連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために―― 作:mogatoku
ミンが見上げると、そこは古い換金屋だった。
(ドルガン換金店……。ここ、ドワーフの名前かな)
イシャーンと二人で店内に入る。受付台にいたのは、見るからに兵役を終えたての若い女ノウブだった。
「いらっしゃいませ」
ミンは正面の低い受付台に歩み寄りながら、監査府徽章を指さし、用件を告げる。
「監査府特捜団よ。この男を捜しているの」
「監査府ですか? 監査庁じゃなくて? それ……監査府のしるしなんですか?」
同性同族の若い店員が目を丸くしている。
「そうよ。ボクたちは中央府の職員なの」
「そんなスゴいところから……。これは…男ドワ…いえ男ニンゲンですね。見た記憶はありませんが、一体何をしたんですか?」
(この娘は見てないか…)
「それはまだ話せないけど、この人に話を聞きたくてね」
「ちょっと店主を呼んできますね」
そう言って、店の奥に入っていくのを見て、イシャーンがつぶやいた。
「ノウブだな」
こちらが言わなくても、店主の話も聞きたいだろうと判断して動く――ノウブにありがちな行動だ。
イシャーンはたぶんそう言いたいのだ。
(そう。これがノウブの気の利かせ方よ)
ミンは小さく頷いた。
先ほどのようなニンゲンの“先回り”とは異なる、ノウブの“先回り”だ。
“旦那様、監査府の人が来てますよ”
奥から声が聞こえる。
“なんだって?”
“監査府の人が来てますよ”
“監査府だと? 税務署の間違いじゃねえのか? 監査府と言やあ、三頭の一つじゃねえか。うちは場末のしがない換金屋だぞ。監査
“監査じゃなくて、人を探しているそうですよ”
そんなやりとりが聞こえたので、ミンはイシャーンの顔に視線を向けると、イシャーンが肩をすくめた。
すぐに女ノウブが男ドワーフを引き連れて姿を現した。
「当店の店主です」
濃色の体から石けんと油の匂いがふわりと漂っている。
ミンは記章を見せ、人相書きを差し出した。
店主はしげしげと眺めた。
「見覚えありませんねえ」
首をひねっている。
(嘘をついているようには見えないわね)
「数日前に二人組が金を売りに来たという話を聞いたんだけど」
「ええ、あれはいつだったかな? ちょっと待ってください」
店主は帳面を引っ張り出し、手慣れた動きで頁をめくる。
「ええと、14日ですね。男ニンゲンと男ドワーフが来ましたよ。買い取り価格が安いと文句言われましたぜ」
店主がいまいましそうに吐き捨てる。
4日前――シン・ポップが襲われた日。
「この顔とは違うの?」
「全然違いますぜ」
「過去にも来てない?」
「覚えがありません」
表情からも本当に覚えがないことがうかがえる。
「そう。手間を取らせたわね」
「どういたしまして」
店を出るとイシャーンが言った。
「次は倉庫の管理事務所だな」
管理事務所に入ると、昨日と同じ事務員が応じた。
「あなたは昨日の方ですね。助かったそうで何よりです」
彼が覚えていたのはイシャーンの顔の方だった。
「さっき監査庁の人が来てました。同じことを聞かれましたよ。監査府と監査庁とは同じではないんですか?」
「監査府は中央府で、監査庁は出先機関だ」
イシャーンが簡潔に述べる。
「つまりあなた達の方が偉いってことですか?」
(それは階級によるわね)
だがイシャーンはそうは言わなかった。
「そうだ。それでこの男だが……」
イシャーンが人相書きを示す。
「先ほどの人にも言ったんですが、見覚えはありません」
(ないか…)
「鍵を借りに来たりは?」
ミンは念のために尋ねた。
「記憶にないので、おそらくないと思いますよ」
事務員は首を振った。
事務所を出ると今度はイシャーンが首を振った
「ここまでだな。戻るぞ」
(収穫なし……)
ミンはため息をついた。
庁舎に戻ると、ジンゴ主任が言った。
「ミン。シンが宿泊していた宿屋に行き、荷物を回収して引き払って来てくれ。退院後は我々と同じ旅館に泊まることになる」
「わかりました」
ミン・グイは宿屋に連絡してから、荷物の回収に向かった。
その足取りはなぜか軽かった。
翌朝、ミンは捜査会議でいつものように自分の席に座った。
最初に発言を求めたのは、ピーターだった。
「船乗り達が利用している酒場で聞き込みをしたところ、店の従業員の一人が男を覚えていました。ボブと呼ばれていたそうです」
(来た! ボブね)
ミンはすぐに覚える。
一歩近づいた。
「従業員の名はケイ・ディン。女ノウブで、給仕と会計を受け持っています。ボブが飲みに来るようになったのは昨年の春頃からで、人数は四人だったり、五人だったりで、金払いは悪くなかったと。その時『ボブ、もう行くぞ』と声を掛けられていたのを、覚えていました」
(…こういう聴取は地元職員の強みなのね)
「最後に見たのは?」
ジンゴ主任が尋ねた。
「ひと月ほど前が最後だそうです。髭もこんなに伸びていなかったそうですが、顔は人相書きによく似ていると」
「一緒に居た者の種族や特徴は分かるか?」
「淡色の男ニンゲン、濃色の男ニンゲン、淡色の男ドワーフ、濃色の男ドワーフといろいろだったそうですが、他の客と混同しているかもしれないので、顔の特徴などは自信が無いそうです」
(ノウブが混同する? 確かに大勢の客を相手にしていれば、似た顔のニンゲンやドワーフもいるかもしれないけど…)
ミンには、ちょっと受け入れ難い言葉だった。
(ノウブなら、もっと鮮明に覚えていてもよさそうなのに…)
「他の給仕にもボブに見覚えがある者が二人いましたが、同席者の顔も名前もよくは覚えてないそうです」
「職業はわかるか?」
「ゴロツキにしか見えなかったと」
ミンは人相書きを改めて見る。
(机仕事じゃないのは間違いないわね)
「船員じゃないのか?」
「船員と言うより、冒険者じゃないかと話してました」
(冒険者はありそう)
「冒険者か…確かに兵役後に冒険者になって、そのまま社会に出ていないようなナリだが…」
ジンゴ主任がゆっくり頷いた。
「では、周辺の酒場へと聞き込みを増やそう。イシャーンとミンは冒険者組合を当たってくれ」
「「はい」」
「ゲウ班長、君たちの方で誰か、〈ガントン貨物輪船〉の関係者を探してみてくれ。何かわかるかもしれない」
「廃業した業者ですね。わかりました。部下に当たらせましょう」
会議終了後、昨日同じように管理課に手配を頼むと、やはり昨日と同じ公用輪車がやって来た。
「冒険者組合本部までお願い」
「かしこまりました」
門を出るところで、港とは反対方向に曲がった。
「北に向かうのですか?」
「はい。モルドー冒険者組合本部は、内陸側にあるんです」
運転士が
内陸に進むほどに、建物が小さくなっていくように感じる。
(この辺はノウブの家がたくさんあるのね)
北方様式の煉瓦造りの建物の前で止まった。
兵役上がりの若者達がたくさんいる。ほとんどがノウブだが、ニンゲンもノークもいる。
「組合本部です」
「レンガ造りなんて珍しいですね」
港の建物とは明らかに雰囲気が違う。
「そうだな。冒険者組合の総本部はローハにある。たぶんあちらの業者が建てたんだろう」
ローハ共和国――連邦の最北端の国だ。
寒冷地の建築様式を、そのまま持ち込んだようだ。
大きな扉をくぐると横一直線に長い受付台が並んでおり、まばらに受付の人が座っている。
左からノーク、ニンゲン、ノウブだ。
ミンはすかさず一番低い受付台に近づいていく。
「いらっしゃい。ご依頼ですか?」
女ノウブが声を掛けてきた。
ミンより少し年上だ。
「監査府特別捜査団です。聞きたいことがあります」
「監査府ですか?」
受付嬢は目を丸くして、立ち上がった。
「しょ、少々お待ちを!」
そう言うなり、用件も聞かずに奥にスタスタと駆けていく。
「ノウブだな」
イシャーンが小さくつぶやいたので、ミンは小さく肩をすくめた。
2階に案内され、部屋に入ると、男エルフが悠然と立ち上がった。
淡色のエルフ――森エルフだ。
ほんのり薄い黄色の髪。ほんのり薄い水色の目。身長はイシャーンよりわずかに高く、袖無しの腕は細いが筋肉質。
机仕事をしているのか、肉体労働をしているのか、一目では判断できない。
「モルドー組合本部長のラドル・クル=ロハンティルです」
(メネル団長より若く見えるけど、何回期なのかしら…まさか第一世代なんてことは…)
エルフの回齢は本当にわかりにくい。若く見えても、実際は団長より年上かもしれない。
「監査府特捜団のイシャーンです」
「ミン・グイです」
男エルフが静かに尋ねた。
「監査府ということは、今から抜き打ち監査でしょうか?」
ミンは自分よりも――いやイシャーンよりも遙かに長く生きているであろう男エルフの顔を見上げた。
(表情が分かりづらいけど、緊張している…?)
「いえ、人を探しています」
その表情に、かすかな安堵が浮かんだように見えた。
「どうぞお座りください」
促されて安楽椅子に座ると、ラドル組合本部長が切り出した。
「人捜しのご依頼は内容によります。探偵事務所には行かれましたか?」
「依頼ではありません。捜査です。こちらの顔に見覚えはありませんか?」
ミンが応接卓に人相書きを置き、スッと差し出すと、組合本部長は薄い水色の目がそれを一瞥してから、ミンを見下ろした。
「何かの犯人ですか?」
「それはまだわかりませんが、少なくとも現場にいたことは間違いないので、事情を聞こうと考えています」
組合本部長の静かな眼差しが、いかにも長命種という感じでゆったり人相書きを見つめた。
「男ニンゲンですか…」
「はい。肌は淡色で、ボブと呼ばれていたらしいことまではわかっているのですが、冒険者なのではという証言もありまして、ならばこちらに登録されているのではないかと思いまして」
組合長がゆっくりと頷いた。
「そうですか。冒険者登録の申請書には写真が貼付されていますので、こちらも探してみましょう。これを10枚いただければ、各支部に照会を掛けることもできますよ」
「モルドー全土にということですか?」
「はい。全支部にです」
(それはありがたいわ)
「では、あとで職員に届けさせますので、よろしくお願いします」
ミンは勢いよく、椅子から跳び降りた。
その動きに、ラドルがわずかに目を細めた。
ノウブの身軽さを面白がるかのように。
夕方、再び会議が行われた。
会議室の空気は明るいとは言えなかった。
「だめです。ボブって男を知っている者が誰もいません」
刑事一班の一人が口火を切った。
「酒場で見覚えがあるという人はいても、それ以上のことは分かりません」
「倉庫街を走行中の輸送輪車の運転士や踏輪士達にも聞きましたが、皆わからないそうです」
「酒瓶を持っていたということで、酒屋も当たってみましたが、憶えている者はいませんでした」
ミンも報告する。
「冒険者組合本部では、冒険者登録申請書の写真を確認してくれるそうです」
「では連絡待ちだな。〈ガントン貨物〉の方は?」
「いま関係者を探しているところです」
会議は淡々と進むが、内容はどれも“空振り”だった。
本部長席のジンゴ主任の表情も、わずかに硬い。
(これ以上は、総当たりになるわね)
行き詰まったわけではない。
だがノウブにとっては、事実上捜査が行き詰まったようなものである。
会議室の空気は重く、誰もが次の一手を考えようと考え込んでいるように見えた。
(シンはまだ病院。このままじゃ、時間だけが無駄に過ぎていく)
ノウブは時間がないのだ。
(ボブ…いったい何処の誰なの…)
ミンの胸には、焦りがじわりと広がった。
会議の後、ミンはイシャーンと供に主任に呼び出された。
「メネル団長が、捜査資料を持って報告に来いと言って来た。どちらか行ってきてくれないか?」
自分たち三人を推挙した上司が、報告を求めている。
(でもシンから離れることになる…)
「主任は行かないので?」
イシャーンが尋ねた。
「わたしはここで指揮を取らなくてはならない」
「自分よりミンの方が旅費が掛からないかと…」
(う…)
間身族より短身族の方が運賃が安いのは確かだ。
(それはそうだけど…仕方ないか…)
ミンは内心しぶしぶではあったが、納得して口を開く。
「ボクが行きます」
(シンの様子も気になるのに……任務優先…)
「ではミン・グイ、よろしく頼む。資料は今からだがな」
「わかりました。先に搭乗券を取りに行ってきます」
「ああ」
(明朝の搭乗券、今から取れるといいけど…)
ミンは沈みそうな気持ちを奮い立たせるように、ノウブとしては力強い足取りで、トコトコと電話を借りに刑事課へと向かった。
次回の投稿は明日の予定です。