連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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018 第16話 嫌味な警部補

 

「これでどうですか?」

 

 寝台の脇で、濃色の男ニンゲンが紙をこちらに向けた。

 人の顔が描かれている。

 

(倉庫前で声をかけてきた男ニンゲン――まさにこの顔だ)

 

 シン・ポップは寝台の上で頷く。

 

「はい、こんな顔でした」

 

 モルドー庁捜査部の絵師が満足げに表情を緩めた。

 

「では、これで報告しますので、失礼します」

 

 事情聴取も先ほど終えた。そして今、人相書きも作ってもらった。

 

(これで見つかればいいんだけど)

 

 シンは体を横たえた。その時――

 

「ちょっと失礼しますよ」

 

 不意に引き戸が開き、男パントが入ってきた。

 もう一人、廊下に長身族らしき大きな気配を感じるが、入っては来ないようだ。

 

「どちら様ですか?」

 

 シンは再び体を起こす。

 男パントは襟元の職員徽章を持ち上げた。

 

「こういう者です」

 

 シンはすぐに分かった。

 

「警察の(かた)ですか。ご用件は何でしょうか?」

 

 警察の用件などわかりきっているのだが、シンは念のため尋ねると、男パントがシンの全身を舐めるように視線でなぞった。

 どこか“値踏み”をしているような…いや、弱みを探しているような冷たい眼つきだ。

 

「オイラ……いえ、あたくしは…」

「あ、”オイラ”でかまいませんよ。ボクも”ボク”って言いますので」

 

 男パントは「オイラ」という一人称を使うことが多いが、ノウブ族は男女にかかわらず「ボク」を使いがちだ。

 

「はあ…それはどうも…それでオイラは孟都市警港湾署の捜査一係長をしております警部補で、名をホロック・聡厳(そうげん)と言います。いえね、うちの管轄で事件があったもんですから、捜査しなくてはいけないんですよ。それで……お話しをお聞きしたいんですが、よろしいですか?」

 

(なんだか回りくどいな。ノウブでは見かけない話し方だ)

 

 ノウブは単刀直入を好む。回り道など時間の無駄だ。

 こんな“ねっとりとした遠回し”には慣れそうもない。

 

「話せることでしたら」

 

 胸の内にかすかな警戒心が芽生えるのを抑えられない。

 

「では早速…お名前と職業を伺っても?」

「シン・ポップです。監査府特別捜査団の調査員をしています」

「その特捜の調査員ってのは…階級は…やっぱり本調査員なんでしょうか?」

 

(監査府の階級に興味があるのか)

 

「いえ、準監査員です」

 

 ホロック・聡厳警部補の目が丸くなった。

 

「準監査員殿でいらっしゃいますか。ほえー」

 

(なんだか、わざとらしい感じだなあ…)

 

「準監査員ってことは、調査員よりも階級が上ってことですよね」

 

(何を聞きたいんだろう……)

 

 シンが黙っていると、警部補は続けた。

 

「いえね、うちの署長がよく自慢してるんですよ。あ、署長は男ドワーフなんですがね。『ワシは警部だ。警部ってのはな、監査府の本調査員と同じなんだぞ』ってね。準監査員ってことは、それよりも上ってことですよね。スゴイですねえ。監査府ともなると役職は調査員でも階級はその上。まるで雲の上の人ですよ」

 

 大げさに感心して見せてくる。

 

(何が言いたいんだろう…?)

 

 じっと視線を向けていると、ホロックはハッとしたように表情を変えた。

 

「あっと、すみません」

 

 軽く頭を下げたが、その目は値踏みを続けているみたいだ。

 

「それで()()調()()()殿は、倉庫街の40番倉庫の屋根の上で殴られて、33番倉庫に運ばれた。ということでよろしいですね」

 

 シンは思わずため息をつきたくなったが、それを我慢して訂正する。

 

「いえ、“準監査員”ですよ」

「え?」

「“主任調査員”ではなくて、“準監査員”です」

「役職は?」

「特調員です」

「……それ以外の部分はいかがですか?」

 

「意識を失っていたので知りませんでした。つい先ほどそう教えてもらいましたけど」

「何をなさってたんですか?」

 

 男パントが目を細めた。

 

「何をとは?」

「いえね。倉庫の屋根にいらしたってことは、別に天体観測していたわけじゃないですよね。いったい夜更けに屋根の上で何をしていたのか……教えていただけますかねえ?」

 

 その声は、まるで蛇がゆっくりと体に巻き付いてくるようだ。

 柔らかいのに、きつい。

 

(ただの聞き取りじゃなさそうだ)

 

 シンの背中に嫌な感じが走る。

 

「ボクは職務について許可なく話すことはできませんので、監査府に問い合わせてください」

 

 シンはいつもそうしているように定型文で答えた。

 だがホロックはいやいやと手を振ってきた。

 

「監査庁から話を聞いてはいるんですがね。被害者が何をしていたのかまでは話してもらえなかったんで、こうして直接お尋ねしている次第でして」

 

(当然だ)

 

「モルドー庁には報告していませんので、監査府にお尋ねください」

 

 するとホロックが、あからさまに顔をしかめた。

 

「中央府に訊けってコトですか? いや、それは署長が嫌がりましてねえ」

 

 わざとらしいため息。

 わざとらしい肩の落とし方。

 

(……この人、わざとやってる…?)

 

 シンの中で、警官心がさらに強くなる。

 

「それはそちらの問題ですよ。お聞きになりたいことはそれだけですか?」

「いえ、まだありまして」

 

(まだあるのか……)

 

「何でしょう?」

「連邦刑法ってご存じですか?」

 

(はあ? それが聞きたいこと?)

 

「もちろんです」

 

(当たり前じゃないか)

 

 シンは思わず睨みつけそうになったが、ホロックは平然と言葉を続けた。

 

「連邦刑法の、いわゆる“刑法犯罪”ってやつは、所轄の警察署が担当することになっていますよね。だから港の倉庫街で起きた傷害事件は、うちの担当になるんじゃないかと思うんですがね。おたく…いや準監査員殿が襲撃された事件は、これに該当するんでしょうかねえ? それがわからなくて困っているですよ」

「はあ」

 

(そんなことボクに聞かれても)

 

「つまりですね。これが広域犯罪か何かだったら…まあ監査府が…つまり監査庁が担当するんでしょうがね」

「……」

「これはどうなのかなあと。いえね。署長も知りたがってましてねえ」

 

 つまり、警察署が捜査すべき事件なのかどうか――それを知りたいらしい。

 

(でも、それはまだわからないな)

 

「やはり監査府に問い合わせていただく必要がありますね」

 

 警部補の眉が不満そうに動く。

 シンの回答が気に入らないらしい。

 

「あなた準監査員でいらっしゃいますよね。うちの署長よりも階級が上だ」

 

 ジロリと不審そうな視線を向けてくる。

 

「署長ならそれくらい自分で決めますよ。決めずに本部に問い合わせたりなんかしたら、それこそこっぴどく叱られます。『何のためにキサマを署長にしたと思ってんだ! その階級は何のためにあるんだ』ってね。なのに、それより上の階級のお人が『自分では判断できません』なんてガキの使いみたいなことじゃあ……その階級はいったい何のためにあるんですかねえ」

 

(ねちねちと言いたいことを…)

 

 シンはだんだん苛立ってきた。

 

(いや、待て。苛立たせて発言させて、言質を取る。そういう手法かもしれない)

 

 そう考えて、心を落ち着ける。

 

「ボクの職務は特捜調査員です。これ以上は言えません」

 

 ホロックがのけぞるように動いた。

 

「へえー、階級は準監査員なのに? 職務は“調査員”だから決められないと? それはどうも都合がよろしいですなあ。それじゃあ、その特捜調査員ってのは、なんでそんなに階級が高いんですかね? それならもっと低くても良さそうですなあ。まあ、それはそうと話は変わりますが……」

 

(ずいぶん嫌みな人だな……)

 

「準監査員殿は14日の夕方に監査庁前で営業輪車に乗り、港湾倉庫の入り口付近で降りましたね。ここまでは間違いありませんね?」

「……」

「それとも、営業輪車の運転士が警察に嘘を言い、捜査を妨害したと主張されますか?」

 

 シンはあの時の気の良い男パントの運転士を思い出す。

 

「……しませんよ」

「それで、なぜ港湾倉庫に? 何しに行かれたので?」

「……監査府に問い合わせてください」

 

 シンはそう答えるしかない。

 だがやはりホロックの表情は不満げだ。

 

「またですか? 警察の捜査に協力していただかないと困りますねえ… それともあれですか? 所轄の刑事みたいな末端の地方公務員なんぞ、相手にしたくないとおっしゃりたいので? さすがは中央府のお(かた)は違いますねえ。オイラのような下々(しもじも)とは『見ている景色が違うんだぞ』とばかりにお高くとまって…いや、失礼…」

「……」

 

 シンは思わず「それは違う…」と口から出かかった。

 

(う…言い返したい…でもその手にはのらないぞ!)

 

 シンはこの後もこの嫌味に耐え、何度も心を落ち着けねばならなかった。

 患者の様子を見に来た看護師がホロックを追い出すまで、それは続いた。

 

 

 一方、ミン・グイは捜査会議に出席していた。

 すでに事件名は変更となり、『特調員傷害事件』の合同捜査本部となっていた。

 

(シン・ポップ、大丈夫かしら)

 

 病院に残してきた同僚のことが頭から離れなかった。

 今朝はジンゴ主任やゲウ・ダン班長らによる事情聴取に立ち会ったあと、宿に戻って身体を洗ってからここに来た。

 

(とにかく無事で良かった。今は仕事に集中しないと)

 

 会議室の空気は、どこか沈んでいた。が、同時に安堵感も漂っているように感じた。

 

「被害者への聞き取りで、うちの絵師が作成した人相書きです。年齢はよくわからないが、三十から四十台半ばくらいではないかと。身長はピーターと同じくらいだったそうです」

 

 ゲウ・ダン班長がそう言うと、そのピーター・モリソンが黒板に紙を貼り付けた。

 そこには淡色の男ニンゲンの顔が描かれていた。

 

(この男ね)

 

 ミンは睨み付けるようにその顔を見つめる。

 するとジンゴ・ヘイワド主任の声が響いた。

 

「シン・ポップへの事情聴取にはわたしも立ち会った。彼は後ろから殴られたため傷害犯の顔は見ていない。だが意識を失う直前に『帰らないと痛い目見るぞって言ったよな』という声を聞いた。その“痛い目見るぞ”という言葉は、屋根に上がる前に、行く手をふさいだ、この男ニンゲンに言われたものだ」

 

 ジンゴは人相書きを指差した。

 

「肌は淡色。背はやや高め。髪と髭は手入れされておらず、手には酒瓶を持っていた。同じ声だったとシンは話している。つまり、この男が傷害犯である可能性が高い。仮に実行犯が別にいたとしても、この男が現場にいたのは間違いない」

 

(きっと見つける)

 

 ミンはその顔をしっかりと覚える。

 

「不幸中の幸いだが、シンは両腕と右足を折られたことには気付いていなかった」

 

(シンが覚えていないだけの可能性もあるけど、苦しまずに済んだのなら、それは良かった。許せないけど)

 

「つまりゲウ・ダン班長の『魔法を使えなくするため』という仮説が正しい可能性が出てきた」

 

 ゲウ班長の目に得意げな光がきらめいた。少なくともミンにはそう見えた。

 

(ゲウ班長の仮説は正しいのかもしれない。でも何かが足りない気がする)

 

 次にイシャーンが発言した。

 

「シン・ポップが換金屋で目撃した二人の男はニンゲンとドワーフでしたが、この男とは別人だと思うと」

 

 人相書きを指差した。

 

「被害者は二人を遠目でしか見ていないということでしたので、二人の人相書きは作れませんでした」

 

 ピーターが神妙な表情でそう言った。

 

「ではこの人相書きを印刷して、倉庫や港を中心に聞き込みを行うことを提案します」

 

 ゲウ班長の言葉に、ジンゴ主任が頷く。

 

「そうだな。まずはこの男がどこの誰なのか、見つけ出す。最優先だ! では行動だ!」

「「「は!」」」

 

 皆が慌ただしく部屋を出て行く中、ミンとイシャーンはジンゴ主任に呼び止められた。

 

「シンの話では、換金屋で見た二人とは違うらしいが、この男が過去に訪れた可能性はある。イシャーン、ミンとともに換金屋に聞きに行ってくれ」

「わかりました」

 

 イシャーンの返事にミンも合わせて頷いた。

 

 皆、印刷が終わるまでしばらく待たされてから、人相書きを受け取った。

 ミンが受け取ると、すぐにイシャーンがスタスタと歩き始めたため、ミンは急ぎ追いつきながら尋ねた。

 

「どこに向かってます?」

「あそこだよ」

 

 指差した先の扉の上には『庶務課』の札があった。

 中に入ると、受付があった。

 

「運転士付きの公用輪車を借りたい。地元の地理に疎いものでね」

 

 イシャーンの言葉に、年上の女ノウブの職員がにこやかに応じた。

 

「特捜団の(かた)ですね。いいですよ。借りに来るかもしれないと、上から言われていますから」

「上からって?」

 

 意外に思い、ミンは思わず尋ねた。

 

「内務部長です。なんでも捜査部長から話があったそうです」

 

(捜査部長? 知ってる人かな?)

 

「ちなみに捜査部長のお名前を伺っても?」

陳義明(ちんぎめい)・本監査員です」

 

(知らない名前だった…)

 

 ノウブの名前に似た響きだけど、これはニンゲンのものだ。彼らの名前は、良く言えば多彩で、悪く言えばバラバラだ。

 だがミンはその配慮に興味を抱く。

 

(病院を手配したジロー閣下もニンゲンだし……これがニンゲンのやり方なのかな。表に出ないところで、静かに手を回す……)

 

 ノウブとは異なる気の利かせ方に、ミンはニンゲンに対する印象を少し改める。

 玄関で待つと、公用輪車がやってきた。

 

「港近くのドルガン換金店まで頼む」

 

 イシャーンが扉を開け、乗り込んだ。

 ミンも後に続いて乗り込むと、イシャーンはすでに、行き先を告げていた。

 

「わかりました。お二人は中央府の方でありますか?」

 

 女ノークの運転士が尋ねたので、ミンは軽く頷いた。

 

「そうよ。お世話になるわね」

「こちらこそ、よろしくであります」

 

 運転士は元気よく答え、勢いよく漕ぎ出した。

 輪車は軽やかに加速し、港へ向かって走り出す。

 

(シン……犯人を必ず見つけるからね)

 

 ミンは胸に決意の炎を燃やしつつ、行き交う輪車を眺めた。

 

 





次回の投稿は明日の予定です。
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