連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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019 第17話 ボブ

 

 ミンが見上げると、そこは古い換金屋だった。

 

(ドルガン換金店……。ここ、ドワーフの名前かな)

 

 イシャーンと二人で店内に入る。受付台にいたのは、見るからに兵役を終えたての若い女ノウブだった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 ミンは正面の低い受付台に歩み寄りながら、監査府徽章を指さし、用件を告げる。

 

「監査府特捜団よ。この男を捜しているの」

「監査府ですか? 監査庁じゃなくて? それ……監査府のしるしなんですか?」

 

 同性同族の若い店員が目を丸くしている。

 

「そうよ。ボクたちは中央府の職員なの」

「そんなスゴいところから……。これは…男ドワ…いえ男ニンゲンですね。見た記憶はありませんが、一体何をしたんですか?」

 

(この娘は見てないか…)

 

「それはまだ話せないけど、この人に話を聞きたくてね」

「ちょっと店主を呼んできますね」

 

 そう言って、店の奥に入っていくのを見て、イシャーンがつぶやいた。

 

「ノウブだな」

 

 こちらが言わなくても、店主の話も聞きたいだろうと判断して動く――ノウブにありがちな行動だ。

 イシャーンはたぶんそう言いたいのだ。

 

(そう。これがノウブの気の利かせ方よ)

 

 ミンは小さく頷いた。

 先ほどのようなニンゲンの“先回り”とは異なる、ノウブの“先回り”だ。

 

“旦那様、監査府の人が来てますよ”

 

 奥から声が聞こえる。

 

“なんだって?”

“監査府の人が来てますよ”

“監査府だと? 税務署の間違いじゃねえのか? 監査府と言やあ、三頭の一つじゃねえか。うちは場末のしがない換金屋だぞ。監査()どころか、監査()だってわざわざ監査に来たりしねえぞ”

“監査じゃなくて、人を探しているそうですよ”

 

 そんなやりとりが聞こえたので、ミンはイシャーンの顔に視線を向けると、イシャーンが肩をすくめた。

 すぐに女ノウブが男ドワーフを引き連れて姿を現した。

 

「当店の店主です」

 

 濃色の体から石けんと油の匂いがふわりと漂っている。

 ミンは記章を見せ、人相書きを差し出した。

 店主はしげしげと眺めた。

 

「見覚えありませんねえ」

 

 首をひねっている。

 

(嘘をついているようには見えないわね)

 

「数日前に二人組が金を売りに来たという話を聞いたんだけど」

「ええ、あれはいつだったかな? ちょっと待ってください」

 

 店主は帳面を引っ張り出し、手慣れた動きで頁をめくる。

 

「ええと、14日ですね。男ニンゲンと男ドワーフが来ましたよ。買い取り価格が安いと文句言われましたぜ」

 

 店主がいまいましそうに吐き捨てる。

 4日前――シン・ポップが襲われた日。

 

「この顔とは違うの?」

「全然違いますぜ」

「過去にも来てない?」

「覚えがありません」

 

 表情からも本当に覚えがないことがうかがえる。

 

「そう。手間を取らせたわね」

「どういたしまして」

 

 店を出るとイシャーンが言った。

 

「次は倉庫の管理事務所だな」

 

 管理事務所に入ると、昨日と同じ事務員が応じた。

 

「あなたは昨日の方ですね。助かったそうで何よりです」

 

 彼が覚えていたのはイシャーンの顔の方だった。

 

「さっき監査庁の人が来てました。同じことを聞かれましたよ。監査府と監査庁とは同じではないんですか?」

「監査府は中央府で、監査庁は出先機関だ」

 

 イシャーンが簡潔に述べる。

 

「つまりあなた達の方が偉いってことですか?」

 

(それは階級によるわね)

 

 だがイシャーンはそうは言わなかった。

 

「そうだ。それでこの男だが……」

 

 イシャーンが人相書きを示す。

 

「先ほどの人にも言ったんですが、見覚えはありません」

 

(ないか…)

 

「鍵を借りに来たりは?」

 

 ミンは念のために尋ねた。

 

「記憶にないので、おそらくないと思いますよ」

 

 事務員は首を振った。

 事務所を出ると今度はイシャーンが首を振った

 

「ここまでだな。戻るぞ」

 

(収穫なし……)

 

 ミンはため息をついた。

 庁舎に戻ると、ジンゴ主任が言った。

 

「ミン。シンが宿泊していた宿屋に行き、荷物を回収して引き払って来てくれ。退院後は我々と同じ旅館に泊まることになる」

「わかりました」

 

 ミン・グイは宿屋に連絡してから、荷物の回収に向かった。

 その足取りはなぜか軽かった。

 

 

 翌朝、ミンは捜査会議でいつものように自分の席に座った。

 最初に発言を求めたのは、ピーターだった。

 

「船乗り達が利用している酒場で聞き込みをしたところ、店の従業員の一人が男を覚えていました。ボブと呼ばれていたそうです」

 

(来た! ボブね)

 

 ミンはすぐに覚える。

 一歩近づいた。

 

「従業員の名はケイ・ディン。女ノウブで、給仕と会計を受け持っています。ボブが飲みに来るようになったのは昨年の春頃からで、人数は四人だったり、五人だったりで、金払いは悪くなかったと。その時『ボブ、もう行くぞ』と声を掛けられていたのを、覚えていました」

 

(…こういう聴取は地元職員の強みなのね)

 

「最後に見たのは?」

 

 ジンゴ主任が尋ねた。

 

「ひと月ほど前が最後だそうです。髭もこんなに伸びていなかったそうですが、顔は人相書きによく似ていると」

「一緒に居た者の種族や特徴は分かるか?」

「淡色の男ニンゲン、濃色の男ニンゲン、淡色の男ドワーフ、濃色の男ドワーフといろいろだったそうですが、他の客と混同しているかもしれないので、顔の特徴などは自信が無いそうです」

 

(ノウブが混同する? 確かに大勢の客を相手にしていれば、似た顔のニンゲンやドワーフもいるかもしれないけど…)

 

 ミンには、ちょっと受け入れ難い言葉だった。

 

(ノウブなら、もっと鮮明に覚えていてもよさそうなのに…)

 

「他の給仕にもボブに見覚えがある者が二人いましたが、同席者の顔も名前もよくは覚えてないそうです」

「職業はわかるか?」

「ゴロツキにしか見えなかったと」

 

 ミンは人相書きを改めて見る。

 

(机仕事じゃないのは間違いないわね)

 

「船員じゃないのか?」

「船員と言うより、冒険者じゃないかと話してました」

 

(冒険者はありそう)

 

「冒険者か…確かに兵役後に冒険者になって、そのまま社会に出ていないようなナリだが…」

 

 ジンゴ主任がゆっくり頷いた。

 

「では、周辺の酒場へと聞き込みを増やそう。イシャーンとミンは冒険者組合を当たってくれ」

「「はい」」

「ゲウ班長、君たちの方で誰か、〈ガントン貨物輪船〉の関係者を探してみてくれ。何かわかるかもしれない」

「廃業した業者ですね。わかりました。部下に当たらせましょう」

 

 会議終了後、昨日同じように管理課に手配を頼むと、やはり昨日と同じ公用輪車がやって来た。

 

「冒険者組合本部までお願い」

「かしこまりました」

 

 門を出るところで、港とは反対方向に曲がった。

 

「北に向かうのですか?」

「はい。モルドー冒険者組合本部は、内陸側にあるんです」

 

 運転士が踏輪板(とうりんばん)を踏みながら答える。

 内陸に進むほどに、建物が小さくなっていくように感じる。

 

(この辺はノウブの家がたくさんあるのね)

 

 北方様式の煉瓦造りの建物の前で止まった。

 兵役上がりの若者達がたくさんいる。ほとんどがノウブだが、ニンゲンもノークもいる。

 

「組合本部です」

「レンガ造りなんて珍しいですね」

 

 港の建物とは明らかに雰囲気が違う。

 

「そうだな。冒険者組合の総本部はローハにある。たぶんあちらの業者が建てたんだろう」

 

 ローハ共和国――連邦の最北端の国だ。

 寒冷地の建築様式を、そのまま持ち込んだようだ。

 

 大きな扉をくぐると横一直線に長い受付台が並んでおり、まばらに受付の人が座っている。

 左からノーク、ニンゲン、ノウブだ。

 ミンはすかさず一番低い受付台に近づいていく。

 

「いらっしゃい。ご依頼ですか?」

 

 女ノウブが声を掛けてきた。

 ミンより少し年上だ。

 

「監査府特別捜査団です。聞きたいことがあります」

「監査府ですか?」

 

 受付嬢は目を丸くして、立ち上がった。

 

「しょ、少々お待ちを!」

 

 そう言うなり、用件も聞かずに奥にスタスタと駆けていく。

 

「ノウブだな」

 

 イシャーンが小さくつぶやいたので、ミンは小さく肩をすくめた。

 

 

 2階に案内され、部屋に入ると、男エルフが悠然と立ち上がった。

 淡色のエルフ――森エルフだ。

 ほんのり薄い黄色の髪。ほんのり薄い水色の目。身長はイシャーンよりわずかに高く、袖無しの腕は細いが筋肉質。

 机仕事をしているのか、肉体労働をしているのか、一目では判断できない。

 

「モルドー組合本部長のラドル・クル=ロハンティルです」

 

(メネル団長より若く見えるけど、何回期なのかしら…まさか第一世代なんてことは…)

 

 エルフの回齢は本当にわかりにくい。若く見えても、実際は団長より年上かもしれない。

 

「監査府特捜団のイシャーンです」

「ミン・グイです」

 

 男エルフが静かに尋ねた。

 

「監査府ということは、今から抜き打ち監査でしょうか?」

 

 ミンは自分よりも――いやイシャーンよりも遙かに長く生きているであろう男エルフの顔を見上げた。

 

(表情が分かりづらいけど、緊張している…?)

 

「いえ、人を探しています」

 

 その表情に、かすかな安堵が浮かんだように見えた。

 

「どうぞお座りください」

 

 促されて安楽椅子に座ると、ラドル組合本部長が切り出した。

 

「人捜しのご依頼は内容によります。探偵事務所には行かれましたか?」

「依頼ではありません。捜査です。こちらの顔に見覚えはありませんか?」

 

 ミンが応接卓に人相書きを置き、スッと差し出すと、組合本部長は薄い水色の目がそれを一瞥してから、ミンを見下ろした。

 

「何かの犯人ですか?」

「それはまだわかりませんが、少なくとも現場にいたことは間違いないので、事情を聞こうと考えています」

 

 組合本部長の静かな眼差しが、いかにも長命種という感じでゆったり人相書きを見つめた。

 

「男ニンゲンですか…」

「はい。肌は淡色で、ボブと呼ばれていたらしいことまではわかっているのですが、冒険者なのではという証言もありまして、ならばこちらに登録されているのではないかと思いまして」

 

 組合長がゆっくりと頷いた。

 

「そうですか。冒険者登録の申請書には写真が貼付されていますので、こちらも探してみましょう。これを10枚いただければ、各支部に照会を掛けることもできますよ」

「モルドー全土にということですか?」

「はい。全支部にです」

 

(それはありがたいわ)

 

「では、あとで職員に届けさせますので、よろしくお願いします」

 

 ミンは勢いよく、椅子から跳び降りた。

 その動きに、ラドルがわずかに目を細めた。

 ノウブの身軽さを面白がるかのように。

 

 

 夕方、再び会議が行われた。

 会議室の空気は明るいとは言えなかった。

 

「だめです。ボブって男を知っている者が誰もいません」

 

 刑事一班の一人が口火を切った。

 

「酒場で見覚えがあるという人はいても、それ以上のことは分かりません」

「倉庫街を走行中の輸送輪車の運転士や踏輪士達にも聞きましたが、皆わからないそうです」

「酒瓶を持っていたということで、酒屋も当たってみましたが、憶えている者はいませんでした」

 

 ミンも報告する。

 

「冒険者組合本部では、冒険者登録申請書の写真を確認してくれるそうです」

「では連絡待ちだな。〈ガントン貨物〉の方は?」

「いま関係者を探しているところです」

 

 会議は淡々と進むが、内容はどれも“空振り”だった。

 本部長席のジンゴ主任の表情も、わずかに硬い。

 

(これ以上は、総当たりになるわね)

 

 行き詰まったわけではない。

 だがノウブにとっては、事実上捜査が行き詰まったようなものである。

 会議室の空気は重く、誰もが次の一手を考えようと考え込んでいるように見えた。

 

(シンはまだ病院。このままじゃ、時間だけが無駄に過ぎていく)

 

 ノウブは時間がないのだ。

 

(ボブ…いったい何処の誰なの…)

 

 ミンの胸には、焦りがじわりと広がった。

 

 会議の後、ミンはイシャーンと供に主任に呼び出された。

 

「メネル団長が、捜査資料を持って報告に来いと言って来た。どちらか行ってきてくれないか?」

 

 自分たち三人を推挙した上司が、報告を求めている。

 

(でもシンから離れることになる…)

 

「主任は行かないので?」

 

 イシャーンが尋ねた。

 

「わたしはここで指揮を取らなくてはならない」

「自分よりミンの方が旅費が掛からないかと…」

 

(う…)

 

 間身族より短身族の方が運賃が安いのは確かだ。

 

(それはそうだけど…仕方ないか…)

 

 ミンは内心しぶしぶではあったが、納得して口を開く。

 

「ボクが行きます」

 

(シンの様子も気になるのに……任務優先…)

 

「ではミン・グイ、よろしく頼む。資料は今からだがな」

「わかりました。先に搭乗券を取りに行ってきます」

「ああ」

 

(明朝の搭乗券、今から取れるといいけど…)

 

 ミンは沈みそうな気持ちを奮い立たせるように、ノウブとしては力強い足取りで、トコトコと電話を借りに刑事課へと向かった。

 

 





次回の投稿は明日の予定です。
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