのことです」

 

(アルテ缶か。アルテ鳥の胸肉の角煮だな)

 

 アルテ鳥はよく大きな家禽(かきん)だが、アルテ缶は小さな缶詰だ。

 なぜか皆が残業時の夜食にしている。

 

(三つということは……ノウブなら、少なくとも朝までは起きているつもりだった…? 丸パンはその後の食事だろうか?)

 

「それで、モルドー庁の情報課員が各営輪(えいりん)会社に問い合わせたところ、1社に記録がありました。該当時刻にノウブの客が監査庁で乗車、倉庫街の近くで下車。おそらくこれだろうという話です。でもそこからの足取りは現在のところ不明だそうです。必要なら宿を探すが、どの宿に宿泊しているのかは聞いていないため、時間が掛かるとのことです」

 

 なるほど、倉庫街に向かったのは間違いないな。

 

「彼の調査がどこまで進んだか聞いているかい?」

 

 ジローが問うと、ユリは再び書類を確認しながら答えた。

 

「定時連絡は記録してあります。孟都銀行にて金塊を換金した男ドワーフを見かけたため後を付けたところ、ドルガン換金店という換金屋に入りました。自分も中に入って店員に話を聞くと、最近、多く持ち込まれるので金の値が下がっていると言われました。翌日から、店の近くで張り込み――二日目、つまり一昨日ですが、二人組がやってきて、金を現金に換えました。その二人組の後を付けると、孟都港倉庫街の39番倉庫に入った、とのことです。そして、その39番倉庫にこれから徹夜で張り込む、という連絡を最後に、現在まで連絡が取れません」

 

(その二人組に襲われた……のか?)

 

 これは急ぐ必要があるな。

 

「どうやら孟都で何かが起きているようだ」

 

 良くないことが起きている。

 彼が無事でいてくれれば良いのだが。

 

「それで人を遣りたいんだけど、いいわよね?」

 

 メネルが真剣な表情で同意を求めてきた。

“必ず見つけるわよ”という決意がその目に宿っている。

 

(そうだ。見つけなくては)

 

 ジローは即断した。

 

「では臨時の捜索班を設置する! 担当を決めて、すぐに孟都に派遣してくれ」

 

 言い切ると、メネルが力強く頷いた。

 

「モルドー庁には何て言う?」

「協力してもらってくれ。なんなら行方不明事件として合同捜査本部を設置してもらおう」

 

 監査庁にも人を出してもらう必要がある。

 

「警察にはどうするの?」

 

 行方不明現場は孟都港。

 モルドー警察・孟都市警(もうとしけい)の管轄だ。

 

「れ…」

 

 連絡を、と言いかけて、ジローは口をつぐんだ。

 

(何だ? 何かが引っかかる)

 

「どうしたの? 閣下」

 

 ジローは引っかかりの正体を素早く探り当てた。

 

「情報二課の話では、孟都銀行に金を持ち込んできたのは『換金屋と貸金業ともっと大きな所()』だった。もしこの『もっと大きな所』が警察だとしたら……」

 

 円滑に進まなくなる可能性がある。

 

「つまり、連絡しない方がいいってことね」

 

 もちろん別の組織かもしれない。だが、今は最悪の可能性を排除すべきではない。

 

「そうだな。今はやめておこう。では捜索班だが、メネルのところから出してくれるかい?」

「もちろんよ!」

 

 メネルが勢いよく返事した。

 

 10分後、ジローの机の前に三人の人物が並んでいた。

 メネルが選抜した臨時捜索班である。

 

「このたび、捜索班の主任にご指名いただきました。特捜員のジンゴ・ヘイワド本監査員です」

 

 役職は特別捜査団捜査員。通称『特捜員』。階級は本監査員。

 優秀な男パントで、捜査局刑事部でいくつもの事件を解決し、メネルが特捜団に引き抜いた人物である。

 

「そして特調員のイシャーンです」

「イシャーン・パテル監査員です」

 

 役職は特別捜査団調査員。通称『特調員』。階級は監査員。

 刑事部出身の鑑識員で、濃色の男ニンゲン。

 

「最後がミン特調員」

「ミン・グイ準監査員です」

 

 役職はイシャーンと同じだが、階級は二つ下の準監査員。

 三人は先ほどメネルに指名され、そのままここにやって来た。

 

「君たち三名を特調員シン・ポップ臨時捜索班に任命する!」

「「拝命いたします!」」

 

 三人の力強い返事と敬礼を受け、ジローは続けた。

 

「君たちの仕事は、なんとしてもシン・ポップを見つけ出すことだ。では頼んだぞ!」

「はっ! では早速取りかかります! 失礼します!」

 

 主任のジンゴの返事とともに、三人は足早に立ち去っていった。

 

(シン・ポップ…)

 

 ジローはつい数日前にここにいた男ノウブの顔を思い浮かべる。

 

「無事でいてくれると良いんだが…」

 

(一刻を争うかもしれない。何かできることはないか…)

 

 ジローは考え、声を張り上げた。

 

「モリア! 至急、来てくれ!」

 

 

「…ということで手配を頼む」

「任せて。では失礼」

 

 モリアに用件を伝え終えたので、ジローは資料に目を戻そうとしたが――

 

(まだ気になる。よし、これも念のためだ)

 

 机上の電話を引き寄せ、受話器を取り、ボタンを3回叩いた。

 

“はい。どちらにおかけになりますか”

 

 交換手がいつもと変わらぬ落ち着いた声で尋ねる。

 

邦立(ほうりつ)モルドー病院に繋いでくれ」

 

“しばらくお待ちくださいませ”

 

『邦立モルドー病院』――連邦執政府(しっせいふ)民生省(みんせいしょう)が運営する総合病院だ。

 

(もしもの時には、彼に頼んだ方がいいだろう)

 

 ジローはその“彼”のことを思い出していると、受話器から声が響いた。

 

“お話しくださいませ”

 

 プチっという切り替わりの音のあと、別の声が聞こえてきた。

 

“はい、邦立病院です”

 

「監査人のコウ・ジローというものです。院長と話をしたいのですが」

 

“え? か、監査人閣下…は、はい。ただいまっ”

 

 受話器の向こうで声が裏返り、ドタバタと慌ただしい音が続く。

 やがてブチっという音のあと、落ち着いた声が出てきた。

 

“はい、院長のシルビア・テレジアです”

 

「監査人のコウ・ジローだ。しばらくだね」

 

“閣下! お久しぶりでございます”

「実は頼みが…」

 

 ジローは早速、用件を告げた。

 

 

 特調員ミン・グイは、監査人室で“臨時捜索班”に任命された後、特捜団室に戻ったが、同僚の行方不明に少なからず動揺を抑えられないでいた。

 

(まさか中央府の職員が、姿を消すなんて…)

 

 監査府は治安機関であり、公権力の最たる機関だ。

 その職員が消息不明になるなど、普通はあり得ない。

 

「心配か?」

 

 今回主任となった特捜員のジンゴ・ヘイワド本監査員が声を掛けてきた。

 

「はい。監査府の職員に手を出す人がいるとは考えられませんから……どこかで行き倒れているんでしょうけど…」

「予断は禁物だ。襲われることは滅多にないが、まったく無いわけでもない。いったん自宅に戻れ。見つかるまで戻れないと思って準備しろ」

「旅行命令書は?」

 

 いつもは自分で目的地などを記入してから、団長に発行してもらう。

 

「こちらでやっておく」

「分かりました」

 

 ミンはすぐに宿舎に戻り、支度を始めた。

 その途中、ふとシンの姿が思い浮かぶ。

 

 

「ボクもキミのような正規の団員になりたい。出向だといつ戻されるか分からないから」

「そう。でも実績と評価がないとね」

「今に見ててよ。機会があったら、絶対に手柄を上げてみせるから」

「それは頼もしいわね。でも、まずはこの仕事を片付けて」

「……わかったよ」

 

 

(シン…)

 

 胸の奥が、きゅっと縮むように痛んだ。

 

(実績がほしくて無理をした? ボクのせい?)

 

 そんな不安を押さえ込むように、ミンは手早く支度を済ませた。

 鞄を抱えて再び職場に戻ると、意外な言葉が待っていた。

 

「え? 航空機ですか?」

 

 驚くと、ジンゴ主任が笑い出したので、ミンは思わず尋ねる。

 

「ボク、何か可笑しいこと言いましたか?」

「いや、実はな――」

 

 主任は、先ほど団長に呼ばれて応接に行った話をしてくれた。

 そこには監査人秘書官が来ており、予想外の言葉を告げられたという。

 主任は思わずこう聞き返したらしい。

「え? 航空機ですか?」と。

 

「つまり、ボクが同じことを言ったから笑ったんですね」

「そういうことだ。ジロー閣下の専用機だぞ」

 

 監査人専用機――しかも航空機。

 本来なら、ミンが触れることも許されない乗り物だ。

 

「閣下の命令だそうだ。航空機の実績を増やしたいらしい」

 

 確かに、航空機はあまり評判が良くない。

 

「石油を燃やすんですよね? 資源の無駄遣いだと批判する人も多いと聞いています」

「閣下が言うには、緊急時だから問題ないそうだ」

 

 ミンは首をひねった。

 

「監査人にとっての緊急時とは、それこそ連邦の一大事なのではありませんか?」

 

 主任はまた笑い声を上げた。

 

「また同じ事を?」

「そうだな。『輪空より速いから。これは監査人の命令よ』と言われたよ」

 

 主任が思い出すように目を閉じた。

 

「輪空機では孟都空港まで9時間以上掛かる。夜間は飛ばないから、到着はどうしたって明日だ。だが航空機なら風次第では5時間足らずで着くそうだ。つまり今日中には着く」

「そんなに速く…」

 

 ミンは息を呑んだ。

 

「それだけ閣下が注目しているのよ、期待を裏切らないでね、と言われたよ」

 

 主任の笑顔が少し引きつっている。

 

「必ず見つけましょう」

「お、来たぞ」

 

 イシャーンが走ってきた。

 

「お待たせしました。すみません。ちょっと女房と喧嘩になりまして…」

「何か約束でもしてたのか?」

「ええ、まあ」

 

 そんなやりとりを聞きながら、ミンは旅行命令書に署名した。他の必要事項は、すべて字打機(じだき)で記入済みだった。

 

「園都空港ですか?」

 

 イシャーンが尋ねる。

 

「いや、政府専用離着陸場だ」

「へ? 軍用機で行くんですか?」

「航空機だ」

「え? 航空機ですか?」

 

 主任がまた笑い声を上げていたが、ミンは笑わなかった。

 

(ジロー閣下もこれほど気に掛けている……。必ず見つけ出さないと!)

 

「では昼食を買ってから、向かうぞ」

「はい!」

 

 売店で昼食を買い、玄関を出て、待ち構えていた公用輪車に乗り込む。

 

「政府専用離着陸場に向かいます」

 

 男ノークの運転手がそう告げると、公用輪車が静かに発進した。

 ミンの動揺は少し落ち着いてきたが、胸の奥のざわつきは消えない。

 午前の陽光に照らされた大通りには、大型の輸送輪車がひしめいていた。

 その中を進む公用輪車はどこか小さく、頼りなく感じられた。

 





次回の投稿は明日の予定です。
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