連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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026 第24話 地元の強み

 

 夕方というにはまだ日が高い時刻――

 港湾署の会議室には、捜査員が集められていた。

 捜査一係長ホロック・聡厳警部補は、口がへの字に曲がりそうになるのを堪えていた。

 今はちょうど、主任のヘルマン・ ナンゴン巡査部長の説明を聞いているところであった。

 

「…33番倉庫の使用申請者は〈ガントン貨物輪船〉という海運業者ですが、ここは4年前に倒産、廃業しています。なお使用料はあと5年先まで支払い済みですが、申請に虚偽が発覚したため、使用許可は打ち切ることになるだろうという話です」

 

 ヘルマンの濃色の顔からも、ややかすれた声からも、努めて事務的に話そうとしていることが見てとれる。

 

(チッ…まったく…)

 

 ホロックは心の中で舌打ちした。

 

(傷害事件は我々に任せればいいのに…)

 

 ヘルマンもそう考えているに違いない。だからこそ、事務的に話そうと努力しているのだろう。

 

「説明は以上ですが、係長から何かありますか?」

 

 部下に促され、ホロックは短身族用の足台に立った。

 

「先刻の合同捜査会議で聞いてきた話は以上だ。繰り返しになるけど、被害者が調査していた内容については、監査府の上の方から極秘だと厳しく言われている。ここにいる者以外には一切の他言を禁じるよ。いいね」

 

 本部が金の裏取引なんかするとも思えないから隠す必要も感じないけど、監査人との約束を違えるわけにはいかない。

 

「「「はい」」」

 

 ホロックは部下の顔ぶれを見回し、ちゃんと受け止めたことを確認して頷いた。

 

「よし。この人相書きの男の行方を探すのがオイラたちの仕事だ。ここまでで何かあるかい?」

 

 再び、部下の顔ぶれを眺める。

 皆、あまり愉快そうな表情ではない。

 

(それもそうだ)

 

 通報があってから六日が過ぎている。時間が経つほど捜査は難しくなる。

 みんな“最初から我々に任せてくれれば良かったのに”と、そう思っているに違いない。

 

「あの」

 

 男ノウブが小さな手を上げた。

 テル・ゾン巡査長である。白い髪が短く刈り込まれ、ノウブにしては野性味がある男だ。

 

「あちらは、(かつ)ぎ屋や運び屋への聞き込みはどの程度してるのでありますか」

 

 すでに聞いてるなら、我々が成果を上げるのは難しい。

 

(だが、大してやってない)

 

「倉庫周辺ではしているらしいけど、成果は上がっていないようだね」

 

(まったく。港を知らない素人が。倉庫街なら大勢いるだろう)

 

 ホロックの内心は文句で溢れそうだ。

 

「酒場の聞き込みもでありますか?」

 

(それも大してやってない)

 

「説明にもあったように大きな店ではしているけど、小さい店には少ししか当たっていないようだ」

 

 何人かがため息をつくのが見えた。

 

(…しかも、この従業員ケイ・ディンの“ボブと呼ばれていた”証言はどこかおかしい。ウソではないんだろうが…)

 

「なるほど」

 

 緑色の顔がニヤリと笑った。いや、嘲笑と苦笑が混ざった表情だ。

 それがホロックには“監査庁は何をやってんだ? 素人か?”という表情に見えた。

 

「そういうことだ。」

 

 ホロックはその気持ちに同意するように大きく頷く。

 

「監査庁は所轄を無視して捜査を進めようとしたようだけど、案の定行き詰まってる。監査府なんてのは、中央府も地方庁も、所詮は書類と理屈が好きな“脳専(のうせん)”どもの集まりってこった」

 

『脳専』とは、頭でっかちの優等生を揶揄(やゆ)する言葉であり、連邦で広く使われている俗語だ。

 だがホロックは、どちらかというと“机でしか働かない人”という意味で使っている。

 

「地元の事情も知らない上に、捜査は”脚で稼ぐ”ものだということが分かっていない」

 

(机の上じゃ、事件は解けないんだよ)

 

 一般的に『脳専』の対義語は『脳筋』だとされている。

 だがホロックにとっては違った。

 彼にとって『脳専』の反対は『現場で働く人』である。

 

(オイラたち所轄は監査府の『脳専ども』とは違い、現場で働いているんだ)

 

 皆も同意するように頷くのを見て、ホロックは声を上げていく。

 

「オイラ…いや、われわれがこの男を見つけ出し“最初から港湾署に任せれば良かった”と後悔させてやれ! 優等生どもに現場の力を示すんだ!」

 

 部下達の表情が引き締まった。

 

「「はっ!」」

 

(いいぞ。皆、やる気のある顔だ)

 

「まずはヘルマンとパム、倉庫周辺から始めて港湾運送の関係者に全部当たるつもりで聞いてこい」

 

 男ニンゲンと女ノウブの部下が返事をする。

 

「「はい!」」

「そしてスニタとマナは酒場だ。範囲を広げてしらみつぶしに当たれ」

「「はい!」」

 

 女ニンゲンと女ノウブが頷いた。

 

「テルとティンナは換金屋だ。金を持ち込んだ客の特徴を全部聞き出せ。君らは人相書きにこだわらなくていい。なんなら他の所轄にも問い合わせて店を全部教えてもらって当たってくれ」

「「はい!」」

 

 男ノウブと女ノークが勢いよく返事をした。

 

「他は港周辺の店、酒店でも服屋でも靴屋でも売春宿でもなんでもいいから当たれ。この男の足取りを調べるんだ」

「「はい」」

 

(あとはもう一つあるな…)

 

「それと(かぎ)屋だ。倉庫の鍵の複製を頼んだ客がいないか、調べろ」

「「はい」」

 

(軍の倉庫を勝手に使っていたとすれば、そいつらは鍵をどうにかして手に入れたはずだ)

 

「では聞き込み開始だ」

「「は!」」

 

 分署の空気が動き出した。

 会議室を出て席に戻ると、皆、勢いよく準備を整え、港の街へと散っていく。

 

 ホロックも男ノークの部下に声をかけた。

 

「ああ、ゴドン。君はオイラと一緒に聞き込みだ」

 

「はっ」

 

 ゴドン・ミーレン巡査が男ノークらしい低い声で返事をした。

 

 ゴドンが踏輪する輪車に乗り、ホロックが向かった先は、港にある平屋の建物だった。

 輪車から降り、小さな体で平屋を見上げる。

 橙色になる手前の陽光が、壁面にじんわりと照り返している。

 

「ここは、いわゆる“担ぎ屋”が集まる場所だ。ゴドンも覚えておくといい」

 

 ゴドンは気圧されるように、キョロキョロと視線を動かしている。

 

「はい」

 

 辺りからは男ノーク達の野太いかけ声がいくつも響き、荷揚げや荷下ろしの音が混ざり合っている。

 海の方には、大きな揚重柱(ようじゅうばしら)が何本も立っているのが見えた。

 

「よう。ボムリの旦那はいるかい」

 

 潮風の匂いを感じながら、近くにいた男ノークに声を掛ける。

 すると、平屋の入り口から、声が聞こえてきた。

 

「なんだ。刑事の坊主じゃないか!」

 

 揚重(ようじゅう)の軋む音にも負けない野太い声だ。

 

(声を聞きつけたか)

 

「そいつは新入りか?」

 

 厳つい男ドワーフが現れた。

 薄く日焼けしているが、肌の色は淡色。つまり『北ドワーフ』、別名『山のドワーフ』だ。

 なのに船乗りをしていたという。

 

(『海のドワーフ』もいるのにな)

 

 こうした呼び方はあくまで歴史的なものに過ぎないということだろう。

 

「やあボムリの旦那。元気にやってますかい」

 

 ホロックは大勢のノーク達を束ねる港の親分に挨拶した。

 親分になって五十年は経っているらしい。

 

「こいつはゴドンと言って、先月からいるんですよ」

「そうか」

「ゴドン。こちらは大勢の担ぎ屋を束ねている親分さんだ」

「ゴドン・ミーレン巡査です。よろしくです」

「おう。わしはボムリっていうもんだ。よろしくな」

 

 そう言って自分の倍近い身長の男ノークの巨体を見上げたが、顔を覚えたのかすぐにホロックに顔を向ける。

 今度は反対に、見下ろす形になっている。ドワーフはパントよりも大きいのだ。

 

「ようやく来やがったか。半殺しになったノウブが救急輪車で運ばれていったって聞いたから、いつ来るかと思っていたんだが」

 

 遅いじゃないかと言わんばかりの言い草だが、顔は笑っている。

 

「それが、監査庁が現場を押さえちまって、オイラたちはのけもんだったもんでしてね」

 

(おかげで通報からもう6日だ。ノウブ以外は忘れ始める頃だ)

 

「そのようだな。だが、なんで監査庁が取り仕切ってるんだ?」

 

 薄い琥珀色の瞳までが、問いかけてくる。“いったい何があるんだ?”と。

 

「その運ばれた男ノウブってのが、監査府のお偉いさん…とまではいかないんですが、それでもうちの署長よりも上のお方でしてね」

「なるほど…それで監査庁が聞き回っているのか」

 

 ボムリが、納得したように大きく頷いた。

 

「こちらにも来たんですか?」

 

 ホロックの問いに、ボムリが軽く首を振る。

 

「いや、ここには来てねえな」

 

(つまり聞き込みの余地はまだまだあるってことだな)

 

「まあ来たところで、何も知らねえんだがな」

 

 ボムリが軽く肩をすくめる。

 

「そうですか…」

 

(空振りだったか…)

 

 すると疑わしげな目でホロックを睨んできた。

 

「まさかうちの連中を疑ってねえだろうな、おい。ドワーフは喧嘩はするが半殺しにはしねえ。ノークはノウブを襲わねえ。ニンゲンはやるかもしれねえが、うちのヤツはそんなことしねえぞ。短身族は……ちょっとわからねえがな」

 

 自分たちは関係ないぞといいつつも、断言はしない。

 その“妙な正直さ”がボムリの旦那らしい。

 

(こういうところが旦那の憎めないところだな)

 

 ホロックは自分が少し笑顔になったことに気付く。

 

「いまのところは疑いはありませんよ。それで、こちらの男を探していましてね」

 

 人相書きを差し出すと、ボムリは取り上げるように受け取って、じっくりと見始める。

 

「ニンゲンじゃねえか。この男がやったのか?」

 

 男ドワーフの身体がやや前のめりになったため、男パントの刑事はのしかかられそうだ。

 ホロックはそれを交わすように、姿勢を斜めに倒す。

 

「いえ、そこまではまだわかんないんですがね。被害者が襲われた14日に現場にはいたらしいんで」

 

 ボムリの眉の片方が、呆れたとばかりにくいっと上がった。

 

「14日……今日は23日だぞ。九日も前じゃねえか。今ごろ来てもみんな忘れてるぞ」

 

(まったくだ)

 

 ホロックは内心頷くが、表情には出さない。

 

「かもしれませんが、一応は聞いて回らないと」

 

 ボムリが太く毛深い腕を組み、考え込むような仕草になる。

 

「にしても、ニンゲンがノウブを半殺しにするとはな…」

 

 表情が険しい。

 

「まだそうと決まったわけじゃありませんよ。命があっただけマシってもんで。それで見覚えはありませんかね」

 

 ホロックの問いに、ボムリは短い顎髭(あごひげ)をつまんで首をひねる。

 

「ねえな。だがここは担ぎ屋が集まる。誰かしらが見ているかもしれん。これ、預かってもいいんだろ? 三日もあれば皆に確認できるぞ」

 

(さすが、ボムリの旦那は気前がいい)

 

「お願いしていいですかね」

 

 ボムリが胸を叩いた。

 

「ああ、かまわないぞ。坊主には時々世話になってるからな。監査庁のヤツが来てもこんなことしねえぞ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 ホロックはしっかりと頼んでから「ではこれで」と部下を引き連れて輪車に戻った。

 

「世話になってるからな、って言ってましたが、何を世話してるんですか?」

 

 輪車をこぎ始めながら、ゴドンが尋ねた。

 

「ああ、たまに船乗りや担ぎ屋の喧嘩を仲裁してやってんだ」

「ああ、たまにあるヤツですね」

「そうだ。その度にイチイチしょっ引いてたら、あっという間に人手不足になる。だから深刻なケガがなく、かつ他の住民に迷惑を掛けなければ、署としても大目に見ている」

「そういうことですか」

「それがこうやって、捜査への協力に繋がる」

 

 ホロックは後部座席で笑みを浮かべる。

 

「いわゆる“地元の強み”ってヤツだが……」

 

 すぐに表情が曇る。犯行日から九日が過ぎてることが頭をよぎる。

 

「今回は間に合うかどうか…」

 

(せめてもう少し早ければ…)

 

「まだ間に合うと思います」

 

 背面鏡に映るゴドンの大きな目が、力強い光を放っていた。

 

(とにかく、やることはやらなくては…)

 

 ホロックは鏡に映る目に向かって頷いた。

 

「そうだな。よし、次に行くぞ」

「はい!」

 

 若い男ノークの返事と共に、輪車が力強く動き出した。

 





次回の投稿は明日の予定です。
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