連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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016 第14話 邦立病院の診断

 

 シンの名を叫ぶミンのすぐ後ろで、主任の声が飛んだ。

 

「緊急事態だ! まっすぐ飛んで行け!」

 

 本来は飛行が禁じられている建物上空を、一直線に飛べという意味だ。

 人命が掛かっている。違反行為は免責される。

 

「それと鎧戸を開けてくれ!」

「は、はい!」

 

(早く…早く…)

 

 叫ぶのをやめたミンのそばで、イシャーンが写真機を構え、遮光蓋(しゃこうがい)を切る音だけが響く。

 すぐに鎧戸を開ける音が、その場を覆った。

 

(治癒術が使えたらいいのに…)

 

 ミンはただ見てることしか出来ない自分の無力さを噛みしめるしかなかった。

 

「班長、電話してきました!」

 

 ピーターが開いた鎧戸から飛び込んできて、ゲウ班長に報告を始めた。

 ミンはただ、シンの呼吸を確認し続けた。

 

「目印代わりに上空に浮遊していろ、と言われたので、自分が行きます。課長にも連絡しました。応援と鑑識はすでにこちらに向かっているそうです。あと現場はこのままでお願いします」

 

 ミンはシンのそばにしゃがみ込み、震える手でそっと呼吸を達かめる。

 弱い。けど、確かに生きている。

 

「現場はうちで押さえますが、警察にはどうしますか?」

「そちらが一通り終わってからにしてくれ」

「わかりました」

 

 そんなやりとりが耳に入るが、ミンはただシンの呼吸に集中する。

 折れ曲がった両腕が、シンが受けた苦痛を物語っている。

 

(拷問された……?)

 

 カンカンカンカンカン!

 

 けたたましい警鐘音が遠くから近づいてきた。

 救急輪車が倉庫の前に止まった。

 運転席の男ノークは座ったまま、素早く脇の棒を引き上げ、車軸を固定する。

 すぐに車体後部がガバッと開き、男ドワーフと男ノウブの救急隊員が飛び出した。

 

「患者は?」

「こっちだ!」

 

 ドワーフの隊員が駆け寄り、シン・ポップの状態を一目見るーなり、短くつぶやいた。

 

「浮遊」

 

 次の瞬間、シンの小さな体がふわりと宙に浮かび上がった。そしてゆっくりと、しかし確実に救急輪車へ向かって移動していく。

 

(シン……)

 

 ミンは胸が締め付けられる。

 

「ケガ人の氏名は?」

「シン・ポップです」

 

 ミンが告げた瞬間、ノウブ隊員の両目が大きく見開かれた。

 

「シン・ポップだって? 監査府のか?」

 

 意外な言葉にミンは眉をひそめる。

 

「そうです」

「等級は?」

「C級です」

「ケガの原因は?」

 

 これには主任が答えた。

 

「何者かにやられた。頭部に殴られたと思われる負傷、両腕と右足が骨折」

 

 ノウブ隊員の緑色の顔がみるみる青ざめていく。

 

「付添は一人だ! 急いでくれ!」

 

 ドワーフの隊員の声が響いた。

 見ると、ちょうどシンの搬入が終わったところだった。

 

「ミン・グイ、キミが付き添え」

 

 主任が振り返って指示を出した。

 

「わかりました!」

 

 ミンは迷うことなく、救急輪車に飛び乗った。

 

 

 カンカンカンカンカン――。

 

 警鐘が甲高い連続音を鳴り響かせて走る救急輪車。

 揺れる患者室の片隅で、シン・ポッフの寝台を見つめていた。

 

(シン……しっかりして……)

 

 輪車は他の車両を押しのけるように突き進む。

 だがミンには遅く感じられ、焦りだけが膨らんでいく。

 

「意識不明。呼吸は微弱。右側頭部に裂傷、時間が経っている。両腕橈骨(とうこつ)尺骨(しゃっこつ)共に骨折、右足脛骨(けいこつ)腓骨(ひこつ)も骨折。危険な状態だ」

 

 男ドワーフの救急隊員が淡々と告げ、男ノウブの隊員が記録紙に素早く書き込んでいく。

 

「酸素吸入開始!」

 

 すぐにシンの口にゴム管付きの覆いが取り付けられた。

 

(シン…)

 

 最後の連絡から、すでに2日と17時間。

 生きていること自体が奇跡であり、いつ事切れてもおかしくない。

 ミンの胸は締め付けられる。

 

「病院はどこです?」

 

 ミンは逸るように尋ねた。

 

「邦立病院に運ぶ手はずになってる」

「手はずになっている……とは?」

 

 思わず聞き返すと、ドワーフの隊員が説明した。

 

「邦立病院から電話があったそうだ。シン・ポップという監査府職員を搬送するときは、必ず邦立病院に連れて来い、と。おそらく孟都の全待機所に連絡が回っている」

 

(全待機所に……? 誰がそんな…?)

 

 メネル団長…ではない。

 あの女エルフはそこまで気を回すような人じゃない。

 なら、あの時近くにいた秘書官か、補佐官だろうか――。

 

(秘書官って、ここまで先回りするものなの?)

 

 ミンは素直に感心した。

 自分でも、ここまで手配しようとは、そもそも思いつかない。

 

 ――“ボクたちノウブは賢い”

 

 中学校の卒業式で校長が発した言葉が、ふとよみがえる。

 

 ――“頭の鈍い他種族を(たす)けることで連邦の支えとなれ!”

 

(なのに……今は反対に助けられている)

 

 胸の奥に、熱いものがじんわりとこみ上げた。

 

(みんなが助けてくれてるのよ)

 

 寝台に横たわるシンに視線を落とす。

 意識はなく、動く気配もない。

 呼吸のわずかな上下がなければ、死んでいるようにしか見えない。

 

(ああ……かわいそうに……)

 

「治療魔法は使えないの?」

 

 思わず口にしていた。

 

「わしが治療魔法なんぞ使えたら、この仕事には()けんな。病院で働かなくちゃならんからな」

 

 ドワーフがフンと鼻を鳴らした。

 

(就けないなんて……救急医療にこそ必要なのに……)

 

「だが病院には治療士がいるぞ」

 

 ドワーフが付け足した。

 

「治癒術は使えないの……?」

 

 こんな時には治療士(ちりょうし)より治癒術師(ちゆじゅつし)の方がありがたい。

 

「無茶言うな! 治癒術なんか余計に無理だ! 治癒術師は連邦全土でようやく20人に届いたばかりだぞ。しかも半分は連邦軍にいる」

「そんなに少ないの? ノウブには無理だとは聞いたけど…」

「ノウブなんか天賦の才でも無い限り、修得した頃には引退だな。だがな、邦立病院にはいるぞ。今日いるとは限らねえが」

 

(いても勤務日じゃないかもしれない……)

 

 ミンは唇を噛んだ。

 

 カンカンカンカンカン――。

 

 警鐘音をまき散らしながら、信号にも止まることなく、救急輪車は突き進む。

 だが大通りは輸送輪車が列をなし、速度は思うように上がらない。

 

(早く……早く着いて……!)

 

 ミンは祈るように、シンの顔を見つめ続けた。

 

 

「到着だ。降りてくれ」

 

 言われるまま輪車を降りると、そこは救急病棟の入り口だった。

 シン・ポップの体は意識が戻らないまま、浮遊魔法で車輪付き寝台に移され、そのまま奥の廊下へと滑るように運ばれていく。

 ミンは後を追った。

 移動寝台は迷いなく一番奥の部屋に吸い込まれるように入っていく。

 

「付き添いは廊下で待っててくれ」

 

 扉の上には『透過(とうか)写真室』の札。

 

 ミンは廊下の長椅子に跳び乗る。

 間身族用の椅子なので、足が床から離れ、少し心許ない。

 ミンは先ほどのシンの姿が思い浮かぶ。

 

(頭に傷、両腕と右足が折れてた…)

 

 ただ襲われただけで、こんなことにはならない。

 

(普通じゃない……拷問としか……)

 

 それ以上は何も考えられなかった。

 考えたくなかった。

 しばらくたたずんでいたようだ。

 気づけば廊下の時計は、すでに昼過ぎを示していた。

 

(時間がかかっている……大丈夫よね……ボクも何か口に入れておかないと)

 

 空腹ではないが、食べておかないと体がもたない。

 そんなことを考え始めたところで、天井の音声盤が鳴った。

 

『シン・ポップさんの付き添いの方は、救急受付までお越しください』

 

(ようやく……)

 

 ミンは小さく息を吐き、椅子から跳び降りた。

 

 指示された部屋に入ると、白衣の男が二人待っていた。

 

「医師の坂崎(はじめ)だ。彼の両腕と右足が折れている」

 

 中色の男ニンゲンが淡々と告げた。

 ミンは頷く。それはもう知っている。

 

「頭部の出血はひどく見えたが、輸血が必要なほどではない。今は酸素吸入をして、あと脱水症状があるので点滴中だ。透過写真では、内臓に問題はない。ただ、頭蓋骨内に小さいが血腫(けっしゅ)がある疑いがある」

 

 ミンは息を呑んだ。

 

「開頭手術で血腫を除いた後、治癒術を使う。本来なら治癒術は明日以降になるが、今回は特別にこちらのゲントナー先生が治癒術を使ってくれる」

 

 坂崎医師が手で示した淡色の男ニンゲン――ゲントナーは、背中こそ曲がっていたが、その目は鋭かった。

 

「フィン・ゲントナー、治癒術師だ。引退した身だが、病院からの要請があれば手伝うことにはなっている。今日一日だけなら重傷患者にも治癒術が使える…うっ」

 

 胸を張ろうとして背中が伸びなかったのか、顔をしかめた。

 

「特別な計らいに感謝いたします」

 

 ミンが礼を述べると、ゲントナーは軽く笑った。

 

「なに、ジロー閣下に直に頼まれたと聞いては無理もするさ」

 

(ジロー閣下の手配だったのね……!)

 

 ミンは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 

「ケッシュというのは、治療魔法では除けないのですか」

「そうだ。治療魔法は回復を早めるが、自然に除けない異物を取り除くことはできない。治癒術は外傷や骨折、それに伴う神経や血管の損傷などは治せるが、他の器官はまず治せない。だから我々外科医がいるんだよ」

「はい」

 

 ミンは大きく頷いた。

 治癒術と治療魔法、そして外科手術、それぞれに役割があるようだ。

 

「手術は部屋が空き次第行う。時間との勝負だ」

「よろしくお願いします」

 

 ミンは心を込めて――いや、祈るような気持ちで二人に頼んだのだった。

 

 廊下に出ると、救急受付の短身族用の受付台に呼ばれ、いくつかの書類に記入させられた。

 

「公務員なら公務負傷にしますか?」

「おそらくそうですが、詳細はまだわかりません」

「ならこれは後にしましょう」

 

 記入を終えると、ミンは事務員に書類を手渡し、自分の用件を告げる。

 

「シン・ポップの所持品を確認したいのですが――」

「それでしたらこちらでお待ちを…」

 

 数分後、ミンは看護師が持ってきた段紙(だんし)箱を開けていた。

 

(ん?)

 

「これは――」

 

 ミンは眉をひそませた。

 

 





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