連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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017 第15話 揺れる会議、目覚めるシン

 

 夕方の会議室には、捜査関係者が集まっていた。

 刑事一班長のゲウ・ダンは、合同捜査本部の本部長を任されているジンゴ・ヘイワドの姿を見つめていた。

 本部長席で腕を組み、報告に耳を傾けている姿は、落ち着きと経験を感じさせる。

 

(うちの課長とは大違いだな…)

 

 ゲウはつい自分の上司との違いを感じ、頼もしく思えた。

 

「……対面の40番倉庫の屋根の上で殴打された後に、33番倉庫に運ばれたと思われます。両腕と右足を折り曲げられていますが、どちらの現場でかは不明です」

 

 ゲウの部下、ピーター・モリソンが早口で説明した。

 続いて、女ノウブの鑑識員リル・ガンが写真を貼り出した。

 

「鑑識班です。これはイシャーン・パテル特調員が撮影した発見現場写真ですが、ご覧のとおり、被害者が動いた形跡がありません」

 

 白黒の写真に写るシン・ポップの姿。

 無機質な画面が、逆に深刻さを際立たせている。

 

「当班も現場に入りましたが、被害者は運び出されるまでほとんど動いておらず、ずっと意識を失っていたものとこちらは判断しています」

 

(よく耐えたものだ…)

 

 つづいて、班員の五十嵐優美(いがらしゆうみ)が立ち上がった。

 

「病院に付き添ったミン・グイ特調員からの電話連絡がありました。被害者はまもなく手術を受けるそうです。終わり次第、治癒術も施されるとのことです」

「それはありがたいな」

 

(ミン・グイ準監査員…若いのに国軍曹長相手に凄んでいた。今は病院か…)

 

「それで所持品を確認したところ、腰帯が切断されており、板入(ばんい)れが見当たらないとのことです」

 

 会議室がどよめいた。

 

(板入れが……?)

 

 魔法(ばん)が一枚入る金属製の薄い箱。

 片面の通し金に腰帯やベルトを通し、短身族なら、三つ四つ、腰に装着するのが普通だ。

 ゲウ自身もそうしている。

 

「現在、当班員と鑑識員が回収に向かっています」

 

 それまで黙っていた本部長が口を開く。

 

「魔法板を盗られたのか?」

「おそらく」

 

 魔法板とは、名刺大の金属板に魔法陣を刻印したものだ。これがあれば呪文を唱えずとも即座に魔法を発動できるため、一般に広く普及している。

 

(魔法板を盗むために腕を折ったのか? いや、違う…)

 

 魔法板はカネにはなるが、それなら腕を折る必要はない。

 

(なら考えられる目的は――)

 

 ゲウの思考は即座に結論に飛ぶ。

 

「発見現場の倉庫について、何か分かったことはあるか?」

 

 本部長の声が飛んだので、ゲウは思考を中断して立ち上がる。

 

「はい。管理事務所によれば、現在の使用者は〈ガントン貨物輪船(かもつりんせん)〉という海運業者です。しかし商務登記を確認したところ、二八七年に廃業しています」

 

(見つけたと思ったのに、肩すかしを食らわされた気分だ)

 

「四年前か…つまり、誰かが現存しない業者の名を(かた)っているということだな」

「おそらく」

「他に何か分かったことは?」

 

 鑑識班のリル・ガンが手を上げた。

 

「被害者が見張っていたという39番倉庫内ですが、土埃が床一面を薄く覆っていました。本部長と、国軍曹長、ミン・グイ特調員の足跡しかなく、8日まで使用していたにしては、その形跡が見当たりません。まるで風魔法で土埃を舞わせてから退出したかのようです」

「つまり誰かが足跡を消したと?」

「その可能性が高いと見ています」

 

(痕跡を消したか…あの倉庫に何があった?)

 

 ゲウ・ダンには見当も付かない。

 本部長が再び問いかけた。

 

「犯人はなぜシンの両腕を折ったのだろうか?」

 

(その理由は明白だ)

 

 ゲウは口を開いた。

 

「魔法を封じるためだと思います」

 

 先ほど思いついた結論を口にした。

 

「そうか???」

 

 本部長の声には疑問符がいくつもぶら下がっていたが、ゲウは大きく頷いた。

 

「はい。犯人は被害者を殺すこともできましたが、殺していません。両腕を折る、魔法板を奪う――これで被害者は魔法が使えなくなりました。おそらく、それが目的でしょう」

 

 ジンゴ本部長が無言で小さく頷いた。

 ゲウは続けた。

 

「それと今朝の、ミン・グイ特調員の経緯説明の中にあった『警察である可能性』の線ですが、少なくとも実行犯は警察官ではないと思います」

「その理由は?」

 

 本部長が頭の後ろを掻いている。

 それを見てゲウは少し動揺する。

 

(本部長は同意してない……?)

 

「警察官は我々同様、拘束魔法板を所持しています。たとえ所持していなくとも拘束魔法は必須科目です。相手が傷を負って動けないなら、呪文を唱える時間は充分にあるでしょう。それで一日以上、魔法を封じることができます」

 

(警察官ならそうするのが合理的だ)

 

「だが、警官だとバレないために使わなかったのかもしれないぞ」

 

(……その可能性は頭になかった)

 

「……確かに、それは否定できません。ですが、さらに右足を折ったということは、発覚を遅らせる意図があったのではないでしょうか」

 

 手が使えなければ魔法も使えない。足まで折られたら、意識を取り戻しても、倉庫の外に出るのは極めて困難だ。

 ゲウにはそう考えるのが最も合理的に思えた。

 

「それは拷問されたと考えるのが普通じゃないか? なぜ違うと思うんだ?」

「発見現場にはそのような痕跡は見当たりません」

「少なくとも発見現場には、だがな。なるほど……。他に何かあるか?」

 

 ゲウは、今度は勢いよく立ち上がった

 自分の中ではすでに結論は出ているのだ。

 

(それに、ここで言わなければ、誰も言わないかもしれない)

 

 本部長が「まだあるのか…」というような視線を向けてきたが、ゲウは構わずに声を張り上げた。

 

「国軍に捜査を入れるべきと考えます!」

 

 被害者は国軍の倉庫を見張っていて襲撃されたのだ。関連はあるはずだ。

 

(乗り込めば何か出てくるはず!)

 

 だがゲウの勢いをそらすように、本部長は首を振った。

 

「いや、傷害事件とモルドー国軍との繋がりは見つかっていない」

 

(なぜだ? 本部長は何を恐れてる?)

 

「シンが見張っていたとされる39番倉庫は犯行現場ではない。犯行現場の正面、もしくは発見現場の三軒隣に過ぎない。令状は出ない」

 

 ジンゴ本部長がただ事実を並べるように、否定する。

 

(しかし…無関係には見えない!)

 

 ゲウは自分の根拠をさらに述べる。

 

「でも血痕は40番倉庫の屋根にありました。犯行現場です。ここも国軍が借りていました。踏み込めますよ」

「いや、屋根の上を借りていたわけではない。それに40番はフラハ曹長に見せてもらったが、何も無かった」

 

(それは知ってる……だが…あそこには何かある! そう感じた!)

 

 そんなゲウの思いをジンゴ本部長は否定する。

 

「もし国軍が関係していたとしても、軍というのは自分たちの名誉を守ろうとして、情報を隠すものだ。こちらの動きを知れば妨害してくることもある。踏み込みたい気持ちは理解できるが、当てずっぽうで踏み込めば、すぐに行き詰まるぞ」

 

(それでも…)

 

「中央府なら…特捜なら、妨害をものともせずに強引に行けるのでは?」

 

 監査府なら遠慮などせずに乗り込めば良いではないか!

 

(あなた方の権限はそのためにあるのでは?)

 

 ゲウは挑むような視線を本部長へと向けた。

 日頃の及び腰な上司たちには向けられない視線だ。

 だが本部長は首を振った。

 

「監査府がその力を発揮するには、監査人の権限が必要だ。それには、監査人を納得させるだけの根拠が必要だ。疑うに足る根拠が、だ。現時点では国軍への疑いに充分な根拠があるとは言えない」

 

(40番倉庫は国軍が借りていた。それだけでは足りないのか……?)

 

 自分の中で気持ちが沈み始めるのを感じる。

 

「他にはあるか?」

 

 本部長がこの話の終了したため、ゲウは渋々腰を下ろした。

 

(慎重すぎる……この人も部長や課長と同じか……)

 

 ゲウは失望を禁じ得なかった。

 

(中央府ですらこんなに慎重とは…ボクは思う存分捜査できる環境が欲しいというのに…)

 

 待っていたかのように、優美が手を上げた。

 

「警察から打診が来ています」

「警察?」

 

 ジンゴ本部長が眉をひそめた。

 

「はい、港湾署の刑事が、被害者に話を聞きたいと」

 

 ゲウも同じく眉をひそめる。

 

(警察が入ると余計に捜査が遅れそうだ。横やりが入る前に少しでも前に進めたい)

 

「こちらが先だ」

 

 ゲウの考えを代弁するかのような言葉に、ゲウも大きく頷いた。

 

「はい。手術と治癒術が成功すれば、早ければ明日の午前中には話を聞けるかもしれません」

 

 本部長も頷いた。

 

「手術が終われば、ミン・グイが連絡を寄越すだろう。受けた者はその時にミンに伝えておいてくれ。警察の聴取は、こちらが終わるまで待ってもらうように、とな」

「分かりました」

 

 ゲウは力強く頷いた。

 

 捜査会議はその後も続いたが、ゲウはもどかしかった。

 これは単なる傷害事件ではない。

 もう少し大きな“何か”が裏にある。

 

(国軍の倉庫は足跡が消されていた。偶然のはずがない)

 

 ゲウには、その“何か”が国軍にあるとしか思えなかった。

 

 

 翌朝――

 

 特調員のシン・ポップは長い眠りから目覚めた。

 まぶたを開くと白い天井が見えた。

 中心には電球。明かりは付いてない。

 窓から差し込む朝の光が、薄く揺らめいていた。

 

「ここは……どこ?」

 

(なぜこんな所に?)

 

 思い出そうとするけど、頭の奥がぼんやりしている。

 身体がぼやけて、どこからが自分なのかわからない。

 まぶたの奥には重さが残り、指先にも力が入らない。

 耳の奥で車輪の音がかすかに響いているのは気のせいか。

 まるで霧の中を手探りしているような感覚だ。

 

(ええと……確か調査をしていたんだった)

 

 何の調査だった?

 

(金の出所を探れと。手柄を立てて……出世するんだ)

 

 孟都に来て、銀行に行き、換金屋に行き、倉庫に行き――

 

(そこで…)

 

 右手で側頭部を押さえる。

 そこには頭皮しかなかった。

 

(ここだけ髪がない……剃られてる?)

 

 体を起こそうとするけど、力が入らない。

 腕が重い。いや、動かない。

 消毒液の匂いがかすかに鼻に刺さる。

 左を見ると、上から点滴が下がっていた。

 ゴム管が毛布の中まで延びている。

 毛布をめくると、左腕に針が刺さっていた。

 

(病院だ…)

 

 倉庫の屋根の上にいた。

 そして――

 

“帰らないと痛い目見るぞって言ったよな”

 

 声が、頭の奥で反響した。

 

(そうだ。後ろから殴られたんだ……その後どうなったんだ?)

 

 引き戸が開いた。

 中年の女ノウブが棚車を押して入ってきた。

 

「気がつきましたか」

 

 知らない声だ。でも敵意は感じない。

 

「はい」

「では氏名と回齢を言ってください」

「シン・ポップです。25回期です」

「記憶は大丈夫ですね。では点滴を交換します」

 

 浮遊魔法でガラス瓶をふわりと浮かせ、手際よく取り替える。

 左腕から針が抜かれ、新しい針が刺された。

 

「では先生を呼んできますね」

 

 看護師は棚車を押して出て行った。

 シンは再び天井を見つめた。

 

 やってきた医師は、白髪交じりの黒髪の男ニンゲンだった。

 坂崎と名乗った。

 

「昨日の午前中に運ばれてきた。ひどい状態だったぞ。もう少しで手遅れになるところだった」

 

 頭から流れた血が固まったまま意識を失い、両腕と右足を骨折していたという。

 

(そんなにひどかったなんて…)

 

「頭蓋骨の硬膜に血腫があり、そのせいで意識が戻らなかった」

 

(けっしゅ…?)

 

「開頭手術で血腫を取り出してから、治癒術を使った。骨折にも治癒術を使ったので、計4回だ」

 

 坂崎医師は左手の指4本を立てた。

 

「治癒術を連発した治癒術師のゲントナー先生は動けなくなってね。今は入院して寝てるよ」

 

 そう言って、ハハハと笑う。

 

「おかげで傷はすっかり治っている。多少は衰弱しているが、食事を始めれば二日ほどで回復するだろう。早ければ三日後には退院できるはずだ」

「ありがとうございます」

「じゃあわたしはこれで失礼するよ」

 

 坂崎は軽く手を上げて出て行った。

 シンは小さく息をつく。

 

(頭のケガに、腕と足の骨折……治癒術のおかげで元通りなら……すぐに復帰できる)

 

「早く倉庫を調べないと」

 

 体を起こそうとしたが、すぐに全身の力が抜けて枕に沈み込んだ。

 

(……ダメだ。まだ動けない)

 

 しばらく天井を眺めていると、再び引き戸が開いた。

 

「気がついたと聞いて」

 

 入ってきたのは、ミン・グイだった。

 

(ミン・グイ……どうしてここに?)

 

「いつ来たんだ?」

「一昨日。キミが最後に連絡した翌々日の夕方に臨時捜索隊が編成されたの。三人だけど」

 

(捜索隊…)

 

「三人でこっちに来た。航空機でひとっ飛びだったわ」

 

 ミンは少し誇らしげに言った。

 

「三人で?」

 

(そんな…結構大ごとに……)

 

「そう。ジンゴ・ヘイワド本監査員が主任で、イシャーン・パテル監査員とボクが隊員よ」

「そうですか……」

 

(ボクのために捜索隊が…)

 

 胸の奥が重く沈む。

 

「それで、モルドー庁との合同捜査本部ができたの」

「ご、合同捜査本部が!?」

 

(そんな…大げさな…)

 

「行方不明事件として、捜索を始めたら、キミは倉庫街の33番倉庫で倒れていた。モルドー庁刑事一班のピーター・モリソン準調査員が発見したの。すぐに救急輪車でこの病院に運ばれたのよ。病院も治癒術師の先生もジロー閣下が手配してくれたそうよ」

「ジロー閣下が……?」

 

(主席最高監査人閣下が…わざわざボクのために……)

 

「そうよ。お偉いさんなのに、意外と気が利くわよね」

 

 ミンが冗談っぽくそう言って笑ったが、シンは笑えなかった。

 

(役に立つところを見せて認めてもらうはずが……逆に面倒を掛けてしまった…)

 

 シンは心の中でうなだれた。

 

「つまりボクは……ヘマしたわけですね」

 

 そう口にした瞬間、目から涙が溢れた。

 

(沿東ノウブの誇りを見せるはずだったのに……)

(ボクは皆の期待を背負って監査府に入ったのに……)

(閣下にも認めてもらうはずだったの……)

 

 貴重な好機を逃してしまった…

 ノウブには時間がない。

 次の好機はいつになるか分からない。

 

「そんな…ヘマなんかじゃないわ。それに…」

 

 ミンがそっとシンの手を取った。

 

「…無事で良かった…本当に…」

 

 その手は温かく、優しかった。

 袖で涙をぬぐい、ミンの顔を見つめる。

 

「ねえ、シン・ポップ準監査員。犯人の顔を覚えてない?」

 

 その声は柔らかかったが、その瞳は真剣さを鋭く放っていた。

 犯人への怒りを(たぎ)らせているように見えた。

 





次回の投稿は明日の予定です。
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