連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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025 第23話 身元

 

 ジル・テイ係長の方から切り出してきた。

 

「在籍していた人物についてお尋ねとのことですが」

「ああ、そうでしたね」

 

(寄り道しすぎたみたい。本題に入らなくちゃね)

 

 ミンは鞄から人相書きの印刷文書を取り出して、差し出した。

 

「現在捜査中の件で、事情を知っていると思われるこの男を捜しています」

 

 サナ・ダイ少尉が受け取り、そのままジル・テイ係長に手渡した。

 

「現在判明しているのは周囲から“ボブ”と呼ばれていたこと。直轄軍人の一人が第4軍の陸軍団にいた時分に、他の部隊にこの男がいたのを見たと記憶していること。四から六年ほど前のことで、当時も“ボブ”と呼ばれていたそうです」

 

 係長は隣の武官にも見えるように中間に置くのを見ながら、ミンは説明を続ける。

 

「第4軍にいたのであれば、詳しい身元が分かるのではないかと思い、照会に伺いました」

 

 人相書きに視線を落としていた二人が顔を上げ、ジル係長が口を開く。

 

「その第4軍にいたという直轄軍の隊員とは、どなたですか?」

 

「フェルディナンド・ロシャ准将です」

 

 防衛省にとっても、探す際の重要な手がかりになるはず。

 

「そうですか。それで、この男がいったい何をしたのか、教えていただけますか?」

 

 ジル係長が人相書きに視線を落としながら尋ねた。わずかに眉をひそめている。

 

(教えるのはまだムリだけど…)

 

「現時点ではお話しできません。今はただ、同僚が入院するハメになった現場にいたと思われる、とだけ申しておきましょう」

 

 その一言で、二人の目が丸くなった。

 こう言えば監査府が探している理由はノウブには明白だ。ただ、それでも具体的な事件はわからないはずだ。

 

(メネル団長に言われたことを言ってみるなら、ここかな?)

 

「なんなら直接調べてこいと上司に言われていますので、人事書類の保管場所に案内していただければ…」

 

 するとサナ少尉が、冷たく突き放すような口調で話し始めた。

 

「あいにく、軍の情報は軍機にも関係する恐れがあるため、外部にお見せす――」

 

 その言葉にミンは思わずその顔を見つめてしまう。

 

(監査府に軍機を主張する? 正気なの?)

 

 隣のジル係長の顔が一瞬で青ざめ、あわてた様子で少尉の肩を掴んだ。

 

「――るわけ……っ!」

 

 サナ少尉はすぐに口を噤み、背筋をピンと伸ばした。

 表情は硬いままだが、その目は“何かは分からないけど、やらかしたかも”という焦りがありありと表れている。

 さらには、その喉がかすかに鳴った。

 耳が赤く…いや橙色になった。

 空気が張り詰める。

 ジル係長が取り繕うような表情で話し始めた。

 

「そ、それには及びません。こちらで調べてお知らせいたします」

 

 思わぬ反応に、ミンは内心で少し驚いていた。

 

(そんなに怖い顔したつもりはないんだけど…)

 

「ご存じのように、連邦軍に所属している兵員の数は膨大です。第4軍だけでも数万に上ります。過去に遡ればさらに増えます。名前が分からない以上、回答にはお時間をいただかなければなりません」

 

 ミンには“あんたには大変だから止めときなさい”と聞こえた。

 さらには“今すぐの回答は無理だ”とも。

 

(どっちにしても断るのね。でも軍機を持ち出すよりもずっとマシ)

 

“軍機”なんて言ったら、特捜団は、いやメネル団長は、喜々として乗り込んで来かねない。

 何と言ってもこちらは“監査人直属”なのだ。

 

「でも在籍の時期は大体絞られませんか?」

 

(なるべく早く回答して欲しい)

 

 そう目を向けると、ジル係長が、すっと視線をそらした。

 

「それでも確認しなければならない書類の量は膨大です」

 

“時間掛かるから無理”と言いたいようだ。

 

(潮時ね。任せた方がよさそう)

 

 ミンはそう判断した。

 

「ではお手数ですが、お願いいたします。これは特捜団長名で作った照会文書ですので、お渡ししておきます」

 

(公文書による公式の照会だから、ちゃんと回答してね)

 

 そういう意味だ。

 

「は! お預かりします」

 

 サナ少尉が受け取った。

 

(頼むわ。シンのためにも)

 

「ではボクはこれで失礼します」

 

 ミンは、両手を突いて立ち上った。

 

 

 三日後――

 

 ミンがメネル団長と共に、監査人ジロー閣下の元を訪れた時、閣下は、紅茶をおいしそうに飲んでいた。

 

「防衛省から回答があったわよ」

 

 団長が報告すると、閣下の紅茶を飲む手が止まった。

 

「少尉さんがわざわざ届けてくれたわ」

 

 

 ――――つい先ほどのこと。昼休みの直前だった。

 

「防衛省編成部軍籍管理課第4係のサナ・ダイ少尉ですっ! お問い合わせの件で、ミン・グイ準監査員に関係書類をお持ちしましたっ!」

 

 受付に呼び出されて降りていくと、サナ・ダイ少尉が大きな封筒を抱えたまま、そう叫んだ。

 

(思わず笑っちゃった)

 

 急いで別室に案内しなければならなかった。

 封筒の中身を確認してから預かり証に署名して渡し、帰したのだった。

 

 

「そうか……」

 

 ジロー閣下は事態を受け止めようとしているのか、何かを考えている。

 

「ミン、お願い」

「はい」

 

 メネル団長に促され、書類を読み上げる。

 もう頭に入っているが、念のためだ。

 

「男の名はロバート・ピーターズ。通称ボブ。市民番号は……」

 

・氏名:ロバート・ピーターズ(名・氏)

・市民番号 2-3-0113-0256-142

・通称:ボブ

・生年月日:250年8月14日

・性別:男

・種族:ニンゲン

・身体特徴:肌・淡色 髪・茶色 眼・濃茶色

・出身:ゴンドー共和国南権県

・前歴:ゴンドー冒険者組合 2年間

・軍歴:第4軍・陸軍団・第3師団

・入隊:270年9月

・退役:286年8月(理由:戦闘回期満了)

・階級:軍曹(退官時)

 

 

 ミンが読み上げている間、メネル団長が写真をジロー閣下に手渡した。

 

(写真は人相書きと顔はほぼ同じだった。髪と髭が整っていて、一目ではわかりにくいけど…)

 

「……兵役終了後にゴンドー冒険者組合で2年間冒険者をした後、270年9月に連邦軍に入隊。訓練後に第4軍陸軍団第3師団に配属。86年8月に戦闘回期満了で退官。退官時の階級は軍曹……」

 

(連邦軍は退職が早いのね…)

 

 肉体的に戦闘可能とされる回齢を過ぎると、下士官以下は退官しなければならないらしい。

 

「……軍の紹介でいくつかの企業の面接を受けた後、87年4月に〈ガントン貨物〉に就職しました」

 

 するとジロー閣下が眉をひそめた。

 

「ガントン貨物? なんか聞き覚えがあるな」

 

 首をひねっているので、ミンは指摘する。

 

「はい。シン・ポップ特調員が倒れていた33番倉庫を借りていたのが〈ガントン貨物輪船〉です。モルドー国司府の商務局に登記がありました。ただし、ここはロバートが就職した年の10月に倒産、廃業しており、現在はありません」

 

 ジロー閣下が頷いた。思い出したようだ。

 

「つまり、結局はロバートとその仲間を見つけるしかないわけだね」

「そうなります」

 

 ミンはそう答えておいた。

 

(でもこれまでとは違う。このガントン貨物の捜査に重点を置くことになるはず)

 

「冒険者組合へは?」

「はい。現在、モルドー冒険者組合に照会中ですので、身元判明のため確認は不要となった旨を連絡します。ロバートがゴンドーの組合にいたことが分かりましたので、必要があれば詳しい話を聞きに行こうかと思いますが……」

「ゴンドーか……遠いなあ」

 

(そう、遠い…)

 

 ゴンドー共和国――連邦に属する共和国の一つ。

 モルドー共和国のさらに北にある。

 モルドー自体が南北に長く、赤道をまたいでいる。

 それを越えて北半球を北上し、さらに海を渡るとゴンドーだ。

 しかも権都は北部の都市だ。

 輪空機を乗り継いでも三日はかかる。

 

「その前に、まずは孟都に連絡だな」

 

 どうやらゴンドーには今すぐ行かなくてもよさそうだ。

 捜査本部に知らせるのが先なのだ。

 

「はい、すぐに身元を知らせます。それと、陰画膜も借りましたので写真の必要枚数を確認の上、送ります」

 

 サナ少尉は、陰画膜も持ってきてくれた。

 これで写真がいくらでも刷れる。

 

「陰画膜を貸してくれたのか。それは随分と気が利くな」

 

 ジロー閣下が意外そうに眉を動かした。

 

「あら、ミンが文書に入れておいてくれたのよ。顔写真の陰画膜も借りたいって」

 

 そう。文面を考えたのはミンである。

 

(見つけるためには写真が必要)

 

 そう考えたのだ。

 

「ミン・グイ準監査員、良い判断だ。聞き込みには写真が何枚も必要になるだろう」

 

 ジロー閣下が微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

 

 ミンは礼を述べた。

 

(褒められるほどのことじゃないけど…)

 

 ノウブなら誰でも思いつく。

 

「送るのではなく、直接持って行き、そのまま捜査に合流してくれ。その方が安全だし、確実だ」

 

(また孟都に、現場に、シンの所に行ける!)

 

「わかりました!」

 

 ミンは元気よく返事をした。

 

「じゃあ、すぐに手配するわね」

「ああ頼む」

 

 ミンはメネル団長の後に続いて監査人室を後にした。

 

「すぐに出発できる?」

「準備はすぐに済みます。搭乗券さえ取れればすぐに出発できます」

 

(いつでも行けるようにしてある)

 

「じゃあ、すぐに命令書作って、搭乗券を取ってきなさい」

「わかりました」

 

 ――きっと捕まえるわ。

 

(シンの命を奪いかけた犯人を――)

 

 廊下を歩く自分の足が軽く感じた。

 





次回の投稿は本日中の予定です。
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