連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために―― 作:mogatoku
夕方の会議室には、捜査関係者が集まっていた。
刑事一班長のゲウ・ダンは、合同捜査本部の本部長を任されているジンゴ・ヘイワドの姿を見つめていた。
本部長席で腕を組み、報告に耳を傾けている姿は、落ち着きと経験を感じさせる。
(うちの課長とは大違いだな…)
ゲウはつい自分の上司との違いを感じ、頼もしく思えた。
「……対面の40番倉庫の屋根の上で殴打された後に、33番倉庫に運ばれたと思われます。両腕と右足を折り曲げられていますが、どちらの現場でかは不明です」
ゲウの部下、ピーター・モリソンが早口で説明した。
続いて、女ノウブの鑑識員リル・ガンが写真を貼り出した。
「鑑識班です。これはイシャーン・パテル特調員が撮影した発見現場写真ですが、ご覧のとおり、被害者が動いた形跡がありません」
白黒の写真に写るシン・ポップの姿。
無機質な画面が、逆に深刻さを際立たせている。
「当班も現場に入りましたが、被害者は運び出されるまでほとんど動いておらず、ずっと意識を失っていたものとこちらは判断しています」
(よく耐えたものだ…)
つづいて、班員の
「病院に付き添ったミン・グイ特調員からの電話連絡がありました。被害者はまもなく手術を受けるそうです。終わり次第、治癒術も施されるとのことです」
「それはありがたいな」
(ミン・グイ準監査員…若いのに国軍曹長相手に凄んでいた。今は病院か…)
「それで所持品を確認したところ、腰帯が切断されており、
会議室がどよめいた。
(板入れが……?)
魔法
片面の通し金に腰帯やベルトを通し、短身族なら、三つ四つ、腰に装着するのが普通だ。
ゲウ自身もそうしている。
「現在、当班員と鑑識員が回収に向かっています」
それまで黙っていた本部長が口を開く。
「魔法板を盗られたのか?」
「おそらく」
魔法板とは、名刺大の金属板に魔法陣を刻印したものだ。これがあれば呪文を唱えずとも即座に魔法を発動できるため、一般に広く普及している。
(魔法板を盗むために腕を折ったのか? いや、違う…)
魔法板はカネにはなるが、それなら腕を折る必要はない。
(なら考えられる目的は――)
ゲウの思考は即座に結論に飛ぶ。
「発見現場の倉庫について、何か分かったことはあるか?」
本部長の声が飛んだので、ゲウは思考を中断して立ち上がる。
「はい。管理事務所によれば、現在の使用者は〈ガントン
(見つけたと思ったのに、肩すかしを食らわされた気分だ)
「四年前か…つまり、誰かが現存しない業者の名を
「おそらく」
「他に何か分かったことは?」
鑑識班のリル・ガンが手を上げた。
「被害者が見張っていたという39番倉庫内ですが、土埃が床一面を薄く覆っていました。本部長と、国軍曹長、ミン・グイ特調員の足跡しかなく、8日まで使用していたにしては、その形跡が見当たりません。まるで風魔法で土埃を舞わせてから退出したかのようです」
「つまり誰かが足跡を消したと?」
「その可能性が高いと見ています」
(痕跡を消したか…あの倉庫に何があった?)
ゲウ・ダンには見当も付かない。
本部長が再び問いかけた。
「犯人はなぜシンの両腕を折ったのだろうか?」
(その理由は明白だ)
ゲウは口を開いた。
「魔法を封じるためだと思います」
先ほど思いついた結論を口にした。
「そうか???」
本部長の声には疑問符がいくつもぶら下がっていたが、ゲウは大きく頷いた。
「はい。犯人は被害者を殺すこともできましたが、殺していません。両腕を折る、魔法板を奪う――これで被害者は魔法が使えなくなりました。おそらく、それが目的でしょう」
ジンゴ本部長が無言で小さく頷いた。
ゲウは続けた。
「それと今朝の、ミン・グイ特調員の経緯説明の中にあった『警察である可能性』の線ですが、少なくとも実行犯は警察官ではないと思います」
「その理由は?」
本部長が頭の後ろを掻いている。
それを見てゲウは少し動揺する。
(本部長は同意してない……?)
「警察官は我々同様、拘束魔法板を所持しています。たとえ所持していなくとも拘束魔法は必須科目です。相手が傷を負って動けないなら、呪文を唱える時間は充分にあるでしょう。それで一日以上、魔法を封じることができます」
(警察官ならそうするのが合理的だ)
「だが、警官だとバレないために使わなかったのかもしれないぞ」
(……その可能性は頭になかった)
「……確かに、それは否定できません。ですが、さらに右足を折ったということは、発覚を遅らせる意図があったのではないでしょうか」
手が使えなければ魔法も使えない。足まで折られたら、意識を取り戻しても、倉庫の外に出るのは極めて困難だ。
ゲウにはそう考えるのが最も合理的に思えた。
「それは拷問されたと考えるのが普通じゃないか? なぜ違うと思うんだ?」
「発見現場にはそのような痕跡は見当たりません」
「少なくとも発見現場には、だがな。なるほど……。他に何かあるか?」
ゲウは、今度は勢いよく立ち上がった
自分の中ではすでに結論は出ているのだ。
(それに、ここで言わなければ、誰も言わないかもしれない)
本部長が「まだあるのか…」というような視線を向けてきたが、ゲウは構わずに声を張り上げた。
「国軍に捜査を入れるべきと考えます!」
被害者は国軍の倉庫を見張っていて襲撃されたのだ。関連はあるはずだ。
(乗り込めば何か出てくるはず!)
だがゲウの勢いをそらすように、本部長は首を振った。
「いや、傷害事件とモルドー国軍との繋がりは見つかっていない」
(なぜだ? 本部長は何を恐れてる?)
「シンが見張っていたとされる39番倉庫は犯行現場ではない。犯行現場の正面、もしくは発見現場の三軒隣に過ぎない。令状は出ない」
ジンゴ本部長がただ事実を並べるように、否定する。
(しかし…無関係には見えない!)
ゲウは自分の根拠をさらに述べる。
「でも血痕は40番倉庫の屋根にありました。犯行現場です。ここも国軍が借りていました。踏み込めますよ」
「いや、屋根の上を借りていたわけではない。それに40番はフラハ曹長に見せてもらったが、何も無かった」
(それは知ってる……だが…あそこには何かある! そう感じた!)
そんなゲウの思いをジンゴ本部長は否定する。
「もし国軍が関係していたとしても、軍というのは自分たちの名誉を守ろうとして、情報を隠すものだ。こちらの動きを知れば妨害してくることもある。踏み込みたい気持ちは理解できるが、当てずっぽうで踏み込めば、すぐに行き詰まるぞ」
(それでも…)
「中央府なら…特捜なら、妨害をものともせずに強引に行けるのでは?」
監査府なら遠慮などせずに乗り込めば良いではないか!
(あなた方の権限はそのためにあるのでは?)
ゲウは挑むような視線を本部長へと向けた。
日頃の及び腰な上司たちには向けられない視線だ。
だが本部長は首を振った。
「監査府がその力を発揮するには、監査人の権限が必要だ。それには、監査人を納得させるだけの根拠が必要だ。疑うに足る根拠が、だ。現時点では国軍への疑いに充分な根拠があるとは言えない」
(40番倉庫は国軍が借りていた。それだけでは足りないのか……?)
自分の中で気持ちが沈み始めるのを感じる。
「他にはあるか?」
本部長がこの話の終了したため、ゲウは渋々腰を下ろした。
(慎重すぎる……この人も部長や課長と同じか……)
ゲウは失望を禁じ得なかった。
(中央府ですらこんなに慎重とは…ボクは思う存分捜査できる環境が欲しいというのに…)
待っていたかのように、優美が手を上げた。
「警察から打診が来ています」
「警察?」
ジンゴ本部長が眉をひそめた。
「はい、港湾署の刑事が、被害者に話を聞きたいと」
ゲウも同じく眉をひそめる。
(警察が入ると余計に捜査が遅れそうだ。横やりが入る前に少しでも前に進めたい)
「こちらが先だ」
ゲウの考えを代弁するかのような言葉に、ゲウも大きく頷いた。
「はい。手術と治癒術が成功すれば、早ければ明日の午前中には話を聞けるかもしれません」
本部長も頷いた。
「手術が終われば、ミン・グイが連絡を寄越すだろう。受けた者はその時にミンに伝えておいてくれ。警察の聴取は、こちらが終わるまで待ってもらうように、とな」
「分かりました」
ゲウは力強く頷いた。
捜査会議はその後も続いたが、ゲウはもどかしかった。
これは単なる傷害事件ではない。
もう少し大きな“何か”が裏にある。
(国軍の倉庫は足跡が消されていた。偶然のはずがない)
ゲウには、その“何か”が国軍にあるとしか思えなかった。
翌朝――
特調員のシン・ポップは長い眠りから目覚めた。
まぶたを開くと白い天井が見えた。
中心には電球。明かりは付いてない。
窓から差し込む朝の光が、薄く揺らめいていた。
「ここは……どこ?」
(なぜこんな所に?)
思い出そうとするけど、頭の奥がぼんやりしている。
身体がぼやけて、どこからが自分なのかわからない。
まぶたの奥には重さが残り、指先にも力が入らない。
耳の奥で車輪の音がかすかに響いているのは気のせいか。
まるで霧の中を手探りしているような感覚だ。
(ええと……確か調査をしていたんだった)
何の調査だった?
(金の出所を探れと。手柄を立てて……出世するんだ)
孟都に来て、銀行に行き、換金屋に行き、倉庫に行き――
(そこで…)
右手で側頭部を押さえる。
そこには頭皮しかなかった。
(ここだけ髪がない……剃られてる?)
体を起こそうとするけど、力が入らない。
腕が重い。いや、動かない。
消毒液の匂いがかすかに鼻に刺さる。
左を見ると、上から点滴が下がっていた。
ゴム管が毛布の中まで延びている。
毛布をめくると、左腕に針が刺さっていた。
(病院だ…)
倉庫の屋根の上にいた。
そして――
“帰らないと痛い目見るぞって言ったよな”
声が、頭の奥で反響した。
(そうだ。後ろから殴られたんだ……その後どうなったんだ?)
引き戸が開いた。
中年の女ノウブが棚車を押して入ってきた。
「気がつきましたか」
知らない声だ。でも敵意は感じない。
「はい」
「では氏名と回齢を言ってください」
「シン・ポップです。25回期です」
「記憶は大丈夫ですね。では点滴を交換します」
浮遊魔法でガラス瓶をふわりと浮かせ、手際よく取り替える。
左腕から針が抜かれ、新しい針が刺された。
「では先生を呼んできますね」
看護師は棚車を押して出て行った。
シンは再び天井を見つめた。
やってきた医師は、白髪交じりの黒髪の男ニンゲンだった。
坂崎と名乗った。
「昨日の午前中に運ばれてきた。ひどい状態だったぞ。もう少しで手遅れになるところだった」
頭から流れた血が固まったまま意識を失い、両腕と右足を骨折していたという。
(そんなにひどかったなんて…)
「頭蓋骨の硬膜に血腫があり、そのせいで意識が戻らなかった」
(けっしゅ…?)
「開頭手術で血腫を取り出してから、治癒術を使った。骨折にも治癒術を使ったので、計4回だ」
坂崎医師は左手の指4本を立てた。
「治癒術を連発した治癒術師のゲントナー先生は動けなくなってね。今は入院して寝てるよ」
そう言って、ハハハと笑う。
「おかげで傷はすっかり治っている。多少は衰弱しているが、食事を始めれば二日ほどで回復するだろう。早ければ三日後には退院できるはずだ」
「ありがとうございます」
「じゃあわたしはこれで失礼するよ」
坂崎は軽く手を上げて出て行った。
シンは小さく息をつく。
(頭のケガに、腕と足の骨折……治癒術のおかげで元通りなら……すぐに復帰できる)
「早く倉庫を調べないと」
体を起こそうとしたが、すぐに全身の力が抜けて枕に沈み込んだ。
(……ダメだ。まだ動けない)
しばらく天井を眺めていると、再び引き戸が開いた。
「気がついたと聞いて」
入ってきたのは、ミン・グイだった。
(ミン・グイ……どうしてここに?)
「いつ来たんだ?」
「一昨日。キミが最後に連絡した翌々日の夕方に臨時捜索隊が編成されたの。三人だけど」
(捜索隊…)
「三人でこっちに来た。航空機でひとっ飛びだったわ」
ミンは少し誇らしげに言った。
「三人で?」
(そんな…結構大ごとに……)
「そう。ジンゴ・ヘイワド本監査員が主任で、イシャーン・パテル監査員とボクが隊員よ」
「そうですか……」
(ボクのために捜索隊が…)
胸の奥が重く沈む。
「それで、モルドー庁との合同捜査本部ができたの」
「ご、合同捜査本部が!?」
(そんな…大げさな…)
「行方不明事件として、捜索を始めたら、キミは倉庫街の33番倉庫で倒れていた。モルドー庁刑事一班のピーター・モリソン準調査員が発見したの。すぐに救急輪車でこの病院に運ばれたのよ。病院も治癒術師の先生もジロー閣下が手配してくれたそうよ」
「ジロー閣下が……?」
(主席最高監査人閣下が…わざわざボクのために……)
「そうよ。お偉いさんなのに、意外と気が利くわよね」
ミンが冗談っぽくそう言って笑ったが、シンは笑えなかった。
(役に立つところを見せて認めてもらうはずが……逆に面倒を掛けてしまった…)
シンは心の中でうなだれた。
「つまりボクは……ヘマしたわけですね」
そう口にした瞬間、目から涙が溢れた。
(沿東ノウブの誇りを見せるはずだったのに……)
(ボクは皆の期待を背負って監査府に入ったのに……)
(閣下にも認めてもらうはずだったの……)
貴重な好機を逃してしまった…
ノウブには時間がない。
次の好機はいつになるか分からない。
「そんな…ヘマなんかじゃないわ。それに…」
ミンがそっとシンの手を取った。
「…無事で良かった…本当に…」
その手は温かく、優しかった。
袖で涙をぬぐい、ミンの顔を見つめる。
「ねえ、シン・ポップ準監査員。犯人の顔を覚えてない?」
その声は柔らかかったが、その瞳は真剣さを鋭く放っていた。
犯人への怒りを
次回の投稿は明日の予定です。