連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために―― 作:mogatoku
ジル・テイ係長の方から切り出してきた。
「在籍していた人物についてお尋ねとのことですが」
「ああ、そうでしたね」
(寄り道しすぎたみたい。本題に入らなくちゃね)
ミンは鞄から人相書きの印刷文書を取り出して、差し出した。
「現在捜査中の件で、事情を知っていると思われるこの男を捜しています」
サナ・ダイ少尉が受け取り、そのままジル・テイ係長に手渡した。
「現在判明しているのは周囲から“ボブ”と呼ばれていたこと。直轄軍人の一人が第4軍の陸軍団にいた時分に、他の部隊にこの男がいたのを見たと記憶していること。四から六年ほど前のことで、当時も“ボブ”と呼ばれていたそうです」
係長は隣の武官にも見えるように中間に置くのを見ながら、ミンは説明を続ける。
「第4軍にいたのであれば、詳しい身元が分かるのではないかと思い、照会に伺いました」
人相書きに視線を落としていた二人が顔を上げ、ジル係長が口を開く。
「その第4軍にいたという直轄軍の隊員とは、どなたですか?」
「フェルディナンド・ロシャ准将です」
防衛省にとっても、探す際の重要な手がかりになるはず。
「そうですか。それで、この男がいったい何をしたのか、教えていただけますか?」
ジル係長が人相書きに視線を落としながら尋ねた。わずかに眉をひそめている。
(教えるのはまだムリだけど…)
「現時点ではお話しできません。今はただ、同僚が入院するハメになった現場にいたと思われる、とだけ申しておきましょう」
その一言で、二人の目が丸くなった。
こう言えば監査府が探している理由はノウブには明白だ。ただ、それでも具体的な事件はわからないはずだ。
(メネル団長に言われたことを言ってみるなら、ここかな?)
「なんなら直接調べてこいと上司に言われていますので、人事書類の保管場所に案内していただければ…」
するとサナ少尉が、冷たく突き放すような口調で話し始めた。
「あいにく、軍の情報は軍機にも関係する恐れがあるため、外部にお見せす――」
その言葉にミンは思わずその顔を見つめてしまう。
(監査府に軍機を主張する? 正気なの?)
隣のジル係長の顔が一瞬で青ざめ、あわてた様子で少尉の肩を掴んだ。
「――るわけ……っ!」
サナ少尉はすぐに口を噤み、背筋をピンと伸ばした。
表情は硬いままだが、その目は“何かは分からないけど、やらかしたかも”という焦りがありありと表れている。
さらには、その喉がかすかに鳴った。
耳が赤く…いや橙色になった。
空気が張り詰める。
ジル係長が取り繕うような表情で話し始めた。
「そ、それには及びません。こちらで調べてお知らせいたします」
思わぬ反応に、ミンは内心で少し驚いていた。
(そんなに怖い顔したつもりはないんだけど…)
「ご存じのように、連邦軍に所属している兵員の数は膨大です。第4軍だけでも数万に上ります。過去に遡ればさらに増えます。名前が分からない以上、回答にはお時間をいただかなければなりません」
ミンには“あんたには大変だから止めときなさい”と聞こえた。
さらには“今すぐの回答は無理だ”とも。
(どっちにしても断るのね。でも軍機を持ち出すよりもずっとマシ)
“軍機”なんて言ったら、特捜団は、いやメネル団長は、喜々として乗り込んで来かねない。
何と言ってもこちらは“監査人直属”なのだ。
「でも在籍の時期は大体絞られませんか?」
(なるべく早く回答して欲しい)
そう目を向けると、ジル係長が、すっと視線をそらした。
「それでも確認しなければならない書類の量は膨大です」
“時間掛かるから無理”と言いたいようだ。
(潮時ね。任せた方がよさそう)
ミンはそう判断した。
「ではお手数ですが、お願いいたします。これは特捜団長名で作った照会文書ですので、お渡ししておきます」
(公文書による公式の照会だから、ちゃんと回答してね)
そういう意味だ。
「は! お預かりします」
サナ少尉が受け取った。
(頼むわ。シンのためにも)
「ではボクはこれで失礼します」
ミンは、両手を突いて立ち上った。
三日後――
ミンがメネル団長と共に、監査人ジロー閣下の元を訪れた時、閣下は、紅茶をおいしそうに飲んでいた。
「防衛省から回答があったわよ」
団長が報告すると、閣下の紅茶を飲む手が止まった。
「少尉さんがわざわざ届けてくれたわ」
――――つい先ほどのこと。昼休みの直前だった。
「防衛省編成部軍籍管理課第4係のサナ・ダイ少尉ですっ! お問い合わせの件で、ミン・グイ準監査員に関係書類をお持ちしましたっ!」
受付に呼び出されて降りていくと、サナ・ダイ少尉が大きな封筒を抱えたまま、そう叫んだ。
(思わず笑っちゃった)
急いで別室に案内しなければならなかった。
封筒の中身を確認してから預かり証に署名して渡し、帰したのだった。
「そうか……」
ジロー閣下は事態を受け止めようとしているのか、何かを考えている。
「ミン、お願い」
「はい」
メネル団長に促され、書類を読み上げる。
もう頭に入っているが、念のためだ。
「男の名はロバート・ピーターズ。通称ボブ。市民番号は……」
・氏名:ロバート・ピーターズ(名・氏)
・市民番号 2-3-0113-0256-142
・通称:ボブ
・生年月日:250年8月14日
・性別:男
・種族:ニンゲン
・身体特徴:肌・淡色 髪・茶色 眼・濃茶色
・出身:ゴンドー共和国南権県
・前歴:ゴンドー冒険者組合 2年間
・軍歴:第4軍・陸軍団・第3師団
・入隊:270年9月
・退役:286年8月(理由:戦闘回期満了)
・階級:軍曹(退官時)
ミンが読み上げている間、メネル団長が写真をジロー閣下に手渡した。
(写真は人相書きと顔はほぼ同じだった。髪と髭が整っていて、一目ではわかりにくいけど…)
「……兵役終了後にゴンドー冒険者組合で2年間冒険者をした後、270年9月に連邦軍に入隊。訓練後に第4軍陸軍団第3師団に配属。86年8月に戦闘回期満了で退官。退官時の階級は軍曹……」
(連邦軍は退職が早いのね…)
肉体的に戦闘可能とされる回齢を過ぎると、下士官以下は退官しなければならないらしい。
「……軍の紹介でいくつかの企業の面接を受けた後、87年4月に〈ガントン貨物〉に就職しました」
するとジロー閣下が眉をひそめた。
「ガントン貨物? なんか聞き覚えがあるな」
首をひねっているので、ミンは指摘する。
「はい。シン・ポップ特調員が倒れていた33番倉庫を借りていたのが〈ガントン貨物輪船〉です。モルドー国司府の商務局に登記がありました。ただし、ここはロバートが就職した年の10月に倒産、廃業しており、現在はありません」
ジロー閣下が頷いた。思い出したようだ。
「つまり、結局はロバートとその仲間を見つけるしかないわけだね」
「そうなります」
ミンはそう答えておいた。
(でもこれまでとは違う。このガントン貨物の捜査に重点を置くことになるはず)
「冒険者組合へは?」
「はい。現在、モルドー冒険者組合に照会中ですので、身元判明のため確認は不要となった旨を連絡します。ロバートがゴンドーの組合にいたことが分かりましたので、必要があれば詳しい話を聞きに行こうかと思いますが……」
「ゴンドーか……遠いなあ」
(そう、遠い…)
ゴンドー共和国――連邦に属する共和国の一つ。
モルドー共和国のさらに北にある。
モルドー自体が南北に長く、赤道をまたいでいる。
それを越えて北半球を北上し、さらに海を渡るとゴンドーだ。
しかも権都は北部の都市だ。
輪空機を乗り継いでも三日はかかる。
「その前に、まずは孟都に連絡だな」
どうやらゴンドーには今すぐ行かなくてもよさそうだ。
捜査本部に知らせるのが先なのだ。
「はい、すぐに身元を知らせます。それと、陰画膜も借りましたので写真の必要枚数を確認の上、送ります」
サナ少尉は、陰画膜も持ってきてくれた。
これで写真がいくらでも刷れる。
「陰画膜を貸してくれたのか。それは随分と気が利くな」
ジロー閣下が意外そうに眉を動かした。
「あら、ミンが文書に入れておいてくれたのよ。顔写真の陰画膜も借りたいって」
そう。文面を考えたのはミンである。
(見つけるためには写真が必要)
そう考えたのだ。
「ミン・グイ準監査員、良い判断だ。聞き込みには写真が何枚も必要になるだろう」
ジロー閣下が微笑んだ。
「ありがとうございます」
ミンは礼を述べた。
(褒められるほどのことじゃないけど…)
ノウブなら誰でも思いつく。
「送るのではなく、直接持って行き、そのまま捜査に合流してくれ。その方が安全だし、確実だ」
(また孟都に、現場に、シンの所に行ける!)
「わかりました!」
ミンは元気よく返事をした。
「じゃあ、すぐに手配するわね」
「ああ頼む」
ミンはメネル団長の後に続いて監査人室を後にした。
「すぐに出発できる?」
「準備はすぐに済みます。搭乗券さえ取れればすぐに出発できます」
(いつでも行けるようにしてある)
「じゃあ、すぐに命令書作って、搭乗券を取ってきなさい」
「わかりました」
――きっと捕まえるわ。
(シンの命を奪いかけた犯人を――)
廊下を歩く自分の足が軽く感じた。
次回の投稿は本日中の予定です。