連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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027 第25話 飲食店

 

 ゴドン・ミーレン巡査が運転する輪車が、裏通りにある小さな酒場通りに入ると、ホロック警部補は次の目的地を見つけた。

 

「あの店だ。前で止まってくれ」

「はい」

 

 路駐して、二人で店の前に立つ。

 近くでは、酒瓶を運ぶ音がカランと響いていた。

 

「随分と古い店ですね。それに入り口がオラ…自分には小さいです」

 

 ゴドンが戸口を見下ろしている。

 

「ああ、他種族配慮義務が出来る前の建物だ」

 

 ホロックは夕日を背にした建物を見上げる。

 元は白かっただろう看板は潮風にさらされたためか、灰色に変色している。

 日陰に沈んだ『東風』の黒い文字は、一部が剥げ、時代と安っぽさを感じさせる看板だ。

 

「君はここにいてくれ」

「はっ」

 

 ホロックはそう指示を出すと、石造りにはめ込まれた引き戸に手を掛けて、静かに開けた。

 

「ちょいと失礼しますよ」

 

 中に入ると長卓台(ちょうたくだい)の裏の厨房にいる女エルフが顔を上げた。

 

「開店までまだ時間あるよ」

 

 濃色の肌に鳶色(とびいろ)の目――いわゆる『草原エルフ』の特徴だ。

 明るい色のゆったりとした調理服を兼ねた接客服をまとい、紫がかった淡い黒髪を後ろでしっかりとまとめている姿は、どこか艶っぽい。

 厨房は火の気がしているが、客はいない。

 準備中のようだ。

 女エルフがにこやかな表情を見せた。

 

「あらあら、パントの刑事さんじゃない。先月は助かりましたよ。でもここは間身族用の店ですよ」

 

 たまたま近くの店で呑んでた時に、騒ぎに駆けつけ、暴れていた酔っ払いをヘルマンと二人で連行した件だ。

 被害はほとんどなかったので、そのまま説教だけで釈放してやった。

 

「間身族の店に用が――いや、おかみさんに用があるんですよ」

 

 おかみさんの目がかすかに見開く。

 

「わたしにかい? なんだか怖いねえ」

 

(そう言う割には、まったく怖がってないな)

 

 むしろ面白い話を待ち構えているように見える。

 

(客に気持ちよく話をさせる仕事か。オイラとは正反対だな)

 

「監査庁が調べてる件なんですが、ここには聞き込みに来ませんでしたかね」

 

 するとおかみさんは首を振った。

 

(やはり来てないか…)

 

 脳専どもはこの辺りには来ていないようだ。

 

「いいえぇ。そんな恐ろしいところが来たら大騒ぎだよ。この辺じゃみんなどんぶり勘定だから……おっと失言だわ」

 

 そう言って「オホホ」と笑う顔はなんだか楽しげだ。

 

「オイラは喧嘩騒ぎ担当ですから、ご安心を」

 

 するとまた「オホホ」と笑った。

 

「それで何があったの? また人殺しかい?」

 

 顔を傾けるおかみさんの目には、好奇心が小さく光っている。

 

「“また”とは? 殺人事件はこのところありませんよ」

 

 ホロックには何のことか分からない。

 殺人事件はあれ以来起きていないはずだ。

 

「あら、あったじゃない。確か刑事さんが犯人を捕まえたって言う」

 

(あれか…)

 

「ああ、それ、三十年も前の事件ですよ」

「まあ、もうそんなに経つのねえ。エルフにとっては1回期半前だからあんまり前のような気がしないわ…」

「パントには10回期も前ですよ。それに捕まえたのもオイラじゃありません」

「あら、あの時、店に来てた警部さんから聞いたわよ。ウチの新入りの男パントが犯人を見つけたって」

 

(見つけたというのは語弊があるけど、このままでは話が進まない…)

 

 ホロックは本題に入ることにした。

 

「それで殺人ではないんですがね。実は監査府の――」

 

 ホロックが事件のあらましを簡単に説明すると、濃色の女エルフは悲しそうな顔を見せた。

 

「ノウブを…あんなに小さいノウブを襲うなんて…恐ろしい人もいるもんだねえ」

 

 頬に手を当てて首を振る。眉が垂れ下がって、悲しげだ。

 

「それでこの男を捜しているんですがね。見覚えはありませんか?」

 

 人相書きを見せると、おかみさんは手に取って、まじまじと見つめる。

 

「この男がやったのかい?」

「いえ、それはまだわからないんですが、少なくとも現場近くにはいたらしいんですよ」

 

(表情からは見たかどうかは読めないか…)

 

「そう。この髭は山のドワーフ…じゃなくてニンゲンかしらねえ」

 

 おかみさんは少し考えるように視線を落とした。

 

「淡色の男ニンゲンです。見覚えはありませんか?」

 

 おかみさんは人相書きを見つめたまま、首を振った。

 

「ないねえ」

 

(ホントに知らなそうだな…)

 

「では人相書きを置いて行きますんで、この男を見かけた人がいたら署まで連絡して欲しいんですが」

 

 おかみさんは、さっきまでの柔らかな表情がうって変わり、真剣な表情で頷いた。

 

「いいわよ。刑事さんには世話になったし、ここら辺りは皆、仲良しだから、聞いといてあげるよ。どうせ一度回る用事があるし」

 

 ホロックも真剣な顔で返した。

 

「助かります」

「小さい子たちを襲うようなヤツには、この辺をうろついてほしくないからね」

「よろしくお願いします」

 

 話が済んだホロックは、仕込みの包丁の音を聞きながら、静かに引き戸を閉めた。

 待っていたゴドンがさっと顔を向けた。

 

「次はどうします?」

「次は…もう少し荒っぽい店だ」

 

 ホロックはその後も顔見知りを訪ねて回り、署に戻ったときは、夜もすっかり更けていた。

 

 

「残業になったですねえ」

 

 廊下はすっかり静まりかえり、灯りだけが薄く光っている。

 

「仕方ない。早くしないと、目撃者も忘れてしまう」

「いるですかねえ」

「今日はボブを見た人を見つけることはできなかったが、警察が捜している男の噂はすぐに広がるはずだ。三日もあればどこからか連絡が来る」

 

(…といいんだがな)

 

 ホロックは断言して見せたが、自信はなかった。

 部屋に戻ると、ぐったりと座っていた部下連が、待ち構えていたように、跳ね起きた。

 反対にホロックは肩の重さを感じながら、ぐったりと椅子に座ったが、部下たちはすぐに報告を始めた。

 

「先月まで何度か酒場に飲みに来ていたそうです」

「高い酒を注文していました」

「売春宿にも来ていたそうです。金払いは悪くなかったそうですよ」

 

 その中に、人相書きの男の目撃情報がチラホラと含まれていた。

 

(やはり出てくるじゃないか。だが…)

 

「身元に繋がる情報は?」

「まだありません」

 

(まだか…)

 

 ホロックは部下を帰らせ、自分も帰路についた。

 

 

 明くる日も、ホロックは朝から聞き込みを続けた。

 輪車営業所を訪れ、人相書きを渡す。

 

「運転士にも見せて、見覚えがある人がいたら署まで連絡を」

 

 他にもいくつか回ってから、ホロックは言った。

 

「飯にしよう」

 

 ゴドンに向かわせたのは『エオーサンダ』という大きな酒場だ。

 

(話を聞くにはむしろこの時間の方がいいだろう)

 

『エオーサンダ』とは“海の酒”という意味だ。

 

「オーレン語ですか。珍しいですね」

「だが、一応はこれも公用語だよ。学校で習ったよね?」

「習ったですが、苦手でした。難しくて…」

「確かにね。ここは酒場だけど、昼飯も食えるんだよ」

 

 ホロックは何度か来たことがあった。

 

「そうなんですね。ここも古そうですが、ノークも入れるんですね」

「ああ」

 

 返事をしつつ、店先をくぐる。

 

「いらっしゃい。二人かい?」

 

 女ノウブが声を掛けてきた。

 店内を見回すと、長身族用の高い食卓が並んでおり、その半分くらいにノーク達が座っている。担ぎ屋や踏輪士だろう。どいつもこいつも筋骨たくましい。

 

「そうだよ。パントとノークが一人ずつ」

「それじゃ。1階だね。あんたの椅子は、あそこから持ってって」

 

 指し示された壁際には、短身族用の背の高い椅子がいくつか重なっていた。

 

「あいよ」

「自分が持ってくるです」

 

 ゴドンが短身族用椅子を軽々と持ってきた。

 

「ここはノーク用の店ですか?」

「ん? ああ、ここはノークの客が多いからな、こうなってる。二階は間身族(かんしんぞく)用。三階は短身族用なんだ。…ああ、ココにしよう。正面は開けといてくれ」

「はっ」

 

 ゴドンは置いてあった大きな椅子ずらして場所を空け、短身族用の椅子を置いた。

 そして自分は長身族用の椅子に腰を下ろし、ホロックも席についた。

 すぐさま、女ノウブの店員が反対側の通路にやってきた。

 そちらは演劇館の花道のように足台が連なり、短身族の従業員が使う通路になっているようだ。

 

「注文は?」

「ねえ、ここはオイラが通ってもいいのかな?」

 

 ホロックは店員の足下に視線を下ろして尋ねた。

 

「この通路をかい? 別にいいよ。ただ、客が注文してくるかもしれないけどね。もとは短身族用の通路なんだけどさ。なんだか店員しか使ってないのよねえ」

 

 店員が和やかに説明した。

 

「なるほど…じゃあ飯炒めと海藻スープ、短身量で」

 

 食事は種族によって食事量がそもそも違う。当然、値段も。

 ホロックはパントなので当然、短身族用を頼んだ。

 

「アルテ丼をノーク量の中盛りで」

 

 ゴドンは「ノーク量」と言った。長身族はノーク族しかいないからそれでいいのである。

 

「大盛りにしなくて良いの?」

 

 店員が意外そうに白い眉を上げる。

 

「担ぎ屋じゃないから大丈夫」

 

 ノークは肉体労働者が多く、たいていは大食漢なのだが、ゴドンはそうでもない。

 

「それと、店主と話したいんだけど」

 

 ホロックはそう言って、警察徽章を見せた。

 すると笑顔がすっと消えた。

 

「なんだい。警察かい。じゃあ店主を呼んでくるね」

 

 店員がスタスタと去って行く。

 

「表情変わったですね」

「よくあることだよ」

 

 ホロックは肩をすくめた。

 

(なぜか警察を毛嫌いしてる人がいる。理由はあるのかないのかわからんけど…)

 

 すぐに男ドワーフがやって来た。

 

「警察ってのはあんさんか」

 

 そう言って(にら)んできたのは、中色の男ドワーフ。

 昔は“海賊ドワーフ”とも呼ばれていた、いわゆる『海のドワーフ』だった。

 





次回の投稿は明日の予定です。
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