連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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6千字を越えたら話を二話に分割するようにしているのですが、ギリギリ越えませんでした。



015 第13話 捜索、血痕、そして発見

 

 臨時捜索隊のミン・グイは、孟都空港に降り立つと、風がナマ暖かく感じた。

 

「ホントに5時間で着いたぞ」

 

 振り向くと、ジンゴ主任が紅音(あかね)色の空を見上げている。

 まだ日は沈んでいない。

 

(確かに速い。急ぐときはとても助かる。けど…)

 

 駐機場へ向かう銀色の機体は、夕日に赤く染まり、不吉な影を落としている。

 胸のざわつきを抱いたまま歩いていると、男ノウブが近づいてきた。

 

「失礼ですが、監査府から来られた方ですか?」

 

(年上だ)

 

 顔に経験の厚みが表れている。

 

「ああ、ジロー特捜団から臨時捜索班3名だ」

 

 主任が応じると、男ノウブが姿勢を正した。

 

「孟都へようこそ。モルドー庁刑事一班班長ゲウ・ダンです」

「世話になるよ。わたしはジンゴ。二人はイシャーンとミン・グイだ」

 

 ミンが軽く会釈すると、ゲウ班長も軽く応じた

 

「まさか監査人専用機でお越しとは。監査人閣下もおられるので?」

「いや、我々だけだよ」

 

 ゲウ班長の目が大きく見開かれていたためか、主任がフッと笑った。

 

「それだけ閣下も注目しているということだよ」

「……そうですか。では迎えの輪車へどうぞ」

 

 歩き出したゲウ班長の後に続く。

 

「航空機がこんなに速いとは驚きですね」

 

 イシャーンが振り返った。興奮が冷めやらぬ様子だ。

 風に乗って、燃料の匂いが漂っている。

 

(本当に…)

 

 旅客輪空機の倍の速度とまではいかないけど、休憩がない分、ほとんど半分の時間で済んでしまった。

 

「速い上に休憩なし。確かに便利だが……我々が乗って良いのかという気分になるな」

 

 主任が肩をすくめた。

 ふとミンは別の駐機場に視線を向ける。

 輪空機の底面が開き、短身族の踏輪士達が次々と地面に跳び降りている。

 夜は飛べないので、今日の仕事は終わりだろう

 

「航空機が普及したら……」

 

(あの人達の働き口はどうなるの?)

 

 小さくて身軽な短身族にとって、輪空は貴重な職場だ。

 故に踏輪士のみならず、操縦士や乗務員もほとんどがノウブ族だ。

 そしてパント族の場合、輪空踏輪士への採用にはB級が求められる。

 人口が少ない代わりに、ノウブより遙かに長い就労年月を、輪空動力の主力として務める。

 もちろん高給だ。

 だがそのためには、血の滲む努力を続けて自らを強化し、等級をB級まで上げなければならない。

 

(その努力も無駄になってしまう……?)。

 

 そんな考えが瞬時に頭を巡り、ミンは言葉を続けた。

 

「……短身族の働き口がなくなります」

「そんな心配は要らないだろう」

 

 同じく短身族の主任が、ミンの心配をあっさりと否定した。

 

「これは大量の石油を燃やす。皆が輪空代わりに使ったら、石油はすぐに枯渇するぞ」

 

(確かに枯渇したら飛ばせない…)

 

「そうなったら、結局は輪空ですね」

 

 自分に言い聞かせるように答える。

 

「そういうことだ。だから航空機はあくまで緊急用だ」

「連邦軍でも使っていると聞きましたが?」

 

 主任の言葉にイシャーンが水を差す。

 

「使っているのは一部だ。たぶんそれも緊急用だろう」

 

 主任はそう言ったが、ミンの胸のざわつきは消えない。

 

(いや、違う。ボクは航空機が怖いんじゃない。シンが…同僚の身が心配なのよ)

 

 夕日が背中から照らし、ミンの足元の影を細く長く伸ばしている。

 その影は、どこまでもしつこくつきまとってくるように感じられた。

 

 ゲウ班長の案内で輪車に乗り込むと、夕暮れの孟都の街が窓の外を静かに流れていった。

 

(このどこかにシンがいるはず…)

 

 街は夕日にまだらに染まり、まるで何も起きていないかのように無表情だった。

 

 

 明くる朝、合同捜査本部は設置された。

 

「ではシン・ポップ行方不明事件の捜査会議を始める。もちろん当合同捜査本部は、事故の可能性を否定するものではない」

 

 特捜団の机には、捜査本部長を勤めることとなったジンゴ主任を中心に、その隣にイシャーンとミン。

 対面には地元の刑事一班の職員がずらりと席を並べており、神妙な面持ちだ。

 卓上名札には名前がしっかりと字打機で打ち込まれている。

 

(昨夜のうちに準備したのね)

 

 眠気の残る空気の中、ゲウ班長が黒板脇の足台に立ち、やや緊張した面持ちで、事件の経過を説明した。

 

「…以上、これら三つの倉庫のうちのいずれかを調べていたと思われますが、何を調べていたのかまでは、こちらは知りません」

 

(果実飲料と麦…金の出所とは関係ないわね。国軍は…あるのかな?)

 

 今のところ、手がかりはそこしかないように見えるが、ミンの頭の中では、シンが探っていたはずの金と共和国軍は結びつかない。

 あそこは未成年の兵役訓練と、害獣狩りの場だ。

 

(さて、次はボクの番)

 

 ミンは立ち上がった。

 説明すべき事は頭に入っている。

 

「シン・ポップ準監査員は、このところ取引所に持ち込まれているという金の出所を調査していました。まずは孟都銀行で…」

 

 すると、ゲウ班長が立ち上がり、指示棒を片手に黒板の横に立った。

 園都から来た三人のために、貼られた地図上の、銀行、換金屋、倉庫街の位置を指し示してくれた。

 ミンはそれを見て地図を頭にたたき込む。

 

「ノウブらしい配慮だな」

 

 イシャーンの感心したようなつぶやきが、説明を続けるミンの耳にも届いた。

 

(そうね)

 

 説明を終えて、ミンが着席すると、ジンゴ主任が本部長席の椅子から…いや、短身族用椅子の足元に付属する足台にて立ち上がり、会議室の視線を集めた。

 

「わたしはイシャーンとともに三つの39番倉庫に向かう。ミンは国軍の本部に向かい、倉庫を開けるよう頼んでくれ」

「分かりました」

 

 ミンはうなずき、すぐさま案内を依頼する。

 

「ゲウ班長、案内していただけますか?」

「分かりました。国軍本部には自分が、倉庫にはピーターが案内します。一班の手の空いてる者は本部長に随行して、指示に従うように」

「はっ」

 

 ゲウ班長の言葉には迷いがなく、部下の返事もそうだった。

 

「助かる。では行動だ!」

 

 主任の声とともに、ミンは椅子から跳び降りた。

 

 

 ゲウ・ダン班長の後についていき、短身族用の小さな輪車に乗り込む。

 ゲウ班長自らが踏輪する車体は特に軽いもので、道の些細な凹凸が細かく足下に伝わってきた。

 

(国軍が倉庫をすんなりと開けてくれるのかな…)

 

 ミンはふと、自分の兵役時代を思い出し、顔をしかめた。

 あの頃の自分は、ただの生徒であり、訓練兵だった。

 

(もうあの頃のボクじゃない。今や監査府の特捜団。恐れる理由なんかないはず)

 

 胸の奥で、静かに決意が固まる。

 そんなミンの思考を断ち切るように、ゲウ班長が口を開いた。

 

「ここは官庁街です。国司府(こくしふ)の中央官庁や、執政府の地方官庁が集まっています。ウチはここから少し外れてますがね。あと目的地もそうです。ウチの反対側です」

 

 道はいかにも官庁街の中央通りという様子だ。モルドー庁も国軍本部もここから少し外れているらしい。

 両脇にはまだ緑溢れた街路樹が並び、木々の間からは魔凝土(まくりーと)混凝土(こんくりーと)の建物が居並んでいるのが見える。

 朝の光を受けて鈍く光る薄汚れた白い壁を背景に、歩道を歩く大小の人々。

 各役所を訪れるのだろう。

 書類の束を抱えた男ノウブ、急ぎ足の男ニンゲン、小さな紙1枚を大切に持って進む女ノーク。

 

「官庁の朝はどこも似てますね」

「園都も同じですか?」

「ええ、監査府も執政府も国司府も」

 

 ゲウ班長が少し笑った。

 

「さすが園都ですね」

「何がです?」

「役所だらけです」

 

 ミンも苦笑した。

 

「そうですね。歴史ある建物が多いんですよ」

 

 やがて輪車は、古い石造りの建物の前で止まった。

 

「ここがモルドー共和国軍本部です」

 

 石をモルタルで化粧した、時代を感じさせる建物だった。

 壁には小さな日々があちこちに走っている。

 その中で真新しい軍旗だけが、場違いなほど鮮やかに見えた。

 

(旗を買う予算はあった。あるいはそれしかなかった、というところね)

 

 ミンは内心で、特捜団員らしい結論を、ノウブらしく即座に出す。

 

 受付に尋ねると、あらかじめ連絡してあったため、すぐに応接室に通された。

 部屋は乾いた空気が肌にひりつき、妙に呼吸が浅くなる。

 壁には軍人の肖像画が並んでいた。エルフ・ドワーフ・パント・ニンゲン・ノーク……

 

(…ノウブがいないわね。まあ仕方ないことだけど)

 

 ノウブは寿命が短い。みんな偉くなる前に退職になってしまう。

 

「お待たせしました。アマナ・フラハ曹長です」

 

 青に近い軍服を来た濃色の女ニンゲンが姿を見せた。

 成人して改めて出会う国軍の大人は、どこか気楽な雰囲気を漂わせていた。

 

(直轄軍とは随分違う…? あの張り詰めた空気が、ここにはない)

 

 考えて見れば、共和国軍は義務教育を終えた未成年を指導する軍だ。

“学校の延長”のような空気があったのを、ミンは思い出した。

 

「倉庫ですか?」

 

 ミン・グイが用件を告げると、フラハ曹長が不思議そうに眉を上げて見返してきた。

 

「はい。港の39番倉庫です」

 

 ゲウ班長がそう告げると、曹長は「ああ」と思い出したように手を打った。

 

「あれですか。最近、装備の更新がありまして、各地の兵役学校に送る前に、一時的に保管していた倉庫の一つです。ご存じのとおり、国軍には陸軍しかありませんから、自前の港がありません。だからいくつか借りるしかなかったんですよ」

 

(一時的な倉庫…)

 

「使用期間も今月で終わります。前年度予算の執行なので本当は三月までなんですけど、倉庫事務所からは、今月まで使って良いと言われています。どうせ上は同じですからね」

 

“上は同じ”とは、つまり同じ共和国国司府の機関という意味だろう。 

 

「モルドー国軍は倉庫を持っていないのですか?」

「もちろんあります。ただ今回は量が多かったため、あくまで一時的な措置ですよ」

 

 フラハ曹長はにこやかに、軽い調子で答えた。

 

「三日前…14日に、倉庫に出入りした者を教えてください」

「三日前ですか? すでに持ち出しは終わっているので、誰も行ってないはずですが……確認してご連絡しますよ」

 

 軽い。

 以前のミンなら、この軽さ流されていたかもしれないが……。

 

(悠長に待つ気はないの)

 

 一刻も早くシンを見つけなければならない。

 

「では倉庫に入りたいので、開けていただけますか? それとも――」

 

 ミンの胸の奥で、何かが静かに切り替わる。

 厳しい視線で、相手の褐色の顔を見上げた。

 

「――令状が必要ですか?」

 

 目を細め、低く静かに問いかけると、曹長の表情から笑みが消え、喉が小さく鳴る音が聞こえた。

 曹長は飛び上がるように席を立ち、背筋を伸ばし、あごを引いた。

 

「か、確認してきますので……お待ちください!」

 

 軍靴の音が慌ただしく遠ざかっていった。

 

「さすが特捜団。話が早いですね」

 

 どこか羨ましげな声で、ゲウ班長がつぶやいた。

 

 

 倉庫街は潮風が油と鉄の匂いを運び、輸送輪車がガタゴトと不穏な音を響かせていた。  

 巨大な倉庫群を見ていると、ミンは自分がちっぽけに感じてくる。

 目的の区画に近づくと、人影があちらこちらに散らばっている。

 見覚えのある顔ぶれだ。

 

「ウチの連中です。軍の倉庫周辺を捜索してますね」

 

 ゲウ班長が輪車を止め、ミンも地面に降り立つ。

 すかさず、大きな輪車も横に止まった。

 潮の匂いと湿気が、肌にまつわりつく。

 

 ジンゴ班長が小走りで近づいてきた。

 

「どうだった?」

「国軍の人に来てもらいました」

 

 そう言って横を見上げると、フラハ曹長が踵をそろえて敬礼した。

 

「モルドー共和国軍調達斑、アマナ・フラハ曹長です。倉庫の鍵を持ってきました」

「監査府特捜団のジンゴ・ヘイワド本監査員だ。早速開けてくれないか?」

「39番でよろしいですか?」

「そうだ」

「はっ!」

 

 ミンは歩きながら主任に尋ねる。

 

「何か見つかりましたか?」

「血痕があった」

 

 ミンの心臓が、跳ね上がる。

 

「シンのものかは、まだ断定はできないが、アルテ缶が現場に残っていた」

 

「彼は、アルテ缶と丸パンを三つずつ購入してます」

「そういうことだ」

 

(きっとシンのだ)

 

 フラハ曹長が開けた間身族用の入り口をくぐる。

 照明が点灯すると、中はガランとしていた。

 音が吸い込まれたように静かだ。

 

「ご覧のとおり、もう使用していません」

 

 曹長の声には、どこか安堵が混じっている。

 ミンは素早く見回す。

 床、壁、天井、照明、梁、鎧戸――どこにも痕跡はない。

 

「何もないな」

 

 ジンゴ主任がただ静かに言った。

 

(確かに…)

 

 混凝土の床にはうっすらと土埃が積もり、足跡は自分たちのものしかない。

 

(何か変だわ……)

 

「最後に入ったのはいつだ?」

「ええと…8日に物資を運び出したのが最後です」

 

 主任が尋ね、曹長が答える。

 

「国軍が借りていたのはここだけか?」

「いえ、あとは25番、31番、40番です」

「ではそこも見せてくれるか?」

「は!」

 

 ミンは主任に尋ねた。

 

「あの、(しゅ)に……本部長、血痕はどこに?」

「この対面の倉庫の屋根の上だ」

「見てきてもいいですか?」

「そうしてくれ。何か気付くかもしれない」

 

 外に出て浮遊魔法で屋根に上がると、ゲウ・ダン班長がいた。

 

「血痕はこちらです。すでに応援を呼びに行ってます」

 

 金属製の波形天板を指差したのは、刑事一班の班員。会議の卓上表札には“五十嵐優美”とあったのを思い出す。

 山と谷が交互に整列する金属板の、“山波”に横一線、刷毛で一なぐりしたように茶褐色の跡が残っている。

 

「ここにもあります。食べ終えたアルテ缶が二つ転がってます」

 

 血痕の線を遡るように、歩く。

 波形の金属板は、踏みしめるたびに低い音を響かせる。

 アルテ缶はそこにあった。

 

(ここで襲われて……あそこまではじき飛ばされて…‥擦れて血痕が残った…)

 

 胸の奥が痛い。押さえられそうもない。

 

「見つけたぞ!」

 

 声が響いた。

 ミンは反射的に身を乗り出し、声の方へ視線を走らせる。

 

「こっちだ!」

 

 左下から聞こえる。

 濃色の男ニンゲン――卓上名札ではピーター・モリソン――が必死に手を振っている。

 ミンは屋根から跳び降りると、一目散に駆け出す。

 視界には倉庫だけが迫ってくる。

 

「血痕らしき跡を見つけました。なんとなくこの倉庫に続いているように思ったので、念のため開けてもらったんです」

 

 ピーターの息を弾ませた声が耳に入る。

 だがミンの足は止まらない。

 倉庫の中へ駆け込み――その瞬間、胸が締め付けられた。

 横たわる小さな影。

 膝をつき「おい、聞こえるか!」と声を掛けているイシャーン。

 鍵束を手に呆然と立ち尽くす男ニンゲン。

 その脇をすり抜け、小さな影に駆け寄った。

 近づくほどに、その輪郭が、服が、髪が――シン・ポップの変わり果てた姿として形を結んでいく。

 

(シン……!)

 

 側頭部は血で固まり、両腕と片足が不自然に折れ曲がっていた。

 ミンは思わず両手で口を覆う。

 

(何てひどい……)

 

 一瞬、息が止まる。

 

「息があります!」

 

 イシャーンの声に、ミンの心臓が跳ね上がり、再び呼吸を思い出す。

 

「救急を呼べ!」

 

 ジンゴ主任の声が倉庫に響き、皆が一斉に動き出した。

 

「シン・ポップ! シン! 聞こえる!?」

 

 ミンは震える声で呼びかけた。

 ほとんど悲鳴だった。

 

 





航空機のイメージはDC3という戦前の飛行機です。
レイモンド・チャンドラーの探偵小説『ロング・グッドバイ』で「遅い飛行機の名前」として出てきます。
ちょうどこれくらいの技術が最先端な時代が舞台ですが、新技術はあまり歓迎されていないため、進歩はゆっくりめです。

次回の投稿は明日の予定です。
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