連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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※前話にフリガナをいくつか追加しました。


002 第2話 不穏なる魔力

 

「何をしておるのかと聞いておるのじゃああっ!」

 

 再び娘の声が周囲に響き渡った。

 カイエナはその言葉をそよ風のように聞き流して、娘に話しかける。

 

「娘よ、迎えに来てくれたか。母は嬉しいぞ。ところでニムディス、婿殿はどうしておる…」

「母上はいったい何をしておるのじゃあ!」

 

 娘の声が再度鳴り響き、カイエナは肩をすくめる。

 隣の従者は毅然と座ったまま耳を押さえている。

 

(ごまかされてはくれんのう)

 

 カイエナは嘆息した。

 

「帝国時代は従順な良い娘であったというに……」

「あの頃の殿下を“従順”などと言われては、世は全て従順ということになります」

 

 カイエナのつぶやきに、従者が耳を押さえたまま異議を唱えた。

 

(耳を押さえておるのに聞こえておるのか。いつもながら器用なヤツよ)

 

「じゃが結婚してから、すっかり役人くさくなっておるではないか」

 

(実際、役人の長をしておるゆえ、それも当然なのであろうが……)

 

 カイエナは声を張り上げた。

 

「この騒ぎは朕のせいではない! 皆が進んで朕を讃えておるのである!」

 

 すると娘が群衆達を見下ろしたまま、見回し始める。

 ニムディスから不審そうな目を向けられ、周囲の群衆に気まずい空気が漂い始める。

 

「あ、仕事に行かないと」とつぶやいて立ち去る者も現れ始める。

 そこにニムディスの声が大音量で鳴り響いた。

 

「そなたらは母上が退位して、連邦制になって、何年経ったと思っておるのじゃあ! かような騒ぎを起こして良いと思うておるのかああ!」

 

 拝殿通りの建物に大きく反響する中で、群衆はみな下を向き、シュンとなる。

 

「あれは魔法じゃな」

「はい。いま流行りの音声増幅魔法でございます」

 

 カイエナのつぶやきに、再び耳を押さえたままの従者が答えた。

 

「解散せよ! 解散じゃ!」

 

 娘が追い払う仕草で、命じている。

 すぐに浮遊していた短身族達が次々と地面に降り立ち、群衆は一人また一人と立ち去り始めた。

 子どもの泣き声も聞こえ始めた。

 店主や店員達は慌てて店に戻り、勤め人達はいそいそと勤め先へと歩みを速める。

 

 ぞろぞろと解散し始める群衆。

 それを横目で見やりつつ、カイエナは上空の娘に向かって声を張り上げる。

 

「仕方なかろう! 朕が退位したのは“ついこの間”であるぞ!」

「二九〇年前は“ついこないだ”ではないのじゃ!」

「万年を生きる我らエルデンには“ついこの間”であるぞ!」

「屁理屈など聞きとうない!」

 

(まったく。娘はどこまで堅物になってしもうたのやら)

 

 カイエナは嘆息したくなるのを我慢して、穏やかに語りかけた。

 

「ところで婿殿はどうしておるのかのう」

 

 娘がするすると舞い降りて、輪車の座席に降り立った。

 

「ジローは仕事中じゃ。我らは母上のようなヒマ人ではないのじゃ」

「そうか。では向かうとしよう。運転士よ。発車して良いぞ」

「か、かしこまりました」

 

 女ノークの運転士は動揺を押さえ込むような声で返事をすると、前の車に合図を送るように手を振った。

 

「よく来たな、サメンデューロ(サメンデュルよ)。母上のお守りご苦労なのじゃ」

 

 娘が従者の名をオーレン式に呼んだ。

 サメンデュルが意外そうな表情になるが、すぐにいつもの表情に戻った。

 

「とんでもございません。殿下こそ、お元気であられますか」

「うむ。このとおり元気にしておる」

 

 娘は遠慮することなく、ドカリと真ん中に座った。

 

(ん? あれは?)

 

 カイエナはふと上の気配に目をやる。

 さきほど娘が浮かんでいた辺りに、もう一人浮かんでいた。

 濃色(のうしょく)の肌を包む黄金色(こがねいろ)の軍服が、朝の陽光を浴びて、輝きを放っている。

 

「誰かと思えば、グリオナではないか。久しいな」

 

 貴婦人グリオナ・スラトシャール。

 かつては伯爵家の令嬢であり、帝国近衛兵として娘を護衛していた濃色の女ドワーフである。

 

「お久しぶりでございます、陛下」

 

 グリオナが前列の席に降り立つと、車列がゆっくりと動き始めた。

 

()(ほう)は昔と同じことをしておるのか?」

「はい。監査府直轄軍にて、殿下の護衛を任されております」

「それは重畳。座って良いぞ」

「では失礼いたします」

 

 グリオナが座ると、娘が話し始めた。

 

「ドワーフの中にはまだ帝国時代を覚えている者もおる。復古派が騒ぎ出したら母上はどうするつもりなのじゃ」

 

 グリオナもまたよく覚えておるであろうな。

 

「さような愚か者は処分すればよい」

 

 カイエナが何でもないかのように言ってやると、娘が残念な者を見るがごとく横目で睨んできた。

 

「母上、もう昔とは違うのじゃ。法に基づかぬ処刑などできぬ」

「わかっておる。まったく、婿殿は。せっかく帝国の全権を譲ってやったというに、かように自分の腕を法で縛るような国にしおって」

 

 カイエナは腰に両手を当てた。

 

「そのおかげでかように繁栄しておるのじゃ。トルキナは今、あのまま母上が統治しておったら絶対に為し得なかった大繁栄を手にしておる」

 

 カイエナは腕を組んだ。

 

「それは否定できぬな。かような統治の仕方があるとは思いもよらなかったぞ。婿殿にまかせたのは我ながら英断であったな」

「薦めたのはわらわじゃ」

 

 そう言う娘の声ににじみ出る誇らしげな響きが、カイエナには微笑ましかった。

 

 

 車列は巨大な門を通過し、外宮殿の本殿の前で止まった。

 

「本殿に来るのは何年ぶりであろうか」

「およそ二百年振りでございましょう」

「『本殿』ではないぞ、母上。今は『監査府本庁舎』じゃ!」

 

 娘に案内され、階段を上る。

 3階まで上がり、廊下を歩き、扉を通り抜ける。

 

(ん? ここは?)

 

 部屋に入り、天井を見上げると、そこに広がる意外な光景に、思わず驚きの声が出てしまう。

 

「これは、まさかっ…! 〈謁見の間〉の天井か!」

「今は〈監査人執務室〉じゃ」

 

(なんと…)

 

 思いもよらぬ事態に、目が点になってしまう。

 従者のサメンも同じ様子であった。

 

「…〈謁見の間〉の上に床を作るとは…天井までが狭くなっておるではないか」

 

 高い天井が圧巻であったというのに…

 

「〈謁見の間〉は天井が高すぎたのじゃ。ゆえに3階の高さに床を取り付け、こうして監査人室としておる。採光用の窓もあるゆえ、ちょうど良いのじゃ」

 

 採光窓があるからここに床を入れた……

 

(帝国の威厳を示す窓を、便利な設備としか思うておらぬな)

 

「ここに床を作るとは、1階はどうなっておる?」

「今は集会室じゃ」

「な!」

 

 驚きの声を上げてしまった。

 

「〈謁見の間〉が、ただの集会室だと!」

「全職員を集合させるのに、ちょうど良い部屋なのじゃ」

 

 帝国の威厳が、ただの集会室になっておるとは…

 

「宮廷会議室はどうした?」

 

(会議室ならあそこがあるではないか)

 

「あの部屋は管理局の執務室になっておる」

「宴会広間は…」

「監査人会議室じゃ」

「……」

 

 カイエナは言葉を失ってしまった。

 

(もうかつての外宮本殿ではないのか…時代は変わっていくのであるな)

 

 昔は存在しなかった扉口の中で立ち止まっていると従者が声を上げた。

 

「皆が注目しております」

 

 室内には多くの耳目があり、こちらに向いていた。

 スーツに身を包んだノウブが、ノークが、ニンゲンが、パントが、ドワーフが、そしてエルフが、みな目を丸くしていた。

 

「職員達じゃ。仕事の邪魔じゃな。母上、こちらじゃ」

 

 ニムディスについて右隅に歩いて行くと、胸ほどの高さのついたてが立ち塞がっていた。

 その上から奥の広い空間が見える。

 紙が貼り付けられた掲示板が立ち並び、その中心に大きな机が置かれ、黒髪の男ニンゲンが座っていた。

 ニンゲンと言っても“不老の加護”を持っている。

 その彼を久しぶりに目にしたカイエナはある種の感慨を覚える。

 

(あの日から変わらぬ若い姿のままであるな)

 

 あの日――この男が、彼らの服を着せられた男ノウブ、そして後に我が夫となった男、さらには従者を引き連れ、カイエナとニムディスの前に姿を現した。

 あの日のことは生涯忘れないに違いない。

 

「ジロー! 母上が来たのじゃ!」

「これはお義母さんではないですか!」

 

 男が立ち上がり、近づいてきた。

 

(相変わらず馴れ馴れしいことよ…そこが婿殿の良い所なのじゃが…)

 

「お久しぶりですね。連絡もなしにどうしたんですか?」

「ちと娘に話があってな。婿殿は息災であったか?」

「もちろんですよ。この体は病気知らずですから」

 

 婿殿が胸を叩いた。

 

「“不老の加護”は“健康の加護”でもあるのであったな」

「そのようです」

 

 ついたての間を通り過ぎると、裏側には様々な文書が貼り付けられていることに気付いた。

 それを一瞥しながら話しかける。

 

「婿殿は相変わらず忙しそうであるな」

「ええ、いっこうに問題がなくならないんですよ。つい今しがたも顧問銀行から妙な話を聞きましてね」

「さようか。今宵は内宮殿に泊まるゆえ、積もる話はその時にな」

「はい、楽しみにしてますよ」

 

 婿殿が笑顔を見せると、ニムディスが振り返った。

 壮年の女パントがいつの間にか近づいてきた。

 職員のようだ。

 

「では、カミラよ。母上と話があるゆえ、部屋をとってくれぬか」

「了解」

 

 女パントが出て行き、しばらくすると戻ってきて、別室に案内してくれた。

 かつて非公式の面談室として使っていた部屋だった。

 

「この長椅子は味気ないのう。以前ここには黄金に縁取られた赤い長椅子があったはずであるが」

 

 部屋にたたずむ黒皮の長椅子に視線を落とす。

 

「あれは母上が持って行ったではないか」

「そうであったか? サメン」

 

 従者サメンデュル尋ねつつ、長椅子に腰を下ろす。

 

「はい。客間に置いてございます」

「そうか。客間など入らぬから、存ぜぬのう」

「それで話があるのじゃろう? 母上」

 

 娘が対面の肘掛け椅子に腰掛け、問いかけるように見つめてきた。

 

「おお、そうであった。ニムディスよ、そなた最近、気付いたことは無いか?」

 

 ニムディスが目をぱちくりさせた。

 

「うむ。気付いたことと言えば、母上は強くなったか? 等級が上がっておるのではないか?」

 

 カイエナは感心してうなずいて見せた。

 

「ほう、やはり気付いたか。実は最近、我が屋敷のある“ヌメンティエの森”にも害獣どもが湧いて来おってな。体がなまっていたからちょうど良いと、狩りを始めたのである」

「害獣狩りか。随分と久しぶりじゃったのではないか?」

「狩りをしておったのは帝国を建てる前であったからな」

 

(あれから…あっという間であるな)

 

「等級が上がるほどとは、母上も随分励んでおるようじゃ」

「なに。狩りだけしておるわけではない。たまに森全体に水を撒いておる」

「森全体とは、魔力が足りぬのでは?」

「それで励んでおったら、急に力が強まり、等級が上がったと判ったのよ」

 

(まさかもう上がるとは…)

 

「B級じゃな。そのうち母上に追いつかれそうじゃ」

「フフフ。娘に先を行かれたままではおれぬからな」

 

 そう笑っておいた。

 

「まさか護衛より強くなるつもりか?」

「戦いに強くなりたいわけではない。ただ魔法を使うには等級が高い方がラクであろう」

 

 ラクではあるが、等級が上がると、それはそれで問題もある。

 だがカイエナはそれをいま話すつもりはなかった。

 

「そうじゃな」

 

(さて、そろそろ本題に入るか)

 

 カイエナは娘に視線を向ける。

 

「だが違うぞ」

「なにがじゃ?」

「気付いたことはないか、という問いの答えがよ。母が尋ねたことは、それではない」

「ではなんじゃ」

「それは…」

 

 カイエナは立ち上がり、周囲を見回す。

 日が右から差し込む北向きの窓から外を眺めると、いくつかの建物の外側に、大きな外壁が覆っている

 かつての宮殿の外壁はそのまま残っていた。

 

「ここではわからぬ。そなたが気付かぬのも当然であるな」

「なにがじゃ」

「北に不穏な魔力の乱れがある」

「北とは……園北(えんほく)(こう)か?」

 

(そんなに近くではない)

 

「もっと北ぞ」

「モルドーか!」

「いや、もっと北ぞ。太陽の通り道の向こう側、今は春の地域である」

 

(季節が逆さまになる地域)

 

「ゴンドーか!」

「さらに北かもしれぬがな」

「ならローハか…わらわは何も感じぬが」

「感じぬのは、乱れがわずかゆえか、遠いゆえであるな。だがおそらくは、あれのせいであろうよ」

「あれのせい?」

「塔よ」

「〈エンドレナの塔〉か。なるほど」

 

 ニムディスが納得したように頷いた。

 

「朕も園都に来てから不穏な魔力の乱れを感じぬ。あの塔が魔力の気配を弾いておるのであろう」

「かもしれぬな。じゃが母上が気にするほどのことなのか?」

「乱れはわずかではあるが気にはなる。朕が調べても良いのであるが、これはそなたの仕事なのであろう?」

 

 そう問いかけると、ニムディスが白い歯を見せて笑顔になった。

 嬉しそうだ。

 

「そのとおりじゃ。部下に調べさせよう。知らせてくれて感謝なのじゃ」

 

(母に自分の仕事が認められて喜んでおるのか。可愛い娘よ)

 

 カイエナも静かに微笑む。

 

「なに。娘のためよ。ところで仕事はまだ終わらぬのであろう? 先に内宮殿に行き、孫の顔でも見るとしよう」

「それが良い。学校は休みゆえ、早速、連絡を入れよう」

「うむ」

 

 その日、カイエナは久しぶりに孫と過ごした。孫には魔法を見せ、教えもした。

 

(朕が訪ねるのも悪くないのう。魔力の乱れのおかげであるか)

 

 些細な乱れであったが、娘を訪れる口実になった。

 

(だが、なにゆえ乱れておるのか…? 突き止められるとよいのであるが…)

 

 後に、カイエナは娘から原因を聞くことになる。

 だが、それが実に数ヶ月も先のことになるとは、この時は思っていなかった。

 





次回の更新は明日の予定です。
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