連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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今回は園都の話です。


024 第22話 防衛省へ

 

 シン・ポップが退院する二日前――

 監査府では、ミン・グイが監査人席の前で、ロシャ准将の「第4軍でボブを見た」という話を聞き、退出したところだった。

 

「ではミン・グイ、防衛省に行ってきてちょうだい」

 

 監査人室から特別捜査団室に入ると、メネル捜査官から指示を受けた。

 

「照会文書はどうしますか」

「そうね。作ってちょうだい。すぐに決裁してあげるから複写式のでいいわよ。持っていって『すぐに回答して』と要求して。なんならあなたが直接、人事の書類を調べると脅して良いわよ」

 

 上司のメネル団長が、口元で小さくニヤリと笑みを浮かべた。

 

「大丈夫なんですか?」

 

 ミンは不安になる。

 女エルフの上司の言葉は時々、冗談なのか本気なのかがわからない。

 

「あら、あなた、階級は?」

 

 団長が意外そうな表情をしている。

 

「準監査員です」

 

 役職は特捜調査員。階級は準監査員。

 団長も知ってるはずだ。

 

「準とはいえ『監査』って言葉が付いてるでしょ。これは連邦軍の佐官に相当する階級なのよ」

「佐官ですか? 佐官とは何です?」

「あら、あなた軍の階級を知らないのね」

 

 女エルフの眉がクイッと上がった。

 なんだか“面白いものを見つけた”という表情に見える。

 

「今まで必要ありませんでしたので」

 

(ノウブが覚えてないのが珍しいのかな)

 

「でも兵役は務めたんでしょ?」

 

 なら階級くらい知っているんじゃないの? と言いたいらしい。

 

「あの時一番威張っていた教官は曹長でしたが、国軍の話です」

 

 ミンはあのノークの教官が苦手だった。

 

(連邦軍とは関係ないし)

 

 メネルが納得したように軽く頷いた。

 

「それもそうね。でもこの先、連邦軍を調べることもあるから、行くついでに教えてもらってきなさい」

「わかりました」

 

 ミンは早速に文書作成担当の事務員の席に行った。

 

「公式文書の作成をお願いします。複写式で」

 

 女ノウブの事務員が、複写式の公文書用紙を大きな字打機に差し挟んだ。

 ノウブらしい無駄のない動き。

 

「では文面をどうぞ」

 

 ミンが口頭で文面を告げると、字打機の重い音が高速で響き始めた。

 ミンが普段使うような簡易字打機の軽い音ではない。

 大きく重い、本字打機の音だ。

 字打士の資格を持つ者だけが扱える、威圧感のある音。

 

「以上です」

「では、こちらです」

 

 打ち終わった複写式文書を受け取ると、1枚を起案文書に、もう1枚を照会文書に分け、メネル団長の席に持って行く。

 

「地元の警察が、捜査に協力しろって言ってきたそうよ」

 

(警察? あ、そっか)

 

 ミンはすぐに理由が思い当たる。

 

「傷害事件だからですね?」

「そうよ。ジロー閣下が電話してたわ。そこの机の採番機を持ってきて」

 

(口を出すなって言ったのかな?)

 

 言われたとおりにすると、決裁はすぐに終わった。

 メネル団長は採番機を受け取り、慣れた手つきで番号を二つの文書に打ち込む。

 

「文書番号もこれでよし。じゃあそこの番号簿に件名を書いてから、持って行きなさい。これはこちらで預かるわね。あと公用輪車を使って良いわよ」

 

 そう言って照会文書をミンに手渡し、決裁文書はそのまま机の上に置いたままにした。

 

(副団長に見せるのね)

 

 ミンは番号簿に件名を素早く記入し、受け取った照会文書を文書鞄に入れる。

 

「では、行ってきます」

 

 軽く頭を下げ、部屋を出るのだった。

 

 

 庶務課に行き、公用輪車の申請書に署名して受付に提出し、乗り場に出る。

 輪車がやって来たので、鞄を抱えて乗り込む。

 

「どちらまでですか?」

「防衛省にお願い」

「了解です」

 

 男ノークの運転士が踏輪板を踏み、長身族も乗れる大きな輪車が進み始めた。

 監査府本庁舎は旧宮殿城壁の内側にあるため、旧城門を通過する通りを抜けてから、東西に走る大通りに出る。

 上空には飛行している人々が大勢行き交っている。

 城壁の内側はごく一部の高官を除き飛行禁止だが、外側の公道は飛行可能なのだ。

 

(外に出ると、気持ちいいわ。一気に視界がひらけて)

 

 ミンは後部座席の真ん中に座っていた。

 短身族にはここがちょうど良い。前方も見やすい。

 窓の外に流れていく建物はどれも古く、かつての帝国時代の面影を残している。

 石造りの壁、古い装飾、古い塀。

 輪車は東へと進んでいく。

 

(あれなんか新築なのに、古い様式なのよね)

 

 園都は西部地区、中部地区、東部地区に分かれている。

 ここ西部地区には、監査府と二院がある。

 いま輪車が向かっている中部地区には、執政府がある。

 さらに先の東部地区には、国司府、つまり共和国政府がある。

 

「園都って…」

「はい?」

「園都は東に行くほど町並みが新しいのね」

 

 ミンがつぶやくと、運転士が答えだ。

 

「はい。わたしは西部地区が好きです」

「歴史があるから?」

「はい。伝統的な建物を見ると落ち着くです」

 

 西部地区はかつて“帝都”と呼ばれていた区域だ。

 古い街並みを残している。

 

 帝都には『エンドレナの塔』がそびえ立ち、その北に宮殿が広がっていた。

 宮殿は広大であり、皇帝たちが暮らす内宮殿と、政務で使用する外宮殿に分かれていた。*1

 現在でも旧内宮殿の区域は、最高監査人のニムディス殿下の私有地だ。

 大きくて壮麗な宮殿があるらしい。

 

(見たことはないけど…)

 

 一方の旧外宮殿は現在『史跡保存区画』と『監査府区画』に分かれている。

『史跡保存区画』は定期的に公開されているが普段は閉鎖されている。

 

(そして『監査府区画』が、現在の監査府…)

 

「監査府庁舎は旧外宮殿だし、わたしたちの職場は歴史的建造物なのね」

 

(ある意味、怖いわね)

 

「そこで働けるのは自慢です。宮殿の正門をくぐる度に、胸が高鳴るです」

 

 運転士の声は誇らしげだ。

 ミンは思わず微笑んだ。

 

 つまり監査府は旧宮殿城壁の内側にある。

 そして城壁の外側には旧貴族邸がまだ多く残っており、かつての貴族連の権勢を今に伝えていた。

 

 やがて大きな交差点が見えてきた。

 交差点で右を見ると、まっすぐに伸びた大通りの先に巨大な三つの建物がミンの目に飛び込んだ。

 

「両院議会堂はいつ見ても壮麗ね」

 

 両院の建物だ。

 

「監査府の方が上です」

 

 運転士が断定した。

 

(そうかな)

 

 ミンは首をかしげる。

 

「何と言っても、園都の象徴ですよ」

「そうね」

 

 そこは同意しておいた。

 両院議会道は、帝国時代末期の「質実剛健でありながらも壮麗」な様式。

 

「美術の授業で“旧宮殿への対抗意識が感じられる”と聞いたけど、確かに宮殿みたいね」

「所詮は、後発です」

 

 巨大な丸屋根が三つ。

 それが平塔の回廊で繋がり、まるで一つの宮殿のように見えるのだ。

 

(ボクは好きだけど…)

 

「右が元老院、左が民議院、真ん中が合同会議場。でも不思議よね」

「何がですか?」

「最初は元老院しかなかったはずなのに、なんで三つ作ったのかしら…?」

 

(もしかしてあれがそのまま三頭になるはずだった……?)

 

「さあ、古い元老なら知ってるでしょうが、自分には…」

「そう…」

 

(ジロー閣下か、ニムディス殿下なら知ってそうだけど…そんなこと聞ける立場じゃないし…)

 

 さらに信号をいくつも過ぎると、建物の様子が一気に新しくなった。

 この辺りが中部地区だ。

 

「曲がります」

 

 輪車が信号を右折すると、官庁街に入った。

 内政を担う執政府はここにある。

 連邦宣言によって帝政が廃止された後、執政府の庁舎連は帝都の東に、つまりここに、新たに建設されたのだ。

 

 さらに東に進むとドレナ国司府、つまり共和国政府の庁舎が建ち並ぶ東部地区がある。

 だがミンが用事があるのは、ここ中部地区だ。防衛省はここにある。

 

「それでもこの辺りはまだ高層天楼(こうそうてんろう)が建ってないから良いわよね」

「はい。『平塔』ばかりです」

 

 平塔とはだいたい五階建てくらいの幅広、つまり横に長い建物の総称である。

 とはいえ、ノーク基準の五階建てなので、ノウブの自分からすると十分に高い。

 

「土地を広く使えた時代なのね」

「はい。防衛省に入ります」

 

 公用輪車は右に曲がり、防衛省庁舎の駐車場に入った。

 

「じゃあ、用事が済むまで、しばらく待っててくれる?」

「了解です」

 

 ミンは鞄を抱え、正面玄関に向かった。

 正面から見る庁舎は重厚な雰囲気を放つ平塔だったが、ミンは特に気負うこともなくスタスタと入っていく。

 異なる種族が出入りする中、短身族用の受付で用件を伝えると、小さな会議室に案内された。

 

(政府施設に短身族用の規格の部屋なんて…珍しいわね)

 

 短身族用の机と椅子は、学校にありそうな素朴な物だった。

 しばらく待たされたが、やがて声が聞こえるとともに戸が開いた。

 

「失礼します」

 

 女ノウブが二人、姿を現した。

 一人は女モノの背広を着ており、一人は連邦軍の制服を着ている。

 

(服装は文官と武官ね)

 

「お待たせしました。軍籍管理課第4係長のジル・テイ主任事務員です」

「係員のサナ・ダイ少尉です」

 

 予想どおりだった。

 

(でも、なんだか緊張してるみたい)

 

「はじめまして、特別捜査団所属のミン・グイです」

 

 ミンは自己紹介した後、ジル係長に促されて席に座る。

 二人も座った。

 

「階級は準監査員です」

 

 ミンがさっそく階級を口にすると、ジル係長の表情がやや固くなった。

 

「これは連邦軍の佐官に相当するらしいのですが、軍の階級をよく知らないのです。兵役の時の一番上は曹長でしたので、佐官というのがどれくらいの階級なのかわからないのです」

 

 今度はサナ少尉が表情を固くし、立ち上がって敬礼した。

 

「お目にかかれて光栄であります」

 

(敬礼してくれた!)

 

 ミンは少しだけ目を見開いた。

 

「佐官というのは大佐、中佐、少佐です。あ、君、敬礼はもういいよ」

 

 ジル係長が、敬礼の姿勢を続ける少尉に声を掛けた。

 サナ少尉は再び「失礼します」と着席する。

 それを見て、ミンは尋ねた。

 

「それって、どれくらいの地位なんですか?」

 

(少尉より上なのは分かったけど……)

 

「軍の階級は分類方法がいろいろとありまして、そのうちの一つで分類しますと、上から将官、佐官、尉官、下士官、兵士です。将官というのが大将、中将、少将で、佐官が大佐、中佐、少佐です」

 

(大将が将官。大佐が佐官)

 

「するとサナ・ダイ少尉は尉官ということですね」

「は、そのとおりであります」

 

 サナ少尉が固い表情のまま答えた。

 

(ボクに対して、こんなに固くなるなんて…)

 

「だとすると、直轄軍人はみな将官なんですねえ」

 

 むしろ空気を和らげるようにと、ミンは声を出した。

 

「そうです。直轄軍はみな将官だと聞いています。上から大将、中将、少将、准将なのではありませんか?」

「そうです。いつも玄関や廊下の隅で怖い顔をしているんですよ」

 

 そう言って微笑むと、二人が何と言っていいのか困った表情をした。

 

(和らがないわね…)

 

 ミンはすぐにまた口を開く。

 

「でも変ですねえ」

「何がですか?」

「ボクが佐官相当なら直轄軍人の方が階級が上のはずなのに……監査府の軍人は職員の指示で動くんですよ」

 

 二人が困惑したような表情になった。

 

(空気を和らげるのは、失敗しちゃったみたい)

 

 ジル係長が一瞬言葉に詰まってから、口を開く。

 

「……監査府は事情が特殊だと伺っています。ところで――」

 

 監査府という言葉を口にするときに、わずかな硬さを見せつつも、じれたように切り出した。

 

「――我々は何をお話しすればよろしいですか?」

 

 ジル係長もノウブである。

 ノウブは単刀直入を好むのだ。

 

 

*1
日本では歴史的に「外宮」は「げくう」、「内宮」は「ないくう」と呼ばれていますが、トルキナ帝国では「外・宮殿」「内・宮殿」であり「がい・きゅうでん」「ない・きゅうでん」と呼ばれていました。





話が進まなくて済みません。
次回はちゃんと進展します。
次回の投稿は明日の予定です。
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