連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために―― 作:mogatoku
ゴドン・ミーレン巡査が運転する輪車が、裏通りにある小さな酒場通りに入ると、ホロック警部補は次の目的地を見つけた。
「あの店だ。前で止まってくれ」
「はい」
路駐して、二人で店の前に立つ。
近くでは、酒瓶を運ぶ音がカランと響いていた。
「随分と古い店ですね。それに入り口がオラ…自分には小さいです」
ゴドンが戸口を見下ろしている。
「ああ、他種族配慮義務が出来る前の建物だ」
ホロックは夕日を背にした建物を見上げる。
元は白かっただろう看板は潮風にさらされたためか、灰色に変色している。
日陰に沈んだ『東風』の黒い文字は、一部が剥げ、時代と安っぽさを感じさせる看板だ。
「君はここにいてくれ」
「はっ」
ホロックはそう指示を出すと、石造りにはめ込まれた引き戸に手を掛けて、静かに開けた。
「ちょいと失礼しますよ」
中に入ると
「開店までまだ時間あるよ」
濃色の肌に
明るい色のゆったりとした調理服を兼ねた接客服をまとい、紫がかった淡い黒髪を後ろでしっかりとまとめている姿は、どこか艶っぽい。
厨房は火の気がしているが、客はいない。
準備中のようだ。
女エルフがにこやかな表情を見せた。
「あらあら、パントの刑事さんじゃない。先月は助かりましたよ。でもここは間身族用の店ですよ」
たまたま近くの店で呑んでた時に、騒ぎに駆けつけ、暴れていた酔っ払いをヘルマンと二人で連行した件だ。
被害はほとんどなかったので、そのまま説教だけで釈放してやった。
「間身族の店に用が――いや、おかみさんに用があるんですよ」
おかみさんの目がかすかに見開く。
「わたしにかい? なんだか怖いねえ」
(そう言う割には、まったく怖がってないな)
むしろ面白い話を待ち構えているように見える。
(客に気持ちよく話をさせる仕事か。オイラとは正反対だな)
「監査庁が調べてる件なんですが、ここには聞き込みに来ませんでしたかね」
するとおかみさんは首を振った。
(やはり来てないか…)
脳専どもはこの辺りには来ていないようだ。
「いいえぇ。そんな恐ろしいところが来たら大騒ぎだよ。この辺じゃみんなどんぶり勘定だから……おっと失言だわ」
そう言って「オホホ」と笑う顔はなんだか楽しげだ。
「オイラは喧嘩騒ぎ担当ですから、ご安心を」
するとまた「オホホ」と笑った。
「それで何があったの? また人殺しかい?」
顔を傾けるおかみさんの目には、好奇心が小さく光っている。
「“また”とは? 殺人事件はこのところありませんよ」
ホロックには何のことか分からない。
殺人事件はあれ以来起きていないはずだ。
「あら、あったじゃない。確か刑事さんが犯人を捕まえたって言う」
(あれか…)
「ああ、それ、三十年も前の事件ですよ」
「まあ、もうそんなに経つのねえ。エルフにとっては1回期半前だからあんまり前のような気がしないわ…」
「パントには10回期も前ですよ。それに捕まえたのもオイラじゃありません」
「あら、あの時、店に来てた警部さんから聞いたわよ。ウチの新入りの男パントが犯人を見つけたって」
(見つけたというのは語弊があるけど、このままでは話が進まない…)
ホロックは本題に入ることにした。
「それで殺人ではないんですがね。実は監査府の――」
ホロックが事件のあらましを簡単に説明すると、濃色の女エルフは悲しそうな顔を見せた。
「ノウブを…あんなに小さいノウブを襲うなんて…恐ろしい人もいるもんだねえ」
頬に手を当てて首を振る。眉が垂れ下がって、悲しげだ。
「それでこの男を捜しているんですがね。見覚えはありませんか?」
人相書きを見せると、おかみさんは手に取って、まじまじと見つめる。
「この男がやったのかい?」
「いえ、それはまだわからないんですが、少なくとも現場近くにはいたらしいんですよ」
(表情からは見たかどうかは読めないか…)
「そう。この髭は山のドワーフ…じゃなくてニンゲンかしらねえ」
おかみさんは少し考えるように視線を落とした。
「淡色の男ニンゲンです。見覚えはありませんか?」
おかみさんは人相書きを見つめたまま、首を振った。
「ないねえ」
(ホントに知らなそうだな…)
「では人相書きを置いて行きますんで、この男を見かけた人がいたら署まで連絡して欲しいんですが」
おかみさんは、さっきまでの柔らかな表情がうって変わり、真剣な表情で頷いた。
「いいわよ。刑事さんには世話になったし、ここら辺りは皆、仲良しだから、聞いといてあげるよ。どうせ一度回る用事があるし」
ホロックも真剣な顔で返した。
「助かります」
「小さい子たちを襲うようなヤツには、この辺をうろついてほしくないからね」
「よろしくお願いします」
話が済んだホロックは、仕込みの包丁の音を聞きながら、静かに引き戸を閉めた。
待っていたゴドンがさっと顔を向けた。
「次はどうします?」
「次は…もう少し荒っぽい店だ」
ホロックはその後も顔見知りを訪ねて回り、署に戻ったときは、夜もすっかり更けていた。
「残業になったですねえ」
廊下はすっかり静まりかえり、灯りだけが薄く光っている。
「仕方ない。早くしないと、目撃者も忘れてしまう」
「いるですかねえ」
「今日はボブを見た人を見つけることはできなかったが、警察が捜している男の噂はすぐに広がるはずだ。三日もあればどこからか連絡が来る」
(…といいんだがな)
ホロックは断言して見せたが、自信はなかった。
部屋に戻ると、ぐったりと座っていた部下連が、待ち構えていたように、跳ね起きた。
反対にホロックは肩の重さを感じながら、ぐったりと椅子に座ったが、部下たちはすぐに報告を始めた。
「先月まで何度か酒場に飲みに来ていたそうです」
「高い酒を注文していました」
「売春宿にも来ていたそうです。金払いは悪くなかったそうですよ」
その中に、人相書きの男の目撃情報がチラホラと含まれていた。
(やはり出てくるじゃないか。だが…)
「身元に繋がる情報は?」
「まだありません」
(まだか…)
ホロックは部下を帰らせ、自分も帰路についた。
明くる日も、ホロックは朝から聞き込みを続けた。
輪車営業所を訪れ、人相書きを渡す。
「運転士にも見せて、見覚えがある人がいたら署まで連絡を」
他にもいくつか回ってから、ホロックは言った。
「飯にしよう」
ゴドンに向かわせたのは『エオーサンダ』という大きな酒場だ。
(話を聞くにはむしろこの時間の方がいいだろう)
『エオーサンダ』とは“海の酒”という意味だ。
「オーレン語ですか。珍しいですね」
「だが、一応はこれも公用語だよ。学校で習ったよね?」
「習ったですが、苦手でした。難しくて…」
「確かにね。ここは酒場だけど、昼飯も食えるんだよ」
ホロックは何度か来たことがあった。
「そうなんですね。ここも古そうですが、ノークも入れるんですね」
「ああ」
返事をしつつ、店先をくぐる。
「いらっしゃい。二人かい?」
女ノウブが声を掛けてきた。
店内を見回すと、長身族用の高い食卓が並んでおり、その半分くらいにノーク達が座っている。担ぎ屋や踏輪士だろう。どいつもこいつも筋骨たくましい。
「そうだよ。パントとノークが一人ずつ」
「それじゃ。1階だね。あんたの椅子は、あそこから持ってって」
指し示された壁際には、短身族用の背の高い椅子がいくつか重なっていた。
「あいよ」
「自分が持ってくるです」
ゴドンが短身族用椅子を軽々と持ってきた。
「ここはノーク用の店ですか?」
「ん? ああ、ここはノークの客が多いからな、こうなってる。二階は
「はっ」
ゴドンは置いてあった大きな椅子ずらして場所を空け、短身族用の椅子を置いた。
そして自分は長身族用の椅子に腰を下ろし、ホロックも席についた。
すぐさま、女ノウブの店員が反対側の通路にやってきた。
そちらは演劇館の花道のように足台が連なり、短身族の従業員が使う通路になっているようだ。
「注文は?」
「ねえ、ここはオイラが通ってもいいのかな?」
ホロックは店員の足下に視線を下ろして尋ねた。
「この通路をかい? 別にいいよ。ただ、客が注文してくるかもしれないけどね。もとは短身族用の通路なんだけどさ。なんだか店員しか使ってないのよねえ」
店員が和やかに説明した。
「なるほど…じゃあ飯炒めと海藻スープ、短身量で」
食事は種族によって食事量がそもそも違う。当然、値段も。
ホロックはパントなので当然、短身族用を頼んだ。
「アルテ丼をノーク量の中盛りで」
ゴドンは「ノーク量」と言った。長身族はノーク族しかいないからそれでいいのである。
「大盛りにしなくて良いの?」
店員が意外そうに白い眉を上げる。
「担ぎ屋じゃないから大丈夫」
ノークは肉体労働者が多く、たいていは大食漢なのだが、ゴドンはそうでもない。
「それと、店主と話したいんだけど」
ホロックはそう言って、警察徽章を見せた。
すると笑顔がすっと消えた。
「なんだい。警察かい。じゃあ店主を呼んでくるね」
店員がスタスタと去って行く。
「表情変わったですね」
「よくあることだよ」
ホロックは肩をすくめた。
(なぜか警察を毛嫌いしてる人がいる。理由はあるのかないのかわからんけど…)
すぐに男ドワーフがやって来た。
「警察ってのはあんさんか」
そう言って
昔は“海賊ドワーフ”とも呼ばれていた、いわゆる『海のドワーフ』だった。
次回の投稿は明日の予定です。