連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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020 第18話 第4軍で見た顔

 

 連邦監査府の監査人室の一角にて――

 早朝、ジローは出勤して机に座ったところであった。

 

(今日は予定が詰まっているからな。まずは紅茶を入れよう)

 

 なにしろ紅茶を自分で入れる自由は、ここにしかない。

 そのためにわざわざ早朝に一人で出てきたのだ。

 そのために即席紅茶を用意してあるのだ。

 

 家では入れられないのかって?

 当然だ。

 

(“旧”とはいえ、宮殿だもんなあ)

 

 ジローは立ち上がろうとしたその瞬間――

 目の前に二人が立っていることに気づいた。

 

(いつの間に…)

 

「おはようございます。こちらはフェルディナンド・ロシャ准将です。本日はわたしとともに主じょ…いえ、監査人閣下の護衛を務めます」

 

 監査府直轄軍のゲルダエール・ローハン大将が部下を連れて挨拶に来ていた。

 

(今、“主上”って言おうとしたな)

 

 この男エルフとは古い付き合いだ。

 なにしろ帝国時代より古い。

 そのせいで、いまだにジローを主君として見ている節がある。

 

(相変わらず昔の癖が抜けないか)

 

「フェルディナンド・ロシャ准将であります。この度は最高監査人閣下の護衛任務という栄誉を賜り、誠に光栄であります」

 

 男ニンゲンが直立不動の姿勢で挨拶した。

 濃色の肌だが、顔立ちは淡色のニンゲンを思わせる。

 そこには傷跡がいくつも走っており、いかにも歴戦の猛者という雰囲気を漂わせている。

 

「初めて見る顔だが、准将ということはやはり新入りなのかな?」

「はい。この四月に入隊しました。本日一日、ほか一名と交代で護衛を務めます」

 

(なるほど。新人研修か)

 

「ロシャ准将、よろしく頼む」

 

 監査府直轄軍に入隊すると、その時点で将官になる。

 将官とはつまり、大将・中将・少将・准将のことだ。

 

「はっ、全力で任務を全ういたします」

 

 ロシャは右向け右をしてそのまま壁まで行進し、そこで振り返って動かなくなった。

 

(あの動きは連邦軍上がりだ)

 

 冒険者上がりの動きはもっとぎこちない。

 

「では、自分も任務に入ります」

 

 ゲルダエール大将も、静かに反対の窓際へ進み、姿勢を取った。

 

(入隊するのは脳筋ばかりだなあ…)

 

 ロシャ准将をちらりと横目で一瞥してから、ジローは苦笑した。

 連邦軍では、ああいう硬派一直線は将校には成れても、将官にはまず届かない。

 だから直轄軍に来る。

 ここでは判断力よりも、命令を疑わずに遂行できる腕っ節と忠誠心が重宝される。

 

(というか、ゲルの方針がそうなんだよな)

 

 ゲルダエールは、考えるより先に動くタイプを好む。命令を出す側としては扱いやすいのだろう。

 

(そのおかげで、脳筋にはもってこい出世先ってわけだ)

 

 そんなことを考え、ふと思い出す。

 

(そうだ。紅茶を入れるんだった…)

 

「ジロー閣下、おはようございます! メネル特捜団長がお見えです」

 

 秘書官補助員のヒルダ・端麗の声が響いた。

 

(補助員も出勤してきたよ。メネルと話す前に、まず紅茶を入れて…)

 

 視線を向けると、ついたての上で女エルフの顔が険しい表情で睨んでいた。

 

(…いや、紅茶は後にしよう)

 

「ああ、入ってもらってくれ」

 

 ジローはメネルに手招きしながら、ついたての向こうにいるであろう女パントの補助員に返事をした。

 

「一応報告があるの。時間あるかしら。今日は予定が詰まっていそうだから、朝に来たんだけど」

 

 大股でジローの机の前に迫り来るメネルの声には、有無を言わせぬ響きがある。

 その左足元には小さな女ノウブが早足で付いてきた。

 

「ああ、かまわないよ」

 

 まだ始業時間前だし…

 紅茶も入れてないし…

 

「シン・ポップ事件のことよ」

 

(ああ、彼女はそれか)

 

 ジローは女ノウブを一瞥した。

 シン・ポップ臨時捜索隊として孟都に派遣した彼女が戻って来たのだ。

 ジローも「手術も治癒術も成功した」と聞いている。

 治癒術師フィン・ゲントナーへの礼状に添える贈り物を、家宰ケディルに手配するよう頼んだ。

 

(もう安心だと思っていたのだが、一体何だろうか)

 

「ではミン、始めてちょうだい」

「わかりました」

 

 ミンが手持ちの文書を軽く放ると、浮遊魔法でスーッとジローの前に滑ってきた。

 ジローはそれ受け取り、目を通す。

 

「ではミン・グイが報告いたします。我々は夕方に到着したため、捜索は翌朝から…」

 

 ミンの報告は簡潔にして明瞭だった。

 

・到着翌日にシンを発見したこと。

・シンは頭部を負傷し、両腕と片足が骨折していたこと。・

・硬膜下血腫の除去手術後、治癒術師ゲントナーの尽力で回復したこと。

・シンの証言を元に男ニンゲンの人相書きを作成し、聞き込みを始めたこと。

・酒場で「ボブ」と呼ばれていたらしいが、それ以上の足取りは掴めなかったこと。

・冒険者の可能性があるため、冒険者組合に照会中であること。

 

「これがボブの人相書きです」

 

 ミンが再び紙を浮遊魔法で送ってきた。

 

(髪と髭が伸び放題だな。たしかに冒険者っぽい)

 

「つまり、この男が”何者なのか”ということか」

「そうよ」

 

 メネルが頷く。

 

 ジローは人相書きをもう一度見つめた。

 髪、髭、酒瓶、港、冒険者――

 

 つながりそうでつながらない。

 

 ジローは顔を上げた。

 

「ミン・グイはどう思うんだ?」

「冒険者組合の照会を待つ。共和国軍に照会する。全邦に人相書きを公開する。新聞に尋ね人広告を出す。そのあたりでしょうか」

 

(”何者なのか”について“どう思う”のかを尋ねたのに、“どうすべきか”を答えてきたよ)

 

 ノウブは話を急ぎたがる者が多い。

 話がどんどんと進んでいくのは、早く結論を出したいからだろう。

 ノウブにありがちな先走りだ。

 

「共和国軍に照会?」

 

 ジローは苦笑しそうになるも(こら)えた。

 

「はい、シン・ポップが見張っていた39番倉庫はモルドー国軍が借りていたものです。襲われた40番倉庫もです。その近くにボブがいたのなら、照会を掛けても良いのではないでしょうか」

 

(そうかなあ)

 

「メネルはどう思う?」

 

 ノウブよりは確実に結論を急がないであろうエルフに尋ねる。

 

「もし国軍が犯行に関わっていたら、照会を掛けてもすぐには回答が来ないわね。回答が来る頃には、ボブはどこかに雲隠れしてるんじゃないかしら」

 

(そうだな)

 

「ならば強制捜査と行きたいところだが…」

 

 するとミンが口を開いた。

 

「捜査本部でも『捜査を入れるべきだ』との意見も出ています。ジンゴ主任は却下しましたが…」

 

(それはそうだろうな)

 

 ジローは報告書に目を落とす。

 

「この報告書には国軍に強制捜査するだけの材料は見当たらない。39番倉庫は犯行現場ではなく、言わばご近所に過ぎない。国軍が関わっていない可能性の方が高い」

 

 報告書には“33番倉庫にてシンを発見”とある。

 ならこの”ボブ”なる男は、その33番倉庫の見張りであり、“そこに人を近づけたくなかった”と考えるのが自然だ。

 39番倉庫との関連は、シン・ポップが探っていたということしかなく、しかもシンはボブが出入りするところを目撃してもいない。

 シンが尾行したという二人は”空き倉庫の無断使用”に思える。何に使っていたのか調べる必要はあるが、こちらはおそらく傷害事件とは別件だ。

 

(これで国軍に強制捜査を入れたいとは思わないな)

 

 発見現場の33番倉庫の使用者は『ガントン貨物』とある。四年前に廃業したことになっているとある。

 何者かがその名前を使っている。

 

(むしろこちらを探すべきだろう…)

 

 ジローはただ静かに人相書きを見つめた。

 ふと疑問が湧き起こる。

 

(シンはなぜ易々と殴られたのか――)

 

 そのまま立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。

 

(シンは若くて未熟だった――。だからボブが近寄っても気付かなかった)

 

 廊下側の壁に立つ新人護衛の前で止まる。

 

(だが未熟とは言え“情報部”だ。その調査員に気付かれることなく、接近できそうな人物像は限られる。例えば――)

 

 何事かとこちらを見つめているロシャ准将。

 

(――連邦軍の熟練兵士とか)

 

 ジローはその眼前に人相書きをかざした。

 ロシャの目がわずかに見開かれる。

 

「この顔を知らないか?」

 

(まあ知らないだろうが、念のためね)

 

 ロシャがじっと紙を見つめている。

 記憶を探る目の動きも軍人らしい。

 やがて、思い出したように口を開いた。

 

「これによく似た男に見覚えがあります」

 

(ん? あるのか?)

 

 ジローは思わず、身を乗り出しかけた。

 

「自分は第4軍にいました。その第4軍で見た覚えがあります」

 

 連邦軍第4軍――モルドー共和国の防衛を担当する近代装備群の一個軍である。

 

「キミは古典装備群じゃなかったのか…」

 

 ジローは意外に思うあまり、そう口に出す。

『古典装備群』とは、つまり剣・槍・弓等の軍である。周辺の前近代国家に”近代装備を見せずに相手をする”ための軍だ。その訓練は対人戦闘訓練も多く、等級上昇につながりやすい。

 

「自分は”近装”でした」

 

(近代装備群か…‥珍しいな。直轄軍は”古典装備群上がり”がほとんどなのに)

 

 近代装備群は、その名のとおり近代的な装備の軍である。

 

「よく直轄軍に入れたね」

 

 近代装備群の軍事訓練は等級上昇に結びつきにくいはずだ。

 

「訓練の賜であります」

 

 直立したまま姿勢を正す准将の顔は誇らしげだ。

 

(直轄軍はA級以上でないと入隊できない。”対人近接戦闘”訓練を相当やり込んだか…)

 

「頑張ったんだね」

「訓練に付き合ってくれた仲間達のおかげであります」

 

(付き合わされた仲間は大変だっただろうなあ)

 

 ジローは内心で苦笑しつつも、表情では感心してみせてから、本題に戻ることにした。

 

「それで、このボブは第4軍にいたのかい?」

「はっ。部隊が違いましたので、どの隊だったかは覚えていませんが、何度か見かけた覚えがあります。確かボブと呼ばれていたように思います」

「最後に見かけたのはいつかな?」

「数年前…4年か5年か6年か、それくらい前が最後であります」

「そうか。助かったよ! また後で話を聞くかもしれないけど」

 

 ジローはロシャの肩を右手で軽く叩いた。

 部下にしっかりと感謝を伝える――上司のたしなみだ。

 

「いえ、お役に立てたなら光栄であります!」

 

 ロシャ准将は姿勢を正し、踵を鳴らした。

 

 

「聞いたかい?」

 

 ジローは席に戻りつつ、机の前に立つ二人に視線を向けた。

 

「ええ、聞いたわ」

 

 メネルの声がわずかに弾んでいる。

 

「はい、聞きました!」

 

 ミン・グイは興奮気味に目を見開いている。瞳が爛々と輝いているように見える。

 ジローはドカリと椅子に腰を下ろす。

 

「共和国軍とつながりがあるかもしれないとは思ったが、連邦軍は頭に無かったな」

 

 両者はそもそも役割が違う。普通なら結びつかない。

 

「元連邦軍で、今は共和国軍――という可能性もあるわ」

 

(滅多にあることではないが、可能性はあるか)

 

「第4軍が関わっている可能性も、わずかに出てきました」

 

 ミンの言葉に、ジローは短く考える。

 

(第4軍への捜査となると、共和国軍よりさらに厄介だぞ)

 

「だが連邦軍にいたのなら、第4軍に気付かれずに照会できる。防衛省はここ園都にあるからね」

 

 防衛省は軍属の情報をすべて把握してるはずだ。

 

「すぐに照会掛けるわ」

「身元が判明すれば、足取りも追いやすくなります。あちらの軍人さんの名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「フェルディナンド・ロシャ准将だ」

 

(うん。ちゃんと覚えてるぞ)

 

「ありがとうございます」

「では失礼するわね」

 

 二人が足早についたての隙間をすり抜けて行くのを見送り、ジローは再び立ち上がる。

 

(よし、では紅茶を入れ……)

 

「ジロー閣下あ! 朝の打合せ始めるわよお!」

 

 秘書官モリアの声が監査人室の真ん中から響いた。

 

(もう始業時刻か!)

 

「今行く!」

 

(まったく。朝から紅茶を入れる暇もない)

 

 ジローは肩をすくめて、席を立ち上がり、打合せ場所に急ぐのだった。

 





次回の投稿は明日の予定です。
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